3獣と檻の中

蓮雅 咲

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第二十二話【男のスイッチってよくわからない】

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ピピピ。ピピピ。

向かい側のソファから電子音が鳴り始めた。

チッと小さく舌打ちをした財田がソファに置かれていたスマホを手に取り、画面をタップする。

「ああ。そうか。わかった。」

短く返事をする財田さんの声に硬さがこもっている。

「ヒカル。着替えて出るぞ。下の奴ら5.6人くらい見繕っておけ」
「はぁ、俺らに休みってのはないんかねぇ」
「本家がゴタついてるからなァ。今はドコもカシコも忙しいンだよ。」
「分かっちゃいるが、もうちょい他に仕事振って欲しいもんだ…」

不機嫌そうに頭をガシガシ掻きながら財田さんが言うと、佐竹さんはそっと私を膝から下ろし、立ち上がった。

「シュウ、今日はお前に預ける。《大事》に扱え。悪いな深月、今日はバタバタしてお前といられる時間がねぇ」

三嶋さんに一言告げると、私の前に来て申し訳なさそうに膝を折る。

いや、私あなたとの時間なんかこれっぽっちも望んでないので大丈夫です。
口には出せない言葉を内心に留め、首を横に振りながら「大丈夫です」の部分だけ声に出す。

財田さんが、そうか。と立ち上がり、そのままオデコにキスを落とした。

そうこうしているうちに、黒服が数人リビングに入ってきて佐竹さんから指示を貰っている。
名残惜しそうに私を横目で見ながら階段を上っていく財田さん。

「案外忙しいんですね?」

三嶋さんにこそっと声をかける。

「昼間オヤジさんに呼ばれたのを覚えていますか?ちょっとその件でゴタゴタしていましてね。今の電話もそのことでしょう。私ではなく、佐竹が呼ばれたということは力仕事でしょうねぇ。大変だ。」

クスクスっと手を口元において笑う三嶋さんはとても楽しそうだ。
力仕事ってなんだろ…工事現場でも行くんだろうか。
ハテナと首をかしげると思ったことが口にでいたのか。
似たようなものですよ。とまたクスクス笑われた。

リビングが厳つい男たちでわちゃわちゃしてきた。
大変居心地が悪い。
こっちをチラチラと見ている黒服もいる。

いつの間にか佐竹さんも自室に行っていたようで
数日前に見たようなピシっとしたスーツで二人が階段を下りてきた。

場所が違えば、社交界で赤い絨毯の引かれた階段を下りているような、カッコいい男たちの姿に一瞬見蕩れる…が、何度も言う。
相手はヤクザの若頭とその右腕。

お疲れ様ですっ若!
と厳つい大の男たちが一斉に財田さんに向かって腰を90度に折る。

うっわ、ガチだ。ガチの奴だ。

事務所にお宅訪問させられたときも、何人も黒服は居たが、財田さんはすでにお部屋にいたのでこんな光景は見ていない。
かなり年上であろう男たちを従える財田という男の権力を、まざまざと見せつけられてドキマギする。
顔が赤くなる系のドギマギではない。
恐怖で青くなるほう。

興味もなさそうに「ああ」と挨拶に返すと、私のほうを向いて、「言ってくる」と手を向けた。

「深月、いい子にしてろよ?山村は置いていく。何かあったらすぐ連絡しろ。」

私宛ての発言、仕事に行く前絶対それだな。いいけど。
私宛てに言われた後は三嶋さんに向けてのものだ。

「いってらっしゃいませ。帰りに連絡は入れてくださいよ。一応。」
「わかってる。」

短く返答した財田さんは軽く右手を上げ、男たちの先頭を切ってリビングを出て行った。

「んじゃ、俺もいってくるわ。」

私の頭をわしゃわしゃと撫で、少し背中を丸めしぶしぶというように佐竹さんもリビングを後にする。

その背中を見送り、昼間とはメンツは違えど二人きりにさせられた私は、前回のことを踏まえて若干身を固めた。

「そんなに固くならないでください。これから一緒に住む相手ですよ?」

カチャっと私と自分のマグカップを手に取り、キッチンに向かいながら三嶋さんがクスっと笑う。
無茶言うな。
佐竹さんとは最後までしなかった(はず)とは言え、監禁されてる女が監禁してる男に一緒に住むとか言われて、何されるかわからんのに緊張しないわけないだろ。

佐竹さんが最後までしなかったのは私が気を失ったからだと思う。
でもそう何度も気を失うようなことがあるわけじゃないだろう。
三嶋さんが私に見せていた柔らかい物腰だとか、言動だとかは他の二人よりは幾分、気が楽にはなってるけれど、あの二人と一緒に行動していて冷徹な部分がないなんてことはない。
腐ってもヤクザの片棒を担んでいるのだ。
やる時はヤルだろう。

やり始めたら止まらないかもしれないし……

…まぁ?三嶋さんが私の陳腐な身体に興味があるのかも分からないし?
綺麗でグラマラスなお姉ちゃんが好きかもしれないし?

「コーヒーおかわりしますか?それとも違うものにしますか?」

キッチンから声がかかる。

「あ、ならお水を」

ピリついた黒服の気迫に圧倒されたからか、喉が渇いていたので水を頼んだ。

片手にコーヒー。片手にミネラルウォーターのペットボトルを持って、三嶋さんはソファーに座った。
私の真横だ。

うん。真横。
体と体の隙間は5センチほど。
近くない?

ずりっと座ってる位置をずらすつもりが、コーヒーを持っていたはずの手で腰を抑えられていた。

「……。」
「どうしました?」

どうしましたじゃない!!腰!!!手!!!
じろり、と男の顔を睨めつける、がどこ吹く風。とでもいうようにニコっと微笑まれた。

グイっとさらに体の距離を縮められて、悲鳴を上げそうになるが、耐える。

「貴女は、とても可愛らしいですね。アイツらが貴女に興味を持つように。私も貴女にとても興味があるんですよ?」

長い指が私の頬から顎にかけて滑る。

(あっれぇぇぇぇ、この人もめっちゃ怖いんですけどぉぉぉぉぉ!!!)

私に興味無いんじゃね?っていう淡い期待は裏切られた。

うっとりと眺められ、気が付いた時には両手がふさがっていたはずの男の手には何も握られておらず、腰を抱かれて顔を撫でられる。

んん……!?
いつどんなスイッチが入ってこうなった…!?

視線を外すことを許されない強い瞳に、私は目を見開いたまま
そっと口づけされるのを黙って見ることしかなかった。
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