Infinity 

螺良 羅辣羅

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第一部 I really like you

第十七話

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 桜は散ってしまった。礼は名残の花びらが舞うのと共に青い葉を茂らせている木を、薬草を作る館の前の置いている床子(縁台のようなもの)に腰掛けて見ていた。
「礼、無理しないで。何もしないのよ。」
 薬草を入れたかごを手にして、館の前に出てきた去りが言った。庭で薬草を干すところだった。
「はい。外の景色が見たくなって。見るだけです」
 兄の形見である、紺の上着をきて、床子の端に佇んでいる礼の隣に去も腰を下ろした。
「お前は、目も耳もいい。もしかしたら、須和家の血が関係あるのかしら。須和の家の女には不思議な力が宿るのだよ。お前が予言めいたことを言うのもそのせいからしらね。だからと言ってお前が実言殿を守るために自分の体を傷つけてしまうのは辛いわ。お前は今や私の子供といってもいいもの」
「去様。心配かけてしまって、ごめんなさい」
「命が助かってよかった。今のお前は前より、格段に幸せな顔をしているから。私は嬉しいよ」
 ふふふ、と去は笑った。筵の上に薬草を広げて、日陰に置くと、去は邸の中に戻っていった。
 礼は遠くを見ながら、外の暖かな風にあたった。実言が九鬼谷の戦から帰ってきたときは、まだ寒々としていて、桜の事なんか思いもしなかったが、散った桜の木を見て、礼は桜の時期を寝て過ごしていたのかと思った。
 実言に気持ちを打ち明けた日からひと月が経った。あの日から体を起こして、家の中で徐々に立ち上がって、軽い家事をするようになった。体力もついてきたし、右肩の傷は無理をすれば痛みが響いたが、傷口は塞がって、日常の生活に支障はなくなった。
 礼は楠の下の異国から運ばれた野ざらしの椅子までゆっくりと歩いて行き、椅子に腰を下ろした。
 桜の木がより近くなって、礼は花の散った木やその向こうに広がる竹林を眺めていたら、いつの間にか眠ってしまった。目を覚ましたとき、まだ日は沈んでいなかった。そんなに寝入っていたわけではなかった。
 少し冷えてきたので、兄の上着の前をもっと詰めるために手をかけたときに、そっと礼の手に手が重ねられた。見上げると実言が微笑んでいた。
「実言……いつから」
「少し前だよ。部屋に行ってみたら、いなくて。探したよ」
 あの日、実言とお互いの気持ちを打ち明け合った日以降、実言は都とこの束蕗原を何度か往復して礼に会いに来た。今までは部屋の中で寝ているか、起きていても部屋の中でじっとしていたから、外にいるとは思わなかったのだろう。
 今日は、七日ぶりの再会だった。
「もう、外を歩いていいの?」
「外に出たのは今日からよ」
「でも、無理はいけない。部屋に戻ろう」
 礼は実言の手に捉まって、立ち上がった。実言の腕に手をかけて、ゆっくりと歩き出す。
「お仕事は?」
「宮廷に上がることが多くて、なかなかここにも来られない。すまないね」
 実言の左腕にかけた礼の手に実言の右手がそっと覆った。家の中に入ると、実言は縫に今夜は泊まっていくので、食事の用意を頼んだ。
 夜が更けて、食事も終わり、礼の部屋で実言と二人っきりになった。
「礼、こっちにおいで」
 夜になるとまだ冷えがこみ上げてくるため、兄の上着を着て、火鉢に手をかざしていた礼に、すでに夜具の上に横になった実言が声をかけた。礼は部屋の隅に置いた火鉢のそばを離れて、素直に実言のそばに座った。
 横になっていた実言も起き上がって、礼の前にあぐらをかいて座った。
 実言は礼の耳の後ろで結んでいる眼帯の紐を取って、礼の左目を露わにした。左目が隠れるように、礼は耳の下くらいで前髪を切りそろえている。実言はその前髪をかきあげて、礼の両頬を包み込むと自分に引き寄せて、実言も礼の左目に唇を寄せると、舌を出して舐めた。
「ひゃあ」
 礼は頓狂な声を上げてしまった。舐められるとは思っていなかったので、変な声を上げたことに、自分もびっくりして恥ずかしくなった。
「ははは、すまない。お前の胸の音があまりにもよく聞こえてくるから、鎮めてやろうと思ってね」
 礼は余計に恥ずかしくなった。こんな夜を迎えるのは、実言が九鬼谷の戦に出発する前日以来だった。この束蕗原まで来て、いつ帰るかもわからない、もしかしたら命を落とすかもしれない戦に行く前の日だというのに、礼はいつものようにつれない態度をとって、実言の情愛に目を背けた。
 礼は、左を向いて昔の自分を思い返した。
「今度はいつものように。先ほどのようなことはしないから」
 実言の手が伸びてきて、礼の左頬を包み、上を向かせた。実言の唇が左目に触れる。
 兄の上着を脱がせて、寝衣にすると、実言は礼を腕にかき抱き、力一杯抱きしめた。
 礼も、実言の背中に手を回して、力の限り抱きついた。こんなふうに実言の体に手を回して抱き着くなんて、と礼の心は痛む。礼の心はこの男を受け入れないというのが、朔への操だった。体は許しても、心は拒絶し続けるのだ。朔の思い人を奪ってはいけない。それは、小さいときから朔に言われていたことだった。
 礼、私は実言のことが好きなの。礼は他の人を好きになってね。
 朔は何度も、そう礼に言った。年頃になると、結婚の話が出てきて、朔は言う。私は実言の許婚になるから、礼は邪魔をしないでと。
 邪魔って?
 無邪気に礼は問い返した。
 家で実言の話なんてしちゃだめよ。礼が実言に関心があるように、おじ様が勘違いして、婚約の話を持っていくかもしれないじゃない。私が今お父様にお願いしているの。だから、礼は実言を見ちゃだめよ、と。
 朔は予感していたのだろうか。従姉妹であり親友であり妹のような存在である礼が、自分の思い人を奪う敵になると。子供の自分は、朔のいうことに従うだけの無邪気な応援者だったはずなのに。
 しかし、今。
 もう、朔を乗り越えて、私の心はこの人でいっぱいにするのだ。
 礼はきりきりと心が痛くなる分、朔の思いを覆い尽くして、己の実言を思う気持ちが増して行く。
 実言はゆっくりと礼を囲むうでを離し、褥の上に寝かせた。
 実言は右手で礼を抱え込んで、左手で礼の頬を包み、親指を礼の唇にそっと這わせた。礼の唇を実言の親指がなぞると、礼は引き結んでいた唇を少し開いた。実言は礼の唇に口づけて、少し開いた中に押し入り、息を継ぎ合いながら、長く口づけた。
「ああ、礼……。偽りのないお前は前にも増して愛おしいよ」
 実言の愛撫を素直に受けて、返す。礼は心のままに、実言の腕の中にいた。
 実言は礼の寝衣の帯を解くと、右肩から脱がせた。塞がったばかりの傷をみて、実言が言った。
「痛むかい?」
 礼が首を横に振る。実言は右肩の傷をいたわりながら抱いた。
「右肩の傷のせいで痩せさせてしまったな。礼があまりにも細いから、強く抱いたら壊れてしまいそうだ。病み上がりのお前に無理をさせられないのはわかっているのに、私は自分を抑えることができない」
 実言はそう囁いて、礼の太ももに手をかけて体を開かせた。仰向けの礼に覆い被さり、裸の胸と胸が合わせた。礼は実言の熱い息を右肩に感じる。
 二人は時間をかけてゆっくりと一つになった。
「礼、私に掴まって。ほどけないように」
 礼は言われたままに従順に実言の首に両腕を回した。
「もし、苦しくなったら、教えておくれ」
 そう言うと、実言は礼の腰に右腕を回し、自分に引きつけて、逆の手で背中を支えて二人で起き上がる。
「あっ……」
 礼は小さく呻いて、すぐそこにある実言の左の耳たぶを唇で挟んだ。体を起こされるときには、より強く吸った。実言の腰の上に乗ったまま礼は、実言の首に両腕を回して、左肩に頭を預けたまま耳たぶに吸い付く。
「礼。顔を見せて」
 実言の耳たぶから唇を離した礼は、実言の首に回した腕を緩めて、実言へと顔を向けたが、恥ずかしくて、実言の左肩に額をつけて、見ないようにした。
「お前の私への思いが溢れでたら、私はこんなにも満たされていくのだな」
 実言は礼の首筋に唇を寄せて吸い、そこから鎖骨、胸へと移動させた。礼は、実言の愛撫に負けて背が反るのを我慢する。実言は礼の胸に顔をうずめた。
「お前の全てを手に入れた。体も、心も。私が望んだことが叶った時だよ」
 欲しいものをやっと与えられた子供のような満足そうな顔をして、実言は礼を見上げた。
「私も……」
 礼は小さな声で答えた。
 二人の体が離れると、実言は兄の上着を引き寄せて、裸の礼を包み、上着ごと礼を抱きしめた。礼は実言の胸の上に頬をつけて休んだ。礼は辺境の地に戦へ行っていた実言の体の変貌を感じた。まるで知らない男のように、力強くて、厚い。
 時は経って、男の体は変わってしまったのに、気持ちは変わらずにいたのか。
「礼」
 礼は実言の胸から顔を上げた。実言の手が伸びてきて、それに応じるように礼は少し実言の顔に近寄った。右手が礼の左頬に届くと、実言は言うのだった。
「礼、私の妻になっておくれ」
 礼は少し首を傾げて、視線を外そうとした。
「私たちは婚約しているのだから、いずれそうなるのだけれども。それとは別に、礼の思いを確かめたくて……。私は意地が悪いかな」
 礼は、体を起こしていつものように左を向いて、実言に右顔を見せた。胸のあたりがきりきりと痛む。しかし、綻びた呪縛を完全に解き放つ。目の前の男と共にいることが、今の自分の望むことだとわかったからには、礼の答えは一つしかなかった。
「礼?」
「……あなたの妻になりたい。一緒にいたいわ」
 実言は礼の腕を引いて、自分の胸に倒れ込ませて、抱きしめた。
「私も同じ思いだよ。無理をさせたね。このまま寝てしまおう。朝、私が都に帰る前まで、こうして礼を腕の中に入れておくよ」
 そう言って、二人は愉悦に満ちた暗闇に落ちていった。
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