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第四章 洗脳!自己啓発セミナー

第三十四話 潜入!自己啓発セミナー

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恭子とのLINEを昔へ辿ると……あった。

「もしも受ける気になったら、私のID入れて申し込んでね!
ID:1123XXX

http://www.mask-xx.com/course/1 」

記載されていたURLにアクセスすると、古臭いデザインで基礎コースの概要が書かれていた。

「MASK基礎コースは、最も伝統的かつ基礎的なワークショップ型目標達成プログラムです。あなたは、自分のことを理解していますか?大抵の人は『自分のことは自分が一番分かっている』と思い込んでいます。しかしながら、日常生活を送るだけでは『自分の可能性はどれほどのものなのか』『自分はどこまでやれるのか』、気づくことはほとんどありません。このコースでは、三日間のワークショップを通じて、自分の長所と課題、人生で求めているものや目的・理想像、それを実現する方法について『自ら』答えを導き出すことができます。実践を通じて自分を見つめ直すことで、話を聞くだけでは身につかない、真の実力を得ることができるでしょう。」

いかにも自己啓発セミナーといった感じの謳い文句だ。恐らく、様々なワークで精神に揺さぶりをかけられ、洗脳されるのだろう。普通なら絶対に受けないが、妹のためなら仕方がない。そう、陽子は自己啓発セミナーに潜入し、内情を探ろうと考えていたのである。

ウェブサイトの下に表示されていたカレンダーを見る。運良く、夏休みに入るタイミングの週末に空きがあった。カレンダーの隣にある申込みボタンをクリックすると、開催期間と共に料金が書かれていた。税込みで九万円近い。九万円あればもっと色々なことができるなどと考えながら申し込みフォームに属性を記入する。電話番号と住所は連絡が来るかもしれないので実際の情報を書いておいたが、シェアハウスでの一件があったため、名前は変えることにした。「三木 真由子」と入力する。一番下に紹介者のIDと氏名を記入する欄があったため、LINEに書いてあった情報を入力した。

三鷹のシェアハウスで揉めたのが心配だったが、翌日には申込みが完了した旨のメールが届いた。



八月。午前中とは思えないような暑さの中を陽子は歩いていた。MASKからのメールに記載された集合時間は午前十時で、場所は大塚だった。大塚駅の南口から出て十分ほど歩くと、住宅街の中に三階建てのビルが現れる。茶色のタイル張りで、一階はほぼ駐車場になっており、脇に入り口がある。どうやらここが集合場所のようだ。カフェの看板に使われるようなイーゼルに、「MASKグローバルセミナー会場」と書かれたボードが乗っている。陽子がビルに近づいている間にも、数人の男女が入り口に吸い込まれていくのが見えた。受講者だろうか。

ビルに入ると、二階に上がるように書かれた貼り紙が目に入った。そのまま階段で上がるとセミナー会場があり、入り口に折りたたみ式のテーブルで作った受付があった。女性が二人立っており、首からオレンジ色のストラップで名札を下げている。

「受付番号13番の三木ですが。」

と申し出ると、受付の女性が名簿をチェックし、名札を渡された。まだ開場まで十分ほどあり、準備中ということでしばらくロビーで待たされることになった。既に十人ほどの男女がロビーで待っている。ほとんどは二十代~三十代だが、中には五十代と思われる男性も混じっていた。皆一様に押し黙ったままだ。待っている間にも次々と次々と受講者が入ってきて、受付を済ませていく。この中にも、サークルの人間が混じっているのだろうか。受講者の様子を見ながら考えていると、セミナーの扉が開き中に案内された。

会場の中にはパイプ椅子が並んでおり、広さは五十畳ほどだった。入ってすぐに違和感を覚えたのが、部屋の照明だ。外はかなり明るいのにも関わらず、窓には遮光カーテンが重々しく下げられており、照明器具で完璧に明るさを調整できるようになっている。これも受講者の心理をコントロールするためのテクニックなのだろう。部屋にはパッヘルベルのカノンが流れているが、これも何らかの心理的効果を狙ったものに違いない。

入って右側には演説に使うような小型のステージとホワイトボードがあった。ここに講師が立つのだろう。反対側の壁には受付と同様、オレンジ色のストラップを下げた二十~三十代の男女が並んでいる。スタッフだろうか。

着席について特に指示がなかったため、多くの受講生が一瞬戸惑っていた。小声で「自由席なのかな?」などといいつつ、徐々に席が埋まっていく。

入り口そばの棚に荷物と腕時計を置き、並んだ椅子の真ん中あたりへ向かう。荷物と一緒に腕時計を置いたのは、受付で外すように言われたためだ。時間間隔を麻痺させるためだろう。陽子は、首から下げたネックレスを触りながら、こっちにして良かったと思った。十字架型のネックレスにはカメラが仕込まれており、後ろのボタンで起動するようになっている。陽子は最初、腕時計型スパイカメラを持ち込むことを考えていたのだが、済から腕時計を外すよう言われる可能性を指摘され、こちらのタイプのカメラを買っておいたのだった。

腕時計の件だけでなく、自己啓発セミナー全般の内容について、陽子は事前に済から聞いていた。済によれば、自己啓発セミナーにはいくつか系統があるが、日本に自己啓発セミナーを持ち込んだ「ライフ・ダイナミックス」から分派した業者がほとんどで、その内容はどれも似たりよったりなのだそうだ。元々新興宗教マニアだった済は、同じようにカルト化しやすい自己啓発セミナーや極左暴力集団にも詳しかった。さらに彼はXJAPANのファンでもあるため、ボーカルのTOSHIを洗脳した自己啓発セミナー業者、ホームオブハートは特に許せないのだそうだ。妙なことに詳しい友人を持つのもたまには役立つものだ。

しばらく座って待っていると、「2001年宇宙の旅」のテーマと共に講師が入場してきた。講師の顔を見た瞬間、陽子の鼓動が速くなる。何度も写真で見た脂ぎった顔……梅田有一だ。すかさずスパイカメラのスイッチを入れる。梅田は前に立つとマイクを握ったが、

「これから十分間、自由に過ごしてください。」

と言うと、すぐに出ていってしまった。

十分間あるが、ほとんどの人が初対面なので特段やることがあるわけでもない。ちらほらと隣の人との自己紹介が始まる程度だ。やがて多くの人が隣の人と話している状態になったところで、再び梅田が部屋に入ってきた。

「皆さんおはようございます。私、MASKグローバルの代表、梅田有一と申します。」

こうして、自己啓発セミナーの一日目が始まった。
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