12 / 15
美女と肉食獣
しおりを挟む「やっぱがっつき過ぎたよな…」
独り言を言いながら自動ドアを潜った瞬間、
たまたま入口の近でディスプレイ確認をしていた石田は秋を見るなりげんなりした顔をした。
「…お前、俺のことをお悩み相談室の人間か何かだと思ってるだろ」
微かにジャズが流れるフロア、宝石が詰まったショーケースに囲まれた二人きりの静かな空間で、石田はとうとう秋に対し店員としての態度を放棄する。
「違うよ、ちゃんと出来上がったネックレスを受け取りに来たんだってば」
そう言いながら秋は注文書の紙を取り出す。
自分に「友だち」という存在はアメリーと果穂以外にいなかったが、同性の「友だち」がいたとしたら石田とみたいな関係性になるのかな。石田がどう思っているかは知らないが、秋は石田が嫌いではなかった。
「はいはい。長尾が戻って来るまでにとっとと帰れよ」
適当にいなして注文書を受け取ると、石田は商品を取りにバックヤードに引っ込む。するとその奥から「キャー!やっだ超イケメン~私も出たいですぅ~」「えっ待ってこんなダイヤうちにあったの?!」とキャッキャする声が聞こえた。店内を見回すと天井に設置された複数の監視カメラに気付く。
…あれか。
秋は丸く出っ張ったそれに向かって笑顔で手を振った。その数秒後にさっきの倍の声量の黄色い悲鳴が漏れ聞こえる。
猫の姿の時から人間にキャーキャー言われるのは慣れている。秋はサービス精神が旺盛だった。
「お前そういうの良くないぞ」
石田が商品をトレーに乗せバックヤードから出て来ると半目で忠告した。
「果穂は今も休憩中だから、変わらず俺が来てるのはバレてないでしょ?」
「そういう問題じゃない」
仕上がった商品を目の前で秋見せながら石田は慣れた手つきでボックスをリボンで結び始める。手を止めず、石田は口を開いた。
「……で?これ持って長尾にプロポーズすんの?」
「いや、もうしたよ」
しれっと答えると少し間を置いた後石田は動きを止めた。
「えっ嘘だろ、今朝の長尾死にそうな顔で出勤して…ほんとにしたのか?」
「うん、果穂も同じ気持ちって言ってくれた」
「嘘吐くなよ。週末に同棲相手からプロポーズされた女の顔じゃなかったぞアレ…目が確実に何人か殺ってた」
「そう?ああ、そういや昨晩深夜に一人でシューティングゲームしてゾンビにひたすら撃ち込んでたかも。…でも果穂が荒れてたのは多分俺が先を急かしたからだと思うよ」
「はあ?てかプロポーズの前に普通の告白すらしてないんじゃ…まぁいいわ、具体的になんて言ったんだよ」
面倒くさそうな顔をしながらも石田は話を聞く姿勢を示してくれる。
「えー俺も必死だったから厳密にどう伝えたか覚えてないな。…えーと、俺のこと一番に考えてくれる?って聞いてー…あ、そのあとセックス誘った」
「おいクズ」
「え?」
「…待て待て待て、どうなったらその流れで長尾の『うん、私も同じ気持ち』みたいな同調を引き出せたのかマジで分からん」
問い詰められても細かい流れは覚えてないんだからしょうがない。肝心なのはお互いの気持ちが通じ合ったという事実だし、と秋は穏やかな満ち足りた気持ちだったが反して目の前の石田はとうとう頭を抱えた。
「お前やっぱりただのタラシでヒモじゃねぇか。タチの悪い男が、セフレ相手に優位に立ちたいが為に言う台詞だったぞ、今の」
「え、全然違うよ分かってないな。確かにプロポーズ直後のセックスは断られたし、俺も言い回しが上手くない所は認めるけど。だってずっと魔術師として生きて来て他人に告白するなんて概念すら無かったし、そもそもこんな形で人間を好きになるとは思ってなかったし、伝え方なんてそりゃ手探りにもなるでしょ」
「真面目な話の途中で急に魔術師設定になんのまじでやめて。聞いてて頭おかしくなりそう」
「え?…あ、そっか」
「あとセックスって恥ずかし気もなく言うのやめろ」
石田はあからさまにガックリと肩を落とす。ブツブツと『俺はブライダルジュエリー販売員ブライダルジュエリー販売員』と長めの呪文を繰り返した後、キッと俺を睨みつけた。
「いいか?恐らくお前の言葉は長尾に半分も伝わってないぞ。今のチラッと聞いただけだと、『ゆくゆく結婚してやるよ』をチラつかせて女を手玉に取るヤリモクホストみたいにしかお前は思われていない!」
「ヤリモクホストってなに?」
「五月蝿いな!だからそのプロポーズやり直せって言ってんだよ!
長尾が可哀想だから今回は仕方なく!この店で数々のプロポーズ助言を男たちにしてきた俺が理想のプロポーズ言葉を伝授してやる。…なんで俺が長尾とお前の橋渡しなんかしてんだよ!くそ、ちゃんとメモ取っとけ!」
「石田さん、いい奴だね」
店員用のペンとメモパッドを渡され、俺は大人しく石田の次の言葉を待った。
* * * * * * * * * *
なんか今日の店長、すごい優しかったな。
退勤後電車に揺られながら果穂は一人考えていた。
特に私が昼休憩から戻ってからは、店長は生温い同情の目で私を見ていた気もする。しかも『今日はお前は残業しなくていい』だって。いつもならその場にいる人間全員で商品の検品とかレジ締めでバタバタするのが決まりなのに。
最近非成約の接客が続いて成績がガタ落ちだからだろうか。仕事に関しては正直あんまり気にしてないんだけど。
早く家に帰される気遣いは嬉しいけど、どちらかというと今は家に帰ることの方が気が重い。大好きな秋に会えるのに複雑だ。
果穂は重い足取りでアパートの前に着いた。
歩道から自分の部屋の階を見上げて溜息を吐いたときだった。ふいに自分の部屋の扉が開き、中から秋が出てくるのが見えた。
…あ、秋だ。
最近秋には近所の買い出しも任せているし、本人だってずっと狭い部屋の中じゃ窮屈だろう。そう思って外出を特に止めず自由にしてもらっている。けれど秋は大概果穂が帰宅する頃には家で待っているので、この時間に外へ出るのは不思議だった。
…いつもより早めに帰って来ちゃったけど、この時間にいつも足りない食材でも買いに行くのかな。それなら荷物持ち手伝うか。
そう思いながら視線で追うと、秋はエレベーターとは反対方向に歩き出した。そして二つ隣のご近所の扉の前に立つとチャイムを鳴らしたのである。
『可愛い猫ちゃんですね』
出てきたのは黒猫の秋が玄関先で蹲る姿を見て褒めてくれたあのお姉さんだ。笑顔のお姉さんは秋を見て一層笑みを深め、秋の手を引いて中に引き入れた。
パタンと無情に閉まる扉。
一瞬の出来事で果穂は呆然とした。
「……相手乗り換えるの早くない?」
まず最初に出て来た感想はそれだった。
私がえっち断ったからご近所さんにシフトしたってこと?そんなに子供ほしいの?ていうか私が仕事してる間、ずっと二人で会ってたってこと?あのお姉さん多分秋のこと普通に二軒隣の人間だと思ってるよね?てことはお姉さんからすると近所に住む女の家へ転がり込んできた同棲男と浮気中って自覚もあったりする?
瞬時に数えきれない程の疑問が思い浮かんで、頭がパンク寸前になる。数分間アパートの前に立ち尽くした果穂はやっと冷静になったとき、一人思った。
…秋が他のお姉さんとあんなことやこんなことしてたらどうしよう。
死ぬほど嫌だ。
だって、秋は私のことが大切って言ってた。そこに恋愛感情がなかったとしても私を優先してくれるって思ってたのに。他の女性のとこに行かないで。
重い足取りでアパートの中へ入り、自分の部屋を通り過ぎた。たまに外廊下ですれ違う、美人で色気のある幾つか年上のお姉さんの部屋の前で立ち止まる。震える指でチャイムを押したが、誰かが出てくる気配はなかった。
静かな外廊下まで漏れ聞こえる声。何を言っているのかは聞き取れないけど、お姉さんの少し高い高揚したような声がざわりと果穂の何かを撫ぜた。
扉のノブに手を回すと扉は簡単に開いた。どうしよう。不法侵入。浮気現場の遭遇。修羅場。入って良いことは何一つなさそうなのに、果穂は足を進めてしまった。玄関に入るとお姉さんの悶える声と、秋の静かな声が聞こえて心臓がギリギリと締め付けられる。
靴を脱いで声のする方へそっと向かった。果穂の部屋より広いつくりで部屋が分かれている。途中通り過ぎたリビングには誰も居なかった。廊下の突き当たりにある部屋は扉が半開きで、絶妙に中が見えない隙間が果穂を手招いているようだった。
足音を立てないよう近づき、中を覗いて果穂はひゅと息を呑んだ。
ベッドにうつ伏せに横たわる、下着のようなサテン生地のキャミソール一枚の女性の上に、馬乗りになる秋が視界に入った。
「……秋」
果穂の震える声に勢いよく振り返った秋は目を見開いて固まった。
「…果穂…なんで?」
こっちの台詞だわ。
その言葉は喉がカラカラになって出なかった。
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
腹黒宰相との白い結婚
黎
恋愛
大嫌いな腹黒宰相ロイドと結婚する羽目になったランメリアは、条件をつきつけた――これは白い結婚であること。代わりに側妻を娶るも愛人を作るも好きにすればいい。そう決めたはずだったのだが、なぜか、周囲が全力で溝を埋めてくる。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
隠れドS上司をうっかり襲ったら、独占愛で縛られました
加地アヤメ
恋愛
商品企画部で働く三十歳の春陽は、周囲の怒涛の結婚ラッシュに財布と心を痛める日々。結婚相手どころか何年も恋人すらいない自分は、このまま一生独り身かも――と盛大に凹んでいたある日、酔った勢いでクールな上司・千木良を押し倒してしまった!? 幸か不幸か何も覚えていない春陽に、全てなかったことにしてくれた千木良。だけど、不意打ちのように甘やかしてくる彼の思わせぶりな言動に、どうしようもなく心と体が疼いてしまい……。「どうやら私は、かなり独占欲が強い、嫉妬深い男のようだよ」クールな隠れドS上司をうっかりその気にさせてしまったアラサー女子の、甘すぎる受難!
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
続・上司に恋していいですか?
茜色
恋愛
営業課長、成瀬省吾(なるせ しょうご)が部下の椎名澪(しいな みお)と恋人同士になって早や半年。
会社ではコンビを組んで仕事に励み、休日はふたりきりで甘いひとときを過ごす。そんな充実した日々を送っているのだが、近ごろ澪の様子が少しおかしい。何も話そうとしない恋人の様子が気にかかる省吾だったが、そんな彼にも仕事上で大きな転機が訪れようとしていて・・・。
☆『上司に恋していいですか?』の続編です。全6話です。前作ラストから半年後を描いた後日談となります。今回は男性側、省吾の視点となっています。
「ムーンライトノベルズ」様にも投稿しています。
隠れ御曹司の手加減なしの独占溺愛
冬野まゆ
恋愛
老舗ホテルのブライダル部門で、チーフとして働く二十七歳の香奈恵。ある日、仕事でピンチに陥った彼女は、一日だけ恋人のフリをするという条件で、有能な年上の部下・雅之に助けてもらう。ところが約束の日、香奈恵の前に現れたのは普段の冴えない彼とは似ても似つかない、甘く色気のある極上イケメン! 突如本性を露わにした彼は、なんと自分の両親の前で香奈恵にプロポーズした挙句、あれよあれよと結婚前提の恋人になってしまい――!? 「誰よりも大事にするから、俺と結婚してくれ」恋に不慣れな不器用OLと身分を隠したハイスペック御曹司の、問答無用な下克上ラブ!
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる