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第4話

11・苦すぎる思い出(その8)

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 固いスプリングに背中がぶつかり、菜穂の身体は小さく跳ねた。それでも、緒形は口づけをやめようとしない。おかげで菜穂は息継ぎがうまくできず、ひゅ、ひゅうと喉が短く鳴った。

(もしかして、はじまってる……っぽい?)

 それが正解だとわかったのは、緒形の手がブラウスのなかに潜り込んできたときだ。
 またもや悲鳴をあげそうになった。恥ずかしさのあまり、今すぐ緒形を押しのけて、走って逃げだしてしまいたい衝動にかられた。
 それでもギリギリのところで我慢したのは、緒形と親しい女子生徒たちの顔が浮かんだからだ。「ほら、やっぱり」「三辺さんには無理でしょ」──違う、そんなことはない。私にだってできる──できるはずだ。
 緒形の手が、背中にまわった。何をするのだろうと怪訝に思っていたら、指先がブラジャーのホックに触れた。
 あ、外すんだ──そうか、当然か。
 冷静な自分は頭のなかでそう呟いているのに、頬が熱くなるのをどうしても止められない。
 パチ、と小さな音がした。胸元を締めつけていたものが一気に緩んだ。
 いよいよだ、と覚悟を決めて、菜穂はより強く目を閉じた。


 ──ここまでは、大人になった今でもうっすらと思い出すことができる。
 けれど、ここから先の記憶の一部が、菜穂はすっぽりと抜け落ちている。5分や10分程度の短時間だったのか、実は30分ほどかかっていたのか──正確なところは今でもわからない。
 ただ、その間、緒形は菜穂の身体のいたるところに触れていたはずだ。
 触れるだけ触れて、その上で、いきなり「ああっ」と叫んで、身体を放したのだ。

『えっ……何?』
『あ……いやぁ……』

 緒形は馬乗りになったまま、髪を掻きあげている。息を弾ませている菜穂を、同じように息を弾ませながら見下ろし、けれどようやくその唇からこぼれたのは「やば……」の一言だ。

『「やばい」って何が?』
『……』
『なにかトラブルでもあった? それとも、ええと……』

 こんなときに、いきなり「やばい」と呟く理由が、経験のない菜穂にはどうしても思い当たらない。
 不安に思いつつも、緒形の返答を待つ。
 緒形は、まだ「あー」だの「うー」だの、口ごもっている。
 それでもジッと待っていると、ようやく「あーうん、わかった!」と振り切ったように叫んだ。そして、そのととのった顔におどけたような笑みを浮かべた。

『悪い、なんか俺、無理っぽい』
『え……』
『三辺相手じゃ、勃たないっぽいわ』
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