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四章
110 ヘロヘロンの巣
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ヘロヘロンの巣は大回廊の天井を覆うように逆さに生える、トゥエガという不思議な木の枝の上に作られている。
トゥエガの木はまるで葡萄の木のようにお互いの枝や幹を幾重にも重ねながら伸びているので、ヘロヘロンが巣を作ってもびくともしない程の強靭さを保持していた。
また、蔓のような木であるため、大回廊の壁にまで枝を伸ばしている。中には壁に根を下ろしている幹まであった。
そんな感じなので、やろうと思えばその枝や幹を伝ってラバブーンの巣まで辿り着く事はできてしまったりする。
ただ、そこに至るまでの垂直の壁を登るのが非常に困難であるため、今回はもうパパッと、ラキちゃんの乗りカゴで運んでもらう事にした。
今回の寄り道は本来ならばする必要もない行動だったので、そこまでストイックになる必要も無いでしょうと判断したから。
ラキちゃんに運んでもらった俺達は、ヘロヘロンの巣のど真ん中に下ろしてもらう。
巣はまるでカラスの巣のように、トゥエガの木の枝を器用に積み重ねて作られていた。
正直なところ俺達は凄惨な光景を覚悟してやってきたのだが、巣やその周辺は思っていたよりも綺麗な状態が維持されていたので、正直驚いてしまう。
「卵はねーんだな。残念」
「ねー」
えぇ……。あったら食べようとでもしていたのかい君達……。
「卵どころか、何もありませんねぇ……」
「ケイタ、本当に残っているのか?」
「ああ、間違い無くあるはずだ。――えーっと……、多分あっちだ」
巣の横にはヘロヘロンが通れるほどのトンネルが木の枝によって形成されており、どこかに続いているようだった。
ギフトはこの奥を示している。
「皆、落っこちないように気を付けてくれよ」
トゥエガの木によってトンネルのような形状となってはいるが、人が余裕で落ちてしまえるほどの隙間がある。
俺達は足元に気を付けながら、奥へと進んで行く。
「……あった、ここだ」
トンネルの奥は大回廊の天井にある廻り縁の大きな窪みを利用した、第二の巣とも呼べる空間が形成されていた。
そこには、ひしゃげた武器や防具、貴金属や金貨や銀貨といった貨幣、そして……犠牲となった冒険者の冒険者証があった。
――そう。今回俺は、この冒険者証の回収をするためにギフトに導かれたのだ。
死体や排泄物などといった物は、時間と共に迷宮が飲み込んでしまう。しかし死んでしまった冒険者の遺留品はこのように、飲み込まれずに残る事が多い。
ただそれでも、その遺留品の所有者となった魔物が討伐されてしまうと、次のダンジョンの再構築ではこれら遺留品も飲み込まれて消えてしまう。
そのため、これら遺留品が消えてしまう前に回収しなければならなかった。
見れば相当な数の遺留品が転がっている。この事から、今回俺達が討伐したヘロヘロンは、結構長い間討伐されなかったのだろう。
「うえっ、なんだこれ? 糞か?」
リンメイが鼻を摘まみながら指差したのは、ヘロヘロンの吐き出したペリットだった。
ペリットとは、鳥が骨や甲羅などを消化せずに口から吐き出したものの塊を指す。
ペリットを構成する骨や甲羅などといった様々な排泄物は、時間と共に迷宮に飲み込まれてしまう。
なので、このペリットはまだ最近吐き出されたばかりのものだ。
これも直に迷宮に飲み込まれてしまうだろう。そして、遺留品だけがここに残るはず。
「リンメイ、それ触るなよ。ペリットって言ってポイズンリザードとか食ったヘロヘロンの吐き出したものだから、毒とか病気の素があって危ないぞ」
「ひえっ」
リンメイは慌てて口を押えると、大家さん特製の防毒用スカーフを取り出して口にする。俺達も習って、用心のためにスカーフを身に付けた。
「まずは、ここで散った冒険者達に黙祷をしたい」
皆は快く承諾してくれたので、俺達は暫しの間、手を合わせるなどそれぞれのやり方で黙祷をする。
「――よし。ではこれから冒険者証と遺留品の回収をします。少々手間かもしれないけれど、皆には手伝って欲しい」
「おっけー」
「はーい」
「わかりました」
リンメイやラキちゃん、そして大家さんは賛同してくれたのだが、やはりというか、王子様とエルレインが難色を示してしまう。
「おい、冒険者証だけでよいだろう。私は死者の財貨を奪うような卑しい存在にはなりたくないぞ」
「セリオス様の仰る通りです。私もこのような行為には賛同しかねます」
まあ気高い王子様とエルレインの言う事は最もである。俺だってダンジョンに潜るようになった当初は、死体漁りの存在を忌避していたからな。
「これは奪うんじゃない。俺達は彼らから施しを受けるんだよ。――これはムジナ司祭の教えなんだが、こうすることで、この元の持ち主である冒険者達に最期の功徳を積ませる事ができる」
「それは方便ではないか。結局は奪う事に変わりはない」
「いいじゃないか方便だって。彼らは最期に、俺達に感謝されながら天に召されるんだぜ?」
暫しの沈黙の後、王子様はニッコリと微笑むラキちゃんをちらりと見ると、根負けしたようにやれやれといった仕草をする。
「まあ、そうだな……。やれやれ、死者から施しを受ける王族など、私が初めてかもしれんな。――いいだろう、謹んで施しを受けよう」
ペリットは非常に汚く悪臭を放っているが、迷宮は遺留品に付着していた汚物までも飲み込んでしまうので、遺留品はとても清潔な状態となる。
そのため俺達は汚れに悩まされる事無く、遺留品を拾い集める事ができた。
冒険者が使っていたであろう武器や防具なども遺留品として迷宮に飲み込まれずに残ってはいるが、どれもひしゃげたり折れ曲がっていたりしているため使い物にならない。
耐性ブローチなどといったアイテムも既に壊れてしまっており、機能を果たしてはいなかった。
そのため俺達は、冒険者証とお金と宝石だけを拾い集める事にした。
「皆さんすみません、この石ころもついでに拾ってはもらえないでしょうか?」
そう言い大家さんが指でつまんでいたのは、遺留品と一緒に落ちている小さな真っ白い玉砂利だった。
気にも留めなかったが、よく見ればこの白い玉砂利、結構落ちているな。消えずに残っているってことは、これもドロップアイテムなのだろうか?
「了解です。もしかして、これは薬の材料か何かなんです?」
「そうなんです! これはヘロヘロンの持つ強力な解毒能力が結晶となって残ったもので、とても優れたな解毒薬の材料になるんですよ!」
「「「おぉー」」」
どうもこの白い結晶、ここにいるポイズンリザードなど毒のある物を食べた時にヘロヘロンがペリットと一緒に吐き出すらしく、薬の材料として非常に貴重な品なんだそうな。
そんな貴重な品がゴロゴロと大量に落ちていたもんだから大家さんはとても驚いてしまい、是非とも拾って帰りたいという事だった。
せっせと遺留品を拾い集める俺達。
ヘロヘロンを討伐してしまったので何時まで消えずに残っているのか分からなかったため、皆には申し訳なかったが昼飯抜きで回収を優先させてもらう。
全てを拾い集める頃には、残っていたペリットもいつの間にか消えてしまっていた。
「こんなもんかな? 皆お疲れ様」
「結構あったなー。冒険者証は十三枚か……」
「同じパーティはこの方とこの方、そしてこの方とこの方……後はこの方とこの方ですか」
本当だ。手元にある冒険者証を見ると、それぞれ同じパーティに所属しているのは二人ずつ三組だけで、残りは全てがバラバラだった。
ヘロヘロンはたしか、一人か二人捕らえるとそのまま飛び去ってしまうと聞いた。だからパーティの全滅とまではいかないのか……。
「銅級が二人に、鉄級が十一人……か」
「鉄級が多いな……」
「だな……」
リンメイの言う通り、鉄級の犠牲者が多い。やはり高層ともなると冒険者としての経験の差が、このような結果として如実に表れてしまうのか。
この結果は……ある意味俺達への戒めだな。
「俺達はまだ先日鉄級になったばかりのひよっこだからな。気を引き締めて行こう」
「うん……」
とりあえず、これら冒険者証は俺が責任を持って、冒険者ギルドまで届けてあげよう。
冒険者証を持ち帰る事で感謝してくれるのは、冒険者の管理をしている冒険者ギルドだけではない。亡くなった冒険者の遺族からも、とても感謝される。
なぜなら、鉄級から開設される銀行口座の預金を遺族が受け取るには、冒険者証がギルドに返還され死亡が確認されないといけないからだ。
なので、どこで野垂れ死んでいるか分からない冒険者の冒険者証が無事にギルドへ戻ってくるのは、とても運の良い事だった。
回収を終えた俺達は、ヘロヘロンの巣で遅めの昼食を取る事にした。
ここはセーフティゾーンではないが、ヘロヘロンを恐れてか魔物が全く寄り付かないので休憩を挟むには都合の良い場所だった。
それに今は、万が一に備えて大家さんが認識阻害の精霊魔法を掛けてくれている。
やっとありつける昼食に誰もが人心地つく。大きな鳥の巣でのランチというのも、なかなか乙なものだ。
ちょっと前に色々とあったせいもあり、昼食を取りながらの会話が弾んでしまう。
「ふー、食った食った……よっと。ん? なんだあれ……?」
腹が満たされ気持ちよくなったリンメイは、お行儀悪く巣にごろんと寝ころんでしまう。その弾みで天井に何かを見つけたようだ。
つられて俺も見上げてしまう。
「何か見つけたのか?」
「うん。ほらあそこ、短い階段が天井にくっついてるんだよ」
「あれっ、……本当だ」
よく見ると大回廊の天井に、数段しかないとても短い階段がくっついていた。
階段の先には天井の中へと続く通路があるわけでもなく、ただ天井に階段がくっついているだけ。まるで改築した後使われなくなってしまった、ビルの外壁に残されたままの階段のようだ。
ああいう意味の無い建築物ってたしか、役に立たなかったプロ野球選手から名前を取ってトマソンて言うんだったっけか。
「ほんとだ。どこに繋がってるんだろうね? ――ちょっと見てきます」
「えっ? あ、うん。気を付けてね」
「はーい」
ラキちゃんは光の翼を展開すると、ひらりと階段の所まで飛んで行ってしまった。
あれ? 今ラキちゃんは、どこに繋がっているんだろうねと言った気がする……。聞き間違いだろうか?
なんて思いながら眺めていると、ラキちゃんは階段に降り立つとそのまま階段を上って天井に吸い込まれてしまった。
「「「あっ!?」」」
俺達はびっくりして思わず立ち上がってしまう。
まさかあの階段の先は幻術か何かで天井に見えているだけで、本当は階段が続いている!?
暫くしたらラキちゃんがひょっこりと天上の面から顔を出し、俺達に向かって手を振ってきた。
「みなさーん、ちょっとこちらに来てくださーい!」
「これ……、前もあったトラップ部屋じゃねーか!?」
「ですです! 宝箱も三つあったので、私もそう思ったのです!」
どう見ても天井にしか見えない境界面を恐る恐る抜けた先には、宝箱が三つ並ぶ隠し部屋が存在していた。
ここは以前中層で見つけた隠し部屋と、雰囲気がとてもよく似ている。リンメイやラキちゃんの言う通り、あのトラップ部屋である可能性が非常に高かった。
とりあえず、ここが以前中層で見つけたトラップ部屋とかなり似ている事、そしてトラップ部屋だった場合の仕様を大家さんと王子様とエルレインの三人に説明する。
「という事は、ここも真ん中の宝箱を開けると入口が塞がる可能性が高いのですね?」
「そうですね。なのでもしも俺達の推測が当たれば、今日はここで宿泊するのが最善だと思います」
「もし違ってもさ、ここならそのまま宿泊場所として利用してもいーと思うぜ?」
「そうだな。ここなら他の冒険者がやってくる可能性がとても低いし、大家さんの認識阻害の精霊魔法もあるから、見張りも最小限で済むんじゃないかと思う」
「では……本日はここでの宿泊が確定という事ですね!?」
おや、どうしたんだろう。大家さんがなぜかソワソワしているぞ?
「えっ、ええ。そうなりますね。その……どうかされたんですか大家さん?」
「えっとですね、実は――」
どうやら大家さん、白い結晶だけでなく、本当はトゥエガの木の実も採取したかったらしい。
だけど今は三十五層踏破を目的にパーティで活動しているため、遠慮してしまって言い出せなかったんだそうだ。
「そうでしたか。――分かりました。では採取における注意点を教えてもらえますか? 皆で手分けして集めましょう」
「ありがとうございます! 皆さんすみませんね……」
「気にしないでください。俺達は大家さんの所の下宿人なんですから。――なっ?」
「そーそー」
「うんうん!」
大家さんの所に下宿させてもらう条件は、大家さんが必要な時に薬草採取と手伝いを優先する事だからね。
大家さんが遠慮する事なんてこれっぽっちも無いんですよ。
大家さんの説明によると、トゥエガの木の実はアケビの実のように結構堅い果皮に包まれているそうだ。
中はアケビ同様に種子がワタ(胎座)に包まれており、大家さんはこれを果皮ごと欲しいという。
注意点としてはアケビにおける可食部であるワタに毒があるため、触らぬように注意してほしいとのこと。
種子は一応食べれるそうだが非常に苦みが強いため、動物もあまり好んでは食べないそうだ。
でも非常に栄養価が高いため様々な薬に利用できるし、煎じて飲めばコーヒーのような味がしてかなり美味しいらしい。そしてワタの毒にも利用価値があると言う。
ただ、そんな実でもヘロヘロンはお構いなしに食べていたようで、巣の周辺に実は残っていなかった。
そのため残っている実を見つけるには、少々時間を掛けて探さないといけないようだった。……そうか、だから大家さんは遠慮していたのか。
「――はい、風の精霊魔法を掛けました。これで暫くの間、先日のように何もない所を足で踏み込む事ができますよ。でも皆さん、足元には十分注意してくださいね」
「「「はーい」」」
トゥエガの木の実はかなりの量をヘロヘロンに食われてはいたが、よく見れば意外と残っている。
俺達は果皮ごと実をもぎ取りながら、どんどん集めて行く。小一時間ほどで大家さんが満足する量が貯まってしまった。
「皆さん本当にありがとうございました! もう今回はこれだけでも来た甲斐があるというものですよ!」
「あはは、それは良かったです」
大家さんはもう大喜び。こんな眩しい笑顔を見る事ができたので、俺も頑張った甲斐があるってもんです。
「では、本日の探索はこれにてお仕舞いということで、キャンプの準備に移りましょう」
「おっさん、まだやる事残ってるぜ! 宝箱だよ! た・か・ら・ば・こ!」
「あっと、そうだったな! ごめんごめん」
俺達は再び隠し部屋に戻ってくると、まずはトラップであるはずの真ん中の宝箱を開けてみる事にした。
ここが想定した通りにトラップ部屋なのか、先に確認しておきたかったからだ。
「開けまーす」
――ゴゴゴゴ……ガコン!
「よしっ! やっぱりトラップが作動したな!」
「この前と同じとは限らない。皆、警戒を怠らないでくれ!」
警戒を促し暫く待つが、最初にトラップが作動した音以外は何も起こらない。
「大丈夫そう……かな?」
「……そのようですね」
入ってきた階段の方を見に行くと、天井から突き出していた階段部分がそのまま入り口を塞ぐように折りたたまれてしまっていた。
良かった、これで今晩は見張りがいらない。全員が十分な睡眠を取る事ができるぞ。
「おお、本当に入口が塞がってしまったな」
「皆さんの仰った通りでしたね」
王子様とエルレインはトラップ部屋が初めてだったので、俺達の推測が当たったことに驚いていた。
「みなさーん、宝箱開けますよー」
「はいはーい、今行きます」
「おおっ! これは 『水神の御守り』 です!」
「だな! いいじゃん、当たりだぜコレ!」
これが例の 『水神の御守り』 なのか。
御守りという名前からお札のような形でもしているのかと思っていたが、実際には瑠璃色に輝く勾玉や管玉などで装飾された美しい首飾りだった。
「とりあえずこれ、三十五層踏破するまでは誰かが身に付けてればいーんじゃねーかな? んで、踏破した後も残ってたら売っちまえばいいんだしさ」
「そうだな。――んじゃ、誰が身に付けるかはくじ引きで決めるか?」
「はいはーい! 今晩のカードゲームの勝者が良いと思いまーす!」
ラキちゃんは先日買ったばかりのカードゲームを見せながら提案する。
「あっ、そうだね。じゃあそうしようか? ――皆それでいいかな?」
どうやら誰も異論は無いようで、力強く頷いてくれる。なんでもそうだけど、やはり勝者にはご褒美があったほうが盛り上がるからね。
今晩のカードゲームは白熱しそうだ。
「じゃ、次開けよーぜ」
「これは……! 『大鷲の外套』 です! 外套が来ましたよお兄ちゃん!」
「おっ、 『大鷲の外套』 かあ。結構良いの来たな!」
やった、外套が来たっ! 実は俺、何かしら効果のある外套が欲しいって今回の欲しい物リストに書いていたんだよね。
今使っているのはこの世界に来てすぐに購入した、何の効果も付いていないただの外套。だから俺も、そろそろ何かしらの効果が付いている外套が一着は欲しいなと思っていたんです。
さて、この外套にはどんな効果があるのだろうか。思わず期待してしまう。
「なあリンメイ、これにはどんな効果が付いてんだ?」
「えっとね、この外套は高い所からふわりと滑空できるようになるんだよ。風魔法使えない奴に割と人気のネームド品でさ、浮島で生活してる人が特に欲しがるから、結構良い値で売れるんだぜ」
おおっ、ドラクエの風のマントみたいな外套か! 良いじゃん良いじゃん!
「へぇー、いいな! 欲しい!」
「まあ、コレはおっさんのでいーんじゃねーか? 今回まだ、おっさん何も手にしてねーしな」
「えっと、じゃあコレは俺のものって事でいいかな?」
「いいですよっ!」
皆の方に目をやると、ラキちゃんを筆頭に全員が快く了承してくれた。
久々のダンジョン産装備だったので、俺はウキウキしながら宝箱から取り出す。
パッと見は目立たない黒っぽい茶色の外套なのだが、所々が白色で大鷲に似せるかのように美しい模様や装飾が施されている。そしてフードの部分は勇ましい大鷲の顏を思わせるデザインがされていた。
なんというか、とてもカッコイイ……。これ着たら 「バード・ゴー!」 って叫んじゃいそうなほどに。
早速羽織って跳躍してみると、魔力を流せば揚力を得てふわりと着地できた。
揚力を受けるイメージとしては、資格の必要なハンググライダーというよりも、素人でも体験ができるパラグライダーのようなお手軽さだろうか。
ただ一つ、気になる点がある。
「これ、魔力を流し続けないと揚力が得られないんだな。……もし空で気絶でもしたら怖いな」
「だいじょーぶだぜおっさん。その外套さ、そこの留め具の宝石に魔力を貯めておけるから、少しの間だけは持つんだよ」
「あっ、そうなのか。なら安心かな」
早速留め具に魔力を流し込んでみる。魔力の量によって色が変わるので分かりやすい。この機能が必要無い場合は宝石を押す事で無効にすることもできた。
あと、この外套は風魔法に特化しているので風魔法の耐性もあり、普通に外套としての機能も十分だった。
「うん、いいねこれ気に入ったよ! 早速明日、ここから下に下りる時に使ってみようかな」
「うんうん! お兄ちゃん、私と一緒に飛びましょう!」
「そうだね!」
明日はラキちゃんと一緒に滑空か! 下へ戻る時の楽しみができてしまったぞ。
その後俺達はさっさとキャンプの準備を終えてしまうと、後は就寝まで思い思いの時間を過ごす事にした。
夕食は大家さんとラキちゃんが腕を振るってくれているので、その間にリンメイと王子様、そしてエルレインは新しく手に入れた装備を身に付け、具合を確かめていた。
リンメイと王子様は概ね満足しているようだが、エルレインは少々困惑の表情を浮かべている。
「なんか、足だけピッカピカだな」
「そうなんです……」
リンメイの指摘通り、足鎧だけまるっきり質感が違うので違和感が凄かった。
「上から羽織るサーコートかタバードでもあれば誤魔化せるのですが……」
サーコートやタバードって、チェインメイルの上から羽織るチュニックだっけか。教科書でよく目にする、十字軍が羽織ってるアレだね。
「まっ、性能は申し分ないんだからさ、暫くはそれで我慢だな」
「そうですね」
エルレインはそう言うと、今日はもうお仕舞いですとばかりに装備を外しだした。
「わっかりませんよー。案外簡単に、他の部分も揃っちゃうかもしれませんよ?」
鍋の様子を見ながら二人を眺めていたラキちゃんは、おたまをフリフリしながらそんな事を言う。
どこか意味深に言うもんだから、本当にそうなってしまうんじゃないかと思えてしまった。
「だな。意外と簡単に、他の部位も宝箱から出ちゃったりしてな」
「うふふ、だといいですね」
本日もラキちゃんと大家さんのおかげで、大変美味しい食事にありつける事ができた。
食後にはなんと王子様が 「今日は酔っても問題は無いだろう」 とお高いワインを開けてくれたもんだから、もう大喝采。
更にはラキちゃんが今日手に入れたばかりの楽器を演奏してくれ、俺達の耳までも心地良い気分にさせてくれた。演奏が終わると、皆からは惜しみない拍手が贈られる。
そして本日最後の〆であるカードゲームに移ると、就寝の時間まで大いに盛り上がった。
そんな感じで、ダンジョン探索の二日目は幕を閉じていった。
トゥエガの木はまるで葡萄の木のようにお互いの枝や幹を幾重にも重ねながら伸びているので、ヘロヘロンが巣を作ってもびくともしない程の強靭さを保持していた。
また、蔓のような木であるため、大回廊の壁にまで枝を伸ばしている。中には壁に根を下ろしている幹まであった。
そんな感じなので、やろうと思えばその枝や幹を伝ってラバブーンの巣まで辿り着く事はできてしまったりする。
ただ、そこに至るまでの垂直の壁を登るのが非常に困難であるため、今回はもうパパッと、ラキちゃんの乗りカゴで運んでもらう事にした。
今回の寄り道は本来ならばする必要もない行動だったので、そこまでストイックになる必要も無いでしょうと判断したから。
ラキちゃんに運んでもらった俺達は、ヘロヘロンの巣のど真ん中に下ろしてもらう。
巣はまるでカラスの巣のように、トゥエガの木の枝を器用に積み重ねて作られていた。
正直なところ俺達は凄惨な光景を覚悟してやってきたのだが、巣やその周辺は思っていたよりも綺麗な状態が維持されていたので、正直驚いてしまう。
「卵はねーんだな。残念」
「ねー」
えぇ……。あったら食べようとでもしていたのかい君達……。
「卵どころか、何もありませんねぇ……」
「ケイタ、本当に残っているのか?」
「ああ、間違い無くあるはずだ。――えーっと……、多分あっちだ」
巣の横にはヘロヘロンが通れるほどのトンネルが木の枝によって形成されており、どこかに続いているようだった。
ギフトはこの奥を示している。
「皆、落っこちないように気を付けてくれよ」
トゥエガの木によってトンネルのような形状となってはいるが、人が余裕で落ちてしまえるほどの隙間がある。
俺達は足元に気を付けながら、奥へと進んで行く。
「……あった、ここだ」
トンネルの奥は大回廊の天井にある廻り縁の大きな窪みを利用した、第二の巣とも呼べる空間が形成されていた。
そこには、ひしゃげた武器や防具、貴金属や金貨や銀貨といった貨幣、そして……犠牲となった冒険者の冒険者証があった。
――そう。今回俺は、この冒険者証の回収をするためにギフトに導かれたのだ。
死体や排泄物などといった物は、時間と共に迷宮が飲み込んでしまう。しかし死んでしまった冒険者の遺留品はこのように、飲み込まれずに残る事が多い。
ただそれでも、その遺留品の所有者となった魔物が討伐されてしまうと、次のダンジョンの再構築ではこれら遺留品も飲み込まれて消えてしまう。
そのため、これら遺留品が消えてしまう前に回収しなければならなかった。
見れば相当な数の遺留品が転がっている。この事から、今回俺達が討伐したヘロヘロンは、結構長い間討伐されなかったのだろう。
「うえっ、なんだこれ? 糞か?」
リンメイが鼻を摘まみながら指差したのは、ヘロヘロンの吐き出したペリットだった。
ペリットとは、鳥が骨や甲羅などを消化せずに口から吐き出したものの塊を指す。
ペリットを構成する骨や甲羅などといった様々な排泄物は、時間と共に迷宮に飲み込まれてしまう。
なので、このペリットはまだ最近吐き出されたばかりのものだ。
これも直に迷宮に飲み込まれてしまうだろう。そして、遺留品だけがここに残るはず。
「リンメイ、それ触るなよ。ペリットって言ってポイズンリザードとか食ったヘロヘロンの吐き出したものだから、毒とか病気の素があって危ないぞ」
「ひえっ」
リンメイは慌てて口を押えると、大家さん特製の防毒用スカーフを取り出して口にする。俺達も習って、用心のためにスカーフを身に付けた。
「まずは、ここで散った冒険者達に黙祷をしたい」
皆は快く承諾してくれたので、俺達は暫しの間、手を合わせるなどそれぞれのやり方で黙祷をする。
「――よし。ではこれから冒険者証と遺留品の回収をします。少々手間かもしれないけれど、皆には手伝って欲しい」
「おっけー」
「はーい」
「わかりました」
リンメイやラキちゃん、そして大家さんは賛同してくれたのだが、やはりというか、王子様とエルレインが難色を示してしまう。
「おい、冒険者証だけでよいだろう。私は死者の財貨を奪うような卑しい存在にはなりたくないぞ」
「セリオス様の仰る通りです。私もこのような行為には賛同しかねます」
まあ気高い王子様とエルレインの言う事は最もである。俺だってダンジョンに潜るようになった当初は、死体漁りの存在を忌避していたからな。
「これは奪うんじゃない。俺達は彼らから施しを受けるんだよ。――これはムジナ司祭の教えなんだが、こうすることで、この元の持ち主である冒険者達に最期の功徳を積ませる事ができる」
「それは方便ではないか。結局は奪う事に変わりはない」
「いいじゃないか方便だって。彼らは最期に、俺達に感謝されながら天に召されるんだぜ?」
暫しの沈黙の後、王子様はニッコリと微笑むラキちゃんをちらりと見ると、根負けしたようにやれやれといった仕草をする。
「まあ、そうだな……。やれやれ、死者から施しを受ける王族など、私が初めてかもしれんな。――いいだろう、謹んで施しを受けよう」
ペリットは非常に汚く悪臭を放っているが、迷宮は遺留品に付着していた汚物までも飲み込んでしまうので、遺留品はとても清潔な状態となる。
そのため俺達は汚れに悩まされる事無く、遺留品を拾い集める事ができた。
冒険者が使っていたであろう武器や防具なども遺留品として迷宮に飲み込まれずに残ってはいるが、どれもひしゃげたり折れ曲がっていたりしているため使い物にならない。
耐性ブローチなどといったアイテムも既に壊れてしまっており、機能を果たしてはいなかった。
そのため俺達は、冒険者証とお金と宝石だけを拾い集める事にした。
「皆さんすみません、この石ころもついでに拾ってはもらえないでしょうか?」
そう言い大家さんが指でつまんでいたのは、遺留品と一緒に落ちている小さな真っ白い玉砂利だった。
気にも留めなかったが、よく見ればこの白い玉砂利、結構落ちているな。消えずに残っているってことは、これもドロップアイテムなのだろうか?
「了解です。もしかして、これは薬の材料か何かなんです?」
「そうなんです! これはヘロヘロンの持つ強力な解毒能力が結晶となって残ったもので、とても優れたな解毒薬の材料になるんですよ!」
「「「おぉー」」」
どうもこの白い結晶、ここにいるポイズンリザードなど毒のある物を食べた時にヘロヘロンがペリットと一緒に吐き出すらしく、薬の材料として非常に貴重な品なんだそうな。
そんな貴重な品がゴロゴロと大量に落ちていたもんだから大家さんはとても驚いてしまい、是非とも拾って帰りたいという事だった。
せっせと遺留品を拾い集める俺達。
ヘロヘロンを討伐してしまったので何時まで消えずに残っているのか分からなかったため、皆には申し訳なかったが昼飯抜きで回収を優先させてもらう。
全てを拾い集める頃には、残っていたペリットもいつの間にか消えてしまっていた。
「こんなもんかな? 皆お疲れ様」
「結構あったなー。冒険者証は十三枚か……」
「同じパーティはこの方とこの方、そしてこの方とこの方……後はこの方とこの方ですか」
本当だ。手元にある冒険者証を見ると、それぞれ同じパーティに所属しているのは二人ずつ三組だけで、残りは全てがバラバラだった。
ヘロヘロンはたしか、一人か二人捕らえるとそのまま飛び去ってしまうと聞いた。だからパーティの全滅とまではいかないのか……。
「銅級が二人に、鉄級が十一人……か」
「鉄級が多いな……」
「だな……」
リンメイの言う通り、鉄級の犠牲者が多い。やはり高層ともなると冒険者としての経験の差が、このような結果として如実に表れてしまうのか。
この結果は……ある意味俺達への戒めだな。
「俺達はまだ先日鉄級になったばかりのひよっこだからな。気を引き締めて行こう」
「うん……」
とりあえず、これら冒険者証は俺が責任を持って、冒険者ギルドまで届けてあげよう。
冒険者証を持ち帰る事で感謝してくれるのは、冒険者の管理をしている冒険者ギルドだけではない。亡くなった冒険者の遺族からも、とても感謝される。
なぜなら、鉄級から開設される銀行口座の預金を遺族が受け取るには、冒険者証がギルドに返還され死亡が確認されないといけないからだ。
なので、どこで野垂れ死んでいるか分からない冒険者の冒険者証が無事にギルドへ戻ってくるのは、とても運の良い事だった。
回収を終えた俺達は、ヘロヘロンの巣で遅めの昼食を取る事にした。
ここはセーフティゾーンではないが、ヘロヘロンを恐れてか魔物が全く寄り付かないので休憩を挟むには都合の良い場所だった。
それに今は、万が一に備えて大家さんが認識阻害の精霊魔法を掛けてくれている。
やっとありつける昼食に誰もが人心地つく。大きな鳥の巣でのランチというのも、なかなか乙なものだ。
ちょっと前に色々とあったせいもあり、昼食を取りながらの会話が弾んでしまう。
「ふー、食った食った……よっと。ん? なんだあれ……?」
腹が満たされ気持ちよくなったリンメイは、お行儀悪く巣にごろんと寝ころんでしまう。その弾みで天井に何かを見つけたようだ。
つられて俺も見上げてしまう。
「何か見つけたのか?」
「うん。ほらあそこ、短い階段が天井にくっついてるんだよ」
「あれっ、……本当だ」
よく見ると大回廊の天井に、数段しかないとても短い階段がくっついていた。
階段の先には天井の中へと続く通路があるわけでもなく、ただ天井に階段がくっついているだけ。まるで改築した後使われなくなってしまった、ビルの外壁に残されたままの階段のようだ。
ああいう意味の無い建築物ってたしか、役に立たなかったプロ野球選手から名前を取ってトマソンて言うんだったっけか。
「ほんとだ。どこに繋がってるんだろうね? ――ちょっと見てきます」
「えっ? あ、うん。気を付けてね」
「はーい」
ラキちゃんは光の翼を展開すると、ひらりと階段の所まで飛んで行ってしまった。
あれ? 今ラキちゃんは、どこに繋がっているんだろうねと言った気がする……。聞き間違いだろうか?
なんて思いながら眺めていると、ラキちゃんは階段に降り立つとそのまま階段を上って天井に吸い込まれてしまった。
「「「あっ!?」」」
俺達はびっくりして思わず立ち上がってしまう。
まさかあの階段の先は幻術か何かで天井に見えているだけで、本当は階段が続いている!?
暫くしたらラキちゃんがひょっこりと天上の面から顔を出し、俺達に向かって手を振ってきた。
「みなさーん、ちょっとこちらに来てくださーい!」
「これ……、前もあったトラップ部屋じゃねーか!?」
「ですです! 宝箱も三つあったので、私もそう思ったのです!」
どう見ても天井にしか見えない境界面を恐る恐る抜けた先には、宝箱が三つ並ぶ隠し部屋が存在していた。
ここは以前中層で見つけた隠し部屋と、雰囲気がとてもよく似ている。リンメイやラキちゃんの言う通り、あのトラップ部屋である可能性が非常に高かった。
とりあえず、ここが以前中層で見つけたトラップ部屋とかなり似ている事、そしてトラップ部屋だった場合の仕様を大家さんと王子様とエルレインの三人に説明する。
「という事は、ここも真ん中の宝箱を開けると入口が塞がる可能性が高いのですね?」
「そうですね。なのでもしも俺達の推測が当たれば、今日はここで宿泊するのが最善だと思います」
「もし違ってもさ、ここならそのまま宿泊場所として利用してもいーと思うぜ?」
「そうだな。ここなら他の冒険者がやってくる可能性がとても低いし、大家さんの認識阻害の精霊魔法もあるから、見張りも最小限で済むんじゃないかと思う」
「では……本日はここでの宿泊が確定という事ですね!?」
おや、どうしたんだろう。大家さんがなぜかソワソワしているぞ?
「えっ、ええ。そうなりますね。その……どうかされたんですか大家さん?」
「えっとですね、実は――」
どうやら大家さん、白い結晶だけでなく、本当はトゥエガの木の実も採取したかったらしい。
だけど今は三十五層踏破を目的にパーティで活動しているため、遠慮してしまって言い出せなかったんだそうだ。
「そうでしたか。――分かりました。では採取における注意点を教えてもらえますか? 皆で手分けして集めましょう」
「ありがとうございます! 皆さんすみませんね……」
「気にしないでください。俺達は大家さんの所の下宿人なんですから。――なっ?」
「そーそー」
「うんうん!」
大家さんの所に下宿させてもらう条件は、大家さんが必要な時に薬草採取と手伝いを優先する事だからね。
大家さんが遠慮する事なんてこれっぽっちも無いんですよ。
大家さんの説明によると、トゥエガの木の実はアケビの実のように結構堅い果皮に包まれているそうだ。
中はアケビ同様に種子がワタ(胎座)に包まれており、大家さんはこれを果皮ごと欲しいという。
注意点としてはアケビにおける可食部であるワタに毒があるため、触らぬように注意してほしいとのこと。
種子は一応食べれるそうだが非常に苦みが強いため、動物もあまり好んでは食べないそうだ。
でも非常に栄養価が高いため様々な薬に利用できるし、煎じて飲めばコーヒーのような味がしてかなり美味しいらしい。そしてワタの毒にも利用価値があると言う。
ただ、そんな実でもヘロヘロンはお構いなしに食べていたようで、巣の周辺に実は残っていなかった。
そのため残っている実を見つけるには、少々時間を掛けて探さないといけないようだった。……そうか、だから大家さんは遠慮していたのか。
「――はい、風の精霊魔法を掛けました。これで暫くの間、先日のように何もない所を足で踏み込む事ができますよ。でも皆さん、足元には十分注意してくださいね」
「「「はーい」」」
トゥエガの木の実はかなりの量をヘロヘロンに食われてはいたが、よく見れば意外と残っている。
俺達は果皮ごと実をもぎ取りながら、どんどん集めて行く。小一時間ほどで大家さんが満足する量が貯まってしまった。
「皆さん本当にありがとうございました! もう今回はこれだけでも来た甲斐があるというものですよ!」
「あはは、それは良かったです」
大家さんはもう大喜び。こんな眩しい笑顔を見る事ができたので、俺も頑張った甲斐があるってもんです。
「では、本日の探索はこれにてお仕舞いということで、キャンプの準備に移りましょう」
「おっさん、まだやる事残ってるぜ! 宝箱だよ! た・か・ら・ば・こ!」
「あっと、そうだったな! ごめんごめん」
俺達は再び隠し部屋に戻ってくると、まずはトラップであるはずの真ん中の宝箱を開けてみる事にした。
ここが想定した通りにトラップ部屋なのか、先に確認しておきたかったからだ。
「開けまーす」
――ゴゴゴゴ……ガコン!
「よしっ! やっぱりトラップが作動したな!」
「この前と同じとは限らない。皆、警戒を怠らないでくれ!」
警戒を促し暫く待つが、最初にトラップが作動した音以外は何も起こらない。
「大丈夫そう……かな?」
「……そのようですね」
入ってきた階段の方を見に行くと、天井から突き出していた階段部分がそのまま入り口を塞ぐように折りたたまれてしまっていた。
良かった、これで今晩は見張りがいらない。全員が十分な睡眠を取る事ができるぞ。
「おお、本当に入口が塞がってしまったな」
「皆さんの仰った通りでしたね」
王子様とエルレインはトラップ部屋が初めてだったので、俺達の推測が当たったことに驚いていた。
「みなさーん、宝箱開けますよー」
「はいはーい、今行きます」
「おおっ! これは 『水神の御守り』 です!」
「だな! いいじゃん、当たりだぜコレ!」
これが例の 『水神の御守り』 なのか。
御守りという名前からお札のような形でもしているのかと思っていたが、実際には瑠璃色に輝く勾玉や管玉などで装飾された美しい首飾りだった。
「とりあえずこれ、三十五層踏破するまでは誰かが身に付けてればいーんじゃねーかな? んで、踏破した後も残ってたら売っちまえばいいんだしさ」
「そうだな。――んじゃ、誰が身に付けるかはくじ引きで決めるか?」
「はいはーい! 今晩のカードゲームの勝者が良いと思いまーす!」
ラキちゃんは先日買ったばかりのカードゲームを見せながら提案する。
「あっ、そうだね。じゃあそうしようか? ――皆それでいいかな?」
どうやら誰も異論は無いようで、力強く頷いてくれる。なんでもそうだけど、やはり勝者にはご褒美があったほうが盛り上がるからね。
今晩のカードゲームは白熱しそうだ。
「じゃ、次開けよーぜ」
「これは……! 『大鷲の外套』 です! 外套が来ましたよお兄ちゃん!」
「おっ、 『大鷲の外套』 かあ。結構良いの来たな!」
やった、外套が来たっ! 実は俺、何かしら効果のある外套が欲しいって今回の欲しい物リストに書いていたんだよね。
今使っているのはこの世界に来てすぐに購入した、何の効果も付いていないただの外套。だから俺も、そろそろ何かしらの効果が付いている外套が一着は欲しいなと思っていたんです。
さて、この外套にはどんな効果があるのだろうか。思わず期待してしまう。
「なあリンメイ、これにはどんな効果が付いてんだ?」
「えっとね、この外套は高い所からふわりと滑空できるようになるんだよ。風魔法使えない奴に割と人気のネームド品でさ、浮島で生活してる人が特に欲しがるから、結構良い値で売れるんだぜ」
おおっ、ドラクエの風のマントみたいな外套か! 良いじゃん良いじゃん!
「へぇー、いいな! 欲しい!」
「まあ、コレはおっさんのでいーんじゃねーか? 今回まだ、おっさん何も手にしてねーしな」
「えっと、じゃあコレは俺のものって事でいいかな?」
「いいですよっ!」
皆の方に目をやると、ラキちゃんを筆頭に全員が快く了承してくれた。
久々のダンジョン産装備だったので、俺はウキウキしながら宝箱から取り出す。
パッと見は目立たない黒っぽい茶色の外套なのだが、所々が白色で大鷲に似せるかのように美しい模様や装飾が施されている。そしてフードの部分は勇ましい大鷲の顏を思わせるデザインがされていた。
なんというか、とてもカッコイイ……。これ着たら 「バード・ゴー!」 って叫んじゃいそうなほどに。
早速羽織って跳躍してみると、魔力を流せば揚力を得てふわりと着地できた。
揚力を受けるイメージとしては、資格の必要なハンググライダーというよりも、素人でも体験ができるパラグライダーのようなお手軽さだろうか。
ただ一つ、気になる点がある。
「これ、魔力を流し続けないと揚力が得られないんだな。……もし空で気絶でもしたら怖いな」
「だいじょーぶだぜおっさん。その外套さ、そこの留め具の宝石に魔力を貯めておけるから、少しの間だけは持つんだよ」
「あっ、そうなのか。なら安心かな」
早速留め具に魔力を流し込んでみる。魔力の量によって色が変わるので分かりやすい。この機能が必要無い場合は宝石を押す事で無効にすることもできた。
あと、この外套は風魔法に特化しているので風魔法の耐性もあり、普通に外套としての機能も十分だった。
「うん、いいねこれ気に入ったよ! 早速明日、ここから下に下りる時に使ってみようかな」
「うんうん! お兄ちゃん、私と一緒に飛びましょう!」
「そうだね!」
明日はラキちゃんと一緒に滑空か! 下へ戻る時の楽しみができてしまったぞ。
その後俺達はさっさとキャンプの準備を終えてしまうと、後は就寝まで思い思いの時間を過ごす事にした。
夕食は大家さんとラキちゃんが腕を振るってくれているので、その間にリンメイと王子様、そしてエルレインは新しく手に入れた装備を身に付け、具合を確かめていた。
リンメイと王子様は概ね満足しているようだが、エルレインは少々困惑の表情を浮かべている。
「なんか、足だけピッカピカだな」
「そうなんです……」
リンメイの指摘通り、足鎧だけまるっきり質感が違うので違和感が凄かった。
「上から羽織るサーコートかタバードでもあれば誤魔化せるのですが……」
サーコートやタバードって、チェインメイルの上から羽織るチュニックだっけか。教科書でよく目にする、十字軍が羽織ってるアレだね。
「まっ、性能は申し分ないんだからさ、暫くはそれで我慢だな」
「そうですね」
エルレインはそう言うと、今日はもうお仕舞いですとばかりに装備を外しだした。
「わっかりませんよー。案外簡単に、他の部分も揃っちゃうかもしれませんよ?」
鍋の様子を見ながら二人を眺めていたラキちゃんは、おたまをフリフリしながらそんな事を言う。
どこか意味深に言うもんだから、本当にそうなってしまうんじゃないかと思えてしまった。
「だな。意外と簡単に、他の部位も宝箱から出ちゃったりしてな」
「うふふ、だといいですね」
本日もラキちゃんと大家さんのおかげで、大変美味しい食事にありつける事ができた。
食後にはなんと王子様が 「今日は酔っても問題は無いだろう」 とお高いワインを開けてくれたもんだから、もう大喝采。
更にはラキちゃんが今日手に入れたばかりの楽器を演奏してくれ、俺達の耳までも心地良い気分にさせてくれた。演奏が終わると、皆からは惜しみない拍手が贈られる。
そして本日最後の〆であるカードゲームに移ると、就寝の時間まで大いに盛り上がった。
そんな感じで、ダンジョン探索の二日目は幕を閉じていった。
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