天使の住まう都から

星ノ雫

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三章

092 決意

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 明日はミリアリア様の護衛のために再びブリンデル城に伺う事を約束し、今日はこれで帰る事にした。
 総督夫人は晩餐会を開くので宿泊されるよう申し出てくれたのだが、申し訳ないが今日は遠慮させてもらう。
 船長が逃げるな逃げるなと煩いからな……。とりあえず宿へ戻って、もう一日、この都市に滞在したい事を伝えなきゃいけない。

 ラキちゃんは乗りカゴを取り出すと俺達を乗せて飛び立ち、都市を囲む城壁の外まで運んでくれた。
 人気が無いのを確認すると、俺達はローブと仮面を脱ぎ人心地つく。ラキちゃんもメイクを落とし、いつもの神官服へ着替えてしまったようだ。

「皆さん、この度は本当にありがとうございました。ミリアリアを救って頂いた事も含め、……本当に感謝致します」

 ルーカス君は俺達にお礼を述べるも、何かを耐えるように苦悶の表情をしている。拳も固く握られていた。

「どうした? 折角ミリアリア様に会えたのに浮かない顏して」

「……今日、ミリアリアに会って痛感しました。僕では彼女の支えになってあげる事ができないって……。――僕も、皆さんのように彼女を守れるギフトが欲しかったです……! 今日ほど……今日ほど自分の無力さを呪った事はありません……!」

 ルーカス君が絞りだすように吐き出した言葉にリンメイは何かを言い返そうとするが、俺はそれを手で制し、少し待ってもらう事にした。

「君は何か勘違いをしているようだな。君の持つ 【鑑定技能】 は、下手したら誰にも負けない無敵の力になる、素晴らしいギフトなんだぜ? ――その証拠に、このリンメイは君と同じ 【鑑定技能】 持ちだ」

「えっ!?」

 ルーカス君は驚いて顔を上げ、リンメイを凝視してしまう。
 そんなリンメイはそっぽを向くと、顔を赤くして 「おっさん持ち上げすぎ」 と頭を掻いていた。

「勿論リンメイのようになるには、血の滲むような努力をしなくちゃいけないだろう……。だが、そのギフトがあれば絶対に強くなれる。――もしも君が、残りの人生全て懸けてでもミリアリア様を守る力が欲しいと願うのならば、俺達が力を授けよう。……どうする?」

 俺の言葉にルーカス君は暫し呆然としていたが、手のひらを見つめながら 「僕でも……」 と言葉を漏らす。そして、決心をしたようだ。

「……おっ、お願いします! 僕に……、僕に力を授けてください!」

 俺はニヤリと笑うと、リンメイにバトンタッチする。

「――という事だ。リンメイ先生、よろしく頼む」

「まったく……、しゃーねーな」

 それからリンメイは以前自分がトマス君から教わったように、ルーカス君に一つ一つ丁寧に、冒険者として戦うための技術を教えていった。
 リンメイは 『ハルジの閃光』 のダジールが装備していた斬撃耐性の鎧を見抜いた事など、これまでの経験も添えて、どのようにギフトを戦闘で効率よく使うかを丁寧に教えてあげていく。
 ルーカス君も 【鑑定技能】 持ちなため、リンメイが説明すれば忘れる事無く次々と情報を蓄積していった。

 理解の早いルーカス君は暫くしたら、もうリンメイと木剣を使っての実技に移っていた。
 残念ながらこれまであまり戦闘訓練をしてこなかったルーカス君は基礎体力がそもそも足りないようだったが、センスはあるのか十分にリンメイの指導を吸収していく。
 まだ常時身体強化のできないルーカス君のために、どのタイミングで身体強化を効率よく使うかも含め、リンメイは丁寧に教えてあげていた。

 暫くして相手の技を盗む技術を習得させた辺りで、リンメイは王子様を呼んだ。

「今から盗んでもらうのは、世にも珍しい 【剣聖】 のギフトを持つ王子様の剣技だ。あたいが王子様と模擬戦するから、あんたは覚悟して、一つも取りこぼさずしっかりとギフトで見て盗むんだ。――いいな?」

「はいっ!」

 それほど口数が多いわけでもない王子様が今日は珍しく、リンメイに続いてルーカス君のために自ら言葉を投げかける。

「技とは本来は全て秘匿とするものだ。技を見られた時は相手が死ぬ時であるほどにな。――ルーカス、其方にはそれをこれから見せるのだ。この意味をよく考え、覚悟を持って臨め」

「はいっ!」

「うむ、必ずモノにしろ」

 ギフトにより他者の技術を盗む事はできても、それをモノにするには血の滲むような努力が必要となる。
 技を授けた後、使いこなせるようになるかはルーカス君の努力次第だ。



「どうだ……、これだけやれば十分だろう?」

「ハァ……、ハァ……。そうだな、サンキューだ王子様」

「うむ」

 かなりの長い間、王子様とリンメイは説明を踏まえて模擬戦を行っていたが、漸く終わりとなったようだ。
 リンメイ自身も王子様の技をモノにするためギフトを発動しながら長い間打ち合っていたようで、かなりの体力と魔力マナを消耗してしまっていた。
 しかしやっぱり凄いなリンメイは。 【剣聖】 ギフト持ちの王子様の打ち込みに、しっかりと付いて行く事ができるんだから。

「……ふぅ、んじゃ次はおっさんだ」

「えっ、俺!?」

「あったりめーだろ? おっさんも体術を授けてあげるんだ」

「……そうだな、分かった」

 俺はこれまで身につけた徒手格闘や芦原会館あしはらかいかんの空手の型やさばきによるコンビネーションなどを見せ、時にはエルレインに相手してもらい、どのように使うかも見せてあげた。
 相手をエルレインに選んだのは、ゴブリンはドワーフほどの小柄な身長の種族のため、只人など標準的な身長の敵を相手とする手本には、俺よりも体の大きいエルレインが丁度よかったから。

 徒手格闘の投げ技や関節技も一応は見せてはあげたが、なるべくならば使わないようにと釘を刺しておいた。
 この世界には魔法がある。なので相手と組む……というか触れた時点で魔法を放たれてしまう危険性があるためだ。バビル二世が組んだ途端に衝撃波を放つように。

 そのため、逆に自分が組み付かれた時は透かさず水魔法で相手を窒息させるなど、対策面を重点的に教えておく事にした。
 土木の妖精と称されるゴブリンは、エルフの誰もが精霊魔法を使えるように、全員が土と水の魔法士としての才能を持っているからね。
 そんなわけで、ラキちゃんもファルンさんのように土と水の混合魔法による沼を作って見せたり、エルレインも水魔法を使ったパリィの仕方などを見せてあげていた。
 
 そして最後に、俺の投擲術も披露してあげて終わりとした。

「いいかいルーカス君? 一つの技術に拘っちゃいけないよ。あくまでも目的は 『相手を倒す事』 だ。世の達人があっけなく敗れてしまう時は、相手の能力との相性を無視して、意地でも自分の得意な技術で倒そうとするからだったりする。だから、今回俺達が見せた技術だけではなく、もっと貪欲にいろんな技術を身につけていって欲しい。――君のギフトは相手の弱点を見抜けるんだ。手札は多いに越した事はないからね」

「分かりました!」

「今回あたい達が見せてあげた技術をモノにする事ができるかは、ルーカス、あんたの努力次第だ。――頑張れよっ」

「はい! ――皆さん、ありがとうございました!」

 覚悟を決めた彼は、暫くギルドの講習などに参加して常時身体強化ができるだけの基礎的な体を作り、それからダンジョンのある城塞都市ヘイガルデスへ武者修行に向かうつもりだと教えてくれた。
 応援しているぞ。女神様に導かれた君は、きっと乗り越える事ができるはずだ。



 翌日。
 とりあえずポラーレファミリーにはもう二日か三日は掛かりそうな事を伝え、特に今日は目立つ行動は控えるようにと釘を刺しておいた。
 何故なら、今日この都市は、秘密裏に厳戒態勢が敷かれるからだ。

 総督夫人を筆頭に、この地を治めるゴブリンにも意地がある。ここで万が一が絶対にあってはならない。
 俺達が護衛を名乗り出たが、総督夫人の方でも、聖女様には気付かれない形で兵を配備しますと教えてくれた。

 総督夫人は昨日の内に、弔問へ訪れる予定の遺族の元へ、滞りなく聖女様を迎えるようにと通達を出していた。
 そのため聖女様は、今日はこの都市に居を構える騎士の遺族の元へ赴き、明日は封土に帰ってしまった騎士の遺族の元へ向かう予定となっている。

 空からブリンデル城へ舞い降りた俺達を、庭園に待機していた衛兵が迎えてくれる。
 昨日飛び立った美しい庭園にまた空から参りますと伝えておいたので、どうやら俺達が来るのを待ってくれていたようだ。

 俺達は城内に招かれると、まずはミリアリア様の部屋まで案内してもらう。
 部屋から出るのを恐れているミリアリア様を迎えに行くためだ。

「ラキシス様、ほっ、本日は……よろしくお願いしますっ!」

「はいっ!」

 どうしても足が竦んでしまって一人では部屋から出る事ができないミリアリア様を、ラキちゃんは手を繋いであげ、エスコートするように部屋から連れ出してあげる。
 俺達は二人を守護するように並び、本日使用する特別製の馬車へ向かった。

 俺達が護衛をするとは約束したが、それぞれの遺族の元へ訪れるには案内役が必要だ。そしてゴブリンという種族としてのメンツもある。
 それもあり、案内役も含め御者から護衛から何もかも、全てブリンデルの騎士達にお任せしていた。俺達はあくまで、聖女様を安心させるためのオマケだ。



 亡くなったのは誰もが優秀な騎士だったため、どの騎士の邸宅も城にほど近い場所に存在している。
 そのため、少し移動しては降りるを繰り返し、滞りなく弔問を果たしていく。

 聖女様は今回の弔問に臨むに当たり、遺族からの厳しい非難は全て受け止めますと覚悟を決めていたようだったが、そんな事は一度も無かった。
 むしろ、どの遺族の方々も聖女ミリアリア様がご帰還された事を大変喜んでくれ、時には共に涙された。

 総督夫人が事前に通達したのもあるが、遺族がそんな事をすれば、亡くなった騎士の名誉を傷をつける事となる。
 それに、もう亡くなってから半年は経過している。流石に遺族の方々も、心のけじめはついているはずだ。

 そんな遺族の方々に聖女様はお悔やみを申し上げ、身命を賭して聖女様を守った証である 『聖騎士勲章』 の栄典を授ける。
 この勲章は、聖女様が無事にお戻りになった時、本人の手によって遺族に渡したいと願った総督が以前から準備したものだった。
 それは、聖女様が無事に戻って欲しいという総督の、ささやかな願掛けでもあったようだ。



 一日目の弔問は滞りなく、全て済ませる事ができた。
 総督夫人はこの日も俺達に是非宿泊して欲しいと願ったので、今日はお言葉に甘えさせてもらう事にした。船長達に弔問は二日か三日は掛かると伝えてあるから、問題は無いだろう。

 総督夫人は俺達のために晩餐会を開いてくれ、存分に持て成してくれた。
 だが、正直このような畏まった食事の席に全く慣れていない俺とラキちゃんとリンメイは、めちゃめちゃ緊張してしまう。
 料理の味を楽しむ余裕なんて全く無く、なんとか恥をかかないようにと、場慣れている王子様とエルレインを真似るだけで精一杯だった。

 ラキちゃんは主賓なため周囲から物凄い注目を集めているせいもあり、正直心の内は常に涙目な感じだったそうだ。
 ごめんね……。今度こういう場に慣れておくために、皆でお食事会にでも行こう……。

 この日、ラキちゃんはミリアリア様と一緒に寝てあげた。聖女様お付きの侍女から、ミリアリア様は毎日悪夢にうなされていると聞いてしまったからだ。
 そのおかげか、攫われてから初めて悪夢にうなされる事無く朝を迎える事ができたと、とても喜んでくれたそうだ。



 二日目の弔問は、既に封土である村落に戻ってしまった騎士の遺族の元へ向かう。
 人数としては五名なのだが、結構場所が散り散りになってしまっているため、結構な距離を移動しなければならない。
 そのため、移動時間と安全性を考慮した結果、今回はラキちゃんが先日使った乗りカゴで、自ら運んであげる事にした。

 定員が六名のため、ミリアリア様とあともう一人は、昨日からの案内役である秘書官のトレノさんがご一緒する。
 トレノさんは地図を見ながら、なるべくならば街道に沿って飛んで欲しいとお願いしてきた。
 理由はすぐに分かった。街道沿いには聖女を守るための兵が配備されていたからだ。

 皆、俺達が飛んで行くのを確認すると手を振ってくれるので、ミリアリア様は思わず涙ぐみながら、手を振って返していた。
 中には高い木の上から手を振ってくる兵士までいて、自分たちの種族から誕生した聖女様が、どれほど皆から愛されているのかがよく分かった。

 昨日の内に早馬で総督夫人からの連絡が来ていたので、どの村落でも俺達は歓迎される。

 栄典を授与されると遺族だけでなく、村人たちも大変感謝し、安心した顏をしていた。
 酷い言い方かもしれないが、村の長であった騎士が、聖女様を何者かに攫われてしまうという大失態を犯した騎士から、悪名高い 『ハルジの閃光』 に果敢に挑み、散っていった聖騎士となったからだ。
 そこに暮らす者にとっては、この差はとてつもなく大きい。

 何処の村落でも祝宴を準備してくれていたのだがあまり時間も無いため、申し訳なかったが遠慮させてもらう。そこで神聖魔法の必要な者に施しをするだけで、俺達はすぐに次の村落へ移動していった。
 そんなハイペースで行動したおかげで、なんとか夕方時分には全ての村落を回ってブリンデル城へ戻ってくる事ができた。



「駆け足となってしまいましたが、無事終了致しました。皆様、本日は大変お疲れさまでした」

 トレノさんはそう言うと、ミリアリア様に気を遣ってか足早に一人で総督夫人の元へ報告に向かったようだ。
 俺達はトレノさんの心遣いを理解したので、別れを惜しむミリアリア様と暫しの間、ブリンデル城の美しい庭園でお話をする事にした。

「ルーカスさんは昨日、ミリアリア様の為に己を鍛え、必ずミリアリア様を守護する者となる力を手に入れてみせると、大いなる決心をなさりました」

「えっ、ルーカスがですか!?」

「はいっ」

 ラキちゃんの言葉に、嬉しそうな顔をするも、すぐに沈痛な面持ちをして項垂うなだれてしまった。

「……ルーカスはたしか、戦闘に適したギフト持ちではありません。彼の気持ちはとても嬉しいです。ですが……、ですが私のせいで、彼の生涯がとてつもなく過酷なものとなってしまうを、私はとても耐えられません……! ――あぁルーカス……どうして……」

「そんな事はありません。ルーカスさんはとても逞しくなって、必ず、ミリアリア様の元へ戻って参りますよっ。 【鑑定技能】 のギフトは、とても凄いんです。――その証拠に、ミリアリア様をお救いしたこちらのリンメイさんは、 【鑑定技能】 のギフト持ちさんです。先日も敵の技術や装備の特性を見抜いたりと、とてもご活躍されたのですよ? ねっ!」

「おっ、おう! まぁな!」

 突然話を振られて慌てるも、ミリアリア様の不安を取り除いてあげるためか、リンメイはとても自信に満ちた声で返事を返してあげる。

「なんと……、そうだったのですか」

「実は昨日、ミリアリア様のためにルーカスさんを導いて欲しいと、女神様から神託が下りたのです」

「えっ!? 女神様からの神託ですか!?」

「ええ。ですので、昨日ミリアリア様とお別れしてから、ルーカスさんに私達の持てる力を授けました。――神託は絶対です。必ずミリアリア様の元へ逞しくなったルーカスさんは戻って参りますよ。だから、どうか彼を信じてあげてください」

「ルーカスが……。――でも、私を守るとなれば、常に彼にも危険が付きまとってしまいます……。そのせいでもしもルーカスまでもが死んでしまったら……私はっ……!」

「――では、ミリアリア様も頑張ってみましょう?」

「えっ!?」

 最悪の事態を想像してしまい苦悩するミリアリア様に、ラキちゃんは一つの提案を持ちかける。

「えっとですね、ルーカスさんを守るために、ミリアリア様も彼が戻ってくるまでに力を身に付けておくのです」

「――えっ、私がですか!? ……私などに……できるのでしょうか?」

 ミリアリア様の不安げな言葉にラキちゃんは首肯をすると、確信を持って答えてあげる。

「ミリアリア様ならできます。できるんです、望みさえすれば。――聖女は、ただ神聖魔法が使えるだけの存在ではありません。聖女とは、女神様の御使いである天使の候補者。そのため、今世で苦しむ人々を救済するための力を望みさえすれば、必ず女神様は応えてくれます。……全ては、ミリアリア様の想い次第なのです」

 ――そうか、聖女は天使の候補者だったのか! だから魔王様はあれほど気に掛けていたのか……。

「私が……」

「はい。例えばミリアリア様が願いさえすれば、全ての属性の魔法を行使する事が可能となります。――私でよければ、有益な魔法をいくつかお教えする事ができますが……、どうです? やってみませんか?」

「………………分かりました。私、やります……!」

 俯いていたミリアリア様は、しっかりとラキちゃんの目を見て、思いを伝える。決意を秘めたその瞳には、力が宿っていた。
 ミリアリア様が自ら強くなる事を望めば、きっと女神様は応えてくれるはずだ。どうか恐怖を乗り越え、再び聖女として人々の前に姿を見せてあげて欲しい。
 そんな事を、俺もささやかながら女神様に祈ってしまった。
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