天使の住まう都から

星ノ雫

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一章

014 大ネズミ狩り 1

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 荷車は戦士の少年が前で引き、俺を含めた残り三人で後ろを押す。

「おじさんはダンジョン行かないの?」

「んー……実は俺さ、戦闘技能なんにも無しで冒険者登録しちゃったんだよ。だからダンジョン行くには、まず大ネズミ狩りを十回やんないとギルドから許可が下りないんだよね」

「うわー最悪じゃん」

 前で荷車を引いてる少年が声を上げる。
 でもしょうがない。本当に戦うすべを持ち合わせていなかったんだから。
 もしも他の冒険者のようにその辺を誤魔化してダンジョンに行ってたら、多分あっけなく死んでいただろう。

「俺も最近やっと戦い方に慣れてきたからな、そろそろ大ネズミ狩りには行ってみようかなと思ってる。――それよりも、君らはダンジョン行かないの?」

「うーん、あたしらもそろそろダンジョン戻ってみようかなって思ってるところ。今日の戦闘でも自信ついたしね」

「私達三人で村から出てきて、いきなりダンジョン行っちゃったんです。その時に冒険者狩りに襲われちゃって……」

「なんとか荷物ぶちまけながら逃げる事ができたんだよね。あれはホントに怖かった」

 ああ、だから今日俺に気が付いた時、物凄く警戒していたのか……。

「でもあの頃よりは俺らも成長したしな! 今度はアイツら返り討ちにしてやるぜ!」

「できたらもう少しパーティの人数増やしたいんですよね。……だから、おじさんならどうかなーと思ったんですけど」

 なるほど、そういう事ね……。
 誘ってくれるのは非常にありがたいが、俺はまだダンジョンに潜る事もできないし、多分君らとは目指す先が違う。

「俺はまだダンジョン行けないしね、ゴメンよ。――そうだ、身体強化魔法の講習に来てるみんなは?」

「うーん……、みんなもうパーティ組んでたりして、なかなか条件の良い人……いないんですよね」

「ふーん、そうなんだ」

 なにか言い淀んでる感じがするが、理由は聞かないでおこう。どうせ年頃の男女間の問題な気がするので。
 それからも俺達は、他愛もない会話をしながら聖都へ戻って行った。



「大ネズミ狩りの依頼を受ける方はこちらのカウンターの列に並んでくださーい! 事前に依頼の説明を受けていない方は隣のカウンターでお願いします!」

 俺は朝早くから冒険者ギルド本店に来ている。
 理由は先程から受付のお姉さんが声を張り上げている大ネズミ狩りの依頼を、今日から俺も受けてみようと思ったからだ。
 薬草採取を頑張ったおかげでなんとか軽装鎧も手に入れる事ができたしね。そろそろ頃合いかなと。

 大ネズミ狩りは不人気なのにどうやって回しているんだろうか疑問だったが、朝のこの列を見て納得してしまった。十人以上はいる。
 結構年を取った方や、見るからに浮浪者っぽい人が目立つ。きっとこの依頼は、ダンジョンへ行けないような人のための社会の受け皿になっているんだろう。

 ――俺の番がきた。

「おはようございます。冒険者証ギルドカードの提示をお願いします」

 受付のお姉さんは俺の冒険者証ギルドカードを見ると、鍵の番号が書かれた一覧に俺の名前と登録番号を記入し、鍵とルートマップ、それにスタンプ用紙を渡してくれた。

「はい、それでは本日はこちらの入り口からお願いします。こちらのスタンプ用紙に、忘れずに下水処理場の管理棟にいる職員からハンコを貰ってください。ハンコがないと依頼達成にはなりません」

「わかりました」

「それではよろしくお願いします」

 鍵とルートマップ、スタンプカードを受け取ると、そそくさと列から離れる。
 早速ルートマップを確認する。ルートマップの表面おもてめんは都市の入り口の場所が記載されており、裏面には地下水路の進行ルートが記載されている。
 また、ルートマップには画板のような紐のついた板が付属している。これを首にかけて移動中もルート確認できるようにするわけか。

 ふとミリアさんの視線に気が付いたので手を振ると、向こうも手を振ってくれた。

 ――ではいってきます!



 今回俺が割り振られたのは二十三番。ルートマップの都市側地図を頼りに、街の入り口を探す。
 都市側地図にはギルドからの道順と、近場の詳細図が書かれているのでそれほど迷わなかった。

 ――あったあった、ここだ。

 俺は鉄製の格子戸を鍵を使って開け、中に入っていく。扉は閉じると、自動的に鍵が掛かるようだ。

 とりあえず口と鼻を覆うように臭い対策のタオルを巻き、松明たいまつに火をつける。
 先日のゴールデンホーンの革のお礼に、ミリアさんが魔石使用型のライターを買ってくれたのでとても助かる。
 大家さんは解毒ポーションなどの薬とお弁当を持たせてくれた。今日も二人に感謝なのです。

 ――さてと、ショートソードと松明たいまつの二刀流で進むか!

 地下水路には人の通れる幅が水路脇にあってそこを通って行くんだが、場所によっては元々地下通路だった所に水路の溝を掘ったんじゃないか? って箇所もある。
 十字路などには蛍光灯のように光る石がはめ込まれているが、やはり松明たいまつなどの照明がないと視界が悪い。いつか魔道具のカンテラ辺りが欲しいな。

 ――……っと、早速来たな!

 前方から何かが走る音と威嚇の鳴き声が聞こえてきた。大ネズミだ。
 暗いし狭いので戦闘の領域は良くないが、ホーンラビットよりは素早くないから、全然落ち着いて処理できる。

  ――一、ニ……、三、四……っと!

 四匹を危なげなく倒す。
 あっ……やべ、一匹水路に落としちゃった。討伐証明の尻尾が無いと、退治してもカウントされないんだよね……。
 仕方が無いので一匹は諦め、残った三匹の尻尾の先端を切ってから、そいつらも水路に落としていく。流されていく大ネズミは処理場の方でスライムが消化してくれるらしい。

 大ネズミは敵意むき出しで向かってくるけど、魔物じゃないから魔石を持っていない。また、水路に湧く蟲を食べてくれるから、都市の役には立っている存在なんだそうだ。
 だが、増える速度が速いのでギルドが適時ルートを決めて、こうして間引かないといけないらしい。増えすぎると餌が足りなくなり、穴掘って都市に出てきちゃうんだとか。



 その後も二回ほど戦闘があり、もうノルマよりも多い八匹を処理した。
 所々にペンキで二十三ルートと書かれているので、結構悩まずに進んで行けている。

 ――マップの通りならそろそろ第三下水処理場に着くはずなんだが……。おっ、あれか?

 遠くの方から 『ドドドドッ……』 と滝のような音が聞こえだし、次第に前方が明るくなっていく。
 そして漸く、出口である鉄の格子戸が見えてきた。

 格子戸を開け地下水路の通路から出た先は、天井の無い円柱状の巨大な空間だった。真ん中にはこれまた巨大な着水井ちゃくすいせいがあり、様々な方角から地下水路の下水が流れ落ちていた。
 沢山の地下水路の出入り口がそこに集まる風景は、まるで沢山の線路が集まる蒸気機関車の転車台のようである。

 辺りを見回すと、壁面に設けられた地上へ出るための階段が目に入った。
 階段の横には上を示す矢印と共に 『管理棟』 と書かれた看板が設けられていたので、その案内に従って上がって行く。

「おおっ……」

 階段を上り切ると、思わず感嘆の声を漏らしてしまった。上がった先はピクニックでもしたら気持ちよさそうな、緩やかな草原の丘が一面に広がる美しい風景だったからだ。
 少し離れた場所では、俺とは別のルートから来た冒険者達が、もう座って昼食を取っていた。

 ――まるで公園みたいだな。ただ、高い外壁に囲まれて刑務所のようにも見えるけど……。

 向こうに建物が見える。あれが管理棟かな?



「こんにちはー。大ネズミ狩りのハンコをお願いしたいんですが」

「あぁはいはい、ちょっとまってね。それ以上入ってこなくていいよ」

 俺は扉を開けながら声を掛けると、中から待ての声が聞こえてきた。……まあ今の俺、臭いし汚いからねぇ。

「次からは扉を開けず、そこの窓口から呼んでくれればいいからね」

「あっ、すみません。気が付きませんでした」

 職員さんが示す先には、宝くじ売り場のような小さな窓口があった。あぁなるほど、あそこからなら俺達の臭いが最小限で済むもんな。

 とりあえず無事にスタンプカードへハンコを押してもらえたので、俺も適当な場所に座って昼食を取る事にした。
 アルプスの少女ハイジの世界を思わせるような景色に見惚れてしまい、時間が経つのを忘れてしまいそうになる。

 景色を眺めながら良い気分で大家さんお手製のサンドイッチを食べていたら、先程俺が上ってきた階段を下りていく冒険者達の姿が見えた。

 ――もう行くのか……。これは……あまりのんびりしてちゃまずいな。

 俺は今日が初めてだから、まだ時間配分が分からない。
 帰り始める冒険者を目にして不安に駆られてしまった俺は、急いで昼食を済ませるとすぐに出発する事にした。



「えぇーっと……、ここか」

 いくつもある地下水路への出入り口から二十三ルートと書かれた復路の入り口を見つけ、鍵を使い入っていく。
 さて、帰りも油断する事なく行きますか。
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