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第4話
13・動揺
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初めて見た緒形の──もっと言ってしまえば「男性」のバスローブ姿に、菜穂の心臓は大きく跳ねあがる。
けれど、それもほんのわずかな時間のこと。自分が今、何を手にしているのかに気づいたとたん、菜穂は両手ごと背中に隠してしまった。
「え、なんで隠すの?」
「それは、その……」
「ただの文庫本だろ? それとも、もしかしてエロい本だった?」
「違います!」
間髪入れることなく否定した菜穂に、緒形は「冗談だって」と軽やかな笑い声をあげる。
「ていうか、その文庫本カバー、昔俺があげたやつだろ? まだ持ってたんだ?」
「それは、まあ……気に入ってるものだし」
ああ、やっぱり緒形は気づいていた。先ほどの発言から、そのような気はしていたのだけれど。
「でも、かれこれ10年も前のだろ。三辺って物持ちいいよなぁ」
「そうかな、これくらい普通じゃない?」
「そんなことないって。10年ってけっこうな年月だろ」
見せて、と手を差し出されて、菜穂は観念した。
自分よりもひとまわりは大きな彼の手に、隠していた文庫本をそっと乗せる。
「なに読んでたのかなぁ」
「ホラー小説だよ」
「え……っ」
「うそ。去年ベストセラーになったミステリー小説」
菜穂からの意趣返しに、緒形は「三辺もいい性格になったよなぁ」と唇を尖らせた。
それでも、文庫本カバーを見つめる眼差しはやわらかい。表紙をめくり、本の中身をざっと確認したあとは、懐かしむように布地のカバーを撫でている。
その優しげな手つきに、菜穂は妙にソワソワしてしまった。
「え、ええと……私も、シャワー浴びてくるね」
「ああ、せっかくだから湯船にもつかってくれば? ここのホテル、ビジホのわりにバスタブが広いし」
「そっか、じゃあ、そうしようかな」
着替えの入ったポーチを手に、菜穂はバスルームへと逃げ込んだ。これで、もうこの状況から逃がれられなくなったわけだが、あいにく文庫本のことで頭がいっぱいな彼女は、まだその事実に気づいていない。
(最悪だ……あのカバーを見られるなんて)
もともと、菜穂が鞄から取りだそうとしていたのは財布だ。ふたり分の宿泊代があるか、確認しておきたかっただけなのだ。
それなのに、いきなり緒形がバスルームから出てきたから、とっさに「財布以外のもの」を手に取ってしまった。それが、よりによってあの文庫本だったのだから、菜穂にしてみれば本当にツイていない。
(まだカバーを持っていたの、絶対に知られたくなかったのに)
バスタブにお湯がたまるのを待つ間、菜穂は再び高校時代に思いを馳せる。
けれど、それもほんのわずかな時間のこと。自分が今、何を手にしているのかに気づいたとたん、菜穂は両手ごと背中に隠してしまった。
「え、なんで隠すの?」
「それは、その……」
「ただの文庫本だろ? それとも、もしかしてエロい本だった?」
「違います!」
間髪入れることなく否定した菜穂に、緒形は「冗談だって」と軽やかな笑い声をあげる。
「ていうか、その文庫本カバー、昔俺があげたやつだろ? まだ持ってたんだ?」
「それは、まあ……気に入ってるものだし」
ああ、やっぱり緒形は気づいていた。先ほどの発言から、そのような気はしていたのだけれど。
「でも、かれこれ10年も前のだろ。三辺って物持ちいいよなぁ」
「そうかな、これくらい普通じゃない?」
「そんなことないって。10年ってけっこうな年月だろ」
見せて、と手を差し出されて、菜穂は観念した。
自分よりもひとまわりは大きな彼の手に、隠していた文庫本をそっと乗せる。
「なに読んでたのかなぁ」
「ホラー小説だよ」
「え……っ」
「うそ。去年ベストセラーになったミステリー小説」
菜穂からの意趣返しに、緒形は「三辺もいい性格になったよなぁ」と唇を尖らせた。
それでも、文庫本カバーを見つめる眼差しはやわらかい。表紙をめくり、本の中身をざっと確認したあとは、懐かしむように布地のカバーを撫でている。
その優しげな手つきに、菜穂は妙にソワソワしてしまった。
「え、ええと……私も、シャワー浴びてくるね」
「ああ、せっかくだから湯船にもつかってくれば? ここのホテル、ビジホのわりにバスタブが広いし」
「そっか、じゃあ、そうしようかな」
着替えの入ったポーチを手に、菜穂はバスルームへと逃げ込んだ。これで、もうこの状況から逃がれられなくなったわけだが、あいにく文庫本のことで頭がいっぱいな彼女は、まだその事実に気づいていない。
(最悪だ……あのカバーを見られるなんて)
もともと、菜穂が鞄から取りだそうとしていたのは財布だ。ふたり分の宿泊代があるか、確認しておきたかっただけなのだ。
それなのに、いきなり緒形がバスルームから出てきたから、とっさに「財布以外のもの」を手に取ってしまった。それが、よりによってあの文庫本だったのだから、菜穂にしてみれば本当にツイていない。
(まだカバーを持っていたの、絶対に知られたくなかったのに)
バスタブにお湯がたまるのを待つ間、菜穂は再び高校時代に思いを馳せる。
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