STAY (STAY GOLD) NewRomantics2

螺良 羅辣羅

文字の大きさ
上 下
36 / 98
第三章

8

しおりを挟む
 蓮は夜明けとともに起きた。
 父の実言が束蕗原に来る前は、蓮は母と珊と同じ部屋で寝ていた。父が来てからは、芹と淳奈の部屋に几帳を立て珊と一緒に寝た。昨日、実津瀬が来たので、昨夜は母屋の一室に褥を設えて珊と一緒に寝たのだった。
起きると侍女の曜が来てくれた。
「蓮様、お目覚めですか?」
「起きたわ」
 隣に横になっている珊はまだ眠っている。蓮が静かに寝床から抜け出して庇の間に行くと、曜が朝の洗面の準備をしてくれた。
 曜は蓮と一緒にこの束蕗原に残ることになっている。蓮が自分の気持ちを最初に打ち明けたのは、曜だった。自分が束蕗原に残るとなると、曜はどうするのか選択が必要になるからだった。
「私は蓮様と一緒にいます」
 と、曜はすぐに言った。
 少し年上の曜は小さな頃から蓮を妹のようにいろいろと世話をしてくれて、見守ってくれていた。景之亮との結婚でも、一緒に鷹取家について来てくれた。曜が即座に蓮と一緒に残ると言ってくれた嬉しかった。
 支度が済むと、皆は広間に集まって食事をした。朝餉を食べ終わったら、すぐに出発する。
 実言と実津瀬たちは馬に、礼や芹は車に乗り、その前後には徒歩の者たちが着く。また、束蕗原の若者を五条の邸で働いてもらうために連れて帰るので、それは大きな集団になる。
 まずは、実津瀬、芹と淳奈が去の前に出て、長い滞在のお礼と別れの挨拶をして、部屋を出て行った。
 その後の部屋の中には、去と蓮、実言と礼が残った。
 礼は言葉にはしないが、蓮が束蕗原に残ることを寂しく思っている。今も、表情は暗い。
「礼、そんな顔をしていたら、蓮が悲しむよ」
 実言に言われて、礼は頷いたが、行動とは反対に涙が出た。
「お母さま、心配しないで。私もお母さまのように、ここで勉強をして、将来、お母さまのお手伝いができるようになります」
「心配なんてしていないわ。あなたはきっとやり遂げるでしょう。ただ、今まで会いたいと思えばいつでも会えていたのに、会えなくなることが寂しいのよ。それだけ。私があなたと離れるのが辛いだけよ」
「待っていてね。また会う日まで」
 蓮は母の手を取って言った。
 二人とも握り合った手を放し難く、動かないでいるところに実言が言った。
「礼、行こう。去様、長い逗留をお許しいただきありがとうございました。芹はこちらで、安心した日々を送れたのでしょう。明るい表情をしていた。都での苦しい記憶がここでの温かく、穏やかな暮らしで薄らいだのでしょう。それが私が一番に嬉しく思っていることです。実津瀬も同じ思いでしょう。そして、蓮に滞在をお許しいただき、ありがとうございます。これは、予想もしていないことでした。だから、礼はいつまでも寂しがっているのでしょう。しかし、蓮」
 と、実言は蓮に顔を向けた。
「蓮にとってはこの束蕗原で生活することはいいことかもしれないね。お前のやりたいことを思う存分やったらいい。ここには、たくさんの書物もあるし、うちよりも大きな薬草園もある。体だけは気を付けて、去様をお助けしておくれ」
 去へのお礼と別れの挨拶だったが、最後は娘への別れの言葉になった。
「はい」
 蓮は返事をして、自分から母の手を放した。
「実言殿、お元気で」
「ご相談したいこともありますので、また参ります。それまで、去様もお元気で」
「去様、蓮のことをよろしくお頼み申します」
 礼は涙を拭って車に乗った。御簾は下ろさずに、簀子縁に立っている去と蓮の姿が見えなくなるまで見つめていた。
 実言も連れて来た馬の背に乗って、蓮に笑顔を向けた。蓮も思わずにっこりと笑った。その様子に安心して、実言は礼の車の後を追った。

 蓮を除いた一行は束蕗原を発ち、無事に日が沈む前に五条の邸に戻った。
 子供と思っていた榧も宗清も、今は十五と十三。母が二月いなくても、自分の生活を送っていたが、帰ってくれば懐かしい、恋しいという気持ちが先立って、一行が着いたと聞くと、出迎えに部屋を飛び出した。
 実言と礼が普段使っている部屋の前に行くと、先頭に父の実言が立っていた。父とは数日の別れで、その後ろで珊と一緒に歩いて来る母の礼に向かって一目散に走って行った。
「お母さま」
「珊!」
 二人に近づいた榧と宗清、礼と珊は抱き合わんばかりの勢いで互いの手を取って再会を喜び合った。
 実言はそんな四人の姿を振り返って見ている。
 四人が手を取り合って再会を喜んでいる後ろでは、実津瀬、芹、実津瀬に抱かれた淳奈が賑やかな様子を見ている。
「淳奈!」
 榧が淳奈の元に走り寄った。淳奈は久しぶりに会う優しい小さい叔母のほうへ両手を伸ばして、抱き上げられに行った。
「榧、淳奈は重くなっているわよ」
 束蕗原でたくさん食べて遊んだ淳奈は少し重たくなっているのを心配して、芹が言ったのだ。
「うん、大丈夫。淳奈、元気ね。会いたかったわ」
 淳奈は榧の首に両手を回して、その首の下に頭を寄せた。
「あれ?姉さまは?姉さまがいない」
 久しぶりの再会を喜び合う中に、蓮の姿がないことに気づいた宗清が言った。その声に、榧もあたりを見回す。芹の後ろからひょっこり姿を現すのではないか、と思ったが、芹の後ろからは一緒について行った侍女たちがぞろぞろと入って来た。
「蓮は束蕗原に残ったよ」
 先頭にいる実言がきょろきょろとあたりを見回している宗清に言った。
「いつまで?新年を迎える前には戻ってきますか?」
 榧が父に向かって訊ねた。
「いつまで、とは決めていない」
「そんな!では、姉さまとはいつ会えるの?」
「束蕗原に行けば会えるよ。その話はまた後でしよう」
 実言の言葉で、帰ってきた者たちは自分の部屋へと落ち着き、迎えた者たちは一緒に入って行って向こうでの生活の様子を訊いた。
 翌日は、長い束蕗原滞在で空けていた間を取り戻すように、礼は診療所や薬草園に赴いた。礼がいなくても、去から教育を受けた束蕗原出身の者たちが万事をうまく差配してくれていたから、何も困ったことは起こっていなかった。
 そのことを確認して早々に部屋に戻ると、午後からは蓮が使っていた部屋で束蕗原に届ける物の選別を始めた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

水野勝成 居候報恩記

尾方佐羽
歴史・時代
⭐タイトルを替えました。 ⭐『福山ご城下開端の記』もよろしくお願いします。 ⭐福山城さま令和の大普請、完成おめでとうございます。 ⭐2020年1月21日、5月4日に福山市の『福山城築城400年』Facebookでご紹介いただきました。https://m.facebook.com/fukuyama400/ 備後福山藩初代藩主、水野勝成が若い頃放浪を重ねたあと、備中(現在の岡山県)の片隅で居候をすることになるお話です。一番鑓しかしたくない、天下無双の暴れ者が、備中の片隅で居候した末に見つけたものは何だったのでしょうか。 →本編は完結、関連の話題を適宜更新。

織田信長 -尾州払暁-

藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。 守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。 織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。 そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。 毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。 スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。 (2022.04.04) ※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。 ※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。

佐々木小次郎と名乗った男は四度死んだふりをした

迷熊井 泥(Make my day)
歴史・時代
巌流島で武蔵と戦ったあの佐々木小次郎は剣聖伊藤一刀斎に剣を学び、徳川家のため幕府を脅かす海賊を粛清し、たった一人で島津と戦い、豊臣秀頼の捜索に人生を捧げた公儀隠密だった。孤独に生きた宮本武蔵を理解し最も慕ったのもじつはこの佐々木小次郎を名乗った男だった。任務のために巌流島での決闘を演じ通算四度も死んだふりをした実在した超人剣士の物語である。

旧式戦艦はつせ

古井論理
歴史・時代
真珠湾攻撃を行う前に機動艦隊が発見されてしまい、結果的に太平洋戦争を回避した日本であったが軍備は軍縮条約によって制限され、日本国に国名を変更し民主政治を取り入れたあとも締め付けが厳しい日々が続いている世界。東南アジアの元列強植民地が独立した大国・マカスネシア連邦と同盟を結んだ日本だが、果たして復権の日は来るのであろうか。ロマンと知略のIF戦記。

Infinity 

螺良 羅辣羅
歴史・時代
大王が治める世。少女礼は姉と慕う従姉妹の朔の許婚である実言と結婚することになる。 それは許されることではないと、葛藤しそれを乗り越えるていく物語です。 この話は三部作で、第二部以降は結婚した礼と実言を中心に宮廷の権力に巻き込まれながら幸せを確立していく物語です。

WEAK SELF.

若松だんご
歴史・時代
かつて、一人の年若い皇子がいた。 時の帝の第三子。 容姿に優れ、文武に秀でた才ある人物。 自由闊達で、何事にも縛られない性格。 誰からも慕われ、将来を嘱望されていた。 皇子の母方の祖父は天智天皇。皇子の父は天武天皇。 皇子の名を、「大津」という。 かつて祖父が造った都、淡海大津宮。祖父は孫皇子の資質に期待し、宮号を名として授けた。 壬申の乱後、帝位に就いた父親からは、その能力故に政の扶けとなることを命じられた。 父の皇后で、実の叔母からは、その人望を異母兄の皇位継承を阻む障害として疎んじられた。 皇子は願う。自分と周りの者の平穏を。 争いたくない。普通に暮らしたいだけなんだ。幸せになりたいだけなんだ。 幼い頃に母を亡くし、父と疎遠なまま育った皇子。長じてからは、姉とも引き離され、冷たい父の元で暮らした。 愛してほしかった。愛されたかった。愛したかった。 愛を求めて、周囲から期待される「皇子」を演じた青年。 だが、彼に流れる血は、彼を望まぬ未来へと押しやっていく。 ーー父についていくとはどういうことか、覚えておけ。 壬申の乱で散った叔父、大友皇子の残した言葉。その言葉が二十歳になった大津に重く、深く突き刺さる。 遠い昔、強く弱く生きた一人の青年の物語。 ――――――― weak self=弱い自分。

猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~

橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。 記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。 これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語 ※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります

【完結】女神は推考する

仲 奈華 (nakanaka)
歴史・時代
父や夫、兄弟を相次いで失った太后は途方にくれた。 直系の男子が相次いて死亡し、残っているのは幼い皇子か血筋が遠いものしかいない。 強欲な叔父から持ち掛けられたのは、女である私が即位するというものだった。 まだ幼い息子を想い決心する。子孫の為、夫の為、家の為私の役目を果たさなければならない。 今までは子供を産む事が役割だった。だけど、これからは亡き夫に変わり、残された私が守る必要がある。 これは、大王となる私の守る為の物語。 額田部姫(ヌカタベヒメ) 主人公。母が蘇我一族。皇女。 穴穂部皇子(アナホベノミコ) 主人公の従弟。 他田皇子(オサダノオオジ) 皇太子。主人公より16歳年上。後の大王。 広姫(ヒロヒメ) 他田皇子の正妻。他田皇子との間に3人の子供がいる。 彦人皇子(ヒコヒトノミコ) 他田大王と広姫の嫡子。 大兄皇子(オオエノミコ) 主人公の同母兄。 厩戸皇子(ウマヤドノミコ) 大兄皇子の嫡子。主人公の甥。 ※飛鳥時代、推古天皇が主人公の小説です。 ※歴史的に年齢が分かっていない人物については、推定年齢を記載しています。※異母兄弟についての明記をさけ、母方の親類表記にしています。 ※名前については、できるだけ本名を記載するようにしています。(馴染みが無い呼び方かもしれません。) ※史実や事実と異なる表現があります。 ※主人公が大王になった後の話を、第2部として追加する可能性があります。その時は完結→連載へ設定変更いたします。  

処理中です...