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第1話

5・デートのお誘い(その2)

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 わざと区切るように囁かれて、菜穂はグッと息をのんだ。

「そんなの、どうなるかわからないよ」
「そう? でも、あり得なくはないでしょ。夜のデートなんだし」
「でも、平日だよ?」
「いいじゃん、一緒に出社すればいいじゃん」

 だから、と千鶴はやわらかな身体を寄せてきた。

「やっちゃいなよ」
「なに言って……」
「大事なのは勢いだよ。それと『ノリ』。それだけだって」

 いともたやすく言い切る同僚に、菜穂はなかなか同意できない。ただ曖昧あいまいな笑みを浮かべるだけで精一杯だ。
 そんな彼女の逡巡しゅんじゅんに気づいたのか、千鶴は形のいい眉をわずかにひそめた。

「もしかして、浜島さんじゃ不満?」
「まさか! そんなことないよ」
「じゃあ、なにかこだわりがあるとか? 『結婚が決まった相手としかやりたくない』とか『婚前交渉はNG』とか」

 それも違う。ごく人並みの、誰かと夜をともに過ごすことへの憧れは、菜穂のなかにも間違いなく存在している。
 だったらいいじゃん、と千鶴は目を輝かせた。

「大丈夫、ハードルが高いのは最初だけだって! 飛び越えちゃえば、あとはどうってことないから」
「……そうかな」
「そうだよ! だから、難しく考えないでさっさとやっちゃいな!」

 それができるなら、27歳にもなってこんな状況に陥ってはいないだろう。
 菜穂は、ため息を飲み込んだ。まさか言えるはずがなかった。その最初のハードルで派手に転んだまま、未だ再スタートを切れずにいるだなんて。

(でも、浜島さんとなら、もしかしたら……)

 映画の誘いを受けて以来、菜穂はぼんやりとそう考えるようになっていた。
 実際、飲み会での彼の印象はかなり良かった。決して上手とはいえない菜穂のトークにも終始笑顔で耳を傾けてくれて「お付き合いするなら、こういう人がいいのかも」とひそかに思ったのも事実だ。

(それに……浜島さんなら言わないよね)

 10年前、緒形が菜穂にぶつけてきたような言葉を、彼なら口にしないような気がする。

「ま、うまくいったら報告してよ」
「……っ、しないよ、そんなこと!」
「『しない』ってどっちを? 報告? それとも……」

 初体験、と千鶴が口にする前に、菜穂は足早にその場をあとにした。まだそうなると決まったわけでもないのに、頬が火照って仕方がなかった。
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