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秋
しおりを挟む秋は相変わらず猫の姿でベッドの端にちょこんと香箱座りしていた。
数日前に私が夜のお誘いを断ったことをまだ忠実に覚えているんだろう。果穂は複雑だった。自分の意思を尊重してくれて、無理に体の関係を強いらず待っててくれるなんて、なんて健気。健気だけども。あれは『子作り』が目的だと果穂が勘違いしていたから断ったのであって、こうしてお互いの想いが通じ合った今は別に抱かれても…いや寧ろ「強引に迫られたらどうしよう!」なんて浮き足だってすらいたのに。
こちらからOKサインを出そうにも、猫に向かって色仕掛けってほんと難しい。猫にソワソワ話しかける自分を一旦頭で想像するが、どう転んでも頭が湧いたみたいにしか見えなくて果穂はげんなりした。
とりあえず大きな黒猫の側に座りその頭を掻いてやる。秋は嬉しそうに顎を宙に向け目を細めた。ゴロゴロと喉を鳴らす音がヒーリングBGMのようで荒んだ心を癒した。…まあ、こうして猫の秋とまったりするのも悪くないよねぇ。猫がへそ天状態でゴロリと横になったのを見て果穂も隣に寝転がった。フワフワの毛を撫でながら自分の鼻先を秋に近づけて顔でもその感触を味わう。大きなモフモフの隣で微睡むのは最高に気持ちが良かった。そういえば秋も『そういう展開』を避けるために猫のまま寝るって言っていたし、猫の姿だと性欲沸かないのかな。腕を回して秋を抱き込みながら果穂は「それでもいっか」とうたた寝を始めるところだった。
腕の中の温もりが突如ピョンッと勢いよく逃げていく。テテテテと静かな足音共に秋がベッドルームから出て行ったのが分かった。…秋、どこいくんだろう。一瞬意識が浮上したがまた再び思い瞼が下がったとき、ふと唇を重ねられて果穂は起こされた。
「…ね、あんまり俺を刺激しないで」
目を開くと視界に入ったのはじっとり欲に濡れた秋の瞳だった。彼の長い前髪が果穂の頬を擽る。たまに果穂は分からなくなる。あんなモフッと丸くて可愛らしい、瞳の大きな長毛の黒猫と、顎のラインがシャープで首筋も腕も筋張った雄々しい秋が同一人物だなんて。果穂は猫型と人型の秋それぞれにいつも別のイメージを抱きながら接しているけど、秋からしたらいつも同じ『私』なんだろうか。眠気で思考がふわふわしている果穂に秋は静かに問いかけた。
「折角我慢しようとしてるのに、あんまりベタベタされたらいくらなんでも堪えられなくなるよ。いいの?襲うけど」
今から襲います!なんて宣言する夜這いがどこにいるのよ。果穂はふふと笑いを漏らして秋の首に腕を回した。
「なんだ、待ってたのに…襲ってくれるの」
我ながら大胆なこと言ったなと、言い終えた直後に思ったが後悔をする暇は与えられなかった。さっきの何倍も激しい口付けが降ってきて息継ぎをすることだけに必死になる。何度も角度を変えながら唇を重ね続ける秋はゆっくりとベッドに上がった。両手を果穂の脇の下について、上半身を近づける。熱の籠った唇と口内を掻き回す舌に酔わされるようだった。
「…秋」
吐息を漏らして名前を呼ぶと、秋は果穂の頬を撫でながら応えた。
「いい?…もう止められないけど」
心地の良い低音が体に沁みるようで果穂は少し涙目になった。悲しいことも切ないことも何一つないのに湧いた生理的な涙だった。また秋を誤解させるかもと身を捩って涙を拭おうとしたが、秋が果穂の目尻に口付けをして落ち着かせるように言う。
「本当に嫌だったら言って」
いつもと変わらないその優しい微笑みなのに、瞳が情欲を孕んでいて果穂は目が離せなかった。
アルコール度数の強いお酒を一気に煽ったみたいな酩酊感。果穂はずっとクラクラしていた。秋の触れ方はやっぱり優しくて、壊れ物を扱うみたいだ。大きな掌に胸が包まれて揉みしだかれると小さく声が漏れた。キスを散々繰り返した唇は次に鎖骨を滑ってはたまにジュッと肌に吸い付く。気持ちいい…けど、
「あ、秋、そこだと見えちゃうから…」
「見せれば良いじゃん」
仕事中の制服はデコルテが少し見えるカッチリした仕様だ。ただでさえ胸元に下がるダイヤが今後視線を集めてしまうはず。
「ダイヤとキスマークの両方つけてたら流石に悪い虫はつかないよね?」
大人びた表情で秋は独占欲丸出しのことを言う。
「…ずっと昔から果穂は俺のだよ」
胸の横にもまた残る跡を複数つけた後、それよりは少し手加減した力で頂に吸い付いた。思わず仰反る果穂の腰に腕を回し、逃げられない様に抱え込まれる。
「んぁっ!…いやぁ」
「果穂は左の方が好きなんでしょ?前回で学んだから知ってる」
嬉しそうに言いながらまた舌を絡められて身体が熱に包まれる感覚だった。果穂の顔の隣に肘をつくと秋は反対の手を果穂の下半身に滑らせる。全裸の自分に羞恥心が限界突破していたが、それ以上に快楽と花が咲き誇るような笑顔を向けられて果穂は息の根を止められそうだった。内股をそっと指で撫で上げられる行為にすら過敏に反応してしまう。秋はその中指を一度口元へ寄せると、果穂に見せつける様に舐めた。人差し指と薬指が果穂の奥を開いた瞬間、のたうち回りそうな恥ずかしさと同時に期待感が押し寄せる。唾液で濡れた中指が侵入して、その圧迫感を喜ぶ様に迎え入れた。
「…はぁ…っ、あぁ…」
「前よりきついね…気持ち良さそう」
中の指がくの字に曲げられた瞬間、とうとう涙が溢れる。欲しくて欲しくて仕方なかった刺激にもう恥じらいはどこかへ吹っ飛んでしまった。秋の指は以前の様に探り探りではない。目指すところを心得ているかのように迷いなく奥へ進み、果穂が一番弱い一点を狙い撃ちしてくる。小刻みに動く指の腹に的確に刺激を与えられて視界がチカチカとしてきた。
「んぁっ!いや、そこ、…むりぃっ」
「ここが好きなんだよね」
止まらない手の動きとは裏腹に穏やかな表情に覗き込まれて果穂はただ喘いだ。果穂の変化を一ミリたりとも逃さないとばかりに見つめる秋の目は色欲に溢れていて、ただ不思議な魅力に引き込まれた。
あっという間に絶頂へ駆け上がる果穂を見ながら秋はその頬にキスを落とした。グチャグチャと中を掻き回す指を速めたかと思うと、果穂がイきそうになる直前に中から引き抜く。
「……あ、秋…?」
期待が外れて呆然とする果穂を尻目に秋は自身のものを指の代わりに叩き込んだ。指とは全く異なる質量と勢いに果穂はあっという間に追い上げられて達する。
「まだ挿れただけなのに。イキ過ぎるとこれから辛くなっちゃうよ」
確信犯のくせに意地悪く笑う秋。下腹を痙攣させながらぐったりする果穂に覆い被さると遠慮なく腰を動かし始めた。
「ん゙ん゙ぁ!待って…まだ…っ」
「はあ…、気持ちいいね、幸せ」
うっとりと欲を孕んだ瞳を細めて秋が破顔する。秋が腰をぎゅっと奥まで進める度に果穂の腰がビクビクと跳ねた。その様子を秋はじっとり視姦するように見下ろしながらも腰使いは止まらない。パチュパチュ肌と肌がぶつかる音がして、その度に果穂の奥を強く穿つ。秋のとろりとした甘い顔に反して容赦のない抽送が堪らなく狂わせた。
「あっ、あ、…まって、そこ…!」
「ここがイイの?」
少しでも隙を見せると、果穂の膝裏に腕を回して体勢を固定されより弱いところを突かれる。先端が奥をノックする感覚も、内壁をズリズリと押し上げて抜き差しされる感覚も全てが悦かった。果穂は何度か絶頂に追い上げられるが、その間も止まない責めに最早区切りのない快楽の中に堕とされて、具体的に何回イッたのか自分では分からなくなっていた。
秋にふいに片手を差し出され、無意識にその手を取る。まるでエスコートされるように上半身を引き上げられると、果穂は秋の上に半分乗っかる様な体勢になった。自分の体重が掛かって、体内にいる秋のソレがぐっと自分の奥を抉る。
「うあ…っ、や、あきぃ…!」
「子宮が下りてきてるの分かる?…ほら、奥擦れそう」
そう言いながら腰を前後に揺すられて言葉にならない嬌声しか出なかった。果穂の手首を掴んだまま秋は更にストロークを重ねる。文字通り、果穂の腰が秋の上で跳ねさせられた。秋の左腕がその果穂の腰をぎゅっと抑え込み、秋は荒い息を吐きながら苦しそうに眉を顰める。先程までの柔和な表情から一変して、快楽に呑まれるその顔は恐ろしく官能的だった。思いの丈をぶつけるかの様に腰使いを速めながら、秋はうわごとみたいに名前を呼んだ。
「……果穂…っ」
その名前がアメリーではなかったという、そんな簡単なことに果穂はキュンと胸を弾ませる。秋に余裕がなくて熱に浮かされた様な顔をさせられるのは私だけなんだ。そう思うと充足感が強くて、私も独占欲が強いのかもと果穂は一人思った。
重なったまま再びベッドに押し倒される。一突き一突きが重くて肌のぶつかる音が鈍くなっていく。タンタンと低い音を鳴らしながら秋がトドメをさすような動きに入る。果穂が大きく喘ぎながら首を振るのを間近で眺めて、最後な強く打ち込む。
「…んぁっ、あっ、あっ、秋…っ、あ゙ぁん…ひぁ…っ!」
果穂は大きく全身を痙攣させ、秋はその中に精をどっぷりと吐いた。荒い呼吸を整えながら果穂の上に崩れる秋を抱きしめる。秋の頸に伝った汗が果穂の手を湿らせて「え、エロ…」と全てを終えた今更ながらに思った。
秋は何度も果穂の顔にキスを散らし、上半を起こすと落ちていた前髪をかき上げた。
「ごめんね、今夜は寝れないの覚悟して」
「…は?」
汗ばんだ首筋を自身の手首で拭い、秋は手早く自分の髪を団子に纏めた。その姿は、人が本気を出した時の袖捲りと似たようなニュアンスに見えなくもなかった。
「俺のためにもう少し頑張れるでしょ?」
その『もう少し』という言葉は『あともう一回だけ♡』なんて意味からかなり遠いニュアンスに聞こえる。
おいおいおいおい。
待て待て一回の中でこんだけイかされてグッタリしてるのに、あと何回戦する気?体力持つわけない!
「サカリのついた猫かよ!猫だわ!」
果穂の自虐的な自問自答は奇しくも猫本人に伝わらず、果穂は朝焼けが白む時間になるまでひたすらベッタリと愛され、絶頂に追い上げられ続けた。
何度も秋の精を中に受けたあと、意識を手放した果穂は夢を見た。
シンと静かな樹海の奥、小さな古い石造の家で果穂は乾燥させた木の実を石臼で引いていた。カウンターの上には無数の薬草が散らばっていて乱雑した空間だったが、果穂はどの草をどの薬に調合すべきか全て把握していた。
樹海の高い高い木々から漏れるように入る太陽の光は柔らかく、夏を越したことを知らせている。もう直ぐ秋だな、果穂は窓の外を見て思った。同居人が増えてからは毎年冬に備えて用意する干し肉の量を増やしている。今年もそろそろ始めなくては。
傍には黒い猫がいた。
目を瞑りゴロゴロと喉を鳴らすその猫は決して果穂の作業の邪魔をしない。
二人きりの静かで心地良い空間に、夢の中の果穂は『ずっとこのまま時間が続けばいいのに』と願った。
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