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第2話

11・菜穂からの申し出

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 思えば、それがはじまりだった。
 その日以来、彼女のことが気になりだした緒形は、ゆっくりと距離を縮め「付き合って」と告白するのに1ヶ月をかけた。当時、ノリと勢いで交際を決めることが多かった緒形にしては、かなり慎重だったといえるだろう。
 ちなみに、あのとき菜穂が泣いた理由を知ったのは、交際がはじまって1週間ほどしてからだ。

『あの日、本当は映画の試写会に行く予定だったの。どうしても観たかった映画で、たくさん応募ハガキを出して、ようやく1枚だけ当たって、なのに日直の仕事がぜんぜん終わらなくて……ああ、なんで私、こんなことしてるのかなぁって。そう思ったら、なんだか泣けてきちゃって』

 その映画は、後日ふたりで観に行った。
 彼女は「やっと観られた」「付き合ってくれてありがとう」と嬉しそうにしていたけれど、緒形にとっては最後まで気まずさを拭えなかった、やはり苦い思い出だ。

「ありがとう」
「うん?」
「ココア。ちょうど甘いのが飲みたかったから」

 27歳の菜穂が、疲れたような笑みを浮かべている。
 あれから十年、お互い大人になったはずだ。
 なのに、今のこの状況はあの頃となんら変わらない。あいかわらず菜穂の目は赤く、そのくせ無理に笑おうとして――そんな彼女の前で、自分は中途半端な態度しかとれないのだ。

(怠いことしてんなぁ、俺)

 土曜日にあんなことをする前に、まずは菜穂に忠告するべきだった。あるいは、喫煙室で浜島を咎めるべきだった。
 どちらもやらず中途半端に足を突っ込んだ、その結果がおそらく「今」なのだ。

(ってことで間違っていないよな……三辺がこんなに泣いてる理由)

 緒形は、ふと不安を覚えた。
 冷静に振り返ってみると、菜穂の口から「浜島のことで泣いています」と聞いたわけではない。
 ただ、週末のあれこれと、こんなにも泣いている今の彼女を見て、勝手にそう判断したに過ぎないのだ。

(ヤバい……これ、間違ってたらめちゃくちゃ恥ずかしいやつ……)

 いちおう確認するべきなのか。だが、もしもそのとおりなら、ようやく笑顔を見せてくれた菜穂の傷口を新たに抉ることになる。

(けど、やっぱり気になるし……いや、でも……)

 柄にもなく迷っていると、ココア缶に目を落としたままの菜穂がポツと口を開いた。

「この間の、まだ有効?」
「えっ?」
「『俺と付き合って』って言ってくれたの、まだ有効?」

 今度こそ、緒形は言葉を失った。
 まさか、菜穂からその話を振ってくるとは思ってもみなかったのだ。

「あ──もちろん?」

 語尾が疑問形になったのは、彼女の真意がわからなかったから。
 記憶違いでなければ、交際を申し込んだ緒形に菜穂はこれまでにないほど怒りを爆発させたはずだ。

(まあ、あの反応も当然だったけど)

 なにせ、付き合ってほしい理由が「厄除け」だ。とっさにひねり出したものとはいえ、言い訳としてはあまりにもひどすぎる。営業先でこのレベルの失態をおかしたら、間違いなく契約を切られているだろう。
 なのに、あれだけ怒っていたはずの彼女が、再びその話題を持ち出そうとしている。
 身構える緒形に、菜穂は小さな笑みをこぼした。

「交際、してもいいよ」
「……えっ」
「でも、ひとつだけ条件があるの」

 ああ、彼女らしくない表情だ──とっさにそう感じた緒形に、菜穂はさらに「彼女らしくないこと」を口にした。

「緒形くん、私のこと抱ける?」
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