Infinity 

螺良 羅辣羅

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第二部 wildflower

第二十一話

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 新年を迎える前に、礼に標(しるべ)の帯を巻く着帯の儀式を行うのに伴って、束蕗原から去が都へやってきた。
 お腹の子が無事に育つように祈願し、祝いの膳が振る舞われた。
 ごく身近な者の集まりで、縫や澪、忠道や耳丸たちも上下なく食事を饗した。
「去様、また、礼をお預け致します。どうか、よろしくお願い致します」
 実言は隣に座っている去に言って、頭を下げた。
「実言殿、そう畏まらなくてもいいのです。私もまた礼と暮らせて、それもあなたたちの子供と共に過ごせるのは幸せです。しかし、実言殿が気の毒でなりません。前は結婚目前で九鬼谷の戦に行ってしまって、礼と離ればなれになってしまったし、今回は子供が生まれるというのに、北方の戦に行ってしまう。礼も初めてのお産に心細く思っているでしょうし、何よりあなたに子供を見てもらいたいと思っているのに、あなたがいないのは辛いでしょうね」
「そう言われると、私は礼に申し訳なくて、謝るばかりです。私も子供を望んでいましたから、その誕生を一緒に喜びたい思いですがそれができないのが残念で。戦に行くのは私の役目だからと言い聞かせていますが、礼は一人で初めてのお産に不安を感じているでしょう。しかし束蕗原にお預かりいただくので心強いです。私の帰りがいつになるかわからないので、束蕗原で子供を育てるのも私としては安心です。どうか、私が戻ってくるまで礼と子供をお護りください」
「それはもちろんです。礼の母がいない今、礼は私の子と思っています。あの子と、その家の者を守ることは私の使命というものでしょう。安心してください」
 その夜、礼も実言も今晩はここに泊まっていけというのに、去は実家に行くといって須和家に行ってしまった。
 新年を迎え、元旦から宮廷では大王に群臣が年賀を行い、それから二三日は饗宴が続いた。
 実言はその位は低いものの、一月の終わりには北方へ副官として出征するため、宮廷行事に出席するように命じられていた。
 大王が催す宴では、楽団による演奏や舞が披露された。実言もその末席で、麻奈見が舞を舞っている姿を見ていた。そして、簀子縁ですれ違う麻奈見に、実言から声を掛けた。
「麻奈見!」
 麻奈見は楽団の仲間と廊下を下がろうとしていて、逆に実言は元の席に戻ろうとしているところだった。振り向いた麻奈見はその声が実言であるとわかると、一緒に歩いていた仲間に小声で何かいい、仲間が先に歩いて行くと、立ち止まっている実言へ近寄って行った。
「呼び止めてすまない」
「いや、いいのですよ」
「月の宴のとき以来かな。あの節はありがとう。妻ともいい思い出になったと話しているのだ」
「いいえ。私に出来ることは笛を吹くことくらいです。それより、この度は北方へ出征されるとのこと。大変な御役目をお受けになられましたね。大王は必ず北方を平定するようにと、様々な場でお話されています。これは長期戦となるでしょう。そんな時に、奥様がご懐妊されたとの噂を聞いております。それが本当であれば、なんとめくり合わせの悪いことでしょう。その心中いかなるものかと、拝察致します」
「麻奈見、そんな他人行儀な話し方はやめておくれ」
 実言は誰もいない近くの部屋に麻奈見と入った。
 簀子縁では人の行き来があるため、麻奈見が実言との身分を思って、改まった話し方をするため、部屋に引き入れた格好になった。御簾の中で、人の目も遮られた。
「妻の懐妊について、知っているのか。別に隠しているわけではないが、広めるつもりもないのだけどな」
「おめでたいことだし、園栄様も何かの折にお仲間に話されているよ」
「そうか」
「おめでとう」
 改めて、麻奈見が頭を垂れてお祝いを言った。
「ありがとう」
 そこで、麻奈見はひとつ声を押さえて囁いた。
「春日王子と、礼が噂になっている。あまり良くない噂だよ」
 麻奈見が良くないというのだから、あの夜のことが、侍女たちの間できわどく口伝てに話されているのかもしれないと、実言は考えた。
「ほう。噂……。確かに、礼は大王の第五妃の碧様のところに話し相手として通っていて、そのつながりで春日王子ともお会いしたことは聞いているよ。しかし、噂になるようなことはないはずだが。それは、本当に噂でしかないね」
「そうですか。大きく広まっている話ではないけれども、噂好きの侍女たちが話していることが私たち伎官にも聞こえてきてね。岩城家の足を引っ張ろうとするものが作った嘘の話だろうとは思っていたのだが」
「その通りだ。麻奈見、礼の名誉のためにもそのような噂話は信じないでくれ。それは噂でしかないものだ」
「実言がそういうのなら、それが真実だろうね。私も安心したよ」
「麻奈見、私が戦に行っている間、礼は束蕗原に行かせるよ。君も、束蕗原に行くことがあれば、礼を見舞ってやって」
「はい」
「礼も、喜ぶと思うから」
「いや」
 そんなことはないと、麻奈見は答えようとしたが、実言はすぐに言葉を続けた。
「そろそろ戻らなければ、呼び止めてすまなかった」
「いいえ。ご武運をお祈りしています」
「ありがとう。また、会おうぞ」
 麻奈見は友の後ろ姿を惜別の思いで眺めた。
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