天使の住まう都から

星ノ雫

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二章

070 相対する

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 ミリオラのギフトは認識阻害とはまた違う、透明人間のように姿が見えなくなるというものだった。
 漫画やアニメでよくある光学迷彩のように透過するので、こいつの本業である王家の暗部としての活躍には、非常に便利なギフトなんだろう。

 これだけ接近されるまでリンメイやラキちゃんに悟らせなかったので、アサシンとしての腕は相当なものだ。
 だが、ラキちゃんの感知能力やリンメイの嗅覚は誤魔化す事ができなかったようで、不意打ちを回避する事ができた。

「リンメイ!」

 俺の掛け声と共に取った行動に、ミリオラと対峙していたリンメイは、すぐさま反応して回避する。
 地面に積もった落ち葉が踏まれる変化でミリオラの位置を予測した俺は、両手で計六本のアイアンニードルの針を投擲した。
 弾かれるのを分かった上で投擲した俺は、タイミングを見計らってアイアンニードルの針に繋がった魔力マナの糸から雷魔法をお見舞いする。

「ぎっ! 雷属性……だとっ!」

「もらったっ!」

 俺の魔法を食らって 【透過】 が解けたミリオラにリンメイは止めを刺そうとするが、ミリオラの後方から高く飛び上がった騎士フレンダが、眼下のリンメイの方へ槍を投擲してきた。

「まずっ!」

 咄嗟にリンメイはブーツの力を利用して見えない壁を蹴り、後方上空に回避する。

 ――ドゴォン!

 槍が突き刺さった箇所は、まるで砲弾が落ちたかのように、衝撃で地面が吹き飛ばされた。

「ちっ、外したか」

 目の前に槍が落下した衝撃で後方に吹き飛ばされたミリオラは、フレンダを忌々しそうに見るが不満を口に出す事も無く、自由が利くようになってきた体を起こす。

「……フレンダ様、あの男、雷属性を使います」

「ほう……。ならばお前の相手は私がしてやろう」

 そう言い、フレンダは槍を地面から引き抜いて俺に向き直る。
 しかし、そこへ待ったを掛ける存在が現れた。賢者のカルラだ。

「待ちなさいフレンダ。――ねえそこのあなた、以前も私達と交渉した男よね。 どう? 今回もお金で解決する気はないかしら? 大人しく王子達を引き渡してくれたなら、それ相応の金額を支払うわよ」

「へぇ……。幾らくれるって言うんだ?」

「そうね、一人当たり白金貨一枚でどうかしら?」

「どうだ、平民なら暫くは遊んで暮らせる額だぞ?」

 そう言いながらもフレンダは小馬鹿にしたように、薄笑いを浮かべている。
 何が金で解決だ。その侮蔑を隠そうともしない表情だけで、お前らがこの後どういった行動に出るのか、簡単に想像がつく。
 王子様だけでなくエルレインとサーリャの引き渡しも要求しているお前らが、俺達を見逃すはずが無い。

「ふーん……、悪くはないな」

「でしょう?」

「そうだな……皆どうする?」

 俺は後ろに振り向いてラキちゃんと目を合わせると、腕を組んだ状態のため連中からは見えていない脇の下の方の手で王子様達を指し示し、合図を送った。
 ラキちゃんはすぐに分かってくれたようで、頷いてくれる。



 時を待たずに、ラキちゃんの神聖魔法によって意識を取り戻した王子様達は、ゆっくりと上体を起こし始める。

「ここは?……はっ!」

「ひっ!」

 エルレインはすぐさま起き上がると、王子様を庇うように、屈んだ状態で王子様の前に立ちはだかる。
 怯えた表情のサーリャも、慌ててエルレインの後ろに隠れてしまった。
 エルレインは俺達も含めて警戒している。

「ちっ、王子が目を覚ましたぞ」

「気にする必要はないでしょ? 王子はもう役立たずなんだから。――さあ、さっさと引き渡しなさい」

 少々焦るフレンダと違い、カルラは王子達が目を覚ましても、随分と余裕を見せている。
 この状況からエルレインとサーリャは、王子様と知り合いの俺が、どちらの側についているかを察してくれたようだ。

「よっ! 王子様。迎えに来たぜ」

「あっ、ああ……」

 王子様は俺の存在に驚いたようだが、それよりも未だに現実を受け入れる事ができないのか、上の空な返事を返してきた。

「ほら、しっかりしろよ王子様。のんびりしてる暇はねーぞ」

「……っ、分かってるっ!」

 苛立たし気に答えた王子様は、それから一呼吸置いてカルラ達の方を向いた。

「……なぜだ、カルラ嬢」

「あらあら、やっとお目覚めですか王子」

 カルラはフフッと嘲りながら、芝居がかった態度で王子様の質問をはぐらかす。

「なぜだと聞いている……。なぜこのような事をする! 我らは……! 共に魔王を討伐すると誓ったではないか!」

「アハハ、本当に愚かな王子ね……。利き腕落とされたのにまだそんな事言ってるの? ――今の時代に魔王を討伐だなんて世迷言よまいごと、底抜けの愚か者でもない限り、する訳がないじゃない」

「全くだ」

 王子の質問に心底うんざりしたような口調でカルラは返し、それにフレンダも同意した。

 亀から降ろした時点で気が付いてはいたが、王子様の右腕は切り落とされていた。
 どうやらこいつ等に不意を打たれたようだな……。

「私を狙う答えになっていない!」

「はぁ……。少しは頭を使って察してください。――全ては我らが至上の光、ユリウス様のため」

「その通り。……まあ王家の体面を保つために、死んでいただくのは高層以上って条件が少々面倒でしたがね」

 カルラが恍惚とした表情で口走ったユリウスとは、カサンドラ王国の第一王子だ。

「そんな……。では初めから兄上の命により、私を始末するために同行したというのか……!」

「やっとご理解頂けましたか」

「ぐっ……」

 王子様はそれ以上言葉を発する事ができず、項垂れてしまった。
 やれやれ……、やっと自分の置かれた状況が理解できたか。



「お兄ちゃん、三パーティほど来ました」

「うん」

 ラキちゃんがそれとなく教えてくれたが、俺もなんとなく察知する事ができた。どうやら俺達は、連中の仲間に囲まれてしまったようだ。
 はなから金で解決なんてするような連中じゃないのは分かっていたが、この交渉はどうやら、散らばっていた仲間が集まってくるまでの時間稼ぎだったようだな。
 まあ俺達も王子様達が目覚めるための時間稼ぎにさせてもらったからな、お相子あいこだ。

「……そろそろ時間切れね」

「ククッ、残念だったな平民。さっさと引き渡していれば命まで落とす事は無かっただろうに」

「はっ、よく言うぜ」

「もうお前たちは逃げられない。――仲良く死になさい」

 カルラは杖を高らかに掲げると、巨大なの火の玉を作り出していく。
 ……あれはただの火炎魔法じゃない。土魔法との複合魔法でマグマが混ざった、周辺を灼熱地獄にするやつだ!

「ラキちゃん、結界を頼む!」

「私もお手伝いします! 何としても防ぎましょう!」

「はい!」



「では、ごきげんよう。アハハハハハ!」

 ――ドパァァン! ゴオオォォ!

 カルラから放たれた特大の火球は、俺達を包み込み物凄い火柱が上がり、周囲も焼き尽くしてしまう。
 しかし、ラキちゃんと大家さんの二重の結界のおかげで俺達は無傷な状態だった。
 しかも肺を焼くような熱風にも襲われず、しっかりと息もできている。お二人とも流石です。

 だがいつまでもここでじっとしている訳にはいかない。
 とりあえず、急いでエルレインに事情を話す事にする。

「私達はアルシオーネさんの仲間です。じきに彼女達も来るでしょう」

「本当ですか!?」

「ああ女神様……!」

 炎に包まれながらも何ともない状況に驚いていたエルレインとサーリャは、俺の説明に希望の光を見出したようだ。

「なので、それまで一緒に戦って欲しい。――これを使ってください。皆でここを乗り切りますよ」

 俺はエルレインに、以前手に入れた炎耐性の付いた盾と、藪漕ぎ用にまだ残していたショートソードを貸してあげる。

「……はい! 感謝いたします!」 

「私も微力ながら頑張ります!」

 さて、後は王子様なんだが……おっ、どうやら王子様の方はリンメイが発破を掛けてくれるようだ。

「いたっ! 何をする!」

「アホっ! 落ち込んでる暇なんかねーんだよ! ほら、この剣貸してやるから生きる努力しろよな。――左手はまだ使えんだろ?」

 リンメイは王子様の頭をはたいて叱咤しったし、王子様の目の前に、もう使わなくなったロングソードを突き刺した。
 王子様はほんの少しの間だけ苦悶するように固く目を閉じたが、覚悟を決めたようで、残った左手で剣を取った。

 王子様とエルレイン、そしてサーリャは立ち上がり、戦う意思を見せてくれた。

「セリオス様、貴方様にはまだ私とサーリャが付いております。皆でこの苦難を乗り越えましょう」

「そうですよ王子! 頑張りましょう!」

「……ああ。……そうだな……すまん」



「なっ!?……どういう事!? あれを結界魔法で防いだというの!? ……ありえないっ!」

「ちっ、なかなか厄介な防御系魔法士がいるようだな……。だがまあ、数はこちらの方が上だ。すぐに殲滅してくるから、カルラはそこで待っていろ。――くれぐれも私に魔法は当てるなよ?」

「分かってる。頼んだわよ」

「一気に畳み掛ける! いくぞっ!」

 フレンダの掛け声に、ミリオラを含め配下とみられる冒険者を装った連中が一斉に襲い掛かって来た。
 厄介な事に、フレンダは先程の続きとばかりに俺の行く手を阻む。

「おっと、面倒な雷属性のお前は私が相手だ」

「フレンダは雷霆万鈞らいていばんきんというギフトで雷属性の重い一撃を放ってきます! 注意してください!」

「分かった!」

 エルレインの助言により相手のギフトは分かったのだが、はっきり言ってこれはまずいぞ。
 基本的に剣と槍の勝負では槍の方が遥かに強いとされている。
 達人ならばともかく、俺のような並の剣士には、槍の突く動作に剣では捌ききれないからだ。

 長い槍ならば、ほんの少し後ろの持ち手で角度を変えるだけで頭から足元と変幻自在に狙いを変え、素早く突き出す事ができる。
 その攻撃を剣で捌くためには、なるべくコンパクトに動き、槍に臆せず果敢に向かって行く度胸がないといけない。
 そのため、技術が同程度なら、こちらはそもそも近づく事ができない。

 これら仕様の差や技術の差を埋めて勝てる要素を見出すとしたら、魔法やギフトといった能力に頼るしかない。
 例えば身体強化などによるフィジカルの強化を行ったり、属性攻撃によって状態異常に持っていくという方法だ。
 捌いた時に槍を弾き飛ばせるほどの剛力があれば隙を作る事ができるのだが、フレンダのギフトは、よりによって重い一撃を得意とするようなので、それは厳しそうだ。
 そして相手も俺と同じ雷属性ときたもんだ。

 となると後は素早さ重視で身体強化を行い、相手の行動が遅く感じるほどに、こちらが素早く動き攻めるか、相手の見た事もないような技術で不意を突くしかないのだが……。

「ほらほらどうした!」

 そんな事が俺にできるはずもなく、フレンダの攻撃に翻弄されている。
 ただ、自分でもおどろいたのだが、武器を絡め取られる事も無く、なんとかフレンダの攻撃を捌く事ができていた。
 以前ギルドの剣術講習で大ネズミ対策の訓練をした時の経験が、まさかこんな所で役立つとは……。

 だが捌くだけで精一杯なので、攻撃に移る事ができない。
 隙を見てアイアンニードルの針を投擲をする余裕も、勿論ない。
 槍の穂先が掠める切り傷は増えていくばかりだ。

 くそっ、忍者漫画とかだと、どうやって手裏剣投げる隙を作ってた……!

 あっ、そうだよ……、別にこちらも正攻法で攻めていく必要なんてないじゃないか。
 俺を仕留めようと向かってくるフレンダを馬鹿正直に迎え撃つ必要なんてない。

 そこからは、後退しつつアイアンニードルの針を投擲できる隙を作る事に集中した。
 だが、投擲しても見事に弾かれてしまう。
 まいった、属性攻撃の効かない相手がこれほど厄介とは……。



「どうした、後がないぞ?」

 まずい……。巨樹を背にして、俺は追い詰められてしまった。
 だが、これはチャンスかもしれない。
 フレンダが上手く木に槍を突き刺してくれれば、引き抜く間に僅かな隙ができる。

 そう思ったのだが……。

「死ねっ!」

 ――ズバーン!

 うぉマジか! 突き刺すどころか、巨樹を粉砕するような大穴開けやがった!
 ああそうだった、リンメイ狙ってこいつが槍を投げた時、地面に大穴開けたんだったよ!

「いでっ!」

 飛び上がって木の枝を踏み台にしようとした俺は衝撃で落下し、尻餅をついてしまう。

「ハハハ! 当てが外れたようだなっ!」

「くそっ!」

 こっちが攻撃される隙を作ってどうする!
 槍の攻撃を何とかギリギリで躱し、転げるように横に飛び退いた。
 飛び退きながらアイアンニードルの針を投擲するも、やはり弾かれてしまう。

 くそう、攻め込む隙がない!
 なんとか意表を突いて、攻撃に転じる事ができれば良いのだが……。

 ――意表を突く……、そうか……イチかバチかやってみるか!
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