68 / 130
第5話
3・菜穂の答え
しおりを挟む
緒形は、すぐには返答できなかった。
本音を言うなら、まさに「そのとおり」。10年前、自分が投げつけたひどい言葉のせいで、彼女はなんらかのトラウマを抱えたのではないか──そんな懸念が常に心にあったのは事実だ。
けれど、それを正直に口にするのはためらわれた。なぜなら、今の菜穂の口振りだと、このあと続くのはおそらく否定の言葉だ。「あなたのせいじゃない」──そう言われたが最後、緒形の懸念はただのうぬぼれになってしまう。
それは避けたい。あまりにも格好悪すぎる。
だからといって最適解も見つけられず、結局緒形が口にしたのは「まあ……ちょっとは……」という、実に中途半端な返答だった。
『そっか』
菜穂は、小さく呟いた。
その声には、どういうわけかかすかな憤りがにじんでいた。
『つまり、同情と責任?』
『……えっ』
『自分のせいでこうなった元カノに、とりあえず責任だけは果たしておきたい感じ?』
『それはない』
今度はすぐに返した。実際、そんなことはまったく考えていなかった。
すると、菜穂は彼女らしからぬ皮肉げな笑みを浮かべた。
『じゃあ、リベンジ? 今度こそ「ちゃんとできる」って証明したい?』
緒形は、目をみひらいた。まさか、彼女からこんな毒のある言葉をぶつけられるとは思ってもみなかった。
さすがに、自分でも言いすぎたと思ったのだろう。菜穂は、小さく息をつくと「ごめん」と眉尻を下げた。
『今の、すごく嫌な言い方だったね。ごめんなさい』
『いや……まあ……』
たしかに彼女らしからぬ言葉ではあったけれど、緒形としてはあまり責める気にはなれない。
本音を言えば、そうした気持ちがまったくないとは言い切れなかった。つまらないプライドなのだろうが、自分は彼女を問題なく抱けるのだ、と示してみたい気持ちは少なからずある。
(ただ、それだけじゃなくて……それがすべてってわけじゃなくて……)
そう続けたい気持ちを、緒形はひとまず飲み込んだ。今は、彼女の答えを待ちたかった。だって、自分はすでにボールを投げたのだ。次は、菜穂がそれを投げ返す番じゃないか。
しばらく続いた沈黙のあと、菜穂はようやく口を開いた。
『私のことは、気にしなくていいよ』
『……気にしなくていい、って?』
『たぶん、そのうちなんとかなると思う。ちゃんと、誰かと……なんとかなると思うから』
誰かと──つまりは「自分以外の『誰か』」と。
そう認識したとたん、緒形の胸に意地の悪い気持ちが芽生えた。
『「誰か」って?』
『えっ』
『すでに気になる相手がいるってこと? 社内? 社外?』
『それは……今はまだいないけど……』
『じゃあ、これから探すってこと? マッチングアプリにでも手を出すとか?』
それはないだろう、と思いつつ口にしたのに、菜穂は「マッチングアプリかぁ」と意外にも好意的な反応を見せた。
『……え、三辺、興味あるの?』
『興味というか……そういうのもひとつの手段なのかなって。今、使ってる人も多いって聞くし』
いや、けど……と緒形が口ごもっていると、菜穂は「大丈夫だよ」と口元をほころばせた。
『とりあえず、ここから先は自分でどうにかするから。でも──心配してくれてありがとう』
『……』
『それより、緒形くんって、私以外とはその……』
濁した言葉の先は、なんとなく想像できた。
『そのあたりは平気』
もちろん三辺とだって──そう続けようとしたけれど、先に彼女が「そうだよね」とさえぎった。
『だったらお互い問題ないよね……私も、緒形くんも』
『……』
『だから、無理に交際を続けることはないと思う』
それが、菜穂の出した結論だ。
そんなわけで、緒形は今、ひとり屋外喫煙所で煙草をふかしている。
(やっぱり、去る者は追ったらダメだよなぁ)
そもそも、なんであんなことをしてしまったのか。はっきり「交際は続けられない」と言った彼女に、あんな追いすがるようなまねをしてしまったのか。
つくづく自分らしくない。
緒形は、煙草の煙を吐きだした。それと同時にため息も吐き出され、晴れた空の下に消えていった。
本音を言うなら、まさに「そのとおり」。10年前、自分が投げつけたひどい言葉のせいで、彼女はなんらかのトラウマを抱えたのではないか──そんな懸念が常に心にあったのは事実だ。
けれど、それを正直に口にするのはためらわれた。なぜなら、今の菜穂の口振りだと、このあと続くのはおそらく否定の言葉だ。「あなたのせいじゃない」──そう言われたが最後、緒形の懸念はただのうぬぼれになってしまう。
それは避けたい。あまりにも格好悪すぎる。
だからといって最適解も見つけられず、結局緒形が口にしたのは「まあ……ちょっとは……」という、実に中途半端な返答だった。
『そっか』
菜穂は、小さく呟いた。
その声には、どういうわけかかすかな憤りがにじんでいた。
『つまり、同情と責任?』
『……えっ』
『自分のせいでこうなった元カノに、とりあえず責任だけは果たしておきたい感じ?』
『それはない』
今度はすぐに返した。実際、そんなことはまったく考えていなかった。
すると、菜穂は彼女らしからぬ皮肉げな笑みを浮かべた。
『じゃあ、リベンジ? 今度こそ「ちゃんとできる」って証明したい?』
緒形は、目をみひらいた。まさか、彼女からこんな毒のある言葉をぶつけられるとは思ってもみなかった。
さすがに、自分でも言いすぎたと思ったのだろう。菜穂は、小さく息をつくと「ごめん」と眉尻を下げた。
『今の、すごく嫌な言い方だったね。ごめんなさい』
『いや……まあ……』
たしかに彼女らしからぬ言葉ではあったけれど、緒形としてはあまり責める気にはなれない。
本音を言えば、そうした気持ちがまったくないとは言い切れなかった。つまらないプライドなのだろうが、自分は彼女を問題なく抱けるのだ、と示してみたい気持ちは少なからずある。
(ただ、それだけじゃなくて……それがすべてってわけじゃなくて……)
そう続けたい気持ちを、緒形はひとまず飲み込んだ。今は、彼女の答えを待ちたかった。だって、自分はすでにボールを投げたのだ。次は、菜穂がそれを投げ返す番じゃないか。
しばらく続いた沈黙のあと、菜穂はようやく口を開いた。
『私のことは、気にしなくていいよ』
『……気にしなくていい、って?』
『たぶん、そのうちなんとかなると思う。ちゃんと、誰かと……なんとかなると思うから』
誰かと──つまりは「自分以外の『誰か』」と。
そう認識したとたん、緒形の胸に意地の悪い気持ちが芽生えた。
『「誰か」って?』
『えっ』
『すでに気になる相手がいるってこと? 社内? 社外?』
『それは……今はまだいないけど……』
『じゃあ、これから探すってこと? マッチングアプリにでも手を出すとか?』
それはないだろう、と思いつつ口にしたのに、菜穂は「マッチングアプリかぁ」と意外にも好意的な反応を見せた。
『……え、三辺、興味あるの?』
『興味というか……そういうのもひとつの手段なのかなって。今、使ってる人も多いって聞くし』
いや、けど……と緒形が口ごもっていると、菜穂は「大丈夫だよ」と口元をほころばせた。
『とりあえず、ここから先は自分でどうにかするから。でも──心配してくれてありがとう』
『……』
『それより、緒形くんって、私以外とはその……』
濁した言葉の先は、なんとなく想像できた。
『そのあたりは平気』
もちろん三辺とだって──そう続けようとしたけれど、先に彼女が「そうだよね」とさえぎった。
『だったらお互い問題ないよね……私も、緒形くんも』
『……』
『だから、無理に交際を続けることはないと思う』
それが、菜穂の出した結論だ。
そんなわけで、緒形は今、ひとり屋外喫煙所で煙草をふかしている。
(やっぱり、去る者は追ったらダメだよなぁ)
そもそも、なんであんなことをしてしまったのか。はっきり「交際は続けられない」と言った彼女に、あんな追いすがるようなまねをしてしまったのか。
つくづく自分らしくない。
緒形は、煙草の煙を吐きだした。それと同時にため息も吐き出され、晴れた空の下に消えていった。
0
お気に入りに追加
53
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
ミックスド★バス~家のお風呂なら誰にも迷惑をかけずにイチャイチャ?~
taki
恋愛
【R18】恋人同士となった入浴剤開発者の温子と営業部の水川。
お互いの部屋のお風呂で、人目も気にせず……♥
えっちめシーンの話には♥マークを付けています。
ミックスド★バスの第5弾です。
お兄ちゃんが私にぐいぐいエッチな事を迫って来て困るんですけど!?
さいとう みさき
恋愛
私は琴吹(ことぶき)、高校生一年生。
私には再婚して血の繋がらない 二つ年上の兄がいる。
見た目は、まあ正直、好みなんだけど……
「好きな人が出来た! すまんが琴吹、練習台になってくれ!!」
そう言ってお兄ちゃんは私に協力を要請するのだけど、何処で仕入れた知識だかエッチな事ばかりしてこようとする。
「お兄ちゃんのばかぁっ! 女の子にいきなりそんな事しちゃダメだってばッ!!」
はぁ、見た目は好みなのにこのバカ兄は目的の為に偏った知識で女の子に接して来ようとする。
こんなんじゃ絶対にフラれる!
仕方ない、この私がお兄ちゃんを教育してやろーじゃないの!
実はお兄ちゃん好きな義妹が奮闘する物語です。
ずぶ濡れで帰ったら彼氏が浮気してました
宵闇 月
恋愛
突然の雨にずぶ濡れになって帰ったら彼氏が知らない女の子とお風呂に入ってました。
ーーそれではお幸せに。
以前書いていたお話です。
投稿するか悩んでそのままにしていたお話ですが、折角書いたのでやはり投稿しようかと…
十話完結で既に書き終えてます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる