3獣と檻の中

蓮雅 咲

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第七話【公園なんか行くんじゃなかった】

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暴力団事務所へのお宅訪問から3日後。
私はまだ用意されたはずの拠点に行っていない。
あの大きなアタッシュケースの中身は銀行に預け外身はぽいした。通りすがりの公園のゴミ捨て場に。
大変申し訳ないが緊急事態なので許してほしい。

この3日間、海外にでも行くかと思ったけど海外に行っても英語できないし無理。
かといって、国内だとどこにいても多分見つかる。

(見つかるよなぁ…関東から離れてもあんまり関係なさそ…)

関東一の暴力団…国内有数の企業。
表だろうが裏だろうが金を積まれたら身動き取れそうにもない。

(いっそ山籠もりでもすればいいんか…)

真昼間の人気のない公園で一人、私は雲一つない空を見上げる。
何度とないため息が漏れ、八方ふさがりに悩む。
ずるずるとお尻を手前にずらしベンチの背もたれにもたれる。

…!?
「よォ。吉沢。」

元気にしてたか?
そう私を見下ろしていたツーブロックの短髪の端正な顔がニヤリと笑うと私の横にトスンと腰を下ろした。

声が出ない。
驚きすぎて声が出なかった。
まだ3日だ。
潜伏先を考えながらふらふらと都内を点々としていた私は2日目にはあのギラギラした視線も感じなくなったから余裕出たかなと思ったのにも関わらずだ。

(しかもよりによってなんでこの人…!?)

いかにも高そうな紺色のスーツ。
まっすぐ見据える先には公園特有の遊具が広がっている…彼は眩しそうに目を細めると私に顔を向けた。

「ヒッ…」

男らしい、けれど端正な顔立ちの男の顔がこちらを向いた瞬間、反射的に逃げようと腰を浮かせた…はずだったが、彼に近いほうの左腕をつかまれ、軽い悲鳴とともに体が固まりベンチに体が縫い付けられたように動かなかった。

「…逃がさねぇよ?」

ギラッと目を光らせ、もともと低い聞き心地のいい声がさらに怒気を孕んだように唸る。

こわっ
待って待って
なんでそんなギラつかせてんのこのお兄さん、超怖い。
追っかけられている相手の男がいきなり現れたかと思えば隣に座ったのだ。
恐怖しかない真昼間とは言えほかに人っ子一人いない公園にヤクザの右腕が隣に来たら怖いだろ!
反射的に逃げようとしたことくらい怒らないでほしい。マジで。

体を浮かせるために前かがみがちになっていた体を、ゆっくりともどす。
ふっとピリついた空気が元に戻り、男の顔もギラついた瞳ではないように思った。
だが、つかまれた左腕はまだ離されてはいない。
落ち着いてキョロっと当たりを確認した。

いつの間にか2か所ある公園の出入り口は黒服のお兄さんたちが2名以上張り付いている。
高そうな黒塗りのお車と同伴だ。

はぁ…と本日何度目かわからないため息をついて、またもや自分の失敗を心の中で嘆く。
(人がいない公園になんか来るんじゃなかったなぁ)

今更言っても仕方ない。
今はこの人から安全に離れることを優先しないといかん。
覚悟を決めろ。

私の左腕を放そうとしない男の手の甲をペシっと叩き
改めて私の顔を面白そうに見つめる男に向き直る。

「どんなご用件でしょうか。佐竹さん」

一瞬驚いたように目を見開き、楽しそうにクツッと喉を震わせたかと思うとニヤリと口の端を引き上げ
「迎えにきた。」
と静かに口にした。

やめてよして放して私は今すぐ貴方から離れたいのでほんとにやめて欲しい。
ヒクッと私の顔が引きつる。
迎えに来たって何。
3日しかたってない、経ってないのだ。

「どういうことですか?」

未だ左腕は握られている。
ほんとに放してほしい。
ペシペシっと軽く叩いているのに無視される。

「あの人が気に入ったとか言ったから監視してたんですか?」

ペシペシペシ。
私の腕を握っている手から視線を放さずに叩いているのだが、まるで気づいていないとでもいうように微動だにしない。

「アイツが気に入ろうが何しようが多分お前は監視対象だっただろうな。」
「いや一般人監視してどうするんですか。」

クツクツとくすぐったそうに喉を鳴らしながら目を細める。
なにがおかしいんだこの人。

叩いても放す気配のないこの指を押したりひっぱたり、一本一本どうにか外そうと試みるがびくともしない。
なんだこれ。吸盤でもついてんのか。吸盤のほうが外しやすいぞ。
ンギギギギと力を込めて指を引っ張るがそれもダメ。
息切れしそう。

私は自力でこの手をどうにかすることを諦めた。

「どうでもいいけど手、放して下さい。」
「痛くしてねぇだろ?」
「…痛くはないですが不自由です。」

眉をひそめて、私は再びパシパシと私の腕からどこうとしない手を叩く。

ンー、と手と放さないまま首を上に向け、考えるふりをしたこの男は

「じゃあ選択肢をやろう。このまま放さずに俺に車に押し込められるか。自ら進んで俺の車に乗るか。」

いやその選択肢結論1つじゃないですか。嫌です。

「拒否「なんて選択肢は与えてねぇよ?」

また低い声を出す目の前の男に私の意見は却下される。
ギュッと握っている私の腕に力を込められ(ヒェ…)と内心恐怖に震える。
どうやったらこの男の手から逃れられるのか、どうやったら今を乗り越えられるのか
わかる人がいたら教えていただきたい。

「…また事務所…ですか……」

はぁ…とため息をついて絞り出した発言は行き先についてだ。
物理的な逃げ道がまったく見当たらない。
男と女じゃ力も体力にも差があるうえに、私は生粋のインドア派で同年齢の一般女子より非力で体力もない。
このガタイのいい、筋肉のつき方が違う男からは物理的に逃げることは不可能に感じる。
軽く握られていたであろう手すら放せられないのだ。

「いや、連れていく場所は違う。」

肩を落とし諦めた私を見て機嫌を良くしたのか
ギラついたあの目と雰囲気はなくなり、握る力を緩めた男は、
じゃあ行くか。
と握っていた腕を引き寄せ、そのまま私を体に抱き込んだ。
鼻に入る柑橘系の香水とたばこの香り。その香りにびっくりして一瞬固まっていると
ふわっと体が浮いた。

「うぇぇぇっ?!」
「…色気ねぇなぁ、お前」

クツクツとまた楽しそうに喉を鳴らしながら足を進められ、いきなり浮いた体が不安定で怖く、私は男の首にしがみつき目をギュっと閉じた。

「そうそう、いい子だ。ちゃーんと捕まってないと落ちるぞ」

人生初のお姫様だっこ、超怖いマジで怖い。お姫様だっこ本気で怖い。

黒塗りの車のドアを黒服がうやうやしく開けると
私を横抱きにしたまま器用に後部座席に乗り込んだ。

ん?ちょ、まって車の中まで抱っこしてなくてもよくない???
バっと男の首に回していた手を放し、厚い胸板に手を当てて体を引き離そうとする。
びくともしやしねぇ

「あああああの、おろして…っ」
「ん?着くまで下ろすわけねぇだろ」
「いやいやいやいやいや、そのあの私あのっ膝からおろして欲しいってことでっ…!!」
「…あぁ、そういうことか。却下」
「なんで?!」

思わず叫ぶ。
自分の顔が青くなってるのがわかる。
腕どころか体ごと捕まれていたら逃げるどころではない。
ヤクザに抱きかかえられるなんて冗談じゃない。マジで恐怖でしかない。
自慢じゃないが私の顔面は中の中。
体はそこそこ発育しているがチビで童顔で後ろ姿は小学生にしか見えないとよく言われていた。
コンビニでお酒を買うときも身分証をほぼ確実に提示させられる。
そんな私をこの男は姫だっこで下ろそうともしない。
あの日ヤクザが私に求めたのは「情報」だ。知ろうとすれば手に入る情報。
自分たちのルートで調べることができると判断した場合、私には利用価値は性別以外なくなるのだ。
私がこの人たちの「情報」を知ったと仮定し処分すると決めた場合、私の生きる道はそれしか残されていない。

希望が少しでもあるとすれば私を膝に置いたままクツクツと楽しそうに笑っているこの男の反応だ。
つかんだ腕も私を傷つけるほどのものじゃなかった。
私を殺そうという目的や、傷つける目的があるとすれば、ここまでこの職業の男が丁寧に扱う必要がない。

(殺すつもりは、今のところない…だとするなら)

商品という名前で売り飛ばす…もしくは…
考えたくない、考えたくはないが…
あの黒獅子は3日前「手に入れる」といった。
「逃がすつもりはない」とこの男はいった。
何が気に入ったのかは知らないけれど………

このあと連れていかれる先に…よるかもな…
ブルッと身震いする…
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