上 下
22 / 130
第2話

7・甘い飲み物

しおりを挟む
 中途半端な時間帯のせいか、休憩室には誰もいなかった。
 緒形は、内心胸をなでおろしつつ「座って」と菜穂に一番奥の椅子を示した。
 正直、ここに辿り着く前に、なんらかの理由をつけて逃げられるのではと思っていた。けれど、いざ歩きだしたら、彼女は案外素直に着いてきた。もっとも、単に逆らう気力がなかっただけなのかもしれない。それくらい、今の菜穂はぐったりと萎れている。

「なにか飲む?」
「……」
「コーヒー飲めたっけ?」

 休憩室に設置された自動販売機で、まずは無糖の缶コーヒーを購入する。
 もう一本は違う種類のコーヒーを選んで、菜穂に選ばせるか――と指をのばしかけたところで、ふとココアの缶が目に入った。

(そういえば……)

 緒形は、迷いつつもココアのボタンを押した。そうして購入した2本のドリンク缶を、菜穂の前にトントンッと並べた。

「好きなほうをどうぞ」
「……別に……」
「遠慮なく。仕事の相談のお礼だから」

 菜穂は、困惑したような目で緒形を見た。おそらく何か裏があるのでは、と疑っているのだろう。
 なので、これでもかというほどの営業用スマイルを浮かべてみせた。さらに「どうぞ」と手まで添えて。
 やがて、菜穂はためらいながらもココアを手に取った。

(やっぱり)

 己の記憶の正しさに、少しだけ誇らしげな気分になる。
 そう、高校時代の彼女は、よく甘い飲み物を口にしていた。
 放課後、公園のベンチでおしゃべりするときも、その手にあるのはいつも缶のココアやミルクティーで、ある日それを指摘すると「苦いの、苦手だから」と恥じらうようにうつむいた。今よりもつるりとしていた頬がうっすらと赤く染まっていたのを、緒形は今でも覚えている。

(まだコーヒーとか苦手だったりして)

 ──いや、さすがにそれはないか。
 今の自分たちは、20代後半の「いい大人」だ。

「あの、仕事の相談ってどんなこと?」

 缶コーヒーのプルタブに指をかけたところで、菜穂がためらいがちに訊ねてきた。

「私、緒形くんのチームの担当じゃないから、あまり相談にのれないかもしれないけど」
「あー」

 そんなことはわかっている。
 わかっていて、ここまで引っ張ってきた。

(だって、放っておけないだろ。昔なじみとして)

 とはいえ、仕事を口実に連れてきたのだ。何かしらそれらしい相談を持ちかけなければいけない。
 さて、どうしようか。空腹のせいで反応が鈍い頭を、緒形はなんとか働かせようとした。
 けれど、彼がそれらしい言い訳を思いつくよりも先に、菜穂が消え入りそうな声で呟いた。

「もしかして、嘘だった?」
「えっ」
「仕事の相談って……嘘だよね?」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

お見合いすることになりました

詩織
恋愛
34歳で独身!親戚、周りが心配しはじめて、お見合いの話がくる。 既に結婚を諦めてた理沙。 どうせ、いい人でないんでしょ?

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

パンツを拾わされた男の子の災難?

ミクリ21
恋愛
パンツを拾わされた男の子の話。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

crazy Love 〜元彼上司と復縁しますか?〜

鳴宮鶉子
恋愛
crazy Love 〜元彼上司と復縁しますか?〜

処理中です...