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第八十四話【三嶋の飴と鞭4】※
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「セーフワードをという言葉を知っていますか?」
カチャカチャと棚から何かを取り出し、確認し、トレイに乗せていく三嶋さんを横目に「セーフワード?」と聞き返した。
「そう。これ以上は無理。嫌だ。危険だ。深月さんがそう思ったときに口にする言葉です。それを聞いたら、僕は何があっても手を止めて、その日は終わり。」
「なんか、親切ですね。」
「親切?」
あとはー、これとあれと、タオルタオル…
なんて口に出してタオルを手に持ってトレイに乗せようとしていた三嶋さんが、きょとんとした顔で私を見た。
「ははは!親切とかじゃないですよ!」
クスクスと笑いながら、ステンレス製のキッチンカートのような台に用意したトレイを次々と乗せていく。
私の位置からだとトレイの中身は見えない。
若干不安にはなるものの、使う前には説明してくれるって言ってたし、きっと大丈夫…
カラカラという音を立てながら、三嶋さんはカートを押し私に近づく。
何をされるかわからない不安と恐怖に心臓が早鐘を打つ。
私の斜め後ろ当たりでカートは止まった。
「もうちょっとだけ、待っていてくださいね。すぐ戻りますから。」
すり…と頭を一度撫で、耳元で後ろ側から声を掛け、すぐにその場を離れる三嶋さん。
動けない私は、彼の手が離れることが心細くなり「あ……」と思わず口に出してしまった。
三嶋さんが振り向き、私を見つめる。
ふわっと優しい笑顔を見せる三嶋さんに、ちょっとだけ安堵する。
「大丈夫です。本当にすぐですから…」
手の甲で私の頬をそっと撫で、安心させるように耳にキスを落としてくれた。
私が座っている椅子は一人掛けの重めのしっかりしたソファーで、私みたいな筋肉なんか一切ありませんっていう人間一人が動かせるような代物ではない。
しかも腕を椅子に拘束されている現状、身動き出来るわけもなく。
三嶋さんを目で追うのは限界があり、すぐに視界から消えてしまった。
心細いというか、不安というか。
居場所を把握するのに、耳でしか頼ることができないって本当に不安。
目の前に広がるSMに使用するであろう凶悪なグッズや器具が視界にずっとあるのは心臓に悪い。
5分もたっていないと思う。遠くでガサゴソという音は聞こえるものの、永遠にも感じる時間だった。
(三嶋さん…)
視線を床に落としたそのとき
「よっ…と。お待たせしました。」
という声に心底安堵した。
ガタンっと私の目の前に置かれたのは、私が座っている椅子と同じ椅子。
そばにあったとは思ったけど、そんな遠くから持ってきたのかな…?
「さすがに僕も座りたいので、貴女の前に置きますね。お時間取らせて申し訳ありません。」
「じゃぁ、改めて。セーフワードのお話でしたよね。」
持ってきたソファーは私と向かい合うように角度を調節し、三嶋さんはゆっくりとそのソファーに座る。
私との距離は1mというところだろうか。
「まず、先ほども言いましたが、セーフワードというのは、僕を制止することができる強制STOP用の言葉です。」
じっと私の目を見ながら話してくれる三嶋さんに、真剣な話なんだなぁと、姿勢を正す。
腕動かんけど。
「僕のような趣向の人間には、今の深月さんのように拘束し相手の自由を奪い、己の意のままに暴力を振るう人間もいます。相手がどれだけ嫌がっても動けなくしてしまえば相手のことなどお構いなしなプレイをする人もいるのです。
ですが。プレイの趣向が受けてであろうが攻め手であろうが、お互い人間であり、対等です。
相手が望まないことをすれば、それは単なる暴行で、レイプです。
訴えられたら法的に死にます。
そういった事故を防ぐためにも、セーフワードというものがあります。」
「はい」
どんな関係性であっても対等である。
すごく辺り前なのに、心に突き刺さる。
「深月さんのは何にしましょうか。」
「……普段使わない単語や言葉のほうが良いんですよね?」
「そうですねぇ…普段というのもそうですが、こういった性的な行為をするとき、意識しないと出てこないような言葉がいいかもしれません。」
「なるほど…ん-…あー」
「思いつきましたか?」
「オムライス」
「ふふふ…深月さんらしいですねぇ…今食べたいものですか?」
「うん。なんにも浮かばないときはそういうのでもいいのかな?」
「大丈夫ですよ。では…」
ニコっと目を弓なりにし、笑ってくれた三嶋さんは私に近づき、両手で私の顔を挟み、ぐいっと顔を近づけた。
「『おむらいす』忘れないでくださいね?これからそれ以外の言葉を言われても、泣いても、叫んでも、やめませんからね。」
ちゅっ。
忘れていた。
満面の笑みで告げる目の前の綺麗な男が、間違いなく獣のひとりだったと。
優しい言葉遣いや笑顔に警戒心を忘れていた自分を殴りたい。
ガチャン!と右手の枷が音を鳴らした。
カチャカチャと棚から何かを取り出し、確認し、トレイに乗せていく三嶋さんを横目に「セーフワード?」と聞き返した。
「そう。これ以上は無理。嫌だ。危険だ。深月さんがそう思ったときに口にする言葉です。それを聞いたら、僕は何があっても手を止めて、その日は終わり。」
「なんか、親切ですね。」
「親切?」
あとはー、これとあれと、タオルタオル…
なんて口に出してタオルを手に持ってトレイに乗せようとしていた三嶋さんが、きょとんとした顔で私を見た。
「ははは!親切とかじゃないですよ!」
クスクスと笑いながら、ステンレス製のキッチンカートのような台に用意したトレイを次々と乗せていく。
私の位置からだとトレイの中身は見えない。
若干不安にはなるものの、使う前には説明してくれるって言ってたし、きっと大丈夫…
カラカラという音を立てながら、三嶋さんはカートを押し私に近づく。
何をされるかわからない不安と恐怖に心臓が早鐘を打つ。
私の斜め後ろ当たりでカートは止まった。
「もうちょっとだけ、待っていてくださいね。すぐ戻りますから。」
すり…と頭を一度撫で、耳元で後ろ側から声を掛け、すぐにその場を離れる三嶋さん。
動けない私は、彼の手が離れることが心細くなり「あ……」と思わず口に出してしまった。
三嶋さんが振り向き、私を見つめる。
ふわっと優しい笑顔を見せる三嶋さんに、ちょっとだけ安堵する。
「大丈夫です。本当にすぐですから…」
手の甲で私の頬をそっと撫で、安心させるように耳にキスを落としてくれた。
私が座っている椅子は一人掛けの重めのしっかりしたソファーで、私みたいな筋肉なんか一切ありませんっていう人間一人が動かせるような代物ではない。
しかも腕を椅子に拘束されている現状、身動き出来るわけもなく。
三嶋さんを目で追うのは限界があり、すぐに視界から消えてしまった。
心細いというか、不安というか。
居場所を把握するのに、耳でしか頼ることができないって本当に不安。
目の前に広がるSMに使用するであろう凶悪なグッズや器具が視界にずっとあるのは心臓に悪い。
5分もたっていないと思う。遠くでガサゴソという音は聞こえるものの、永遠にも感じる時間だった。
(三嶋さん…)
視線を床に落としたそのとき
「よっ…と。お待たせしました。」
という声に心底安堵した。
ガタンっと私の目の前に置かれたのは、私が座っている椅子と同じ椅子。
そばにあったとは思ったけど、そんな遠くから持ってきたのかな…?
「さすがに僕も座りたいので、貴女の前に置きますね。お時間取らせて申し訳ありません。」
「じゃぁ、改めて。セーフワードのお話でしたよね。」
持ってきたソファーは私と向かい合うように角度を調節し、三嶋さんはゆっくりとそのソファーに座る。
私との距離は1mというところだろうか。
「まず、先ほども言いましたが、セーフワードというのは、僕を制止することができる強制STOP用の言葉です。」
じっと私の目を見ながら話してくれる三嶋さんに、真剣な話なんだなぁと、姿勢を正す。
腕動かんけど。
「僕のような趣向の人間には、今の深月さんのように拘束し相手の自由を奪い、己の意のままに暴力を振るう人間もいます。相手がどれだけ嫌がっても動けなくしてしまえば相手のことなどお構いなしなプレイをする人もいるのです。
ですが。プレイの趣向が受けてであろうが攻め手であろうが、お互い人間であり、対等です。
相手が望まないことをすれば、それは単なる暴行で、レイプです。
訴えられたら法的に死にます。
そういった事故を防ぐためにも、セーフワードというものがあります。」
「はい」
どんな関係性であっても対等である。
すごく辺り前なのに、心に突き刺さる。
「深月さんのは何にしましょうか。」
「……普段使わない単語や言葉のほうが良いんですよね?」
「そうですねぇ…普段というのもそうですが、こういった性的な行為をするとき、意識しないと出てこないような言葉がいいかもしれません。」
「なるほど…ん-…あー」
「思いつきましたか?」
「オムライス」
「ふふふ…深月さんらしいですねぇ…今食べたいものですか?」
「うん。なんにも浮かばないときはそういうのでもいいのかな?」
「大丈夫ですよ。では…」
ニコっと目を弓なりにし、笑ってくれた三嶋さんは私に近づき、両手で私の顔を挟み、ぐいっと顔を近づけた。
「『おむらいす』忘れないでくださいね?これからそれ以外の言葉を言われても、泣いても、叫んでも、やめませんからね。」
ちゅっ。
忘れていた。
満面の笑みで告げる目の前の綺麗な男が、間違いなく獣のひとりだったと。
優しい言葉遣いや笑顔に警戒心を忘れていた自分を殴りたい。
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