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第1話
11・休憩室にて(その2)
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特に聞き耳をたてるつもりはなかった。
この手の噂話はよく流れてくるわりに、信憑性が高いとは言い難い。それに聞いていて楽しいものでもない。
菜穂は、それとなく顔を背けた。
それでも下世話な会話は否応なく耳に届いてしまう。
「あの人、社内の飲み会とかでも、いつのまにか女の子と消えてるんだって」
「私は、新人の子ふたりに手を出して、めちゃくちゃ揉めたって聞いたよ」
「それってふたまたかけてたってこと?」
「最悪」
「でもさぁ……顔はいいんだよねぇ」
「仕事もできるしね」
隣に座っていた千鶴が「へぇ」と呟く。何食わぬ顔で、しっかり噂話に耳を傾けていたらしい。
「で、こっちに来てからはどうなの?」
え、と菜穂はタンブラーにのばしかけていた手を止めた。
「昨日、総務の加原さんとランチに行ってなかった?」
「早……」
「でも、なんで総務? 営業の子じゃなくて?」
「加原さんが誘ったからじゃない? あの人、今、絶賛『社内婚活中』じゃん」
ほんのりと悪意のにじむ言葉に、他の女性社員たちも含むように笑う。たしかに揶揄された女性は、社内で結婚相手を探しているともっぱらの評判だ。
「あの人、ガツガツしすぎだよねぇ」
「まあ、でも、気持ちはちょっとわかる」
「年齢的に焦るし」
「で、どんな反応だったの? 緒形さんは」
今度こそ、菜穂は息を呑んだ。
会話の流れから、なんとなく最近異動してきた誰かの話をしているとは思っていたが、やはり緒形のことだったらしい。
胸がギュッと苦しくなる。「聞きたくなかった」という思いと「相変わらずだな」とのあきらめのような気持ちがないまぜになった。
思えば、高校時代の彼もよく女子生徒に囲まれていた。それもクラスのヒエラルキー上位にいるような、華やかな人たちに。
だからこそ、菜穂と付き合うことになったとき、周囲はずいぶん驚いていたし、一部の女子生徒たちからは「緒形も趣味が変わったじゃん」と冷ややかな言葉をぶつけられた。あのときの彼女たちの眼差しを、菜穂は未だ忘れることができない。
「ねぇ、『緒形さん』って、あの『緒形さん』だよね?」
千鶴が、こそっと肘で突いてきた。
「だとしたら残念だね」
「残念?」
「だって菜穂、元同級生でしょ。そういう相手との再会って、なんかいろいろ期待しちゃうじゃん?」
「そんなことは……」
「でもさぁ、女癖が悪いのはちょっとね」
千鶴のため息に、菜穂は平気なふりをして苦笑いを返した。
「大丈夫。そういうの、ぜんぜん期待してなかったから」
「えー」
「元同級生っていっても、そんなに親しかったわけじゃないし」
そう、期待なんてしていない。
だから、今の緒形の女性関係がどれだけ乱れていようが、自分には関係ない。
──関係ない、はずだ。
「まあ、菜穂には他にいい人がいるもんね」
千鶴がにやりと笑うと同時に、メッセージアプリの着信音が鳴った。待ちわびていた浜島からだ。
――「18時ハチ公前、了解」
――「舞台とか久しぶりだから楽しみ」
良かった、と菜穂は心底胸をなでおろした。
(そうだ、今は明日のことだけを考えよう)
高校時代の元カレのことなど、気にかけている場合ではないのだ。
この手の噂話はよく流れてくるわりに、信憑性が高いとは言い難い。それに聞いていて楽しいものでもない。
菜穂は、それとなく顔を背けた。
それでも下世話な会話は否応なく耳に届いてしまう。
「あの人、社内の飲み会とかでも、いつのまにか女の子と消えてるんだって」
「私は、新人の子ふたりに手を出して、めちゃくちゃ揉めたって聞いたよ」
「それってふたまたかけてたってこと?」
「最悪」
「でもさぁ……顔はいいんだよねぇ」
「仕事もできるしね」
隣に座っていた千鶴が「へぇ」と呟く。何食わぬ顔で、しっかり噂話に耳を傾けていたらしい。
「で、こっちに来てからはどうなの?」
え、と菜穂はタンブラーにのばしかけていた手を止めた。
「昨日、総務の加原さんとランチに行ってなかった?」
「早……」
「でも、なんで総務? 営業の子じゃなくて?」
「加原さんが誘ったからじゃない? あの人、今、絶賛『社内婚活中』じゃん」
ほんのりと悪意のにじむ言葉に、他の女性社員たちも含むように笑う。たしかに揶揄された女性は、社内で結婚相手を探しているともっぱらの評判だ。
「あの人、ガツガツしすぎだよねぇ」
「まあ、でも、気持ちはちょっとわかる」
「年齢的に焦るし」
「で、どんな反応だったの? 緒形さんは」
今度こそ、菜穂は息を呑んだ。
会話の流れから、なんとなく最近異動してきた誰かの話をしているとは思っていたが、やはり緒形のことだったらしい。
胸がギュッと苦しくなる。「聞きたくなかった」という思いと「相変わらずだな」とのあきらめのような気持ちがないまぜになった。
思えば、高校時代の彼もよく女子生徒に囲まれていた。それもクラスのヒエラルキー上位にいるような、華やかな人たちに。
だからこそ、菜穂と付き合うことになったとき、周囲はずいぶん驚いていたし、一部の女子生徒たちからは「緒形も趣味が変わったじゃん」と冷ややかな言葉をぶつけられた。あのときの彼女たちの眼差しを、菜穂は未だ忘れることができない。
「ねぇ、『緒形さん』って、あの『緒形さん』だよね?」
千鶴が、こそっと肘で突いてきた。
「だとしたら残念だね」
「残念?」
「だって菜穂、元同級生でしょ。そういう相手との再会って、なんかいろいろ期待しちゃうじゃん?」
「そんなことは……」
「でもさぁ、女癖が悪いのはちょっとね」
千鶴のため息に、菜穂は平気なふりをして苦笑いを返した。
「大丈夫。そういうの、ぜんぜん期待してなかったから」
「えー」
「元同級生っていっても、そんなに親しかったわけじゃないし」
そう、期待なんてしていない。
だから、今の緒形の女性関係がどれだけ乱れていようが、自分には関係ない。
──関係ない、はずだ。
「まあ、菜穂には他にいい人がいるもんね」
千鶴がにやりと笑うと同時に、メッセージアプリの着信音が鳴った。待ちわびていた浜島からだ。
――「18時ハチ公前、了解」
――「舞台とか久しぶりだから楽しみ」
良かった、と菜穂は心底胸をなでおろした。
(そうだ、今は明日のことだけを考えよう)
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