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第4話

6・苦すぎる思い出(その3)

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 そんな調子で、どうにもすっきりしないまま、菜穂は週末を迎えることになった。
 緒形の住まいは、都内でもだいぶ北──あと2駅で埼玉県という地域にあった。

『遠くまでおつかれ。で、悪いけど、ここから10分くらい歩くから』

 先を歩く緒形のあとを、菜穂はおとなしく着いていった。
 彼女が住んでいる地域とはだいぶ雰囲気が違っているように感じるのは、車どおりの多い幹線道路沿いを歩いているからだろうか。

『トラック……』
『えっ?』
『この道路、トラックが多く走ってるんだね』
『あーそうかも。気にしたことなかった』

 帰りは、遅い時間帯だと人通りが減るかもしれない。
 けれど──今日は問題ない。彼の家に泊まるのだから。菜穂は、着替えの入ったトートバッグの肩紐を強く握りしめた。
 幹線道路から細い道に入ると、ようやく住宅街らしきものが広がりはじめた。

『うち、あそこ』
『あそこって?』
『あの、デカい団地』

 緒形はそう言うが「団地」らしき建物は3棟ほどある。比較的新しいものが1棟、年季の入ったものが2棟。
 緒形の家は、年季の入った2棟のうちの手前側だった。
 エレベーターに乗ると、どこからともなくぎしぎしと軋むような音が聞こえてきた。菜穂はひどく驚いたが、緒形は特に気にする様子がないから、これが通常運転なのだろう。

『どうぞ、入って』
『おじゃまします』

 ことさらゆっくり靴を揃えて、立ちあがる。
 細い廊下の先にあるリビングは、しっかり丁寧に片付けられていた。それでいて、あちらこちらに生活感が漂っていて、菜穂はほうっと息を吐いた。

『あ、これ、よかったら』

 忘れないうちに、と近所の洋菓子店から買ってきたケーキを差し出した。

『うわ、高そうなやつ』
『ここのチーズケーキ、すごく美味しいの。緒形くんも同じだと嬉しい』
『大丈夫、俺わりとなんでもいけるから。晩飯のあとに食おうな』

 あ、晩飯はカレーな、と告げられて、菜穂は小さくうなずいた。おそらくガス台の上にある鍋の中身がそうなのだろう。
 そこで、ふとある疑問がわいてきた。

『あの……お母さんに何か言われた?』
『何かって?』
『その……私が泊まりに来ること……』

 ああ、と緒形は首筋を掻いた。

『「友達が泊まりに来る」としか言ってない』
『あ、そ……っか』

 それはそうだろう。菜穂にしても、両親には「女友達の家に泊まりに行く」と嘘をついてきた。母親が先方の家に挨拶すると言い出したときはかなり焦ったが、なんとか嘘に嘘を重ねて乗り切った。たかが一度のお泊まりでも、高校生にはハードルが高い。

『あと、レンタルでDVDを借りてきた』
『そうなの? 映画?』
『うん、三辺が好きそうなやつ』

 ぜんぶで3本あったが、どれもラブストーリーのようだ。
 菜穂は、頭のなかでザッと計算した。1本の鑑賞時間がおよそ2時間とだとすると、ぜんぶ観終わるのは6時間後──途中でごはんを食べるために休憩をいれればさらに遅くなる。
 それから、お風呂に入って──それから、それから──

(……あ)

 ふいに、とんでもないことに気がついた。
 この日のために、お小遣いを奮発して買った新しい下着を、菜穂は今、身につけている。けれど──

(これって、本当はお風呂に入ったあとにつけるべきだったんじゃ……)

 もちろん、替えの下着も持ってきている。けれど、それはおろしたてのものではない。デザインもそれほど可愛いものではない。
 どうしよう、と動揺する菜穂の背後で、緒形が「なあ」と声をかけてきた。

『飲み物、紅茶でいい? お湯で溶かすやつだけど』
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