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第四章 洗脳!自己啓発セミナー
第三十一話 潜入、シェアハウス
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「あっ、私この人見たことある!」
自己啓発セミナー団体=MASKグローバルの代表、梅田有一の写真を済から見せられた時、陽子の脳内に電撃が走った。
色黒の顔に浮かぶ胡散臭い笑みと銀色の髪には、確実に見覚えがあった。一体どこで見たのだろう。済のFacebookだろうか?しかし済は梅田について投稿したことはない。だとしたら取材だろうか。しかし自己啓発セミナーについて取材したことはない。いや、自己啓発セミナーといえば、取材以外で関わったことがあるような……。
記憶の糸を辿るうち、妹の部屋での一件が蘇ってきた。
◇
陽子には、五つ歳下の妹、恭子がいる。親の影響を強く受けて政治活動にのめり込み、リベラル系の記者になった陽子とは違い、恭子は堅実だった。恭子は名門私立大学の経済学部に進んだ後、大手電子部品メーカーの営業職に就職していた。二人とも学生時代から東京に住んでおり、頻繁に会うことはなかったが、たまに出かけていた。外見も対照的で、小柄でショートカットの陽子に対し、恭子は長身でロングヘア、おっとりした雰囲気だった。
有名大学から有名企業に就職し、人生順風満帆に見えた恭子だったが、二年ほど前から、堅実な道を選んだ者ゆえの悩みを打ち明けるようになっていた。初めてそれを聞いたのは、二人で六本木の美術館に行った後、近くのイタリアンレストランに入った時のことだ。自身の近況と美術展の感想について話し終えた後、パスタを巻くスプーンを見ながら、恭子がぽつりと言った。
「お姉ちゃんはいいな、マスコミで働いてて。」
「何よ急に。記者なんて普段から忙しい上に、大事件ともなったら徹夜続きよ。労務管理がしっかりしてる大手メーカーが羨ましいわ。あーあ、生きてるうちに海外旅行に行けるかなあ。」
「でも、取材したニュースがテレビで流れるわけでしょ。世の中動かしてるって実感できて、やりがいありそう。」
「そりゃあ、自分の仕事が世の中に流れて、Twitterとかで話題になった時には社会に影響を与えられた感覚はあるよ。でも、恭子だって世の中を支える企業でちゃんと働いてるわけじゃない。マスコミみたいにすぐ目に見えるわけじゃないけど、その仕事だって世の中を動かしてるはず。それで十分凄いことだと私は思う。」
「私も理屈では分かるんだけど、でもめちゃめちゃこの仕事がやりたくて今の会社に入ったわけじゃないし……。ベンチャーに入ったり起業した友達と繋がってるんだけど、インスタとか見てるとキラキラしててちょっと羨ましいんだよね。充実してそうっていうか、皆に自慢できそうっていうか。それに比べたら私なんて、典型的な日本企業に入っちゃって、ネットで自慢できるような派手な仕事してるわけじゃないし。もちろん会社としてはいい部分もあるんだけどね。」
「ベンチャー組とか起業組がキラキラしてるのは分かるけど。あっちはあっちで大変なのよ。上のポジションに行かない限りは大手企業に給料で負けることは多いし、仕事の負荷も高いしね。一時期やりがい搾取って言葉が流行ったけど、仕事に強い思い入れがないと辛くなっちゃうこともあるんだと思うよ。結局どの道もメリット・デメリットがあるから、一概にどれがいいとは言えないね。まあ、あなたも若いんだし、自分を見つめ直して転職するのもいいかもね。」
「そうだね、就職の時の自己分析とか大嫌いだったけど、やりたいことを考えてみるのは大事なのかも。」
その日はそのくらいのやり取りで終わったが、それからというもの、何度か同じような悩みを聞かされることになった。陽子はその度に自己分析と転職の検討を勧めていたが、恭子はというと、キャリア関係の勉強会や交流会には出入りしていたものの、一向に転職活動を始める気配がなかった。このため、よくある若手の悩みだろうと思っていたのだが、半年ほど前に会った時には恭子の様子が変わっていて驚いた。その日は、恭子に最近引っ越したから遊びに来てほしいと言われ、吉祥寺でタイ料理を食べた後三鷹に向かったのだった。年に数えるほどしか会わず、そんな用事で呼ばれたこともなかった陽子は少し驚いたが、たまにはそんなこともあるだろう、と思い会いに出掛けた。三鷹駅の南口を出て、十分ほど川沿いに歩いた先に恭子の引越し先はあった。外観は小ぶりのデザイナーズマンションといった佇まいで、四階建てのアパートの壁が白く塗られている。入り口上には「SHARE APARTMENT MITAKA」と書かれていた。陽子は、入ってすぐに普通のアパートとは作りが違うことに気付いた。広い共用部が準備されており、大きめのキッチンの先には三十畳はありそうなダイニングスペースが広がっている。そこにはテーブル二つとソファ、テレビが設置されており、二十人程度が集まってもまだ余裕がありそうだった。陽子は推測をそのまま口にした。
「ここ、名前といい、構造といい、もしかしてシェアハウス?」
「そう。お世話になった人達と一緒に住んでるの。この先が個室になってて、私の部屋は三階。」
共用スペースを出ると、すぐにエレベーターがあった。その後案内された妹の部屋で、陽子はあの写真を見ることになる。
自己啓発セミナー団体=MASKグローバルの代表、梅田有一の写真を済から見せられた時、陽子の脳内に電撃が走った。
色黒の顔に浮かぶ胡散臭い笑みと銀色の髪には、確実に見覚えがあった。一体どこで見たのだろう。済のFacebookだろうか?しかし済は梅田について投稿したことはない。だとしたら取材だろうか。しかし自己啓発セミナーについて取材したことはない。いや、自己啓発セミナーといえば、取材以外で関わったことがあるような……。
記憶の糸を辿るうち、妹の部屋での一件が蘇ってきた。
◇
陽子には、五つ歳下の妹、恭子がいる。親の影響を強く受けて政治活動にのめり込み、リベラル系の記者になった陽子とは違い、恭子は堅実だった。恭子は名門私立大学の経済学部に進んだ後、大手電子部品メーカーの営業職に就職していた。二人とも学生時代から東京に住んでおり、頻繁に会うことはなかったが、たまに出かけていた。外見も対照的で、小柄でショートカットの陽子に対し、恭子は長身でロングヘア、おっとりした雰囲気だった。
有名大学から有名企業に就職し、人生順風満帆に見えた恭子だったが、二年ほど前から、堅実な道を選んだ者ゆえの悩みを打ち明けるようになっていた。初めてそれを聞いたのは、二人で六本木の美術館に行った後、近くのイタリアンレストランに入った時のことだ。自身の近況と美術展の感想について話し終えた後、パスタを巻くスプーンを見ながら、恭子がぽつりと言った。
「お姉ちゃんはいいな、マスコミで働いてて。」
「何よ急に。記者なんて普段から忙しい上に、大事件ともなったら徹夜続きよ。労務管理がしっかりしてる大手メーカーが羨ましいわ。あーあ、生きてるうちに海外旅行に行けるかなあ。」
「でも、取材したニュースがテレビで流れるわけでしょ。世の中動かしてるって実感できて、やりがいありそう。」
「そりゃあ、自分の仕事が世の中に流れて、Twitterとかで話題になった時には社会に影響を与えられた感覚はあるよ。でも、恭子だって世の中を支える企業でちゃんと働いてるわけじゃない。マスコミみたいにすぐ目に見えるわけじゃないけど、その仕事だって世の中を動かしてるはず。それで十分凄いことだと私は思う。」
「私も理屈では分かるんだけど、でもめちゃめちゃこの仕事がやりたくて今の会社に入ったわけじゃないし……。ベンチャーに入ったり起業した友達と繋がってるんだけど、インスタとか見てるとキラキラしててちょっと羨ましいんだよね。充実してそうっていうか、皆に自慢できそうっていうか。それに比べたら私なんて、典型的な日本企業に入っちゃって、ネットで自慢できるような派手な仕事してるわけじゃないし。もちろん会社としてはいい部分もあるんだけどね。」
「ベンチャー組とか起業組がキラキラしてるのは分かるけど。あっちはあっちで大変なのよ。上のポジションに行かない限りは大手企業に給料で負けることは多いし、仕事の負荷も高いしね。一時期やりがい搾取って言葉が流行ったけど、仕事に強い思い入れがないと辛くなっちゃうこともあるんだと思うよ。結局どの道もメリット・デメリットがあるから、一概にどれがいいとは言えないね。まあ、あなたも若いんだし、自分を見つめ直して転職するのもいいかもね。」
「そうだね、就職の時の自己分析とか大嫌いだったけど、やりたいことを考えてみるのは大事なのかも。」
その日はそのくらいのやり取りで終わったが、それからというもの、何度か同じような悩みを聞かされることになった。陽子はその度に自己分析と転職の検討を勧めていたが、恭子はというと、キャリア関係の勉強会や交流会には出入りしていたものの、一向に転職活動を始める気配がなかった。このため、よくある若手の悩みだろうと思っていたのだが、半年ほど前に会った時には恭子の様子が変わっていて驚いた。その日は、恭子に最近引っ越したから遊びに来てほしいと言われ、吉祥寺でタイ料理を食べた後三鷹に向かったのだった。年に数えるほどしか会わず、そんな用事で呼ばれたこともなかった陽子は少し驚いたが、たまにはそんなこともあるだろう、と思い会いに出掛けた。三鷹駅の南口を出て、十分ほど川沿いに歩いた先に恭子の引越し先はあった。外観は小ぶりのデザイナーズマンションといった佇まいで、四階建てのアパートの壁が白く塗られている。入り口上には「SHARE APARTMENT MITAKA」と書かれていた。陽子は、入ってすぐに普通のアパートとは作りが違うことに気付いた。広い共用部が準備されており、大きめのキッチンの先には三十畳はありそうなダイニングスペースが広がっている。そこにはテーブル二つとソファ、テレビが設置されており、二十人程度が集まってもまだ余裕がありそうだった。陽子は推測をそのまま口にした。
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