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第1部あなた
第三章9
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王子たちが目の前を通り過ぎて行って、頭を上げかけた時に隣の藍が肘で蓮を小突いた。何事かと思って藍を見ると、藍は王族が歩いて行った向こうを見ている。蓮もゆっくりと藍の視線の先を見ると、王族がそれぞれ輿に乗るのを待って見守っている景之亮の姿があった。
蓮はもしかしたら、と思っていたが、そのもしかが現実になって、仕事をする景之亮を見ることができた。
特別な衣装を着けて、輿の前後を歩く馬に乗って王宮まで帰るのだ。
その美しい衣装はひときわ大きな体が数名いる武官の中でも特に景之亮を目立たせた。
蓮と藍の様子に他の乙女たちも出口近くの王族と武官の方へ目をやった。なになに、と隣どうしで話している。藍があのひときわ体の大きな武官が蓮の夫になる人だと教えると、乙女たちは色めき立った。
「まだお見送りの途中よ。静かにして」
蓮は声が大きくなるのを心配して小さな声で言った。周りの侍女たちも口の前に指を立てて、静かにするよう促した。
景之亮たち武官は有馬王子をはじめ、王族が輿に乗る様子を見守っていた。
その時、景之亮は庭に張られた幕の前に乙女が数人立っているのが見えた。向かって左側から二人目が蓮だとすぐにわかった。
左端に立っている本家の藍と色違いの文様の衣装を着ている。髪型は二髻に結って、後ろ髪を垂らしている。改めて見ても可愛らしい人だと、その姿を見つめた。すると、蓮もこちらに気づいているようで、目が合った。
お互いにその姿を見られたらいいねと言っていたが、計らずしもそれが叶ったのだ。王族が輿に乗ったとの言葉があり、景之亮たちは一斉に体の向きを門の方へと向ける。その時に、蓮に向けて少しばかり笑みをこぼした。蓮がそれに気づいたかはわからない。
そして、体の向きを変えたらほころびた口を引き結び、門の外へと歩いた。
それを合図に輿が地面から担ぎ手の腰の高さまで上がり、動き出した。皆が頭を下げて全ての輿を見送った。
輿全てが門の外に出て、列が出発する掛け声が発せられた。それを聞いてしばらくしてから佐々良の宮に残った者たちは頭を上げた。それと同時に、蓮の隣にいた乙女が言った。
「ねえ、あの方、蓮を見て微笑まれておられたわよね?」
すると周りの乙女たちも頷き、口々に言い始めた。
「体が大きくてお強そう。とても立派な方」
「頬にお鬚を生やされていて、とても男らしい方に見えたわ」
「蓮、よいお相手じゃない!うらやましいわ」
「あー、私も早く相手を見つけたいわ。あのような、体の大きな男らしい方、他にいないかしら」
「どういうお方なの?左近衛府にお勤めなのね」
皆が蓮を囲み、景之亮を褒めるので蓮は嬉しく思い、照れた。
「そうなの、左近衛府の武官でいらっしゃるの。とても武術に長けておられて、またいろいろなことを知っておられて、私の知らないことをおしえてくださってお話していて面白いし楽しいのよ」
「まあ、一緒にいても楽しいなんて、いいことね」
「のろけね。で、結婚はいつ?」
一人にそう問われて、蓮は曖昧な笑みを作って答えた。
「近々……鷹取様がお忙しいようだから……」
「そう、そうなれば蓮とこのような場所で会うこともなくなるのね」
「あら、意外に道端でよく会うかもしれないわよ」
「ああ、そうかもしれないわね」
そう言って笑い合った。
景之亮を思いのほか褒められて、蓮は嬉しかった。
藍と付き添いの従者と一緒に帰る途中も、藍が景之亮の立派な姿を褒める。蓮は景之亮と初めて会った時に、好みだった伊緒理とは全く反対の容姿に腹を立てていた過去の自分を笑った。今となれば、景之亮が好みなのだ。こんなにも気持ちが変わるものかと思っている。
実言邸に着くと、蓮は藍に少し休んでから本家に帰るようにと勧めた。長い手伝いの後で疲れていた藍は、頷いて蓮の部屋で寛いだ。連の侍女の曜が井戸から汲んだ冷たい水を持って来て、二人は喉を潤した。
藍は侍女の曜に、佐々良の宮で景之亮の姿を見ることができ、一緒に手伝いをした女人たちに好まれていたことを話した。
「まあ、そうですの?それはそれは蓮様は、鼻が高かったのではありませんか?」
「そんなこと!曜までからかわないで。景之亮様を褒められることは嬉しいことだけど、そんなふうにみんなして私をからかわないでよ。恥ずかしいわ」
蓮が大きな声を出したところで、簀子縁から足音が聞こえた。三人は顔を上げると、舎人の渡道を連れてこの邸の主、実言が現れた。
「楽しそうに話しているところを邪魔してすまないね。藍が来ていると聞いて少し顔を見ておこうかと思って」
「まあ、叔父様。前にお会いしてからそんなに時は立っていません」
「そうだね、まあ、いいじゃないの。有馬王子に会ったのだろう。どのようなご様子だったかを教えて欲しくてね。我が一族と関係の深い方だ。お守りするのに、どのようなことがあったのか知っておきたい。蓮だけでは心もとないから、藍と一緒に二人から訊きたいと思ってね」
実言は蓮と藍の前に胡坐で座った。
「今日の宴は有馬王子と初様がいらしたわ。お二人ともとてもお元気そうだった。兄妹でとても楽しそうにお話をされていた。有馬王子のご友人も何人がいらして、初様ともお話されていたわ」
有馬王子が親しくしている友人を二人はわかる限り話した。宮廷の小さな宴で顔を知っている人、兄の友人として知っている人。実言は二人の記憶を引き出せるように細かく聞いた。
そして、料理がおいしかったと二人は口をそろえて言った。ケラケラと笑った後に、蓮が藍に向かって。
「有馬王子は藍のこと気にしてくださっていたわね」
と言った。それに、実言は反応して。
「へえ、有馬王子は藍を覚えてくださっているのか」
という。覚えていただくために、岩城一族がどれだけのことをしてきたことかはおくびにも出さない。
「名前を覚えてくださっていたし、また会ったねとおっしゃっていたわね」
藍が膳を置いて、そのまま後ろに後づさって顔を上げた時に、有馬王子が優しい笑みを浮かべておっしゃったのを、蓮は見逃さなかった。
藍は恥ずかしそうな表情をして笑った。
「そうなの?……それは嬉しいことだね」
実言は言った。
「ほかに、私は初めてお見掛けしたのだけど……有馬王子が桂様と呼んでいらっしゃった女人がいたわ。有馬王子よりとても年上に見えた」
「桂様?」
蓮が藍の方を向いて、ねぇという風に頷いた。実言は少し考えて。
「先王と第二王妃の間のお生まれになった姫君だな……」
「その姫君はとても楽しそうにお酒を嗜まれて、料理を食べておられた。有馬王子のご友人とも気さくにお話されていたわ」
蓮が再び藍に向いた。藍は思いついたように顔を上げた。
「そのお姫様は実津瀬兄様のことをお話していたわよね?実津瀬という名は出てこなかったけど、舞が見たかった、岩城のよい舞手がいる、有馬王子の力で呼べなかったのかなんてことをおっしゃっていたわ。ねぇ」
蓮もそのことを思い出した。
「さすが実津瀬ね。大王の前で舞うのですもの。大王だけではなく、王子やお姫様の心にも残る舞を舞っているのね」
と言った。
「そうか、実津瀬が再び舞を始めたら、引く手あまただな。……本人が舞う気になったらだが」
と実言も言った。
「有馬王子も、初様もお元気で何よりだ。二人の邪魔をして悪かったね。藍、ゆっくりしていっておくれ」
実言は笑顔を藍に向けて言うと、自分の部屋へと帰って行った。
そこから、藍と二人で話をしたが、蓮の頭の中の半分は景之亮のことでいっぱいだった。
景之亮様はいつ、私を正式な妻にしてくれるのかしら……。もう、誰もが婚約していると知っている。そうしたら、次は妻になったの?と聞かれるわ。
私の心はもう決まっていて、いつでもいいのに。
蓮は一緒に手伝いをした乙女たちから、いつ結婚するの?と聞かれたことが心に引っかかっていた。
私たちの結婚を阻むものは何かしら?そんなもの、あるのかしら?
従者を伴って本家に帰って行く藍を見送りはしたが、どこか上の空の蓮であった。
蓮はもしかしたら、と思っていたが、そのもしかが現実になって、仕事をする景之亮を見ることができた。
特別な衣装を着けて、輿の前後を歩く馬に乗って王宮まで帰るのだ。
その美しい衣装はひときわ大きな体が数名いる武官の中でも特に景之亮を目立たせた。
蓮と藍の様子に他の乙女たちも出口近くの王族と武官の方へ目をやった。なになに、と隣どうしで話している。藍があのひときわ体の大きな武官が蓮の夫になる人だと教えると、乙女たちは色めき立った。
「まだお見送りの途中よ。静かにして」
蓮は声が大きくなるのを心配して小さな声で言った。周りの侍女たちも口の前に指を立てて、静かにするよう促した。
景之亮たち武官は有馬王子をはじめ、王族が輿に乗る様子を見守っていた。
その時、景之亮は庭に張られた幕の前に乙女が数人立っているのが見えた。向かって左側から二人目が蓮だとすぐにわかった。
左端に立っている本家の藍と色違いの文様の衣装を着ている。髪型は二髻に結って、後ろ髪を垂らしている。改めて見ても可愛らしい人だと、その姿を見つめた。すると、蓮もこちらに気づいているようで、目が合った。
お互いにその姿を見られたらいいねと言っていたが、計らずしもそれが叶ったのだ。王族が輿に乗ったとの言葉があり、景之亮たちは一斉に体の向きを門の方へと向ける。その時に、蓮に向けて少しばかり笑みをこぼした。蓮がそれに気づいたかはわからない。
そして、体の向きを変えたらほころびた口を引き結び、門の外へと歩いた。
それを合図に輿が地面から担ぎ手の腰の高さまで上がり、動き出した。皆が頭を下げて全ての輿を見送った。
輿全てが門の外に出て、列が出発する掛け声が発せられた。それを聞いてしばらくしてから佐々良の宮に残った者たちは頭を上げた。それと同時に、蓮の隣にいた乙女が言った。
「ねえ、あの方、蓮を見て微笑まれておられたわよね?」
すると周りの乙女たちも頷き、口々に言い始めた。
「体が大きくてお強そう。とても立派な方」
「頬にお鬚を生やされていて、とても男らしい方に見えたわ」
「蓮、よいお相手じゃない!うらやましいわ」
「あー、私も早く相手を見つけたいわ。あのような、体の大きな男らしい方、他にいないかしら」
「どういうお方なの?左近衛府にお勤めなのね」
皆が蓮を囲み、景之亮を褒めるので蓮は嬉しく思い、照れた。
「そうなの、左近衛府の武官でいらっしゃるの。とても武術に長けておられて、またいろいろなことを知っておられて、私の知らないことをおしえてくださってお話していて面白いし楽しいのよ」
「まあ、一緒にいても楽しいなんて、いいことね」
「のろけね。で、結婚はいつ?」
一人にそう問われて、蓮は曖昧な笑みを作って答えた。
「近々……鷹取様がお忙しいようだから……」
「そう、そうなれば蓮とこのような場所で会うこともなくなるのね」
「あら、意外に道端でよく会うかもしれないわよ」
「ああ、そうかもしれないわね」
そう言って笑い合った。
景之亮を思いのほか褒められて、蓮は嬉しかった。
藍と付き添いの従者と一緒に帰る途中も、藍が景之亮の立派な姿を褒める。蓮は景之亮と初めて会った時に、好みだった伊緒理とは全く反対の容姿に腹を立てていた過去の自分を笑った。今となれば、景之亮が好みなのだ。こんなにも気持ちが変わるものかと思っている。
実言邸に着くと、蓮は藍に少し休んでから本家に帰るようにと勧めた。長い手伝いの後で疲れていた藍は、頷いて蓮の部屋で寛いだ。連の侍女の曜が井戸から汲んだ冷たい水を持って来て、二人は喉を潤した。
藍は侍女の曜に、佐々良の宮で景之亮の姿を見ることができ、一緒に手伝いをした女人たちに好まれていたことを話した。
「まあ、そうですの?それはそれは蓮様は、鼻が高かったのではありませんか?」
「そんなこと!曜までからかわないで。景之亮様を褒められることは嬉しいことだけど、そんなふうにみんなして私をからかわないでよ。恥ずかしいわ」
蓮が大きな声を出したところで、簀子縁から足音が聞こえた。三人は顔を上げると、舎人の渡道を連れてこの邸の主、実言が現れた。
「楽しそうに話しているところを邪魔してすまないね。藍が来ていると聞いて少し顔を見ておこうかと思って」
「まあ、叔父様。前にお会いしてからそんなに時は立っていません」
「そうだね、まあ、いいじゃないの。有馬王子に会ったのだろう。どのようなご様子だったかを教えて欲しくてね。我が一族と関係の深い方だ。お守りするのに、どのようなことがあったのか知っておきたい。蓮だけでは心もとないから、藍と一緒に二人から訊きたいと思ってね」
実言は蓮と藍の前に胡坐で座った。
「今日の宴は有馬王子と初様がいらしたわ。お二人ともとてもお元気そうだった。兄妹でとても楽しそうにお話をされていた。有馬王子のご友人も何人がいらして、初様ともお話されていたわ」
有馬王子が親しくしている友人を二人はわかる限り話した。宮廷の小さな宴で顔を知っている人、兄の友人として知っている人。実言は二人の記憶を引き出せるように細かく聞いた。
そして、料理がおいしかったと二人は口をそろえて言った。ケラケラと笑った後に、蓮が藍に向かって。
「有馬王子は藍のこと気にしてくださっていたわね」
と言った。それに、実言は反応して。
「へえ、有馬王子は藍を覚えてくださっているのか」
という。覚えていただくために、岩城一族がどれだけのことをしてきたことかはおくびにも出さない。
「名前を覚えてくださっていたし、また会ったねとおっしゃっていたわね」
藍が膳を置いて、そのまま後ろに後づさって顔を上げた時に、有馬王子が優しい笑みを浮かべておっしゃったのを、蓮は見逃さなかった。
藍は恥ずかしそうな表情をして笑った。
「そうなの?……それは嬉しいことだね」
実言は言った。
「ほかに、私は初めてお見掛けしたのだけど……有馬王子が桂様と呼んでいらっしゃった女人がいたわ。有馬王子よりとても年上に見えた」
「桂様?」
蓮が藍の方を向いて、ねぇという風に頷いた。実言は少し考えて。
「先王と第二王妃の間のお生まれになった姫君だな……」
「その姫君はとても楽しそうにお酒を嗜まれて、料理を食べておられた。有馬王子のご友人とも気さくにお話されていたわ」
蓮が再び藍に向いた。藍は思いついたように顔を上げた。
「そのお姫様は実津瀬兄様のことをお話していたわよね?実津瀬という名は出てこなかったけど、舞が見たかった、岩城のよい舞手がいる、有馬王子の力で呼べなかったのかなんてことをおっしゃっていたわ。ねぇ」
蓮もそのことを思い出した。
「さすが実津瀬ね。大王の前で舞うのですもの。大王だけではなく、王子やお姫様の心にも残る舞を舞っているのね」
と言った。
「そうか、実津瀬が再び舞を始めたら、引く手あまただな。……本人が舞う気になったらだが」
と実言も言った。
「有馬王子も、初様もお元気で何よりだ。二人の邪魔をして悪かったね。藍、ゆっくりしていっておくれ」
実言は笑顔を藍に向けて言うと、自分の部屋へと帰って行った。
そこから、藍と二人で話をしたが、蓮の頭の中の半分は景之亮のことでいっぱいだった。
景之亮様はいつ、私を正式な妻にしてくれるのかしら……。もう、誰もが婚約していると知っている。そうしたら、次は妻になったの?と聞かれるわ。
私の心はもう決まっていて、いつでもいいのに。
蓮は一緒に手伝いをした乙女たちから、いつ結婚するの?と聞かれたことが心に引っかかっていた。
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