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第三部 Waiting All Night
57話
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荒益は母と息子の伊緒理が住んでいる椎葉家の別宅に着くと、侍女が飛んできた。その顔を見て、伊緒理だな、と思った。
「どうした?そんなに悪いの?」
荒益は、答えによっては飛び出していくつもりだ。
「いいえ。今は、落ち着かれています。熱も下がりましたので」
慌てて侍女は答えた。
「熱?熱が出たの?」
最近の伊緒理は、昔の病弱ぶりが嘘のように元気だったのに。
「昨日は岩城の礼様がお訪ねくださる日でしたので、伊緒理様の体調の悪さをすぐに気づかれて適切な対処をしてくださいました。寝付かれるまで寝所で傍についてくださいまして、苦しむ伊緒理様を励まされていました」
「……そう」
荒益はすぐに伊緒理の部屋に向かった。
部屋を仕切る御簾が揺れたのが分かって、伊緒理は目を開けた。別の侍女がついていて、伊緒理の小さな動作に気付いた。起き上がろうとする伊緒理の背中を支えたものか、そのまま横になるように肩を押し付けるべきか迷っているところに、荒益がその様子を診て声をかけた。
「伊緒理、寝ていなさい」
伊緒理は脱力して、枕に頭を戻した。
「熱を出したとか?今の気分はどうだい?」
「……はい」
伊緒理はそれだけ言って、その後の言葉は続かなかった。
「昨日よりずいぶんとよくなられました。今は熱も下がっています」
「どうしたことだろう。随分と元気になったと思っていたのに。そろそろお前を四条の邸に連れて帰りたいと思っていたのに。お母さまに最近の伊緒理の話をしたら、伊緒理の体が丈夫になったなら一緒に暮らしたいと言っているのに」
「お母さまが」
「そうだよ。お前に会いたがっていた」
「……私も」
伊緒理はそう言うと、ふうと息を吐いて苦しそうにした。
「無理に話さなくてもいいんだ。今は体を直さなくては。お前は大きくなるほどに丈夫になっているからね。でも、もう少し時間がいるのだろう」
伊緒理は目尻に涙をためていた。
荒益はゆっくりと伊緒理の頭を撫でて立ち上がり、母上の休む部屋に向かった。昨日、礼が訪れてくれたのなら、今日は機嫌がいいだろう。
荒益の母は、体が弱ってきてもう一日中褥の上で過ごしている。じっと褥の上に横になったまま過ごすのは、辛いらしく機嫌が悪い。それでも、礼が来るときは褥から体を起こして迎える。礼に乞うてこの別宅に来てもらい、自分の体調を診てもらっているから、せめてその時は元気な姿を見せたいと思っているようだ。そうすると、その後二日ほどはその気力が続くのか、部屋を訪ねても褥に起き上がってはっきりしたことを言う。
「母上、入りますよ」
荒益が声をかけて部屋に入ると、母上は起き上がっていた。
「お加減いかがですか?」
そう尋ねながら腰を下ろすと、すぐに母上は口を開いたが、それは荒益の問いに対する返答ではなかった。
「昨日は伊緒理が熱を出して、往生したわ。ちょうど礼殿が来てくださったので、あの子の苦しそうな姿を長く見ることもなかったわ。皆が安堵したものです。本当に、礼殿に助けられた。あなたからもよくよくお礼を言っておくれ」
「そうですか。先ほど、伊緒理の様子を見てきましたが、少し苦しそうでした。最近は元気でしたので、私の邸に連れて戻ろうかと思っていたところだったのに」
「まあ、まだ無理よ。あの子は、繊細な子だから、もう少しここで静養させて」
と母君は言った。とびきり、伊緒理をかわいがっているから、傍から離したくないのだろうと思ったが、先ほどの苦しそうな様子を見ると、荒益は伊緒理をもう少しこの別宅に置いておくしかないと思った。
「どうした?そんなに悪いの?」
荒益は、答えによっては飛び出していくつもりだ。
「いいえ。今は、落ち着かれています。熱も下がりましたので」
慌てて侍女は答えた。
「熱?熱が出たの?」
最近の伊緒理は、昔の病弱ぶりが嘘のように元気だったのに。
「昨日は岩城の礼様がお訪ねくださる日でしたので、伊緒理様の体調の悪さをすぐに気づかれて適切な対処をしてくださいました。寝付かれるまで寝所で傍についてくださいまして、苦しむ伊緒理様を励まされていました」
「……そう」
荒益はすぐに伊緒理の部屋に向かった。
部屋を仕切る御簾が揺れたのが分かって、伊緒理は目を開けた。別の侍女がついていて、伊緒理の小さな動作に気付いた。起き上がろうとする伊緒理の背中を支えたものか、そのまま横になるように肩を押し付けるべきか迷っているところに、荒益がその様子を診て声をかけた。
「伊緒理、寝ていなさい」
伊緒理は脱力して、枕に頭を戻した。
「熱を出したとか?今の気分はどうだい?」
「……はい」
伊緒理はそれだけ言って、その後の言葉は続かなかった。
「昨日よりずいぶんとよくなられました。今は熱も下がっています」
「どうしたことだろう。随分と元気になったと思っていたのに。そろそろお前を四条の邸に連れて帰りたいと思っていたのに。お母さまに最近の伊緒理の話をしたら、伊緒理の体が丈夫になったなら一緒に暮らしたいと言っているのに」
「お母さまが」
「そうだよ。お前に会いたがっていた」
「……私も」
伊緒理はそう言うと、ふうと息を吐いて苦しそうにした。
「無理に話さなくてもいいんだ。今は体を直さなくては。お前は大きくなるほどに丈夫になっているからね。でも、もう少し時間がいるのだろう」
伊緒理は目尻に涙をためていた。
荒益はゆっくりと伊緒理の頭を撫でて立ち上がり、母上の休む部屋に向かった。昨日、礼が訪れてくれたのなら、今日は機嫌がいいだろう。
荒益の母は、体が弱ってきてもう一日中褥の上で過ごしている。じっと褥の上に横になったまま過ごすのは、辛いらしく機嫌が悪い。それでも、礼が来るときは褥から体を起こして迎える。礼に乞うてこの別宅に来てもらい、自分の体調を診てもらっているから、せめてその時は元気な姿を見せたいと思っているようだ。そうすると、その後二日ほどはその気力が続くのか、部屋を訪ねても褥に起き上がってはっきりしたことを言う。
「母上、入りますよ」
荒益が声をかけて部屋に入ると、母上は起き上がっていた。
「お加減いかがですか?」
そう尋ねながら腰を下ろすと、すぐに母上は口を開いたが、それは荒益の問いに対する返答ではなかった。
「昨日は伊緒理が熱を出して、往生したわ。ちょうど礼殿が来てくださったので、あの子の苦しそうな姿を長く見ることもなかったわ。皆が安堵したものです。本当に、礼殿に助けられた。あなたからもよくよくお礼を言っておくれ」
「そうですか。先ほど、伊緒理の様子を見てきましたが、少し苦しそうでした。最近は元気でしたので、私の邸に連れて戻ろうかと思っていたところだったのに」
「まあ、まだ無理よ。あの子は、繊細な子だから、もう少しここで静養させて」
と母君は言った。とびきり、伊緒理をかわいがっているから、傍から離したくないのだろうと思ったが、先ほどの苦しそうな様子を見ると、荒益は伊緒理をもう少しこの別宅に置いておくしかないと思った。
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