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第三章
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翌日の日が暮れる前に、実言一行が束蕗原の去の邸に到着した。
実言と四人の護衛と二人の舎人が馬でやって来た。
実言の話では夜明けと共に発ったと言ったが、そうであればもっと早くに束蕗原に着いていいはずだが、こんなに遅くなったのは都から束蕗原に来る途中、都周辺の岩城一族と昵懇の豪族たちが治める土地があり、そこに立ち寄って来たのだ。
去と礼が実言たちを出迎えた。
「ようこそ、実言殿」
馬から下りると手綱を渡して、実言は去の前にやって来た。邸の中で待っていたらいいものを、去はわざわざ邸の外にまで出てきた。体を支えるように礼が隣で体を支えて付き添っている。
「去様、お元気そうでなによりです」
「遠いところをよく来てくださいました。道中、難儀されましたか?」
「いいえ、遅くなったのは、途中、荒根に寄って来たからなのですよ」
荒根とは都と束蕗原に間にある土地で、そこを治める豪族と会ってきたのだ。
「そう。私も昔は荒根殿と会っていました。最近は全くですが」
土地の名前がその豪族の名になっている。
「荒根殿は元気でした。去様のことを気にかけておられましたよ」
「まあ、そう、新根殿が私のことを。……さあ、部屋に入って。体を休めてちょうだい」
去の言葉に応じて、実言は沓を脱ぎ、邸の中へと入った。
束蕗原は去が相続して、医術の知識を蓄えその知識を使って、土地の民を助けて来た場所である。実言は礼と結婚した時、この土地と去の活動を応援し、援助を続けてきた。去は岩城の力により、異国の知識を早くから取り入れることができ、稀有な本や渡来した道具を手に入れることができた。
去が実言を自ら歩いてその前に行き出迎えるのはそのような感謝の気持ちが働くからだった。
去の部屋の前では、蓮、芹、珊そして淳奈が待っていた。
「じいたま」
母の芹の手を握っていた淳奈は祖父の姿を見ると、母の手を離して元気よく簀子縁を走って祖父のところへと向かった。
「おお、淳奈」
実言は淳奈を抱き上げた。実言の首に腕を回して、頬を寄せてくる孫は可愛らしい。部屋に入ると、用意された円座に座った。周りには去、礼、蓮、芹、珊と女人に囲まれて、膝に淳奈を載せてここまでの道のりを話し、話が終わると次は去の最近の束蕗原の話を聞く。それが終わると、妻や娘たちの束蕗原での生活について訊いた。
話をしている間に、淳奈は実言と母の芹の間を行ったり来たりして、途中、蓮が淳奈を抱いてあやしていたが、淳奈は飽きてしまって母の袖を引っ張って外に行きたいと言う。
「芹、一緒に行っておやりよ」
声を上げる淳奈を何とかなだめていた芹であるが、ぐずり始めたため、実言が芹に言った。
「そうだね、芹、一緒に行って部屋で遊ばせておやり」
去が言って、礼も頷いた。
「皆さま、申し訳ありません」
芹は言って、淳奈と手を繋いで、珊を伴って部屋を出て行った。
芹は懐妊の前に一度だけ束蕗原に実津瀬と一緒に数日滞在した。その時は会う人の顔を覚えるのに必死で、土地の風景や食べ物、雰囲気を感じることができなかった。
芹は束蕗原に来てゆったりと過ごす中で、あの忌々しい記憶は薄らぎつつあった。今回は二月という長い滞在で、素朴な食事が基本だが時に都の岩城家の料理以上の食事を食べ、温泉で体を温めて、淳奈の無邪気さに癒されて過ごす日々が芹の自分を責める心を緩やかに溶かしていく。礼と蓮の二人が傍にいてくれたのも、芹にはよかった。二人が細やかに声を掛けてくれて、自分の殻にこもろうとする悪い癖を止めてくれたし、薬草作りの作業を手伝うことは気が紛れて良かった。
芹と淳奈、珊が庇の間を抜けて、庭に下りる階の上に立った時、庭から一人の男が進み出た。
芹と淳奈を守るためにここにも連れてきている護衛の天彦である。
淳奈は階の下まで母の手を握って下りていたが、一番下までたどり着くと、その手を放して走り出した。天彦がその背中を追いかける。
芹も淳奈の背中を追いかけているのだが、自然と自分と淳奈の間にいる天彦の背中を追いかけることになる。
この天彦という青年は、束蕗原の出身で、実津瀬や芹と年はかわらない。
岩城家五条では、この束蕗原に住む若者たちを都に呼んで、様々な邸の仕事をしてもらっている。数年で、また束蕗原に戻る者もいれば、そのまま従者として都で働く者もいる。身元がわかっているため、安心して邸に入れられることがよい。急に人が必要になって、人伝手に雇うことがあったが、間者たぐいの怪しい者が紛れ込むことがあって、実言は束蕗原生まれの者を去を通して、都に呼び邸の使用人とするようになった。
故郷に帰って来た天彦も久しぶりに父や母と会って嬉しそうであった。
「淳奈、遠くに行ってはだめ」
芹の言葉に答えようと、天彦は少し速足で歩き、目の前を走る淳奈の体を捕まえた。足をバタバタと動かして抗う活発な淳奈が芹の腕の中に来た。
夕餉の時間。
明日は実津瀬が束蕗原にやって来る。皆で一泊して、都に帰ることになっている。
実言が淳奈に言った。
「淳奈、明日、お父さまが来るよ。会うのが楽しみかい」
淳奈は礼と母の芹の間に行儀よく座って、母が口に入れてくれる匙から粥を食べていた。
「はい!楽しみでしゅ」
と真正面の祖父を見て大きな声で返事をする。屈託のない様子に皆が笑顔になった。
一人、反対側の実言の隣に座っている蓮だけは、笑顔になるがその表情は強張っている。
明日、実津瀬が来たら、夕餉はもっと大きな賑やかなものになり、お酒も用意されるだろう。父と静かに話す時間などないに違いない。
自分の思いを話すなら今夜しかない。
粥を食べた淳奈がぐずり始めた。礼が機嫌を取ろうと手を伸ばしたが、体を反らせて嫌がっている。仕方なしに芹が淳奈を向かい合う形で膝にのせた。淳奈は母の胸に顔をつけて、顔を左右に振っている。
「芹、淳奈を寝かせておやりよ。明日、実津瀬が来るんだ。早く寝かせてあげよう」
実言が言って、淳奈は簀子縁に控えていた天彦に抱かれて、芹と共に離れの部屋に戻った。
その後、一番小さな珊が食事を終えると、礼が連れて来た侍女の縫が珊を連れて、離れの部屋へと
そして、部屋の中は去、実言、礼、蓮の四人になった。給仕を手伝う侍女は、去についている一人と、珊を部屋に連れて行って戻って来た縫だけだ。
「さあ、実言殿、遠慮しないで召し上がって」
去は自分で徳利を持って、実言に酒をすすめた。実言は膳の上の杯を取って、去に注いでもらった酒を飲んだ。
和やかに話をしている中に、蓮の上ずった声が割って入った。
「お父さま!よろしいでしょうか。お父さまに聞いていただきたいことがあるのです」
去に顔を向けていた実言は、ゆっくりと娘へと振り向いた。
「なんだい。後じゃだめなのかい?今、去様とお話しているのに」
「はい……去様にも関わりのあることなので、去様とお父さまがいらっしゃるときにお話しをしたくて……明日は実津瀬が来るから、落ち着いて話せないと思って、今、お話させてもらいたいの」
「実言殿、この子が何を言いたいのか、私は知っているのだ。だから、私は構わないよ」
「そうですか?では、蓮。聞こうじゃないか、私に話とは何かな?」
「……はい」
蓮は去、父と母に見つめられて、一つ呼吸を置いて口を開いた。
「お父さま、私はこのまま束蕗原に留まって、去様の元で暮らしたいと思います」
蓮がそう言うと実言は上体を起こし、ちょっと背筋を正したように見えた。
「すでに、そのことは去様にも、お母さまと一緒にお話しています」
「そうなの」
実言は言って、妻を見た。礼は頷く。
「去様」
実言が去を向くと、去が口を開いた。
「蓮……あの条件はいいのかい」
「条件?」
実言が言った。
「実言殿……私も蓮がこの土地にいてくれることは嬉しいのですが、今のような生活をさせるわけにはいきません。客人であればこその今の待遇です。ここで暮らすなら、皆と同じように働かなくてはいけないと話したのですよ。それでも、ここに留まりたいと思うなら、実言殿に話すように言ったのです」
去の言葉を受けて、蓮は前のめりになって去と実言に言った。
「はい……去様のおっしゃったことをよく考えました。私の気持ちは変わりません。去様、お父さま、お母さま、どうか、束蕗原に残ることをお許しください」
三人に頭を下げる蓮。
去は実言を見た。実言は、去を再び見て視線を合わせた後、しばらくして口を開いた。
「去様がおっしゃるように、ここで暮らすということは客人ではないのだから、ここで暮らし働く者と同じようにすることは当然のことです。それでも蓮がここで暮らしたいというのですから、その気持ちは本気なのでしょう。去様、どうか、蓮をここに置いてやってくださいませんか。あなた様の元で厳しく指導してください」
今度は実言が去に頭を垂れた。
「実言殿、よろしいので?」
「はい。私は蓮の意志を尊重します。どうか、よろしくお願いします」
実言は目の前の蓮を見た。蓮は笑って見せた。
「去様、蓮は岩城一族の娘だからといって、何もできない娘ではないのですよ。礼について、怪我人の手当てをすることもあります。薬草作りもやっています。束蕗原の生活もすぐに慣れて、皆を率いていけるほどの人物になるかもしれません。それくらいの女人ですよ。親のひいき目かもしれませんが、私は蓮という女人をそのように思っています」
「実言殿、全くその通りよ。私もそう思います。蓮は、皆の手本になるような人物よ」
蓮は褒められて照れ笑いをした。そんな娘の様子を、母の礼が寂しそうに見ていた。
実言と四人の護衛と二人の舎人が馬でやって来た。
実言の話では夜明けと共に発ったと言ったが、そうであればもっと早くに束蕗原に着いていいはずだが、こんなに遅くなったのは都から束蕗原に来る途中、都周辺の岩城一族と昵懇の豪族たちが治める土地があり、そこに立ち寄って来たのだ。
去と礼が実言たちを出迎えた。
「ようこそ、実言殿」
馬から下りると手綱を渡して、実言は去の前にやって来た。邸の中で待っていたらいいものを、去はわざわざ邸の外にまで出てきた。体を支えるように礼が隣で体を支えて付き添っている。
「去様、お元気そうでなによりです」
「遠いところをよく来てくださいました。道中、難儀されましたか?」
「いいえ、遅くなったのは、途中、荒根に寄って来たからなのですよ」
荒根とは都と束蕗原に間にある土地で、そこを治める豪族と会ってきたのだ。
「そう。私も昔は荒根殿と会っていました。最近は全くですが」
土地の名前がその豪族の名になっている。
「荒根殿は元気でした。去様のことを気にかけておられましたよ」
「まあ、そう、新根殿が私のことを。……さあ、部屋に入って。体を休めてちょうだい」
去の言葉に応じて、実言は沓を脱ぎ、邸の中へと入った。
束蕗原は去が相続して、医術の知識を蓄えその知識を使って、土地の民を助けて来た場所である。実言は礼と結婚した時、この土地と去の活動を応援し、援助を続けてきた。去は岩城の力により、異国の知識を早くから取り入れることができ、稀有な本や渡来した道具を手に入れることができた。
去が実言を自ら歩いてその前に行き出迎えるのはそのような感謝の気持ちが働くからだった。
去の部屋の前では、蓮、芹、珊そして淳奈が待っていた。
「じいたま」
母の芹の手を握っていた淳奈は祖父の姿を見ると、母の手を離して元気よく簀子縁を走って祖父のところへと向かった。
「おお、淳奈」
実言は淳奈を抱き上げた。実言の首に腕を回して、頬を寄せてくる孫は可愛らしい。部屋に入ると、用意された円座に座った。周りには去、礼、蓮、芹、珊と女人に囲まれて、膝に淳奈を載せてここまでの道のりを話し、話が終わると次は去の最近の束蕗原の話を聞く。それが終わると、妻や娘たちの束蕗原での生活について訊いた。
話をしている間に、淳奈は実言と母の芹の間を行ったり来たりして、途中、蓮が淳奈を抱いてあやしていたが、淳奈は飽きてしまって母の袖を引っ張って外に行きたいと言う。
「芹、一緒に行っておやりよ」
声を上げる淳奈を何とかなだめていた芹であるが、ぐずり始めたため、実言が芹に言った。
「そうだね、芹、一緒に行って部屋で遊ばせておやり」
去が言って、礼も頷いた。
「皆さま、申し訳ありません」
芹は言って、淳奈と手を繋いで、珊を伴って部屋を出て行った。
芹は懐妊の前に一度だけ束蕗原に実津瀬と一緒に数日滞在した。その時は会う人の顔を覚えるのに必死で、土地の風景や食べ物、雰囲気を感じることができなかった。
芹は束蕗原に来てゆったりと過ごす中で、あの忌々しい記憶は薄らぎつつあった。今回は二月という長い滞在で、素朴な食事が基本だが時に都の岩城家の料理以上の食事を食べ、温泉で体を温めて、淳奈の無邪気さに癒されて過ごす日々が芹の自分を責める心を緩やかに溶かしていく。礼と蓮の二人が傍にいてくれたのも、芹にはよかった。二人が細やかに声を掛けてくれて、自分の殻にこもろうとする悪い癖を止めてくれたし、薬草作りの作業を手伝うことは気が紛れて良かった。
芹と淳奈、珊が庇の間を抜けて、庭に下りる階の上に立った時、庭から一人の男が進み出た。
芹と淳奈を守るためにここにも連れてきている護衛の天彦である。
淳奈は階の下まで母の手を握って下りていたが、一番下までたどり着くと、その手を放して走り出した。天彦がその背中を追いかける。
芹も淳奈の背中を追いかけているのだが、自然と自分と淳奈の間にいる天彦の背中を追いかけることになる。
この天彦という青年は、束蕗原の出身で、実津瀬や芹と年はかわらない。
岩城家五条では、この束蕗原に住む若者たちを都に呼んで、様々な邸の仕事をしてもらっている。数年で、また束蕗原に戻る者もいれば、そのまま従者として都で働く者もいる。身元がわかっているため、安心して邸に入れられることがよい。急に人が必要になって、人伝手に雇うことがあったが、間者たぐいの怪しい者が紛れ込むことがあって、実言は束蕗原生まれの者を去を通して、都に呼び邸の使用人とするようになった。
故郷に帰って来た天彦も久しぶりに父や母と会って嬉しそうであった。
「淳奈、遠くに行ってはだめ」
芹の言葉に答えようと、天彦は少し速足で歩き、目の前を走る淳奈の体を捕まえた。足をバタバタと動かして抗う活発な淳奈が芹の腕の中に来た。
夕餉の時間。
明日は実津瀬が束蕗原にやって来る。皆で一泊して、都に帰ることになっている。
実言が淳奈に言った。
「淳奈、明日、お父さまが来るよ。会うのが楽しみかい」
淳奈は礼と母の芹の間に行儀よく座って、母が口に入れてくれる匙から粥を食べていた。
「はい!楽しみでしゅ」
と真正面の祖父を見て大きな声で返事をする。屈託のない様子に皆が笑顔になった。
一人、反対側の実言の隣に座っている蓮だけは、笑顔になるがその表情は強張っている。
明日、実津瀬が来たら、夕餉はもっと大きな賑やかなものになり、お酒も用意されるだろう。父と静かに話す時間などないに違いない。
自分の思いを話すなら今夜しかない。
粥を食べた淳奈がぐずり始めた。礼が機嫌を取ろうと手を伸ばしたが、体を反らせて嫌がっている。仕方なしに芹が淳奈を向かい合う形で膝にのせた。淳奈は母の胸に顔をつけて、顔を左右に振っている。
「芹、淳奈を寝かせておやりよ。明日、実津瀬が来るんだ。早く寝かせてあげよう」
実言が言って、淳奈は簀子縁に控えていた天彦に抱かれて、芹と共に離れの部屋に戻った。
その後、一番小さな珊が食事を終えると、礼が連れて来た侍女の縫が珊を連れて、離れの部屋へと
そして、部屋の中は去、実言、礼、蓮の四人になった。給仕を手伝う侍女は、去についている一人と、珊を部屋に連れて行って戻って来た縫だけだ。
「さあ、実言殿、遠慮しないで召し上がって」
去は自分で徳利を持って、実言に酒をすすめた。実言は膳の上の杯を取って、去に注いでもらった酒を飲んだ。
和やかに話をしている中に、蓮の上ずった声が割って入った。
「お父さま!よろしいでしょうか。お父さまに聞いていただきたいことがあるのです」
去に顔を向けていた実言は、ゆっくりと娘へと振り向いた。
「なんだい。後じゃだめなのかい?今、去様とお話しているのに」
「はい……去様にも関わりのあることなので、去様とお父さまがいらっしゃるときにお話しをしたくて……明日は実津瀬が来るから、落ち着いて話せないと思って、今、お話させてもらいたいの」
「実言殿、この子が何を言いたいのか、私は知っているのだ。だから、私は構わないよ」
「そうですか?では、蓮。聞こうじゃないか、私に話とは何かな?」
「……はい」
蓮は去、父と母に見つめられて、一つ呼吸を置いて口を開いた。
「お父さま、私はこのまま束蕗原に留まって、去様の元で暮らしたいと思います」
蓮がそう言うと実言は上体を起こし、ちょっと背筋を正したように見えた。
「すでに、そのことは去様にも、お母さまと一緒にお話しています」
「そうなの」
実言は言って、妻を見た。礼は頷く。
「去様」
実言が去を向くと、去が口を開いた。
「蓮……あの条件はいいのかい」
「条件?」
実言が言った。
「実言殿……私も蓮がこの土地にいてくれることは嬉しいのですが、今のような生活をさせるわけにはいきません。客人であればこその今の待遇です。ここで暮らすなら、皆と同じように働かなくてはいけないと話したのですよ。それでも、ここに留まりたいと思うなら、実言殿に話すように言ったのです」
去の言葉を受けて、蓮は前のめりになって去と実言に言った。
「はい……去様のおっしゃったことをよく考えました。私の気持ちは変わりません。去様、お父さま、お母さま、どうか、束蕗原に残ることをお許しください」
三人に頭を下げる蓮。
去は実言を見た。実言は、去を再び見て視線を合わせた後、しばらくして口を開いた。
「去様がおっしゃるように、ここで暮らすということは客人ではないのだから、ここで暮らし働く者と同じようにすることは当然のことです。それでも蓮がここで暮らしたいというのですから、その気持ちは本気なのでしょう。去様、どうか、蓮をここに置いてやってくださいませんか。あなた様の元で厳しく指導してください」
今度は実言が去に頭を垂れた。
「実言殿、よろしいので?」
「はい。私は蓮の意志を尊重します。どうか、よろしくお願いします」
実言は目の前の蓮を見た。蓮は笑って見せた。
「去様、蓮は岩城一族の娘だからといって、何もできない娘ではないのですよ。礼について、怪我人の手当てをすることもあります。薬草作りもやっています。束蕗原の生活もすぐに慣れて、皆を率いていけるほどの人物になるかもしれません。それくらいの女人ですよ。親のひいき目かもしれませんが、私は蓮という女人をそのように思っています」
「実言殿、全くその通りよ。私もそう思います。蓮は、皆の手本になるような人物よ」
蓮は褒められて照れ笑いをした。そんな娘の様子を、母の礼が寂しそうに見ていた。
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