3獣と檻の中

蓮雅 咲

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【百話】誤った選択#

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演説を終え、私を正面に両手を広げて満面の笑みを浮かべるこの男が言うことは信用はない。
田辺にコイツと行ったところで、コイツが私を殺さない保証はない。
ただし、私を殺すつもりなら、ハチくんを撃つ前に殺せていた。それもまた事実で、ハチくんをこの状態のままにしておけないのも事実で。

「黙って聞いていれば、言いたい放題だな
深月はお前に渡さないし、絶対に守る。
大体、田辺がそこまで深月を重要視しているとは思えない。
どうせお前が勝手に深月を処理したいと思って動いただけだろう!
深月のせいではなく、田辺の組員がどうなっていようが知らないが、それは全てお前が仕向けたものだろうが!」

佐竹さんが、改めて私と男の間に入ろうとしたとき、
ピシュンッ!
佐竹さんの足元2mほど手前に砂煙が上がる。

「佐竹!」
佐々木さんが制止しようと声を荒げる。

(サイレンサー付きの銃…)

「動くなって、言っただろ?次は当てるぞ」

ニヤリと口の端を上げ、どうするー?とケラケラと笑う様がこの男の性根が腐っているのがよくわかる。
平日の朝8時過ぎ。用意周到に準備され、人を撃つことにもためらいがなくやってのける。
ここは公共の公園だ…なのに気にせず撃っている…

(ハチくんの事もある…時間に余裕は無い…かな…)

「大丈夫ですよ、佐竹さん」

ふぅー。
大きく息を吐き、佐竹さんのホールドを解くように、押しのけ、笑顔を見せる。
んっこいしょ、と緊張で固まった足を延ばしながら立ち、一歩進み男に向き直る。

できるだけ、抑揚のない声で。
できるだけ、諦めたように。
悟られては行けない…

「東堂さん、でしたっけ。今のあなたの名前なんてどうでもいいですけど。
あの頃からあなたが何も変わっていない事がよくわかりました。
性格も、頭もゴミのような人間性も。全て変わっていない。
あなたと私は相いれない人間でしたし、私にとって、必要のない人でした。
なんで母があなたと結婚したのかも、あなたと体を繋げたのかも理解はできませんが」

ピクリと男の眉が動いた気がしたが、表情は満面の笑みを張りつけたまま、ゆっくりと手を下ろしていく。

気取られるな。
まだ、まだ。

「今日、この日。貴方が私にわざわざ会いに来てくれたことだけは感謝します。
残念なことに、あなたの言葉は私には届きません。
何をどのように言われても、私の心は二度と貴方に犯されることはありませんし、動かされることもありません。
ですので安心してください。
私を殺したいのなら、今ここでどうぞ。逃げも隠れもしません。」

「深月!」
「深月さん!」

佐竹さんと佐々木さんが怒鳴る。
でも構わない。だってこの人は私を殺したいわけじゃない。
きっと田辺という組織も私を殺すつもりは、ない。

「さあ、お好きにどうぞ。ただし、あなた達が私を殺す前に貴方が死ぬかもしれませんが。
自分は汚れず他人を巻き込んだうえで高みの見物をしたかったのかもしれませんけど、思うようにいかず仕方なく姿を見せた。
私に少し圧をかければ、言うことを聞くとでも思いましたか?おあいにく様です。
私は貴方のいいようにされていた時の私ではありませんよ。
私の父は既に死んでいます。
田辺の人間だとか、藤倉の人間だとか、私には関係ありません。
私の知らないとこで起きている人間の生死に興味はないし、私は私の生死にも興味はありません。
人間ですらない、屑でゴミの話なんて誰が聞こうと思いますか?」

「おーおー。言うようになったなぁ。そんなに死にたいのか?
お前を大事に大事に囲っている王子様たちが死んでもいいってことだな?」

一歩、一歩。
東堂と名乗った男に近寄りながら、言葉を紡ぐ。

「私はこの人たちとは関係ないですし、どうなろうが何も問題はないですよ。
というかあなたが処分したいと思っているのが私なら、私を今殺せばいい。
しないのはなぜですか?
どうせ今はタイミングじゃないとか、自分の保身の為とか、そんな言い訳するんでしょうが」
「ハハッ!ササキさん、佐竹さん。こいつは自分の立場を分かっていないようですねぇ
皆さんならわかりますよね?」

「深月は渡さん。どんなことがあろうと…!」
「だ、そうですよ。深月さん、それ以上は…」

ゆっくりと、一歩ずつ。前に進む。

「後悔しますよ?なぁ、深月」
「藤倉がアンタごときに後悔するわけないだろ」
「そうですか…んじゃぁ仕方ないですね、今日はこの辺にしときますか...!」

東堂が私の腕をつかみ、引き寄せる。

「深月!!」
「動いたら次は当てるって言ってるでしょうが。死に急ぐ必要はないぜ?おっと。思ったより早いな…」

王子様の登場だぁ、怖い怖い。
そう私に囁いた瞬間、財田さんが数名の組員と共に駆けつけようとしているのが遠目に見えた。

「俺がここから消えるまで少しでも動いたら部下たちがお前らを撃つ。財田にも言っとけ?じゃあ、コイツは貰ってくぜ」
「…ざけんなぁああああ!!!」

腕を引かれ、目を背けながら走り始めたとき、佐竹さんがタックルをする勢いで東堂に突っ込んできた。
ピシュンッ
「ぐっ!!!」
「佐竹!」
「佐竹さんっ!!!!」

走った勢いのまま倒れ込む佐竹さんのお腹から血が溢れる。
思わず駆け寄ろうと東堂の手を振り払おうとするが、強い力で引きずられるように連れていかれる。

「佐竹さん!放して!!!佐竹さんっ!佐竹さん!!!!」

「頭じゃなくてよかったなあ、なぁ深月」
「ふざけんな!」
「アイツが動いたのが悪い。警告はしたからなぁ」

佐竹さんは気づいていたはずなんだ。
佐々木さんも。
私が東堂に近寄った理由…
皆を巻き込みたくなかった。
なのに…なのに、佐竹さん…私なんかのために…
ごめんなさい…ごめんなさい…どうか無事でいて…

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