天使の住まう都から

星ノ雫

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一章

007 サブとヤス

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 とりあえず鞄を手に入れたので、これで細々こまごまとした物を詰め込んで帰れる。という事で、次は衣類を買いに行くかな。
 今着ているツナギは周りから見て結構浮いてる感じがするし、下着の換えも何枚か欲しい。

 とはいえ、この世界ではどんな感じの服装が所謂普通に見える服装なのかが、まだよく分かっていない。
 そこで道行く人を参考にするため、屋台で買った串焼きを頬張りながら、ベンチに座って暫く広場を眺める事にした。

 昨日も思ったけどいろんな種族がいるなあ……と眺めていたら、ある二人に目が留まった。

 ――えっ、あれってもしかしてゴブリン!?

 驚いていると女神様情報が頭に浮かんできた。どうもこの世界ではゴブリンは邪悪なモンスターではないらしく、普通に亜人の種族の一つらしい。
 しかも土魔法が得意でシャベルや鶴嘴つるはしでサクサク地面を掘る事ができるため 『土木の妖精』 とも呼ばれ、女神様曰く現場猫みたいなおもしろ集団とのこと。
 たしかに昨今の異世界モノとは違い、愛嬌のある顏してんな。

「今日の現場やばかったっすねアニキ」

「ああ、かなり崩落してたからな。ありゃちょっと手間だぜ」

 二人のゴブリンが俺と同じように屋台の食い物を食べながら喋っているのを眺めてたら、目が合ってしまった。

「ん? なんだおめぇこっちジロジロ見やがって。ああん!?」

「やめろ、ヤス。――兄ちゃん、俺らの事が珍しいかい?」

 突然ヤスと呼ばれたゴブリンが啖呵を切ってくるが、アニキと呼ばれたゴブリンが取り成してくれた。
 まさか話しかけられるとは思わなかったので、あたふたしてしまう。

「あっ、ああ、すまん。昨日この都に着いたばかりでね、いろんな種族がいて驚いてたんだ」

「なんでぇ、おのぼりさんかよ」

「ここは大天使ラクス様のお膝元ひざもとだからな、どの種族にも寛容なんだよ」

「大天使!?」

「んだおめぇ、そんなことも知らねーのか?」

「あそこに見えるでけぇ浮島があんだろ? あそこに魔王様が住んでんだけど、その侵攻を食い止めるために天から舞い降りた天使様の事だよ。んでそのラクス様が国をおこして今もここを守護してっから、この国は平和ってわけだ」

「へぇー」

 あっ、それも女神様情報にあったぞ。どうもここ聖都アルテリアは、伝説だと魔王に滅ぼされた神聖魔導帝国の帝都の上に作られた国だったはず。

「ま、うちらは魔王様の眷属けんぞくでもあるからどっちでもいーんだけどな。ゲシャシャ」

「毎年、降臨祭こうりんさいにはお姿を現すから、一度見てみるといいぜ。えれぇべっぴんさんだからよ」

「へぇー。そんなお祭りがあるんだ」

 天使が地上に舞い降りた日を祝う降臨祭こうりんさいか。いつあるんだろう、楽しみだな。

「二千年以上生きてっから中身はババァだけどな。ゲシャシャ」

「失礼な事いうなバカっ!」

「いてっ! すいやせんアニキ!」

 サブは透かさずヤスの頭をポカリと叩いてたしなめる。
 うん、あらゆる種族に寛容な天使様に向かってババアはないよな……。

「それはそうと、兄ちゃん冒険者になんのか?」

「ん? ああ、一応ね」

「最近はすぐにダンジョン行っておっ死ぬ奴らばっかだから気ぃつけろよ」

「ありがとう。とりあえず薬草採取から始めるつもり」

 アニキと呼ばれたゴブリンの方がしげしげと俺の真新しい出で立ちを見てそう言うので、先ほど買ったばかりの剪定ばさみをホルスターの上からパンパンと叩いて見せた。

「おっ、なかなか良いの買ってんじゃねーか。できたらシャベルも買っておけよ。根が必要な薬草もあっからな」

「ウンコ埋めんのにも便利だからな」

「あーそうか! 失念してたよ。後で買ってくる」

 二人も俺に自慢のシャベルを見せながら教えてくれた。
 そうだよな。高麗人参のように根の方が重要な薬草の存在をすっかり忘れていたよ。それに野外でトイレを作る時にも必須だ。

 ――コイツらいい奴だな。

 ふと、この二人とは知り合いになっておいた方が良い気がしたので、俺は名乗る事にした。

「俺ケイタって言うんだ。なんか色々と教えてくれてありがとう」

「おぅ、俺はの名はサブ。コイツはヤスってんだ。よろしくな」

「ケータよろしくな」

「んじゃそろそろ行くかヤス」

「へぃっ」

「あっとそうそう、ケイタは近いうちにネズミ狩りもやるはずだ。最近は老朽化なのか地下水路の崩落が結構あるから気ぃつけろよ」

 またネズミ狩りの事言われたぞ。結構有名なのか?

「わかった気を付ける。ありがとう」

「じゃーな」

「あばよ」

 二人に俺はもう一度お礼を言い、手を振って別れた。
 最初はゴブリンてことで驚いたが、なんか気さくでいい奴らだったな。色々教えてもらったし、話してて楽しかった。
 またどこかで会えるかな。

 俺はもう一度雑貨屋に戻り、手頃な携帯用のシャベルを購入してから衣料品店に向かった。



 とりあえず下着と靴下は新品を購入し、普段着は古着のコーナーで物色する。
 これからこの世界は夏に向かっていくらしいので、まずは最低限の量だけ購入して、その都度買っていった方がいいかもしれないな。お金もかなり使ってしまったし。

 普段着もなんとか見繕ったので、後は大家さんに言われた外套を探してみる。
 大家さん曰く、山の天気は変わりやすいのでフード付きのを1枚持っていると良いとの事。要はレインコート代わりだね。

 防具屋ならば様々な耐性が付与されている良い品があるらしいが、今の手持ちじゃまず買えないだろう。
 それにまだ残った銭で防具も買わないといけないので、今回は古着としてここに置いてあるものから選ぶ事にする。

 幾つか見つけたのだが……。羽織はおるだけのマントのタイプと、ローブのような袖を通すタイプがある。うーん、どちらにしようか。

 ――あっ! ローブのタイプはダメだ!

 バカだな俺。よくよく考えたら今後防具を着込んだら、ローブのタイプは着れなくなるじゃないか。危ない危ない……。
 という事で、俺はマントのタイプを購入する事に決めた。少し大きめを選び、背中の鞄も覆えるようにする。



 後は防具なんだが……お金足りるかな? なんて考えながら防具屋に向かっていたら、冒険者ギルドの前まで来てしまった。
 折角だから防具屋に行く前に寄っとくか。先ほどから耳にするネズミ狩りがどうも気になるんだよね。
 
 ……あっ、丁度ミリアさんがいる。

「アルテリア冒険者ギルド本店へようこそ。おっ、ケータさん装備揃えてきましたね。――それで本日はどういった御用ですか?」

「はい、まだ防具は購入してませんけどね。――一つ聞きたいことがあって来たんですけど、大ネズミ狩りの依頼について詳しく教えてください」

「あっ、耳にしちゃいました?」

「はい、耳にしちゃいました」

 なんかミリアさん含み笑いしてんだよなあ。逆に俺は、思わず苦笑いをしてしまう。

「この都市は帝国時代の遺跡を地下水路として利用しているのですが、そこに住み着く大ネズミを狩る常設依頼があるんですよ。この依頼はケータさんのように戦闘経験が未熟な新人に、ダンジョンに行かせる前に必ずやってもらう事になっております」

「ダンジョン行く前の訓練みたいなもんです?」

「おっ、ケータさん鋭いですね。この依頼の意義は暗所や狭い空間での戦闘、マップの正確な読み方を学んでもらうためなんです」

「お、てことはマップは貸してもらえるんですね?」

「勿論です。この都市の至る所にある地下水路への入り口には全て番号が割り振られており、ルートは全てギルドで決められ管理されております。依頼を受けた冒険者は当日指定された番号の鍵とルートマップを渡しますので、その入り口から入りルートマップに沿って移動しながら大ネズミを退治していただきます。中間地点の下水処理場で一旦地上に出られますので、管理棟の職員からスタンプカードにハンコを頂いて、また決められた復路で戻ってきてもらいます。――朝から行けば、丁度下水処理場でお昼の時間になりますよ」

「昼飯は外で食べれるのか。それはかなり嬉しいな」

「臭くて汚い環境ですからね。その辺はちゃんと考えてるんですよー。あと、諸事情により下水処理場から帰りたくなった場合は職員に申し出てください。正門から通してくれるはずです。ただ、勿論依頼は失敗という事になりますけどね」

 なるほどな。この依頼は普通にこなせば、一日で完結できるようになっているのか。
 それに途中退場もできるようになっている。

 「この依頼は一日単位で区切っておりますので朝の内でしか依頼を受けることが出来ません。また、その日のうちにきちんと依頼の報告をしてくださいね。その日に帰ってこなかった場合は、翌日に当職員が探しに行く事になっておりますので、もし何らかの事故に遭ってしまったら、ルートから離れず職員に発見されるまでは何とかして生き延びる努力をしてください」

「探しに来てくれるんですね」

「鍵の回収もありますからね。一番困るのは鍵を持ったままどこかへ行ってしまう事です。それやったらペナルティがありますから気を付けてくださいね」

 鍵の管理が厳しいおかげで探しに来てくれる保険があるって事か。
 うっかり報告せずに帰ってしまわないように気をつけないと。

「とりあえずノルマは一日五匹ですが、一匹ごとに報酬がでますので何匹狩っても構いません。尻尾の先端の本数で確認するので、持ち帰ってくださいね」

「五匹って結構きついノルマですね。俺、追いかけて倒す自信無いんですが」

「大丈夫です。向かってきますから」

「ええ!? そんなの、大量に来たらヤバイじゃないですか」

「連中縄張りがありますからね。縄張り内ではつがいに子供と合わせても最高で八匹以内のはずです。そこまで危険な動物ではないので大丈夫ですよ。――ただ、一応念のために必ず解毒ポーションは持って行ってくださいね。ギルド内でも買えるけど、ケータさんなら姉さんに頼んだほうがいいかな」

「毒は怖いですね」

「ええ。ですから血の出る傷を受けてたら迷わず飲んでください。――そういえばケータさん、防具の購入はまだと言ってましたね。私としては最低限ネズミに噛みつかれても傷を負わないように、籠手こて臑当すねあてもしくは厚手のブーツの購入をお勧めします」

「あーなるほど、そうですね。後で見に行ってみます」

 防具屋に行く前にギルドへ寄って正解だった。まずは籠手こて臑当すねあてを優先的に見繕う事にしよう。

「説明としてはこんなものですかね? ――そうそう、この依頼を計十回こなして頂けたら、晴れてダンジョンへの入場を許可します」

「十回も! そりゃみんな虚偽きょぎの申請してダンジョンにそのまま行っちゃうわけだ……」

「内容のわりに意外と収入になる依頼ですし、良い訓練にもなるんですけどねー。困ったものです」

 臭くて汚いですけどと付け足しながら、やれやれといった感じにミリアさんは言う。いや、その臭くて汚いのが一番の問題なんだと思う……。
 まあでもなぁ、この依頼すらこなせないって事はダンジョンで生き延びられないって事なんだろうな。
 厳しいのかもしれないが、ギルドの温情でもあるわけだ。……たぶん。

 俺はミリアさんにお礼を言い受付を後にすると、帰る前に講習会の開催日が記されているカレンダーを見て行くことにした。
 昨日は見る時間が無かったからね。さて、どんな講習会があるのか。
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