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第4話

16・誘われて

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 一瞬、菜穂の脳裏をよぎったのは高校時代のやりとりだ。
 あのとき、いきなり背後から抱きついてきた緒形と今の緒形、その行動に、それほど大きな違いはないはずだ。
 けれど、今の緒形には、やはりどこか余裕がある。あの当時のような切羽詰まった感じはまるでない。

「──平気?」
「……」
「平気なら、このまま続けるけど」

 ああ、そうか──今、自分は探られている。本気で処女を捨てる気があるのか、緒形に試されているのだ。
 そう認識したとたん、菜穂のなかの負けん気が顔を出した。
 絶対に退いてたまるか。怖じ気づいていると思われてたまるか。それを示すために、菜穂は緒形のバスローブの紐を軽く引いた。
 緒形のバスローブの胸元が緩み、清潔な石鹸のにおいが鼻をくすぐった。
 顎をすくわれ、あっという間に唇を奪われ、誘われるままに舌をからめあう。やがてウエストの紐が緩み、あたたかな手がバスローブのなかに入ってきた。
 気持ちいい、かどうかは正直わからない。これは高校時代もそうだった。当時の詳細はほとんど覚えていないが、もし少しでも快楽のかけらを拾えていたのなら、その程度の記憶は残っていたと思うのだ。
 いつのまにか腰にまわされていた左手にいざなわれて、ベッドの上に腰をおろす。右手は、菜穂の身体のラインをたしかめるように、先ほどから休むことなく動いていた。
 ふと、彼の唇が菜穂の耳に触れた。

「みなべ」

 菜穂は、閉じていたまぶたをハッと開けた。
 少し舌足らずな「みなべ」というその呼び方に、菜穂はこくんと喉を鳴らした。

(10年前の、あのころと同じ……)

 普段から名字で呼ばれている菜穂だが、先ほどの緒形の呼び方は、どこかまろい――例えるなら、ふだんのそれが「三辺」と漢字っぽいのに対して、今のはひらがなの「みなべ」っぽかったのだ。

(そうだ、高校時代も……)

 緒形は、時折ひらがなを彷彿とさせるような口調で、彼女を呼んでいた。「みなべ、これどう?」「みなべ、これ好き?」「みなべ、顔あげて」――
 それらは、決して悪い思い出ではない。けれど、今この場面で思い出したくはなかった。
 だって、あの頃を思い出せば、どうしても――

 ――「三辺相手じゃ、勃たないっぽいわ」

 今は違う、そんなことはない。
 そう思いたい。だから、こうして応じてくれたのだと。
 けれど、当時の彼と今の彼、その違いはどこにあるのだろう。
 年齢、経験──他には?
 他の女性とは問題なく関係を持てていた彼が、菜穂に対してだけは反応しなかった──その事実を、10年の歳月は果たして克服してくれているのだろうか。
 緒形の手が、探るように菜穂の身体に触れてくる。多くの女性たちは、きっとこれだけで受け入れるための準備ができるのだろう。あるいは、ただ唇をあわせた時点で、身体が勝手にそうした反応を見せるのかもしれない。
 けれど、菜穂の身体にはなにも起こらない。
 他人に暴かれる恥ずかしさはあるものの、それ以上の、おそらく快楽と呼ぶべき「なにか」は一向に訪れてくれそうにない。
 菜穂は、焦った。この状況は、かなりまずい気がした。もし、今回緒形ががんばって「その気」になったとしても、これではうまくいかないのではないか。

(どうにかしなくちゃ)

 でも、どうすればいいのか。自分で触れてみればいいのか。いや、さすがにそれは無理だ。恥ずかしすぎて、できるわけがない。
 そもそも、これは自分でどうにかできるものなのか。それとも、このまま緒形にすべてを委ねてしまえば、いずれなんとかなってしまうものなのか。
 わからない──わからない、わからないわからない!
 そんな混乱のまっただ中、ついに緒形の指が菜穂のいちばん敏感であるはずの部分に触れてきた。
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