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三章
097 家路に就く
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白雪号は魔族によって増設された魔動機により、常に魔族側から何処にいるのかを把握されるようになってしまった。
しかし悪い事ばかりではないようだ。この魔動機、なんと慣性航法装置にもなり、魔族側と無線通信もできるという。
そのため潜航における安全性が向上し、緊急時には魔族との連絡も可能となったようだ。
もうフランコは大喜び。いつの日か、魔族の知識を得るために王都ハイネリアの学校に通いたいとまで言い出している。
白雪号の改修も無事終わり、俺達は来た時と同じように魔族の皆さんに盛大に見送られながら、雷樹島を後にした。
お世話になったナタリアさんには、ダンジョンを四十層まで踏破したら、またいつでも転移門を使って遊びに来てくださいねと言われてしまった。
ここには大家さんも連れてきてあげたいから、聖都へ帰ったら本格的に四十層を目指して、ダンジョン攻略を頑張ろうと思う。
白雪号は雷樹島を離れると浮上し、快調に北限の海を進んで行く。
今はポツリポツリと浮かんでいる程度の海氷も、これから冬に向かうにつれ次第に多くなり、最後には海が凍ってしまうのだろう。
暫くはそんな景色を楽しみながら航海し、次第に人々の住む陸地へ近づくと、白雪号は再び潜望鏡深度まで潜航して姿を隠した。
もうあと半日もしない間にポルドレア湾近くの入り江に着くそうなので、俺達はそれまで、あてがわれた居住区で暇をつぶしている。
アリーナと船長の子供達も一緒にいる。
どうやらアリーナ達は本気でダンジョン四十層の踏破を目指すようだ。そのため、先程からあれこれとリンメイにダンジョンの事を教えてもらい、メモを取っている。
人の事は言えないが、情報は命に関わるからね。聖都とヘイガルデスでは若干の違いはあるだろうが、基本を押さえておくのは大事だと思う。
船長の子供達は王子様とエルレインの二人と、何やら遊んでいる。
王子様は良くも悪くも純粋とアルシオーネに評されるだけあって、意外と子供達とは馬が合うようだ。
「お兄ちゃんそれなあに?」
ラキちゃんは、俺が暇つぶしに見ていた冊子が気になったようだ。
「ああこれはね、溶接トーチと言って、金属と金属を溶かしてくっつけるための魔道具だね」
「へぇー」
トルバリアス様に雷魔法士としての能力を引き上げてもらえた事で、俺はアーク溶接ができるようになった事に気がついた。
この世界では土魔法によって金属の接合が行われていると思っていたが、念のためこの世界でもアーク溶接はあるのかナタリアさんに聞いてみたら、あると言う。
しかも魔族の間で資格もあるらしく、専用の溶接トーチもあるそうだ。
どうも土をこねるのとはわけが違い、切断や成形や結合といった土魔法による金属への干渉は、べらぼうな魔力が必要となるらしい。
そのため術者が限られてしまうため、魔族でも特別な製品を作る時以外は、俺のいた世界同様に工作機械が普通に活躍しているし、溶接技術もしっかりと残っているんだそうな。
ああそうか、だから俺が今使っているロングソードも、土魔法を発動させるにはかなりの魔力が必要だったんだな。
溶接トーチは無くとも今の俺なら、ある程度の金属ならば容易にアーク切断できてしまえるだろう。手錠をはめられてもバチンとね。
でも金属と金属をくっつけるアーク溶接の方はそうはいかない。やっぱり、綺麗に溶接するのなら溶接トーチがあった方が良いと思ったんだよね。
そのため俺はナタリアさんにお願いして、雷魔法士専用の溶接道具のカタログを頂いてきた。オマケで資格のためのテキストも。
なんと魔族の溶接トーチはペンのように小型ながらも、魔力を込めると風魔法によって大気から集めたシールドガスが出るようになっている。そのため、アルゴンのような不活性ガスを用意する必要が無い。
オーソドックスなタイプから、ルーペ付きの台座が付属する貴金属の補修専用まであり、いろいろな種類が掲載されている。
凄いな、俺もお金貯めて一つ買いたい。そういえば……、魔族の人達との取引も、普段使っている通貨で良いのだろうか?
「俺も先日トルバリアス様に知識を授けてもらって、雷魔法が以前よりも上手に扱えるようになったからね。今ならこの魔道具も使えると思ったんだよ。これは雷魔法士なら使える魔道具だから、ラキちゃんだって使えるよ」
「そうなんですか?」
「うん。――ただ、ラキちゃんの場合は土魔法でやったほうが、結合した時の仕上がりが綺麗になるとは思うけどね。これを使うと、溶けた跡ができちゃうから」
「へぇー、なるほどです。 ――お兄ちゃんはこの魔道具が欲しいの?」
「うん、欲しいねぇ。今はスッカラカンだから無理だけど、今度お金を貯めて一つ買いたいなーって思ってる。――もし買う時は、ラキちゃんに魔族側とのやり取りをお願いしちゃっていいかな?」
「勿論おっけーですよっ。因みに、お兄ちゃんはどれが欲しいの?」
俺は先程見ていたオーソドックスなタイプの製品を指差して、ラキちゃんに教えてあげる。
「そうだねぇ……今見てるのだと、これかな。――おっ?」
「これですか……。――ん?」
「どうやら入り江に着いたたようね」
アリーナの言う通り、白雪号が停止したのが何となく分かった。
発令所の方からもエルザの後進原速の指示が聞こえたので、どうやら入り江まで来たようだ。
「んじゃ、そろそろ船を下りる準備しようか」
白雪号のデッキに下りた俺達は、首都まで送ってくれる船長達以外のポラーレファミリーに別れを告げる。
そして彼らが欲しがっていた 『聖なる息吹』 を、船賃代わりにフランコに手渡した。
「世話んなったな」
「こちらこそです。皆さんのおかげで、またとない機会を得る事ができました。本当に感謝します」
「お互いダンジョン四十層攻略できたら、また会おう」
「はい。それではお元気で」
首都ニルヴァーナまでは船長のギフトならば、半日ほどで辿り着けてしまうと言う。
そのため港町でさよならではなく、首都まで送ってくれる事となった。これは本当に助かる。
俺達は船長のボートに乗ると、手を振り別れを告げる。
今回船長と一緒に付いて来てくれるのは、アリーナと弟のガイオだ。
ガイオもまた 【風の御子】 という、エルフ以上に風の精霊との親和性が高くなる珍しいギフトを持っているので、いざって時に役に立つんだそうな。
俺達を乗せたボートはポルドレア湾を颯爽と駆け抜け、そのままクスケイル川を上っていく。
クスケイル川は雪原の民の治める地域を抜けると、次はオーガの治める荒野となる。
流れていく風景は、まるでカナダのような景色から次第にアメリカのグランドキャニオンのような景色に変わっていき、まさに圧巻だった。
そんな景色を楽しむ船旅も、もうすぐ終わりだ。
エルドラード共和国の首都ニルヴァーナは、オーガの自治領と草原の民の自治領の丁度境目となっているクスケイル川を跨ぐように作られた、とても大きな都市だ。
亜人で構成される国の首都だけあって、聖都以上に様々な人種がいて賑やかだ。
そのため都市の中も、地区によって建築物の様式から何からそれぞれ違っていた。ここは一つの都市で様々な文化が楽しめる、そんな都だった。
俺達のボートは川からニルヴァーナへ入ると、船長達が普段利用する船着き場に向かう。船長達はその船着き場に近い馴染みの宿屋で一泊した後、帰るそうだ。
初めは俺達もそこで一泊し、それから船長達とはさよならにするつもりだったのだが、ここに来て俺のギフトが発動してしまう。
――えっ、郵便ギルドへ急げ……?
「皆すまない、俺のギフトが発動した。なるべく早く郵便ギルドへ向かいたいから、ここでの宿泊は無しだ」
「ええっ!?」
アリーナは非常に残念がっていたが、申し訳ないけど俺達は先を急がせてもらう事にした。
もう一晩リンメイと過ごしたかっただろうが、本当にすまない。
しかし、ギフトは何を示しているんだろう。ひょっとしたらバージルさん達の国際便が、まだこの都市にいるという事なのだろうか?
……可能性はあるな。運良くバージルさん達がいれば、もしかしたら帰りの護衛として乗せてってもらえるかもしれない。
「天使様、あたしらがダンジョン四十層まで攻略したら、ちゃんと迎えに来ておくれよ?」
「はいはーい。お任せください」
「ダンジョンはやっぱ、人間のがこえーから気を付けるんだぞ?」
「分かってるっ! リンメイ、どっちが先に四十層踏破できるか競争だからね?」
「おうっ!」
アリーナとリンメイは約束を交わし、拳と拳をコツンと突き合わせて別れの挨拶をする。
船長達は俺達を送ってくれた後、長らく留守にしていた自分たちの村に一旦戻り、その後でダンジョン攻略のためにヘイガルデスへ赴くそうだ。
また、雷樹島の魔族の敷地内に自分たちの詰め所も作ってもらえるそうなので、今後はそこを避寒地にする準備もしたいと言っている。
たしかに転移門が使えるようになれば、雷樹島は彼らにとって、とても便利な場所となるだろうしな。
「なんだかんだでお前らには色々と助けてもらったな。感謝する」
「こちらこそだよ。なんてったってあんたらは命の恩人だからな。――じゃ、またなっ」
「おうっ、またな。 ――あんまし悪さばっかすんじゃねーぞ」
「ははっ、そいつは聞けない相談だねっ!」
軽口を叩いて、船長達とさよならをする。
あまり時間は無さそうだ。急いで郵便ギルドへ向かうとしよう。
とりあえず聖女の一団となって郵便ギルドへ来た俺達は、聖都アルテリア方面へ向かう郵便馬車の護衛依頼が無いか尋ねてみる事に。
すると、なんということでしょう。丁度聖都へ帰る、復路の便があると言う。やった! 間に合ったぞ!
俺達を帰りの護衛として使ってもらえないか尋ねると、受付のお姉さんは快く了承してくれた。
聖女様を救って頂きありがとうございましたと言われたので、この都市にも既に情報は入ってきているようだ。
「ふっふっふー、またお会いましたねっ!」
食堂で夕食を取っている俺達を見つけると、メノリさんがにこやかに声を掛けてきた。
その後には、夕食を載せたお盆を持つバージルさんもいる。とりあえず二人を俺達の席に招き、再開を喜ぶ。
「もーセリオスさんが本当に王子様だったなんてビックリです。この都は今、皆さんの噂で持ち切りですよっ!」
「そうか……。フッ、噂の流れるのは本当に早いものだな」
メノリさんの言葉に気を良くしたのか、王子様はまんざらでもなさそうに頷いている。
「ですね。皆さんのご活躍は行く先々で耳にしましたからね。――しかし驚きですよ。まさか俺達と同時期にニルヴァーナまで来られているなんてね」
「本当です! どうやってこんなに早くここまで来ることができたんですか?」
二人の疑問はもっともだ。
郵便馬車は適切に町で馬を替えながら、最速で街道を移動してきている。にもかかわらず、あれこれと寄り道してきた俺達と、ニルヴァーナで一緒になってしまったんだからな。
「へっへー。ちょいと水魔法の得意なヤツがいてね。あたいら、そいつ等のボートに乗せてもらって物凄い速度で川を下ってきたんだよ」
二人の疑問にはリンメイが思わせぶりに答えてあげた。
まさかメノリさんを攫おうとした連中とは言えないからな。流石にリンメイも、ポラーレファミリーの名は出さないようだ。
「なるほど、確かにそれならば……」
「へぇー凄いですね! そんな魔法が使えるだなんて、その方はさぞかし高名な魔法士さんだったり?」
「うーん、それはどうかなぁ。あははは……」
それからメノリさんは何かを思い出したようで、可愛らしく顎に人差し指を当てて、考える素振りをする。
「んー……あっ、そうそう! 高名といえば。ガルドレンの司教様も今日ここにいらっしゃいますよっ。なんか、――」
「「「はっ!?」」」
「「「えっ!?」」」
声のした方を振り向くと、俺達の会話に聞き耳を立てていた連中が、信じられないといった表情でこちらを見ていた。
いたっ! 認識阻害が薄れたその先には、本当にガルドレンの司教アンドレイが、仲間と共に護衛依頼の冒険者になりすましていやがった!
「――ッ! 御用だぁー!」
――ガッシャ―ン!
「えいっ!」
――ドォン!
俺の掛け声に合わせるように連中はテーブルをひっくり返して逃げようとするが、ラキちゃんが重力魔法で一網打尽にする。
透かさず俺達は躍りかかり、全員を取り押さえてしまった。
まさかこんな所にいるなんてビックリだよ。いやマジで……。
「クソッ! あり得ない!」
「そんなばかな……! なぜ貴様らがここに……!」
「残念だったなオメーら! あたいらには女神様のお導きがあるんだよっ」
「ケイタさんのギフトには本当に驚かされますね」
「いやはや……、まったくだな」
現在ハルジャイール王国とエルドラード共和国は国交が途絶えているが、郵便ギルドの国際便は機能している。
どうやらこいつ等は、その国際便の護衛依頼を利用して、このままハルジャイールへ逃亡するつもりだったようだ。
ご丁寧に連中は、リンメイのマントのような認識阻害の付与がついた装備を身に付けていた。
メノリさんの 【看破の心眼】 がなければ俺達は気が付く事も無く、連中は逃げ果せる事ができただろう。
程なくして通報を受けたこの国の騎士団がやってきて、彼らを連行していってしまった。
アンドレイ司教たちはこの国の聖女誘拐にも関与している可能性があるため一旦はこの国で取り調べを受け、その後アルティナ神聖皇国へ引き渡されるそうだ。
やれやれ……ギフトはバージルさん達だけではなく、こいつ等との遭遇も示していたのか。これは流石に予想できないですよ女神様……。
遠くには、俺が初めてこの世界に来た時と同じように長い城壁が見え、その遥か後ろには、魔王様の御座す巨大な島が浮かんでいる。
漸く俺達は聖都アルテリアまで帰ってきた。エルドラード共和国の首都ニルヴァーナからの馬車の旅も、これで終わりだ。
「やっと帰ってきたなー」
「うんうん。やっとだねー」
「本当だね。長かったなぁ……」
思ってたよりも随分と長い旅になってしまったもんだ。結局一月も聖都を離れていたんだからな。
俺達の郵便馬車は聖都の正門をほぼフリーパスで潜ると、そのまま郵便ギルドへ向かう。
街も次第に秋めいてきており、街を行く人々の服装にも変化が見られた。
聖都でも気持ち風が冷たくなってきたようで、そろそろ衣替えを考えないといけない時期になってきたなと肌で感じてしまう。
程なくして郵便ギルドへ到着すると、職員さん達により慌ただしく積み荷が馬車から降ろされていく。
これで俺達の護衛依頼は完了だ。
「――はい、お疲れさまでした。帰りも皆さんのおかげで、とても安全な運行ができて助かったよ。またいつでも護衛依頼を受けてくれると助かる」
「本当ですっ! またいつでも依頼を受けに来てくださいねっ!」
「こちらこそ帰りも護衛として雇って頂きありがとうございました。また機会がありましたらよろしくお願いします」
帰りは冒険者ギルドからの依頼では無く郵便ギルドとの直接の契約だったので、そのまま依頼達成の報酬を受け取って終了だ。
バージルさんとメノリさんの二人は、これから暫くは聖都内での勤務を経て、再び国境越えの配送業務に向かうそうだ。
次は寒さが堪える季節となるので、これまた大変ですと嘆いていた。聖都から他国の首都までの移動は本当に大変な業務なので、敬服してしまう。
お勤めご苦労様です。
聖都も郵便ギルドと冒険者ギルド本店は近いので、帰りに依頼達成の報告をしてから帰ろうと思う。
ミリアさんにも帰りましたと挨拶をしておきたかったからね。
冒険者ギルド本店をを覗くと……いたいた。
「ただいま戻りました」
「――! アルテリア冒険者ギルド本店へようこそ。みんなお疲れさま! 大変だったみたいね」
「はい。ちょっといろいろとあり過ぎましたね……」
「ふふっ、まあそこはケータさんですからね。仕方がありませんよっ」
「あはっ、だな」
「うんうん!」
「うふふっ、ケイタさんですからね」
「そうだな。おかげで退屈せずに済んだぞ」
皆そうだとばかりに、俺の後ろで笑ってらっしゃる……。
「俺はただの薬草採取メインな冒険者なんだがなぁ。――では、依頼達成の手続きをお願いします」
「はーい。ついでに昇級の手続きも済ませちゃうから、皆冒険者証出してねっ」
受領印の押された護衛依頼の書類と、俺達の冒険者証を渡す。
ミリアさんは慣れた手つきで書類の処理を行うと、続けて俺達の新しい冒険者証作成に取り掛かってくれる。
「そうそう、姉さんが心配してるから、今日はさっさと帰りなさいよ」
「分かりました。こちらでの手続きが終了しましたら、すぐに帰ります」
「それがいいわ。――それと、王子様にエルちゃん、今日の宿泊場所はもう決めてる?」
「いえ、まだです」
「皆がいない間に、姉さんが二階の物置を来客用の寝室にしてたみたいだから、聞いてみるといいわよ。――エルちゃんうちに泊まりたかったんでしょ?」
「――! はい! ありがとうございます!」
「ふふっ、よかったわね」
「かたじけない、ご厚意に甘えよう」
そういえば二人が俺達の下宿先に来た時、エルレインは大家さんのメルヘンチックな家に甚く感動し、頻りに素敵ですと言ってたからな。
大家さん、二人のために部屋を準備してくれたのか。
「ではこちらが今回の報酬となります。そしてこちらが皆さんの新しい冒険者証。――鉄級冒険者への昇級おめでとうございます。これからもギルドへの貢献をよろしくお願いします」
「「「ありがとうございます」」」
「皆さんは鉄級となりましたので、この度、ギルドの預金口座が開設されました。――早速使ってみる?」
皆どうするかと後ろを振り返ると、今日はさっさと帰りたい気分のようで全員が首を横に振る。
鉄級になったら送金小切手を使って実家へ仕送りがしたいと言っていたリンメイも、流石に今日は遠慮しておくようだ。
「今回は止めておきます。――では、俺達はそろそろ帰りますね」
「はーい。それでは、この度は皆さんのギルドへの貢献、誠にありがとうございました。またのご活躍を期待しております。――じゃ、また後でねっ!」
大家さんの家の、美しく手入れされた生垣が見えてきた。
久々の下宿先だ。ほんの一月のはずなのに、随分と久々のように感じてしまう。
おや? あれはもしかして……。
「サリアお姉ちゃん、ただいまー!」
「はいお帰りなさい。――ふふっ、ラキちゃんお疲れさまでした」
生垣のアーチで出来た門の前で待っていた大家さんに、ラキちゃんは飛びつくようにハグをする。
「皆さんお帰りなさい。ご無事で何よりです」
「大家さんただいまーっ」
「ただいま帰りました。――まさか大家さんが外でお迎えしてくれるなんて思ってもみませんでした」
「うふふ。精霊が教えてくれたので、急いで出てきちゃいました」
久々に見た大家さんの笑顔がとても眩しい。
……ああ、やっと帰ってきたんだな。
その日の晩は王子様とエルレインも交えて、大家さんが腕に縒りをかけて作ってくれたご馳走を囲んでの楽しい報告会となった。
護衛依頼を受けて留守にしていた一月は本当に色々な事があったので、話題が尽きない。
聖都の方はこれといった変化は何もなかったとミリアさんは言うが、強いて挙げるならば、こちらでも王子様の事が噂になり始めたそうだ。
やはり只人至上主義であるカサンドラ王国の王子が亜人の聖女を救出したというのが誰も信じられないようで、今のこところは法螺話なのでは? と疑う人が多いとのこと。
それでも吟遊詩人にとっては格好のネタであったようで、既に冒険者ギルドの酒場兼食堂でも調子良く歌われているという。
そうそう、俺の大事な人参芋なんだけど。
有難い事に、俺がいなかった間も大家さんが気に掛けてくれていたようだ。
普通に護衛依頼を済ませて帰る頃が収穫時期かなと思っていたので、もう十分に頃合いのはずだ。
早速明日にでも収穫しようかなと思っている。
次の日の朝、二階の洗面所で顔を洗い一階の食堂へ向かうと、突然ラキちゃんが後ろから抱き着いてきた。
「ドーン!」
「うおっ!? ――ラキちゃんおはよう。どうしたの?」
「おはようございます! えへへへへへへへへー……。お兄ちゃんありがとう……!」
俺の腰に回されている手には、俺がラキちゃんに宛てた手紙が見える。どうやら届いていた手紙を大家さんから受け取ったようだね。
よかった。喜んでくれたようで何より。
「どういたしまして。――今日は朝ご飯を食べた後で芋掘りをしようと思うんだけど、ラキちゃんも手伝ってくれるかな?」
「勿論ですっ! ――すぐに朝ご飯にしましょー」
ラキシスの笑顔を見る度に幸せを感じる。彼女と過ごすこんな日常を与えてくれた女神様には、感謝してもしきれない。
赤毛のアンじゃないけれど、まさに 『神は天にいまし、全て世は事もなし』 ってやつですよ。
しかし悪い事ばかりではないようだ。この魔動機、なんと慣性航法装置にもなり、魔族側と無線通信もできるという。
そのため潜航における安全性が向上し、緊急時には魔族との連絡も可能となったようだ。
もうフランコは大喜び。いつの日か、魔族の知識を得るために王都ハイネリアの学校に通いたいとまで言い出している。
白雪号の改修も無事終わり、俺達は来た時と同じように魔族の皆さんに盛大に見送られながら、雷樹島を後にした。
お世話になったナタリアさんには、ダンジョンを四十層まで踏破したら、またいつでも転移門を使って遊びに来てくださいねと言われてしまった。
ここには大家さんも連れてきてあげたいから、聖都へ帰ったら本格的に四十層を目指して、ダンジョン攻略を頑張ろうと思う。
白雪号は雷樹島を離れると浮上し、快調に北限の海を進んで行く。
今はポツリポツリと浮かんでいる程度の海氷も、これから冬に向かうにつれ次第に多くなり、最後には海が凍ってしまうのだろう。
暫くはそんな景色を楽しみながら航海し、次第に人々の住む陸地へ近づくと、白雪号は再び潜望鏡深度まで潜航して姿を隠した。
もうあと半日もしない間にポルドレア湾近くの入り江に着くそうなので、俺達はそれまで、あてがわれた居住区で暇をつぶしている。
アリーナと船長の子供達も一緒にいる。
どうやらアリーナ達は本気でダンジョン四十層の踏破を目指すようだ。そのため、先程からあれこれとリンメイにダンジョンの事を教えてもらい、メモを取っている。
人の事は言えないが、情報は命に関わるからね。聖都とヘイガルデスでは若干の違いはあるだろうが、基本を押さえておくのは大事だと思う。
船長の子供達は王子様とエルレインの二人と、何やら遊んでいる。
王子様は良くも悪くも純粋とアルシオーネに評されるだけあって、意外と子供達とは馬が合うようだ。
「お兄ちゃんそれなあに?」
ラキちゃんは、俺が暇つぶしに見ていた冊子が気になったようだ。
「ああこれはね、溶接トーチと言って、金属と金属を溶かしてくっつけるための魔道具だね」
「へぇー」
トルバリアス様に雷魔法士としての能力を引き上げてもらえた事で、俺はアーク溶接ができるようになった事に気がついた。
この世界では土魔法によって金属の接合が行われていると思っていたが、念のためこの世界でもアーク溶接はあるのかナタリアさんに聞いてみたら、あると言う。
しかも魔族の間で資格もあるらしく、専用の溶接トーチもあるそうだ。
どうも土をこねるのとはわけが違い、切断や成形や結合といった土魔法による金属への干渉は、べらぼうな魔力が必要となるらしい。
そのため術者が限られてしまうため、魔族でも特別な製品を作る時以外は、俺のいた世界同様に工作機械が普通に活躍しているし、溶接技術もしっかりと残っているんだそうな。
ああそうか、だから俺が今使っているロングソードも、土魔法を発動させるにはかなりの魔力が必要だったんだな。
溶接トーチは無くとも今の俺なら、ある程度の金属ならば容易にアーク切断できてしまえるだろう。手錠をはめられてもバチンとね。
でも金属と金属をくっつけるアーク溶接の方はそうはいかない。やっぱり、綺麗に溶接するのなら溶接トーチがあった方が良いと思ったんだよね。
そのため俺はナタリアさんにお願いして、雷魔法士専用の溶接道具のカタログを頂いてきた。オマケで資格のためのテキストも。
なんと魔族の溶接トーチはペンのように小型ながらも、魔力を込めると風魔法によって大気から集めたシールドガスが出るようになっている。そのため、アルゴンのような不活性ガスを用意する必要が無い。
オーソドックスなタイプから、ルーペ付きの台座が付属する貴金属の補修専用まであり、いろいろな種類が掲載されている。
凄いな、俺もお金貯めて一つ買いたい。そういえば……、魔族の人達との取引も、普段使っている通貨で良いのだろうか?
「俺も先日トルバリアス様に知識を授けてもらって、雷魔法が以前よりも上手に扱えるようになったからね。今ならこの魔道具も使えると思ったんだよ。これは雷魔法士なら使える魔道具だから、ラキちゃんだって使えるよ」
「そうなんですか?」
「うん。――ただ、ラキちゃんの場合は土魔法でやったほうが、結合した時の仕上がりが綺麗になるとは思うけどね。これを使うと、溶けた跡ができちゃうから」
「へぇー、なるほどです。 ――お兄ちゃんはこの魔道具が欲しいの?」
「うん、欲しいねぇ。今はスッカラカンだから無理だけど、今度お金を貯めて一つ買いたいなーって思ってる。――もし買う時は、ラキちゃんに魔族側とのやり取りをお願いしちゃっていいかな?」
「勿論おっけーですよっ。因みに、お兄ちゃんはどれが欲しいの?」
俺は先程見ていたオーソドックスなタイプの製品を指差して、ラキちゃんに教えてあげる。
「そうだねぇ……今見てるのだと、これかな。――おっ?」
「これですか……。――ん?」
「どうやら入り江に着いたたようね」
アリーナの言う通り、白雪号が停止したのが何となく分かった。
発令所の方からもエルザの後進原速の指示が聞こえたので、どうやら入り江まで来たようだ。
「んじゃ、そろそろ船を下りる準備しようか」
白雪号のデッキに下りた俺達は、首都まで送ってくれる船長達以外のポラーレファミリーに別れを告げる。
そして彼らが欲しがっていた 『聖なる息吹』 を、船賃代わりにフランコに手渡した。
「世話んなったな」
「こちらこそです。皆さんのおかげで、またとない機会を得る事ができました。本当に感謝します」
「お互いダンジョン四十層攻略できたら、また会おう」
「はい。それではお元気で」
首都ニルヴァーナまでは船長のギフトならば、半日ほどで辿り着けてしまうと言う。
そのため港町でさよならではなく、首都まで送ってくれる事となった。これは本当に助かる。
俺達は船長のボートに乗ると、手を振り別れを告げる。
今回船長と一緒に付いて来てくれるのは、アリーナと弟のガイオだ。
ガイオもまた 【風の御子】 という、エルフ以上に風の精霊との親和性が高くなる珍しいギフトを持っているので、いざって時に役に立つんだそうな。
俺達を乗せたボートはポルドレア湾を颯爽と駆け抜け、そのままクスケイル川を上っていく。
クスケイル川は雪原の民の治める地域を抜けると、次はオーガの治める荒野となる。
流れていく風景は、まるでカナダのような景色から次第にアメリカのグランドキャニオンのような景色に変わっていき、まさに圧巻だった。
そんな景色を楽しむ船旅も、もうすぐ終わりだ。
エルドラード共和国の首都ニルヴァーナは、オーガの自治領と草原の民の自治領の丁度境目となっているクスケイル川を跨ぐように作られた、とても大きな都市だ。
亜人で構成される国の首都だけあって、聖都以上に様々な人種がいて賑やかだ。
そのため都市の中も、地区によって建築物の様式から何からそれぞれ違っていた。ここは一つの都市で様々な文化が楽しめる、そんな都だった。
俺達のボートは川からニルヴァーナへ入ると、船長達が普段利用する船着き場に向かう。船長達はその船着き場に近い馴染みの宿屋で一泊した後、帰るそうだ。
初めは俺達もそこで一泊し、それから船長達とはさよならにするつもりだったのだが、ここに来て俺のギフトが発動してしまう。
――えっ、郵便ギルドへ急げ……?
「皆すまない、俺のギフトが発動した。なるべく早く郵便ギルドへ向かいたいから、ここでの宿泊は無しだ」
「ええっ!?」
アリーナは非常に残念がっていたが、申し訳ないけど俺達は先を急がせてもらう事にした。
もう一晩リンメイと過ごしたかっただろうが、本当にすまない。
しかし、ギフトは何を示しているんだろう。ひょっとしたらバージルさん達の国際便が、まだこの都市にいるという事なのだろうか?
……可能性はあるな。運良くバージルさん達がいれば、もしかしたら帰りの護衛として乗せてってもらえるかもしれない。
「天使様、あたしらがダンジョン四十層まで攻略したら、ちゃんと迎えに来ておくれよ?」
「はいはーい。お任せください」
「ダンジョンはやっぱ、人間のがこえーから気を付けるんだぞ?」
「分かってるっ! リンメイ、どっちが先に四十層踏破できるか競争だからね?」
「おうっ!」
アリーナとリンメイは約束を交わし、拳と拳をコツンと突き合わせて別れの挨拶をする。
船長達は俺達を送ってくれた後、長らく留守にしていた自分たちの村に一旦戻り、その後でダンジョン攻略のためにヘイガルデスへ赴くそうだ。
また、雷樹島の魔族の敷地内に自分たちの詰め所も作ってもらえるそうなので、今後はそこを避寒地にする準備もしたいと言っている。
たしかに転移門が使えるようになれば、雷樹島は彼らにとって、とても便利な場所となるだろうしな。
「なんだかんだでお前らには色々と助けてもらったな。感謝する」
「こちらこそだよ。なんてったってあんたらは命の恩人だからな。――じゃ、またなっ」
「おうっ、またな。 ――あんまし悪さばっかすんじゃねーぞ」
「ははっ、そいつは聞けない相談だねっ!」
軽口を叩いて、船長達とさよならをする。
あまり時間は無さそうだ。急いで郵便ギルドへ向かうとしよう。
とりあえず聖女の一団となって郵便ギルドへ来た俺達は、聖都アルテリア方面へ向かう郵便馬車の護衛依頼が無いか尋ねてみる事に。
すると、なんということでしょう。丁度聖都へ帰る、復路の便があると言う。やった! 間に合ったぞ!
俺達を帰りの護衛として使ってもらえないか尋ねると、受付のお姉さんは快く了承してくれた。
聖女様を救って頂きありがとうございましたと言われたので、この都市にも既に情報は入ってきているようだ。
「ふっふっふー、またお会いましたねっ!」
食堂で夕食を取っている俺達を見つけると、メノリさんがにこやかに声を掛けてきた。
その後には、夕食を載せたお盆を持つバージルさんもいる。とりあえず二人を俺達の席に招き、再開を喜ぶ。
「もーセリオスさんが本当に王子様だったなんてビックリです。この都は今、皆さんの噂で持ち切りですよっ!」
「そうか……。フッ、噂の流れるのは本当に早いものだな」
メノリさんの言葉に気を良くしたのか、王子様はまんざらでもなさそうに頷いている。
「ですね。皆さんのご活躍は行く先々で耳にしましたからね。――しかし驚きですよ。まさか俺達と同時期にニルヴァーナまで来られているなんてね」
「本当です! どうやってこんなに早くここまで来ることができたんですか?」
二人の疑問はもっともだ。
郵便馬車は適切に町で馬を替えながら、最速で街道を移動してきている。にもかかわらず、あれこれと寄り道してきた俺達と、ニルヴァーナで一緒になってしまったんだからな。
「へっへー。ちょいと水魔法の得意なヤツがいてね。あたいら、そいつ等のボートに乗せてもらって物凄い速度で川を下ってきたんだよ」
二人の疑問にはリンメイが思わせぶりに答えてあげた。
まさかメノリさんを攫おうとした連中とは言えないからな。流石にリンメイも、ポラーレファミリーの名は出さないようだ。
「なるほど、確かにそれならば……」
「へぇー凄いですね! そんな魔法が使えるだなんて、その方はさぞかし高名な魔法士さんだったり?」
「うーん、それはどうかなぁ。あははは……」
それからメノリさんは何かを思い出したようで、可愛らしく顎に人差し指を当てて、考える素振りをする。
「んー……あっ、そうそう! 高名といえば。ガルドレンの司教様も今日ここにいらっしゃいますよっ。なんか、――」
「「「はっ!?」」」
「「「えっ!?」」」
声のした方を振り向くと、俺達の会話に聞き耳を立てていた連中が、信じられないといった表情でこちらを見ていた。
いたっ! 認識阻害が薄れたその先には、本当にガルドレンの司教アンドレイが、仲間と共に護衛依頼の冒険者になりすましていやがった!
「――ッ! 御用だぁー!」
――ガッシャ―ン!
「えいっ!」
――ドォン!
俺の掛け声に合わせるように連中はテーブルをひっくり返して逃げようとするが、ラキちゃんが重力魔法で一網打尽にする。
透かさず俺達は躍りかかり、全員を取り押さえてしまった。
まさかこんな所にいるなんてビックリだよ。いやマジで……。
「クソッ! あり得ない!」
「そんなばかな……! なぜ貴様らがここに……!」
「残念だったなオメーら! あたいらには女神様のお導きがあるんだよっ」
「ケイタさんのギフトには本当に驚かされますね」
「いやはや……、まったくだな」
現在ハルジャイール王国とエルドラード共和国は国交が途絶えているが、郵便ギルドの国際便は機能している。
どうやらこいつ等は、その国際便の護衛依頼を利用して、このままハルジャイールへ逃亡するつもりだったようだ。
ご丁寧に連中は、リンメイのマントのような認識阻害の付与がついた装備を身に付けていた。
メノリさんの 【看破の心眼】 がなければ俺達は気が付く事も無く、連中は逃げ果せる事ができただろう。
程なくして通報を受けたこの国の騎士団がやってきて、彼らを連行していってしまった。
アンドレイ司教たちはこの国の聖女誘拐にも関与している可能性があるため一旦はこの国で取り調べを受け、その後アルティナ神聖皇国へ引き渡されるそうだ。
やれやれ……ギフトはバージルさん達だけではなく、こいつ等との遭遇も示していたのか。これは流石に予想できないですよ女神様……。
遠くには、俺が初めてこの世界に来た時と同じように長い城壁が見え、その遥か後ろには、魔王様の御座す巨大な島が浮かんでいる。
漸く俺達は聖都アルテリアまで帰ってきた。エルドラード共和国の首都ニルヴァーナからの馬車の旅も、これで終わりだ。
「やっと帰ってきたなー」
「うんうん。やっとだねー」
「本当だね。長かったなぁ……」
思ってたよりも随分と長い旅になってしまったもんだ。結局一月も聖都を離れていたんだからな。
俺達の郵便馬車は聖都の正門をほぼフリーパスで潜ると、そのまま郵便ギルドへ向かう。
街も次第に秋めいてきており、街を行く人々の服装にも変化が見られた。
聖都でも気持ち風が冷たくなってきたようで、そろそろ衣替えを考えないといけない時期になってきたなと肌で感じてしまう。
程なくして郵便ギルドへ到着すると、職員さん達により慌ただしく積み荷が馬車から降ろされていく。
これで俺達の護衛依頼は完了だ。
「――はい、お疲れさまでした。帰りも皆さんのおかげで、とても安全な運行ができて助かったよ。またいつでも護衛依頼を受けてくれると助かる」
「本当ですっ! またいつでも依頼を受けに来てくださいねっ!」
「こちらこそ帰りも護衛として雇って頂きありがとうございました。また機会がありましたらよろしくお願いします」
帰りは冒険者ギルドからの依頼では無く郵便ギルドとの直接の契約だったので、そのまま依頼達成の報酬を受け取って終了だ。
バージルさんとメノリさんの二人は、これから暫くは聖都内での勤務を経て、再び国境越えの配送業務に向かうそうだ。
次は寒さが堪える季節となるので、これまた大変ですと嘆いていた。聖都から他国の首都までの移動は本当に大変な業務なので、敬服してしまう。
お勤めご苦労様です。
聖都も郵便ギルドと冒険者ギルド本店は近いので、帰りに依頼達成の報告をしてから帰ろうと思う。
ミリアさんにも帰りましたと挨拶をしておきたかったからね。
冒険者ギルド本店をを覗くと……いたいた。
「ただいま戻りました」
「――! アルテリア冒険者ギルド本店へようこそ。みんなお疲れさま! 大変だったみたいね」
「はい。ちょっといろいろとあり過ぎましたね……」
「ふふっ、まあそこはケータさんですからね。仕方がありませんよっ」
「あはっ、だな」
「うんうん!」
「うふふっ、ケイタさんですからね」
「そうだな。おかげで退屈せずに済んだぞ」
皆そうだとばかりに、俺の後ろで笑ってらっしゃる……。
「俺はただの薬草採取メインな冒険者なんだがなぁ。――では、依頼達成の手続きをお願いします」
「はーい。ついでに昇級の手続きも済ませちゃうから、皆冒険者証出してねっ」
受領印の押された護衛依頼の書類と、俺達の冒険者証を渡す。
ミリアさんは慣れた手つきで書類の処理を行うと、続けて俺達の新しい冒険者証作成に取り掛かってくれる。
「そうそう、姉さんが心配してるから、今日はさっさと帰りなさいよ」
「分かりました。こちらでの手続きが終了しましたら、すぐに帰ります」
「それがいいわ。――それと、王子様にエルちゃん、今日の宿泊場所はもう決めてる?」
「いえ、まだです」
「皆がいない間に、姉さんが二階の物置を来客用の寝室にしてたみたいだから、聞いてみるといいわよ。――エルちゃんうちに泊まりたかったんでしょ?」
「――! はい! ありがとうございます!」
「ふふっ、よかったわね」
「かたじけない、ご厚意に甘えよう」
そういえば二人が俺達の下宿先に来た時、エルレインは大家さんのメルヘンチックな家に甚く感動し、頻りに素敵ですと言ってたからな。
大家さん、二人のために部屋を準備してくれたのか。
「ではこちらが今回の報酬となります。そしてこちらが皆さんの新しい冒険者証。――鉄級冒険者への昇級おめでとうございます。これからもギルドへの貢献をよろしくお願いします」
「「「ありがとうございます」」」
「皆さんは鉄級となりましたので、この度、ギルドの預金口座が開設されました。――早速使ってみる?」
皆どうするかと後ろを振り返ると、今日はさっさと帰りたい気分のようで全員が首を横に振る。
鉄級になったら送金小切手を使って実家へ仕送りがしたいと言っていたリンメイも、流石に今日は遠慮しておくようだ。
「今回は止めておきます。――では、俺達はそろそろ帰りますね」
「はーい。それでは、この度は皆さんのギルドへの貢献、誠にありがとうございました。またのご活躍を期待しております。――じゃ、また後でねっ!」
大家さんの家の、美しく手入れされた生垣が見えてきた。
久々の下宿先だ。ほんの一月のはずなのに、随分と久々のように感じてしまう。
おや? あれはもしかして……。
「サリアお姉ちゃん、ただいまー!」
「はいお帰りなさい。――ふふっ、ラキちゃんお疲れさまでした」
生垣のアーチで出来た門の前で待っていた大家さんに、ラキちゃんは飛びつくようにハグをする。
「皆さんお帰りなさい。ご無事で何よりです」
「大家さんただいまーっ」
「ただいま帰りました。――まさか大家さんが外でお迎えしてくれるなんて思ってもみませんでした」
「うふふ。精霊が教えてくれたので、急いで出てきちゃいました」
久々に見た大家さんの笑顔がとても眩しい。
……ああ、やっと帰ってきたんだな。
その日の晩は王子様とエルレインも交えて、大家さんが腕に縒りをかけて作ってくれたご馳走を囲んでの楽しい報告会となった。
護衛依頼を受けて留守にしていた一月は本当に色々な事があったので、話題が尽きない。
聖都の方はこれといった変化は何もなかったとミリアさんは言うが、強いて挙げるならば、こちらでも王子様の事が噂になり始めたそうだ。
やはり只人至上主義であるカサンドラ王国の王子が亜人の聖女を救出したというのが誰も信じられないようで、今のこところは法螺話なのでは? と疑う人が多いとのこと。
それでも吟遊詩人にとっては格好のネタであったようで、既に冒険者ギルドの酒場兼食堂でも調子良く歌われているという。
そうそう、俺の大事な人参芋なんだけど。
有難い事に、俺がいなかった間も大家さんが気に掛けてくれていたようだ。
普通に護衛依頼を済ませて帰る頃が収穫時期かなと思っていたので、もう十分に頃合いのはずだ。
早速明日にでも収穫しようかなと思っている。
次の日の朝、二階の洗面所で顔を洗い一階の食堂へ向かうと、突然ラキちゃんが後ろから抱き着いてきた。
「ドーン!」
「うおっ!? ――ラキちゃんおはよう。どうしたの?」
「おはようございます! えへへへへへへへへー……。お兄ちゃんありがとう……!」
俺の腰に回されている手には、俺がラキちゃんに宛てた手紙が見える。どうやら届いていた手紙を大家さんから受け取ったようだね。
よかった。喜んでくれたようで何より。
「どういたしまして。――今日は朝ご飯を食べた後で芋掘りをしようと思うんだけど、ラキちゃんも手伝ってくれるかな?」
「勿論ですっ! ――すぐに朝ご飯にしましょー」
ラキシスの笑顔を見る度に幸せを感じる。彼女と過ごすこんな日常を与えてくれた女神様には、感謝してもしきれない。
赤毛のアンじゃないけれど、まさに 『神は天にいまし、全て世は事もなし』 ってやつですよ。
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