上 下
57 / 62
第六章 サークル壊滅大作戦!

第五十六話 チョコレート大作戦

しおりを挟む
海から吹く冬風が、コートを無視して侵入してくる。

十二月の最初の土曜日、吉井は海浜幕張駅にいた。サークルが行う今年最後の全体会議、アワードに参加するためだ。済に依頼された通りにスタッフに志願したらあっさりと採用されたため、早めに入場するため開始の一時間半前、八時半に駅に着いていた。

幕張メッセまでの道をスマホで確認していると、背中をつつかれた。

振り向くと美少女がいた。黒髪ロングの髪は眉上で揃えられ、グレーの眉は細く整えられている。瞳には青のカラコンが入っており、涙袋とその下に赤いクリームチークが乗っている、「病みメイク」だ。白いコートの下から、光沢のある水色のドレスが覗いていた。肩から紺のハンドバッグを下げ、キャリーバッグを引いている。しかし、付き合いの長い吉井にはすぐに正体が分かった。

「久しぶりにこっちの姿を見たぜ、ワタル。」
「気付くの早くてつまんなーい。」

学生時代から顔も体型も変わっていないというこの魔性の男は、学生時代に大学女装コンテストを三連覇、社会人になってからも全国女装コンテストで何度も優勝しており、新宿二丁目の女装バー界隈では「奇跡の三十代」と呼ばれているらしい。このため、イカれた趣味を多数持っているにも関わらず常に遊び相手がいるという、恐ろしい奴だった。

アワードのチケットは済も購入済のため、吉井がいなくても入場できるはずなのだが、万一断られたら困るというので待ち合わせしていたのだ。

チケットは簡単に入手できた。入会チェックが緩くなったこともあり、師匠に合わせることなく、すぐに済をサークルの会員サイトに登録させることかできたのだ。サイトでチケットを購入してしまえば、後は何のチェックもない。

「全く、あの頃から全然変わってないな。一体どうなってるんだか。何か変な薬でも使ってるのか?」
「日々の努力だよ♪」
「その微妙な女口調をやめろ!」

南口のアーケードを直進し、幕張メッセに向かう。1~8ホール側の中央エントランスで受付を済ませた。新製品だという幹細胞成分入りのドリンクを勧められたが、何が入っているか分からないので二人共断った。その後、済はしばらく時間を潰すためどこかへ去っていき、吉井はスタッフ陣に合流するためスタッフ控え室へ向かった。控え室には既にスタッフの多くが集合しており、すぐに持ち場の確認が始まった。吉井は志願した通り、ステージ脇で出演者の案内や飲み物、マイクの準備をする係に割り当てられた。



一通りの役割説明が終わり、開始時間が近づく。会場はドレス姿の女とスーツ姿の男で一杯だった。七千人はいるのではないだろうか。アワードが始まり、真っ白なタキシードを着た小太りの男が出ていく。サークルのトップ、島村だ。ジェルで固めた髪が光沢を帯びている。歳は四十前後か。顔は脂ぎっており、ステージの照明を受けて光っている。

島村は満面の笑みでステージに立つと、マイクに向かって大声で叫んだ。

「皆さーーーーん!好調ですかーーーーーー!!」

数千人の観衆から、まるで火山が噴火したかのような轟音が返ってくる。

「好調でーーーーーーーーーす!!!!!!!」

法の華三法行まがいのコール&レスポンスだ。やり取りを繰り返す度に会場の熱狂は高まり、完全に目がイッてしまっている。興奮のあまり倒れる女子会員もおり、医務室に運ばれていった。以前済から聞いたのだが、科学の道でも同じようなことをやっているらしい。奴らはよほどこれが好きなのだろうか。

狂気のコール&レスポンスが終わると、今年大量の会員を勧誘した者の表彰、十五万円の自己投資を達成した者の表彰、先月新規会員勧誘を達成した者の表彰と進んだ。ステージ上に次々と会員が繰り出していく。普段人前で褒められることはなかなかないため、これが病みつきになって自己投資を続ける会員も多いらしい。

表彰が終わって小休憩に入ると、吉井はステージ裏にある映像担当のテーブルへ向かった。パーテーションで区切られた一角に、スクリーンに映像を投影するための機器が並んでいる。吉井は投影に使っているパソコンを確認すると、テーブルに差し入れのチョコレートを置いた。テーブルの周りには十人程度のスタッフがいたが、全員が礼を言い、チョコレートを口に入れた。吉井はチョコレートがみるみるなくなっていくのを確認し、再び持ち場に戻った。

小休憩が終わると大量の弟子を抱える師匠陣の講話があり、それが終わると昼休憩になった。昼休憩ではほとんどの会員が会場を出たところで売っているパンを買って食べる。実はこのパン屋を経営しているのもサークルの師匠なのだが、価格が安く設定されており、自己投資やセミナー代で金がないサークル会員には人気だった。

吉井は駅のコンビニで買ってきたおにぎりを食べながら済にLINEをした。念のため、昼休みも持ち場を離れないようにしていたのだが、済がどこにいるかは確認しておきたかったのだ。済からは最後尾に潜んでいるという返事が返ってきた。何が起きるかを後ろから見たいのだろう。「こっちも準備はバッチリだ!」とも書いてあったが、何の準備なのかは聞かないでおいた。

昼休みが終わると新製品の発表が始まった。今月の新製品は幹細胞成分が入った例のサプリだ。スクリーンに白いシンプルなボトルが映し出され、派手な音楽が鳴り響く。島村が満面の笑みでステージで上がり、再び「好調ですかー!!」を始めた。

それを横目に、吉井は映像担当デスクの後ろについた。

後ろから映像担当を見ていると、腹を押さえながら画面を見ているのが分かった。映像担当だけではない。デスク周辺の全員が青ざめている。

そこですかさず吉井が歩み寄り、「大丈夫ですか?俺、手伝いますよ!」と声を掛けた。すると、「も、もう限界……。ちょっと、これ終わったらこのファイル流しといて!」と映像担当が小声で言い、トイレのほうへ走っていった。それをきっかけに周囲の全員がトイレへ走る。

実はこの状況は計画通りだった。吉井が差し入れたのはただのチョコレートではない。少し前に海外で流行った、チョコレート型の超強力な下剤だったのだ。もともとは甘くないのだが、吉井が持ち込んだのは一度溶かし、砂糖をたっぷり入れた特製品で、ラベルを取られてしまうとまず気づかない。これは済が下剤チョコを持っていたために実現した作戦なのだが、済は「何かの役に立つと思ってしこたま買い込んどいた。」と言っていた。何に役立てるつもりだったのかはさっぱり分からない。

「そろそろ時間だな……。」

周囲から人がいなくなったのを確認すると、吉井はサイバーテレビの再生を始めた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

百合系サキュバスにモテてしまっていると言う話

釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。 文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。 そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。 工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。 むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。 “特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。 工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。 兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。 工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。 スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。 二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。 零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。 かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。 ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

兄になった姉

廣瀬純一
大衆娯楽
催眠術で自分の事を男だと思っている姉の話

『イケメンイスラエル大使館員と古代ユダヤの「アーク探し」の5日間の某国特殊部隊相手の大激戦!なっちゃん恋愛小説シリーズ第1弾!』

あらお☆ひろ
キャラ文芸
「なつ&陽菜コンビ」にニコニコ商店街・ニコニコプロレスのメンバーが再集結の第1弾! もちろん、「なっちゃん」の恋愛小説シリーズ第1弾でもあります! ニコニコ商店街・ニコニコポロレスのメンバーが再集結。 稀世・三郎夫婦に3歳になったひまわりに直とまりあ。 もちろん夏子&陽菜のコンビも健在。 今作の主人公は「夏子」? 淡路島イザナギ神社で知り合ったイケメン大使館員の「MK」も加わり10人の旅が始まる。 ホテルの庭で偶然拾った二つの「古代ユダヤ支族の紋章の入った指輪」をきっかけに、古来ユダヤの巫女と化した夏子は「部屋荒らし」、「ひったくり」そして「追跡」と謎の外人に追われる! 古代ユダヤの支族が日本に持ち込んだとされる「ソロモンの秘宝」と「アーク(聖櫃)」に入れられた「三種の神器」の隠し場所を夏子のお告げと客観的歴史事実を基に淡路、徳島、京都、長野、能登、伊勢とアークの追跡が始まる。 もちろん最後はお決まりの「ドンパチ」の格闘戦! アークと夏子とMKの恋の行方をお時間のある人はゆるーく一緒に見守ってあげてください! では、よろひこー (⋈◍>◡<◍)。✧♡!

処理中です...