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第二部 wildflower
第三十三話
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星夜の頼りない光の中、礼は耳丸の手を借りて馬に乗った。耳丸は礼から馬に乗れると聞いていたので、まずはお手並み拝見とその様子を見ていた。しかし、言うだけのことはあって、礼は難なく馬を操った。先を行く耳丸は、時々礼を振り返り見るが、礼は耳丸の後ろをぴったりとついて来ていた。二人は縦になって都から北へ向かうその道をひた走った。
夜が明けると、耳丸は馬を降りて脇の道へと入って行く。礼もそれに従ったが、木々に覆われた道のようなそうではないようなところを、どこまで歩くのだろうかと思ったところで、先が開けてきた。
「もう少し歩こう。川が流れているはずだ」
耳丸の短い言葉に礼は頷いて、黙ってついて行くと、やがて耳丸が言うように細い川が現れ、それをさらに遡ると岩場が現れた。
耳丸は近くの木に馬をつないだ。礼も習って馬をつなぐと二人で岩場に上がってきて、川のほとりに跪くと、水をすくって口をすすいだ。耳丸は顔を洗っている。馬たちも草を食み、水を飲んでいる。
「礼、着替えろ」
耳丸に促されて、礼は耳丸から渡された布の塊を受け取り、高く茂った草の茂みの中へと入っていった。これからは男の身なりをして旅をするのだ。
耳丸は暗闇の中でよくわからなかったが、日の高くなった中でまじまじと礼の姿を見ると、痛ましかった。
礼の黒く長い髪は肩に掛かるくらいで削ぎ落として、ざんばらな感じだ。女として大事にしてきた髪だろうに、礼はすぐに髪を削ぎ男の装束になって旅をすること決めた。旅が少しでも問題なく進むのであれば、髪を削ぐことくらいなんとでもないと耳丸に言った。
耳丸は音のする方に顔を向けると、礼は草むらをかき分けて現れた。くたびれた白い袴の上に上着を着込んだ礼は、女の体を隠すように下着と上着の間に今まで自分が着ていた服を畳んで入れ込み少しふっくらした体つきにさせている。髪はとかしているが、バラバラと肩にかかったままの状態だった。
礼は、恥ずかしそうで耳丸とは視線を合わせることなく、耳丸の前に立った。
「髪を上げてやろう」
広がった髪をきちんと結んで上げてやるために、耳丸は礼の後ろに回って櫛で溶かして、高い位置で結んでやった。礼はその上から頭巾をかぶり、首回りに布を巻いた。
「ありがとう」
礼はいまだに恥ずかしそうに右目を上目づかいにあげて耳丸にお礼を言った。
「ここで少し休もう。疲れただろう」
茂る草を押し倒して礼と耳丸は座った。耳丸は座ったその場にそのまま後ろに倒れて寝転んだ。
「このまま北に行けば、佐田江の庄という村がある。そこは、岩城家の領地だ。顔見知りの者もいるから、行けば屋敷の中で休めるはずだ。順調に行けば、二晩も走ると着くはずだ。まずは、そこまでは堪えろよ」
礼は声を出さずに頷いた。そして、自分も横になり眠った。
礼が目を覚ますと、耳丸はすでに目覚めていて、馬たちのそばで世話をしていた。礼が体を起こすと、耳丸は礼が起きたことに気づいてこちらを見ていた。
「ごめんなさい。私、すっかり寝入ってしまって」
馬から離れて、耳丸は礼のそばまで来た。
「夜通し走ったから、疲れただろう。慣れないことだから、無理もない」
耳丸は労りの言葉を言ってくれた。礼は、昨夜のことを思い起こした。幼子から離れられない自分と実言の元に行きたい自分を二つに切り裂いてここまで来た。その己の葛藤と誰にも気づかれずに抜け出すことの緊張で、心も体もぐったりと疲れて、思いのほか深く眠ってしまった。礼は寝起きの頭をしっかりさせるために、小川のほとりに跪いて、冷水をすくい上げて顔を浸した。それから、二人は携帯してきた飯を食んだ。腹の減り具合も落ち着いたところで、元の道に合流するべく耳丸が先に立ち、馬を引いて歩き出した。北の佐田江という土地へ向かう大きな道にでると、馬に乗って、ひた走った。
その晩の野宿。耳丸が場所を決め、火を起こした。近くに小川が流れており、馬に水を飲ませ、二人も水を飲み、布を浸して顔や首を拭いた。その夜も手持ちの飯を食んだ。
「礼、横になれよ」
耳丸は焚き火を見つめながら言った。
「耳丸は」
「俺もすぐに横になるさ。もう少し火が弱くなるまで火の番をしているよ」
礼は耳丸に頼り切って申し訳ないが、言うことに従った。体は疲れているし、昨日まで子供にやっていた乳が吸われなくなって、乳房が張って仕方がなかった。胸の痛みは、心の痛みでもあった。我が子を見捨てるようにして出てきたのだ。礼は内側から疼いてくる痛みに耐えるように、膝を胸にくっつけるように丸まった。それでも今は、心の痛みよりも肉体の疲れの方が勝ってしまって、悲しみで目に涙が滲んでも気を失うように眠ってしまった。
朝。耳丸は目を覚ますと、燃え尽きた焚き火の向こう側に丸くなって眠っていた礼の姿がなくなっている。勢いよく体を起こし、もう一度辺りをよく見回したが、礼の影すら見えなかった。
どこへ行ったものか。しばらく考えて、礼もひとりになりたいときや、身支度のために耳丸から離れることがあるだろう。耳丸はあえて気にせず、顔を洗いに小川に行った。そこで、ゆっくりと両手に水をすくって顔を洗った。冷水が頭の中をすっきりと目覚めさせた。口をゆすいだり、喉を潤したりした。馬たちの元に行き世話をして、焚き火の元に戻ったが、礼はいなかった。そうすると、耳丸は嫌な予感がして、胸の中が騒ついた。十分注意して、この場を野営する場所にしたつもりだが、礼が余計に遠くへ行ってしまって、獣や野盗に出会って襲われていたら。
耳丸は、礼がどちらに歩いて行ったものか、ぐるりと見回した。まわりに茂る草むらの草が左右に倒れている場所を見つけた。礼は、ここを通って森の奥へと歩いて行ったかもしれないと、一縷の望みでそこを越えて、奥へと進んだ。
礼との意思疎通はうまくっているとは言えない。礼は耳丸の弱みに付け込んで、連れて行ってもらっているという気持ちでいるから、耳丸のいうことには絶対服従とまでは言わないが、口を挟むことなく頷いて従っている。でも、それだけ心の中で何を思っているのかわからない。
礼は、左目に眼帯、頭から布を巻いて首まわりを覆っていて、口元までも隠すようにしているため、表情は読み取れない。決して良好な関係ではない、いや、今までの耳丸の態度を考えてみれば、仲の悪い二人に快い旅ができるわけもない。お互いを思いやるように声を掛け合って、助け合うには時間が必要だ。
黙ってどこかに行ってしまったのを、心配するのは勝手であり、礼も耳丸が心配したところで、余計なお世話だと思うかもしれない。やはり、元の場所に戻って待っていたらいいか。しかし、もし獣や野盗に襲われていたら、実言に会わせる顔がない。怪我やまして命に関わる危険に遭っていたら、無理やりに同行させられている旅だからといっても、どう詫びていいか、自分の命をもってしても償えないだろう。
やはり、耳丸は礼を探すしかないのだ。
草むらの奥を少し進んで、どっちに進んだものだろうと、辺りを見回していると、耳丸が見ている方とは逆から、声がした。
「耳丸?」
耳丸が振り向くと、礼が耳丸を伺うように見ていた。耳丸が最悪の結果を想像して、礼のことを心配していたことなど、全く知らない顔だ。
先ほどまで、お互い気遣いしあう仲ではなく、金銭による取引に繋がれた間柄であるのだと、余計な心配や労りの感情は無用と考えてはいたが、しかし、礼にもしものことがあったらと心配し、焦り、不安になっていたところに呑気な顔で現れた礼に猛烈に腹が立った。
「……礼!おまえっ」
耳丸は怒気をはらんだ声をとっさに止めた。それは、勝手な自分の思いだと思いなおした。
礼は急いで耳丸の元に走った。
「ごめんなさい。私、すぐに戻るつもりだったのに」
耳丸は近づく礼に背を向けた。くるりと踵を返して、来た道を戻る。礼はその後ろをついて行くしかなかった。
耳丸は消えているとはいえ焚き火の上を跨ぐことなく灰の上を歩いて行って、昨夜自分の寝ていた場所に来ると、焚き火の方に振り返って、どかりと座った。
礼は耳丸を怒らせたことはわかっているが、口を開く気配もない耳丸に取りつく島もなく立ち尽くした。そこに運良く、礼の腹の虫が鳴いた。礼はお腹を押さえた。礼は耳丸を見た。耳丸もこちらを見上げている。
「耳丸。食べよう」
礼は上着の内側に入れていたものを耳丸の前に差し出した。礼は耳丸の手の中にビワを置いて、自分もすぐそばに座ると、自分のビワを取り出した。
上着の内側にはビワと摘まれた草が入っていた。
「ビワの木を見つけたのよ。あと、使える薬草もあって、取るのに夢中になって戻るのが遅くなってしまった。次は、こんなことがないようにするわ。ごめんなさい」
礼はそう言うと、自分の手元のビワを食べ始めた。静かな中に礼が身じろぎする気配がしている。しばらくすると、耳丸も手の中に押し込まれたビワの皮をむいだ。礼は山の中に食料を探しに行っていただけだ。それを耳丸ひとりが怒り続けるのも疲れる。礼も次は黙って離れないと言っているのに。
耳丸は自分の機嫌を取り直すためにも、ビワを食べた。
「おいしい」
礼は声に出して言って、笑った。右目は細くなって目尻が下がり、本当にこの小さな果物をおいしそうに食べている。確かに、甘い味は空腹を溶かしていくようだ。
お互いが食べ終わったのを見計らって、礼は立ち上がった。
「耳丸。もう、勝手に遠くに行ったりしない。約束するわ。だから、機嫌を直しておくれ」
耳丸も立ち上がり、衣服についた土をはたき落して、荷物を持ち上げた。
「その言葉を忘れるなよ、二度はごめんだからな」
「もちろんよ。勝手なことは以後慎むわ」
耳丸は荷物を背負いながら言った。
「最初の目的地の佐田江の庄には明日にもつけるはずだ。さあ、先を急ごう」
夜が明けると、耳丸は馬を降りて脇の道へと入って行く。礼もそれに従ったが、木々に覆われた道のようなそうではないようなところを、どこまで歩くのだろうかと思ったところで、先が開けてきた。
「もう少し歩こう。川が流れているはずだ」
耳丸の短い言葉に礼は頷いて、黙ってついて行くと、やがて耳丸が言うように細い川が現れ、それをさらに遡ると岩場が現れた。
耳丸は近くの木に馬をつないだ。礼も習って馬をつなぐと二人で岩場に上がってきて、川のほとりに跪くと、水をすくって口をすすいだ。耳丸は顔を洗っている。馬たちも草を食み、水を飲んでいる。
「礼、着替えろ」
耳丸に促されて、礼は耳丸から渡された布の塊を受け取り、高く茂った草の茂みの中へと入っていった。これからは男の身なりをして旅をするのだ。
耳丸は暗闇の中でよくわからなかったが、日の高くなった中でまじまじと礼の姿を見ると、痛ましかった。
礼の黒く長い髪は肩に掛かるくらいで削ぎ落として、ざんばらな感じだ。女として大事にしてきた髪だろうに、礼はすぐに髪を削ぎ男の装束になって旅をすること決めた。旅が少しでも問題なく進むのであれば、髪を削ぐことくらいなんとでもないと耳丸に言った。
耳丸は音のする方に顔を向けると、礼は草むらをかき分けて現れた。くたびれた白い袴の上に上着を着込んだ礼は、女の体を隠すように下着と上着の間に今まで自分が着ていた服を畳んで入れ込み少しふっくらした体つきにさせている。髪はとかしているが、バラバラと肩にかかったままの状態だった。
礼は、恥ずかしそうで耳丸とは視線を合わせることなく、耳丸の前に立った。
「髪を上げてやろう」
広がった髪をきちんと結んで上げてやるために、耳丸は礼の後ろに回って櫛で溶かして、高い位置で結んでやった。礼はその上から頭巾をかぶり、首回りに布を巻いた。
「ありがとう」
礼はいまだに恥ずかしそうに右目を上目づかいにあげて耳丸にお礼を言った。
「ここで少し休もう。疲れただろう」
茂る草を押し倒して礼と耳丸は座った。耳丸は座ったその場にそのまま後ろに倒れて寝転んだ。
「このまま北に行けば、佐田江の庄という村がある。そこは、岩城家の領地だ。顔見知りの者もいるから、行けば屋敷の中で休めるはずだ。順調に行けば、二晩も走ると着くはずだ。まずは、そこまでは堪えろよ」
礼は声を出さずに頷いた。そして、自分も横になり眠った。
礼が目を覚ますと、耳丸はすでに目覚めていて、馬たちのそばで世話をしていた。礼が体を起こすと、耳丸は礼が起きたことに気づいてこちらを見ていた。
「ごめんなさい。私、すっかり寝入ってしまって」
馬から離れて、耳丸は礼のそばまで来た。
「夜通し走ったから、疲れただろう。慣れないことだから、無理もない」
耳丸は労りの言葉を言ってくれた。礼は、昨夜のことを思い起こした。幼子から離れられない自分と実言の元に行きたい自分を二つに切り裂いてここまで来た。その己の葛藤と誰にも気づかれずに抜け出すことの緊張で、心も体もぐったりと疲れて、思いのほか深く眠ってしまった。礼は寝起きの頭をしっかりさせるために、小川のほとりに跪いて、冷水をすくい上げて顔を浸した。それから、二人は携帯してきた飯を食んだ。腹の減り具合も落ち着いたところで、元の道に合流するべく耳丸が先に立ち、馬を引いて歩き出した。北の佐田江という土地へ向かう大きな道にでると、馬に乗って、ひた走った。
その晩の野宿。耳丸が場所を決め、火を起こした。近くに小川が流れており、馬に水を飲ませ、二人も水を飲み、布を浸して顔や首を拭いた。その夜も手持ちの飯を食んだ。
「礼、横になれよ」
耳丸は焚き火を見つめながら言った。
「耳丸は」
「俺もすぐに横になるさ。もう少し火が弱くなるまで火の番をしているよ」
礼は耳丸に頼り切って申し訳ないが、言うことに従った。体は疲れているし、昨日まで子供にやっていた乳が吸われなくなって、乳房が張って仕方がなかった。胸の痛みは、心の痛みでもあった。我が子を見捨てるようにして出てきたのだ。礼は内側から疼いてくる痛みに耐えるように、膝を胸にくっつけるように丸まった。それでも今は、心の痛みよりも肉体の疲れの方が勝ってしまって、悲しみで目に涙が滲んでも気を失うように眠ってしまった。
朝。耳丸は目を覚ますと、燃え尽きた焚き火の向こう側に丸くなって眠っていた礼の姿がなくなっている。勢いよく体を起こし、もう一度辺りをよく見回したが、礼の影すら見えなかった。
どこへ行ったものか。しばらく考えて、礼もひとりになりたいときや、身支度のために耳丸から離れることがあるだろう。耳丸はあえて気にせず、顔を洗いに小川に行った。そこで、ゆっくりと両手に水をすくって顔を洗った。冷水が頭の中をすっきりと目覚めさせた。口をゆすいだり、喉を潤したりした。馬たちの元に行き世話をして、焚き火の元に戻ったが、礼はいなかった。そうすると、耳丸は嫌な予感がして、胸の中が騒ついた。十分注意して、この場を野営する場所にしたつもりだが、礼が余計に遠くへ行ってしまって、獣や野盗に出会って襲われていたら。
耳丸は、礼がどちらに歩いて行ったものか、ぐるりと見回した。まわりに茂る草むらの草が左右に倒れている場所を見つけた。礼は、ここを通って森の奥へと歩いて行ったかもしれないと、一縷の望みでそこを越えて、奥へと進んだ。
礼との意思疎通はうまくっているとは言えない。礼は耳丸の弱みに付け込んで、連れて行ってもらっているという気持ちでいるから、耳丸のいうことには絶対服従とまでは言わないが、口を挟むことなく頷いて従っている。でも、それだけ心の中で何を思っているのかわからない。
礼は、左目に眼帯、頭から布を巻いて首まわりを覆っていて、口元までも隠すようにしているため、表情は読み取れない。決して良好な関係ではない、いや、今までの耳丸の態度を考えてみれば、仲の悪い二人に快い旅ができるわけもない。お互いを思いやるように声を掛け合って、助け合うには時間が必要だ。
黙ってどこかに行ってしまったのを、心配するのは勝手であり、礼も耳丸が心配したところで、余計なお世話だと思うかもしれない。やはり、元の場所に戻って待っていたらいいか。しかし、もし獣や野盗に襲われていたら、実言に会わせる顔がない。怪我やまして命に関わる危険に遭っていたら、無理やりに同行させられている旅だからといっても、どう詫びていいか、自分の命をもってしても償えないだろう。
やはり、耳丸は礼を探すしかないのだ。
草むらの奥を少し進んで、どっちに進んだものだろうと、辺りを見回していると、耳丸が見ている方とは逆から、声がした。
「耳丸?」
耳丸が振り向くと、礼が耳丸を伺うように見ていた。耳丸が最悪の結果を想像して、礼のことを心配していたことなど、全く知らない顔だ。
先ほどまで、お互い気遣いしあう仲ではなく、金銭による取引に繋がれた間柄であるのだと、余計な心配や労りの感情は無用と考えてはいたが、しかし、礼にもしものことがあったらと心配し、焦り、不安になっていたところに呑気な顔で現れた礼に猛烈に腹が立った。
「……礼!おまえっ」
耳丸は怒気をはらんだ声をとっさに止めた。それは、勝手な自分の思いだと思いなおした。
礼は急いで耳丸の元に走った。
「ごめんなさい。私、すぐに戻るつもりだったのに」
耳丸は近づく礼に背を向けた。くるりと踵を返して、来た道を戻る。礼はその後ろをついて行くしかなかった。
耳丸は消えているとはいえ焚き火の上を跨ぐことなく灰の上を歩いて行って、昨夜自分の寝ていた場所に来ると、焚き火の方に振り返って、どかりと座った。
礼は耳丸を怒らせたことはわかっているが、口を開く気配もない耳丸に取りつく島もなく立ち尽くした。そこに運良く、礼の腹の虫が鳴いた。礼はお腹を押さえた。礼は耳丸を見た。耳丸もこちらを見上げている。
「耳丸。食べよう」
礼は上着の内側に入れていたものを耳丸の前に差し出した。礼は耳丸の手の中にビワを置いて、自分もすぐそばに座ると、自分のビワを取り出した。
上着の内側にはビワと摘まれた草が入っていた。
「ビワの木を見つけたのよ。あと、使える薬草もあって、取るのに夢中になって戻るのが遅くなってしまった。次は、こんなことがないようにするわ。ごめんなさい」
礼はそう言うと、自分の手元のビワを食べ始めた。静かな中に礼が身じろぎする気配がしている。しばらくすると、耳丸も手の中に押し込まれたビワの皮をむいだ。礼は山の中に食料を探しに行っていただけだ。それを耳丸ひとりが怒り続けるのも疲れる。礼も次は黙って離れないと言っているのに。
耳丸は自分の機嫌を取り直すためにも、ビワを食べた。
「おいしい」
礼は声に出して言って、笑った。右目は細くなって目尻が下がり、本当にこの小さな果物をおいしそうに食べている。確かに、甘い味は空腹を溶かしていくようだ。
お互いが食べ終わったのを見計らって、礼は立ち上がった。
「耳丸。もう、勝手に遠くに行ったりしない。約束するわ。だから、機嫌を直しておくれ」
耳丸も立ち上がり、衣服についた土をはたき落して、荷物を持ち上げた。
「その言葉を忘れるなよ、二度はごめんだからな」
「もちろんよ。勝手なことは以後慎むわ」
耳丸は荷物を背負いながら言った。
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