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螺良 羅辣羅

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第五章

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「さすがは、岩城一族でいらっしゃる。多様な才能をお持ちだ。臣下の中でも舞楽、管弦が好きな者は多くいますが、あのような舞を舞う者がどれだけいるかといったら、それは、皆無。印象深い舞でした」
 身なりを整えて宴会の席に着いた実津瀬に、隣に座っている男が言った。
「いいえ。物好きなだけです。それを桂様が見込んでくださり、今日のような舞台を用意してくださったのです」
「誰が見ても実津瀬殿が勝っていたというでしょう。素晴らしい舞でした」
 斜向かいに座る男が追随して話す。
「ありがとうございます。しかし、相手の舞も素晴らしかった。相手が勝っていてもおかしくなかったですよ」
 実津瀬が言うと。
「そうでしょうか?今までに見たこともない舞で、私は実津瀬殿が良かったと思いました」
 と返した。
 実津瀬に気を使ってそう言ってくれている。または岩城一族の威光を気にして、そう言っているのだとわかっている。
 だから、実津瀬は、笑顔を返したがそれ以上舞について言葉を返さなかった。本当に舞の良し悪しがわかっているか疑問である。
「実津瀬、よかったなぁ!」
 話し掛けて来た男の反対側には、鷹野が座っていて、実津瀬の肩を抱いて言った。
「どうなるかと思ったが、勝ってよかった。一族みんな、喜んだぞ」
 実津瀬の真向かいに座る稲生が言った。
「芹や淳奈は」
「みんな、喜んだ。芹は泣いていたよ」
 そう聞いて、実津瀬は芹を思った。自分だけがこの勝負に苦しんでいると思うこともあったが、この勝負を共に戦ってくれていたのだ、芹は。
「そうか……芹」
「みんな、車に乗ったところを見届けて来た。警護もしっかりと付けているから心配することはない。安心して美酒に酔いしれるぞ」
 鷹野が言って、実津瀬に杯を持たせた。
「おーい。こっちに来てくれ。今日の殊勲者に酒を注いでくれ」
 徳利を持って席の間を周っていた女官が一斉にこちらを向いた。
 勝利の酒を注ぎたいと女官が押しかけて、実津瀬は少量の酒を注いでもらっては口に運びを何度もすることになった。
 舞では主役だった実津瀬も官位で言えば、まだまだ下である。宴席の席次は下の方であり、周りには稲生や鷹野、塾の仲間たちがいた。
 実津瀬はやっと勝負の緊張から解放されて、仲間たちとしこたま勝利の美酒を飲み、膳の上の料理を味わった。
 
 眩しい、と思って実津瀬は薄目を開けた。
 陽の光が目に入って、思わずぎゅっと目を閉じた。
「……あら、目が覚めましたか……」
 その声に目をぱちりと開けた。
 視界はすぐにははっきりしなかったが、次第に焦点が合った。
「……せ……り」
 自分を見下ろしている顔が見えて、実津瀬はその人の名を言った。
「実津瀬……」
 芹が実津瀬を見下ろしていた。
 体を起こすと、頭痛がした。
「そんなに急に体を起こすものではないわ」
 といって、芹が背中を支えてくれた。
「私は、五条の邸に戻って来たのか……。いつ……」
「……覚えていないのですか……。あなたは夜明け前に邸に戻って来たのですよ」
 芹に言われて、昨夜のことを思い出そうと記憶をたどったが、稲生や鷹野、塾の仲間たちとおいしい料理に舌鼓を打ち、酒を飲んだことは覚えているが、どうやって邸に戻って来たのかは記憶がなかった。
「今は、何時だろうか……」
 頭を押さえて実津瀬は訊ねた。
「もうそろそろ申刻(午後四時)かしら」
「えっ、そんな時間。もう、今日という日が終わってしまうじゃないか」
「ええ、そうよ。あなたは夜通し勝利の酒を飲み、飲まされたようですので。帰って来た時は一人で立っていられなくなっていました」
「……そんなことに……よくここまで帰って来られたものだ」
「はい。翔丘殿の宴ではあなたは多くの人にお酒をすすめられて、飲んだそうよ。宴が終わって、稲生殿や鷹野殿と一緒に本家まで連れて帰ってもらったそうです。そこから、今から五条に帰ると言って、馬に乗るために危うい足取りで厩に行こうとするのを見かねて、鷹野殿に付き添われて明け方に帰って来たのですよ」
「そうか……全く覚えていない」
「稲生殿、鷹野殿が泊まっていけというのに、あなたは帰るというばかり。実言お父さまも本家で休んでから帰れとおっしゃったそうですけど、あなたは一歩も譲らなかったそうですよ」
 芹は実津瀬の手を握った。
「あなたは約束を守ろうとしてくださったのよね。終わったら帰ると言ったことを」
 芹の言葉に、実津瀬は頷いた。
「酔って覚えていないのだが……帰ると言っていたのは芹のところに早く帰りたかったからだ」
「ええ」
 と言った後、芹は笑顔を引っ込めた。
「でも、帰って来たあなたは用意していた寝所に入ると、話しをすることなく、上着を脱いで横になってしまいました。そして、すぐに寝息が聞こえてきました」
「……うん。私としたことが、悪かった」
「……実津瀬……」
 芹は押し黙った。
「芹……すまない」
「怒ってなどいないわ。……安心したのよ。よかった……。勝っても負けても最後はどちらでもいいと思っていたけど、やはり勝負は勝ちたいものだもの。あなたを勝ちとすると言われて、観覧の間は大騒ぎになったのよ。大人たちが大きな声を出し、皆、私に近づいてきてよかったよかったと声を掛けてくれた。その声がうるさくて淳奈は自分の手で耳を塞いで、怒っていたわ」
 その時の淳奈の様子を思い出したのか、芹は笑った。
「そうか……」
 そう言って、実津瀬は芹の手を握り返して、引き寄せた。
「本当に、よかったわ」
 芹は実津瀬の胸に手を置いて言った。
「うん。同じように、勝っても負けてもどちらでもいいと思っていたけど、勝つことができたならば、早く帰って、芹と一緒に喜びを分かち合いたかったんだ。なのに、私は酔いつぶれてこのありさま様さ」
「さぞおいしいお酒だったのでしょうね」
「ほら、そんな意地悪なことを言う」
「ふふふふ」
 芹は目を細めて笑った。そんな芹を更に抱き寄せて実津瀬は言った。
「私が勝てたのは、あなたのおかげだよ。芹。だから、あなたと祝いたかったのは本当さ。一刻も早く」
 実津瀬は後ろに倒れて芹と一緒に褥の上に横になった。
「そうね。あなたが勝ったと分かった時に、あなたが傍にいたらどんなに良かったかしら。あなたに飛びついて、やったわね、と言いたかった」
「私は宴が終われば邸に帰って来て、すぐに閨で芹に抱いてもらって、疲れた体を休めたかった」
 そう実津瀬がいうと、芹は実津瀬の頭を胸に抱いた。
「ぐっすり眠れたから、疲れは取れたかしら?」
「また、意地の悪いことを言う。記憶をなくすくらい酒を飲んだのだ。疲れが取れた気なんかしないさ。仕切り直しだ」
 芹の胸から顔を上げて、実津瀬は肘をついて体を前に動かした。顔が芹の顔と近づいたが、芹も避けようとせず、こつんと額がぶつかって鼻の先が触れ合った。鼻が押しつぶれないようにと、実津瀬が顔の角度を変えて、唇が重なった。
 酒の味がした。
 普段、酒を飲まない芹はその味を味わうように、舌を動かして苦くて甘い酒の残り香を味わった。
 実津瀬が少し唇を離して、息を継ぐと再び口づけた。
 長く激しい口づけの後、実津瀬は芹の腹に手をやり、帯の端を掴んだ。すると、実津瀬の手に芹の手が重なり、掴まれて動かないようにされた。
「どうして?」
 実津瀬は珍しく不満の声を出した。
「今夜はあなたの勝利のお祝いをするの。お母さまが料理の献立を考えてくれて用意もしているわ。淳奈もあなたが勝ったことを理解して、お父さまに会いたいと言っているの」
 それを聞いて、実津瀬の手は止まったが、我慢できずに芹の首筋に唇を押し付けた。
「……実津瀬!」
 実津瀬は芹の首から、詰めた襟元をくつろげさせて、胸に唇を押し付けて吸った。
「……実津瀬!」
 再びの芹の声に。
「……わかっているよ」
 顔を上げて実津瀬は言った。
「続きは祝い夕餉が終わってから……ね」
 芹の照れた顔に実津瀬も笑顔で応えた。
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