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第三章 《襲撃》

三章2話 『心の中の汚泥』

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 昨日の失態についてエリスに謝意を述べる為に、玄関の大きな扉を開け外に出る。

 相変わらずとてつもなく広い敷地だ。

(ペントの場所は確かこっちだったよな……)

 玄関を右に曲がり、進んで行くと木製の柵が見えてきた。
 その中では艶やかな毛並を携えた鳥たちが、一点に集まっていた。

 何事かと、ペント達が集まっている部分に目をやる。

 そこには赤く輝く髪を靡かせたエリスが立っていた。
 エリスはペント達に細かく切り分けた肉を食べさせているようだ。
 俺は穏やかな面持ちでペントを見つめている彼女に声をかける。

「エリス」

「んあっ!?」

 彼女はこちらを視認した瞬間顔を真っ赤にして、後ずさった。
 どうやら昨日の俺はしっかりと警戒心を植え付けてくれたらしい。

 容易くこの警戒を解くことは出来ないだろう。

(まずは謝らなければ……)

 そう考え謝罪の言葉を紡ぐために口を開こうとした。

「お、おはようカガヤ」

 意外にも先に口を開いたのはエリスの方だった。口を聞いてもらえない事も考慮していたのだが。

 一度咳払いをして、挨拶を返す。

「おはよう。えーと、昨晩の事だけど……」

「う、覚えていたか。まあ……お前は酔っていたし……気にしていないよ」

「な、なら良かった……」

 エリスは顔を赤らめ伏し目がちに、もじもじとしている。

 何か妙だ、エリスの態度はどこかおかしい。

 抱きついた事は確かだが、彼女の短い期間の印象を鑑みるに一度怒られるくらいはするはずだ。

 首筋に汗が滲むのを感じる。

「エ、エリスさん?」

「……なんだ?」

「昨日の事について確認してもいいかな」

「なっ?!……いや、そうだな。すまない私の返事がまだだった」

(返事?何のことだ?俺は何か会話をしてたのか?)

 いまいち要領を得ない物言いに首を傾げる。

 そんな自分を差し置いてエリスは恥ずかしそうにしていたが、やがて自らの顔を両手で叩くと快活にを告げた。



「お前の婚約の申し出については、了承した!

 ─────これからよろしく頼む!」


「な」



(なんだってぇぇえっ?!!)



 心の中で絶叫した。

 どうやら昨日の俺はとんでもない事をやらかしていたようだ。

 《…………キュウ》

 柵の中のペント達は二人の事を意に介さず、食後の睡眠を取り始めていた。



 ◆



「な、ななな」

 まさか、酔った勢いで求婚しているとは!
 しかも了承されるとは!
 異世界には恋愛モノやハーレムが多いのは承知していたが、まさか自分がその被害(?)に遭うとは!


 俺は魔獣に相対した時よりも困惑しているのではないかと、エリスはそんな俺を見て怪訝な顔をした。

 しかし、すぐに何かを理解したのか得意気な表情になった。

「分かったぞ。カガヤ……お前は私と婚約出来た喜びに打ち震えているのだな!」

 ふふん、とふんぞり返る。
 顔が赤いのを見るに先程までの恥じらいはまだ残っているらしい。

「そ……そうそう!いやー、マジで嬉しいです」

「嬉しい!ほ、本当か?!良かった……酔った勢いで言われた物だと思っていたんだが……昨日は怒ってしまってすまなかったな」

(ヤバい……!)

 取り繕うにしても最悪だ。
 言葉を間違えまくってドツボにハマりまくっている。
 喜んでいるエリスを見て、嘘をついている事への罪悪感が累積していくのが分かる。

「そ……それでな、カガヤ」

 内心の焦りを隠そうとしていると、ずいっとエリスがこちらに近ずいてきた。

「その、もう一度あの言葉を聞かせてくれないか?」

「あの……言葉?」

「そうだ!昨日は周りに人がいたから……ちゃんと聞かせて欲しいんだ」

「えーと……」

 恐らく、何かプロポーズに匹敵する文言を口走ったのだろう。

 しかし─────

(……くっ、覚えてない!)

 二十年近く生きてきてほとんど女性経験が無いと言うのに、ここまで彼女を籠絡させているのは何事か。
 俺は何を口走ったというのだ。

「……まさか、覚えていないのか?」

「いや、覚えてる覚えてる!えーと……」

 自分の灰色の脳細胞をフル稼働させる。そして思いつく限り最高の口説き文句を導き出した。

「俺のために毎日、味噌汁を作って下さい」


「……なるほど、分かった」

「分かった、って……」

「お前が覚えていないという事が、分かった」


 周囲の空気が熱を帯びた気がした。エリスは杖を取り出した。


『我が炎は─────』


 ◆


「本当にすみませんでした」

 俺は魔法で吹き飛ばされた後、正座しながらエリスに許しを乞うていた。
 エリスは腕を組んでプンプンと怒っている。

「まったく、覚えて無いなら無いと最初から言え!この酔っ払い、ろくでなし、バカ馬鹿!」

「もっともな意見にぐうの音も出ません……」

「はぁ…………もういい、どうせそんな事だろうと思っていたんだ」

 エリスは長い溜息をついて、どこか寂しそうな顔をしながら杖を仕舞う。

「魔獣から助けてもらった恩もあるし……この事は水に流す。お前ももう忘れ、いや覚えていないのか……まったく本当に!」

「すみませんでした……」

 水に流すと言いつつも、怒りが冷めやらぬ様子の彼女に平謝りしていると、空から小さな鳥が飛んできた。

 その鳥はエリスの肩に止まった。

 よく見るとその鳥は紙のような身体していて─────、

「む、伝令鳥か」

「伝令鳥?」

「そうだ……もう立っていいぞ」

 その言葉に甘え、正座を解き、痺れる足を揉みほぐしながら立ち上がる。

開けバート

 そうエリスが唱えると鳥はパタパタと音を立てて身体が広がって行く。

 そして二、三枚の紙面へと姿を変えた。

 彼女の隣に立ち、その紙面を見ると見慣れない形の文字が羅列している。

「……なんて書いてあるんだ?」

「ん?お前の世界とは言語が違うのか?言葉は通じるのに……不思議な違いだな」

 言われてみれば、確かにそうだ、

 単純に同じ発音なのか、何らかの不思議翻訳パワーが働いているのか。

(いずれにしろ、読めないのは問題があるな……)

 この世界の文字については少し勉強しなければならないようだ。

「なっ?!」

 紙面のある部分を見ると突然、エリスが声を上げた。

「アルツの住民が……全員死亡!?」

「アルツ?なんだそれ?」

「ここから南に存在する町だ!……魔獣の出現が原因と思われるが詳細は不明。連絡が取れなくなり王都騎士隊が到着した頃には全て……しかし、馬鹿な……」

「この村みたいに増えた大軍に襲われたって事か?……酷いな」

「そうかもしれないが、アルツには、憲兵隊や私の知る魔法使い達もいたんだ。アイツらが死ぬなんて……」

 エリスは信じられないと言った表情で、鞄から紙を取り出すと恐らく知り合いの魔法使いに宛てたであろう手紙を書き上げた。

届け、伝えよエピストラ

 そして魔法を唱えると手紙は鳥になり飛んで行った。
 エリスは、ふぅ。と動揺を隠すように溜息をついて柵に寄りかかった。

 しばらく沈黙が流れたが、やがてある決心をしてエリスに声をかける。

「なあ、俺に魔法の使い方教えてくれないか」

「……何故だ?」

「昨日の魔獣も、俺が魔法使えたらもっと楽に討伐出来たと思うんだよ。それに手の紋章の事も魔法と関係あるかもしれないしな」

「……確かに。今後お前が召喚士を探す際の障害が無いとも言いきれん。必要になる可能性はあるな」

 彼女は少しの思考の後に頷く。

「分かった。教えよう」

「おお!」

「ただし!イチからとなると大変な作業になるはずだ、覚悟しておけよ」

「え……マジですか」

 ふふふ。と不敵に笑う様子はまさに魔女と呼ぶのに相応しかった。


 ◆


 エリスと共に広場の噴水の側で向き合う。

「日常で使う細かい魔法についてはまた今度教えよう。まず、異世界から来たお前が魔法をそもそも使えるか。そしてお前が得意とする属性は何か?という部分を把握しなければな」

「なるほどな。属性は……《火・水・土・風》だったか?」

「基本的にはな、まずはこの紙を持て」

 エリスに一枚の紙を手渡される。
 いきなり魔法の書でも渡されるのかと思っていたのだが、一見何の変哲もない紙だ。

「これで何するんだ?」

「初歩的な魔法属性の確認だ。とにかくそれを持って、目を瞑れ」

 言う通りに、片手で紙を持ち目を瞑る。

「なんでもいい風景を思い浮かべろ。それによって紙が燃えたり水に濡れたり、様々な効果が現れる。……こんなふうにな」

 エリスがそう言うと同時に、その手に持たれた紙は燃え盛り一瞬で灰になった。

「火が使いたいからって闇雲に火を思い浮かべても意味が無い。お前の中で一番印象が強い風景、心の基盤となる部分だ。それがお前の属性に紐付けられている」

「なるほど……」

 言われるがまま目を瞑る、自分の基盤となる風景とは何なのか自分でも分からない。

 空を切る飛行機、高速道路を走る車軍、大きな山、荒れ狂う海、目が眩むような巨大なビル。色々な風景が頭の中に浮かんでは消える、どうにも考えが定まらない。

 不意に手の平の中の紙に違和感を感じた。

「どうやら問題無く魔法は使えるようだ。おっと、目を開けるなよ?そのまま続けるんだ」

 紙に何か変化があったねか、エリスは関心した様子だ。
 とにかく続けるしか無いようだ。


(俺の心にあるモノ……)



 誰かが自分の名を呼んだ気がした。



 ◆◆◆


 ─────ふと、

 俺は気が付くと何処かの屋上に立っていた。遠くに住宅街が見える。

「元の世界、戻って来た……のか?」

 辺りを見回す、エリスはいない。

「ここは……」

 違う、戻って来たんじゃない。
 これはどこかで見た光景だ。
 夕日がまるで自分の影を嘲る様に引き伸ばしてゆく。

 そして─────

 目の前の柵の向こうには誰かが立っていた。
 俺はそれを見ている。目が離せない。
 そしてはゆっくりと振り返り、


「だ───────」




 お前のせいだ




 ◆◆◆



「起きろ、カガヤ!」

 エリスの呼ぶ声にハッと意識を取り戻し目を開けた。彼女の表情からは焦りが伺えた。

 空が見える。背中に感じる地面の感触から考えるに、俺は倒れたらしい。

 声を出そうとしたが、胸を刺すような痛みが走る。

「か、は……」

「落ち着いてゆっくりと呼吸しろ、魔力の過剰な消費をしたんだ。お前は逆に、適性が

 自分の手に持たれた紙に違和感を感じる。

「しかも、お前の属性は少々……特殊なようだな」

 紙は歪み、黒く変色し泥の様に溶けて崩れていた。

「─────闇。

 それがお前の属性だ。魔法の中でも最も危険な属性だ。……どうやら教鞭をとるのは骨が折れそうだな」

 エリスは呆れた様に言う。

 俺はその言葉を聞きながら手の中で崩れて行く紙片を、ただぼんやりと見つめていた。
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