ゲーマー女、化け猫を拾う

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口下手と誤解

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『…私、秋のこと好き』

果穂はその一言を何度も脳内で反芻しながら帰路に着いた。キッチンにいつも通り秋が手料理を作る後ろ姿が見えてドキドキする。

「…ただいま」

いつも挨拶くらいは返してくれる筈なのに、果穂の声を聞いた秋は露骨にフリーズして油を注していないロボットみたいにこちらを振り向く。

「お、おかえり」

…ぎこちなさが今朝の5割増しなのは何故。告白のタイミングは今ではないと悟った果穂は静かに秋に近づくと、ぐつぐつと煮込まれる鍋の中を覗いた。

「ごはんできる前に先にお風呂入ろうかな?」

「うわぁっ!?…え?あ、う、うん、いってらっしゃい」

隣にに立った果穂に驚いた秋は後ずさる。露骨に距離を空けられて果穂はズキりさと胸が痛んだ。流石に物理的に逃げられたのは初めてなんですけど。

…もしかして私が秋のこと好きなのバレてる?そんでどう反応して良いのか困ってたりする?
湯船に浸かりながら、果穂は気が気ではなくなってきた。

えーーもうやだお風呂から出にくい、気まずすぎる。
いつもより長湯をして、気の進まないまま風呂場から出る。のぼせる手前まで温まった身体がまた汗を掻きそうで、部屋着のホットパンツに上はキャミソールを着てリビングに戻った。

「あ、果穂できてるよごは…ってちょっと!!」

「え?」

呼ばれた方へ視線を向けると、こちらから目を逸らす横顔は真っ赤だ。

「服!!」

「…着てるじゃん」

「そんな薄っぺらいのじゃ足りない!」

「暑いんだもん。秋だってたまに上半身裸で出てくるくせに」

一切こちらを見ようとしない秋は頭から蒸気が出ているような赤ら顔で、見るからに動揺していた。

「これからは俺も気をつけるから!その格好は流石に良くないよ!」

「…これでも2キロ痩せたんですけど。そんな見苦しい?」

「そういう意味じゃなくて…っ、なんか誘ってるみたいっていうか…!」

秋の言葉を飲み込むのに数秒掛かった。

…さ…?

「さ、誘ってないよ!誘ってるってなに?!誘うわけないじゃん!!何言ってんのっ!!」

なんでそんな急にアバズレ認定されてんの?ここ数日で秋の中の私のイメージ変わった?勢いに任せて必死に否定すると秋は何故か少し傷付いた顔をした。

「…わ、分かってるよ。いいから着て」

自分が着ていたカーディガンを脱ぐと手渡されて、果穂は大人しく従う。お化けのように袖がブランブランでダボつくそれは秋の匂いがした。

「…なんかその格好、それはそれで良くないね」

秋が眉間に皺を寄せて言う。いつの間に父親みたいなことを言うようになったんだうちの猫は。

「秋って私の保護者みたいだよね」

「……もういい。ご飯、食べよ」

すっかり気落ちしたような秋を見ながら、果穂は状況がよく飲み込めなかった。てか以前私を風呂に入れたとも言っていたよね?じゃあなんで今更キャミソールくらいでやいのやいの言うんだろう。








スクリーンの向こう側で、果穂は俺様系王太子に舞踏会を二人で抜け出さないかと誘われているところだった。ルシウス様という存在がいながら絶賛浮気中、王太子ルートの真っ只中だ。一方ゲーム機を置いた現実では、手を伸ばせば届く距離に好きな人がいるのに迂闊に近づくことさえできない。これが乙女ゲームなら自分の選択肢が3つに限られていて、選べば良いだけなのに。些細な言動一つが分岐点になる現実リアルはなんてハードモードなの。

ソファの端に座って長い脚を組む秋は静かに推理小説を読んでいるところだった。人間ていうのはその顔立ちだけでなく頭身含めて芸術的な美を発揮するんだなと果穂は思う。

…ビジュ

しかしそれとは別に、自分との間に空いた人一人分のスペースが肌寒く感じさせた。

「…推理小説、面白い?」

無難な話題を投げかけると秋は「ん?」と返事をして果穂を見やった。

「面白いよ。殺ったの殺ってないだの言い争いする登場人物たちのくだらなさが人間味溢れてて」

「着眼点が作者の意図と違うな、犯人推測してあげて」

こうやって普通に会話はできるのに、なんで以前みたいな空気感に戻れないんだろ。果穂はゲーム機を隣に置いて身体ごと秋に向き直ると両腕を大きく挙げた。

「…ねぇ秋、ぎゅってして」

いつもみたいに。

「…え、むり」

秋に拒否されるダメージはでかい。でもここ最近やたら避けられているのは自覚していたからこんなことではめげない。

「私のこと怒ってるの?嫌いになった?」

「嫌いになんてならないよ、絶対にない」

「じゃあ私と一緒に生活するにあたって何か嫌なことが言ってよ……秋と仲悪いままは嫌だよ」

目の奥の涙腺が刺激されそうなのをぐっと堪えながら秋に訴えた。秋は戸惑ったように果穂を見つめる。栞を挟み忘れたまま、手の中の小説は閉じられた。

「…俺のこと気持ち悪いって思わない?」

「なんで!?そんなこと思うわけないじゃん!あ、でもここまで来て実は普通の人間で、挙句重度のストーカーでしたとかだったら相当キモい!」

「いやそういうのじゃないけど…」

そう言いながら秋は視線をキッチンへ向けた。すると一人でに湯沸かし器のスイッチがつき、棚からマグカップが二つ、宙に浮いて棚に着地する。コンテナからインスタントの珈琲がスプーンでマグカップに移されるのを見て果穂は目を剥いた。

「ほらね、一応人間ではない」

「し、知ってたけどね…」

目の前で猫に変わるのだって見てるし。…てか手を使わなくても家事できたんだね。

「なんて言っていいのかな…上手く説明できるか分かんないや」

秋は一生懸命言葉を選ぶ素振りを見せた。

「…俺はずっと果穂のことを見守ってきたし、果穂のこと誰よりも大切に想ってるつもり。だから果穂の元彼たちのこともよく知ってるし、それぞれなんで別れたのかも把握してる。
その時はそれで良かったんだよね。楽しいことも辛いこともそいつらが果穂の人生の彩りになるならって、特に気にも留めなかった」

「…う、うん?」

…話の流れが読めない。なに、ずっと一人娘を見守ってきた父親のような気持ちなんだぞってこと?

「それで…最近考えたんだ。例えば果穂に俺以外の使い魔がもう一匹いたとして、俺はそいつを邪魔に思うのかなって」

「…」

私もしかしてまたもう一体妖怪を拾う可能性ある?

秋の言葉一つ一つに邪念が浮かぶが、たどたどしく一生懸命説明しようとする姿を見ると茶々入れはできなかった。果穂は代わりに両手を膝の上に置いて大人しく続きを聞く。

「…考えたけど、やっぱりそれは違うんだ。果穂に使い魔がもうあと一匹いようが十匹いようが、俺は動じないと思う」

「私は動じるかな」

こんな狭いワンルームに人間爆破できる妖怪があと十匹もいたら気が気でないんですけど。

「えっと、だからその、俺の気持ちは最早使い魔としての感情ではなくてそれ以上というか…いや、使い魔として果穂を護りたい気持ちは変わらずあるし、逆に果穂が嫌がるようなことは絶対したくない。だから表現が難しいんだけど…」

「…うん?」

秋は小さく深呼吸して言葉を続けた。

「俺のこと、一人の人間として見てほしい」

「…うん……ん?」

返事をした後果穂は秋の言葉をもう一度咀嚼しようとした。言われなくても秋は結構『人間』だが。流石にもうペットの可愛い可愛い猫ってだけの存在ではない。最早人間の『男』いう部分を意識しすぎて恋しちゃってるまであるんだが。

話の流れを整理すると、秋は私のことを自分の子供みたいに大切に想ってて、使い魔っていうか最早同じ種族と思ってほしい的なことを言いたいらしかった。

「俺、石田に果穂を取られるのは嫌だって思ったんだ。果穂があの人間に抱く感情も全て俺が独占したい」

すごく真剣に訴えてくれる秋。え、なに?石田に嫉妬してたってこと?てかなんで石田のこと知ってるんだっけ?

果穂は頭の中に店長の顔を思い浮かべた。石田への感情か…。
同じ会社の同僚…同期入社…ホラゲ仲間…飲み友達…戦友……総括すると強い仲間意識ってところか。
ぐるぐる思考を駆け巡らせている間に湯気の立ったマグカップが二つ宙に浮いてやって来た。そのうちの一つを受け取り、果穂は口をつける。ほろ苦いカフェラテが疲れた脳にピリッと刺激を与えてくれる。果穂の中で思考がまとまった瞬間だった。

…つまりアレか。
私が外で仲の良い仲間がいることが寂しいんだな。魔女と使い魔みたいな契約関係を超えた、家族のような結束意識をもっと持って接してほしいってことか。それならさっきからやたら父親面していたのも合点がいく。それでここ数日拗ねてたってことかな。

「不安にならなくても私はもう既に秋のことが誰よりも大切だよ」

「…!」

その言葉に反応して秋は驚いた表情を見せた後、顔を赤らめた。きっとずっと独りでアメリーを待っていた秋は淋しかったのかな。そう思うと自分の抱く恋愛感情が邪心に思えて来て今更切り出せなくなる。

「果穂……!これからもずっと一緒にいてくれて、俺のことを一番に想ってくれる?」

「勿論!一緒にいるし、秋を一番に大事にする!」

大丈夫。秋の最後の瞬間まで一緒にいるって約束する。言葉には出さなかったが果穂は心の中で誓った。

私、飼い猫に甘えられ頼られているんだ。なんて愛らしいんだろう。秋は器用だしクールな性格だと思ってたけど心細い一面もあったんだね。
失恋と胸キュンを同時に味わいながら果穂は微笑んだ。人間として見てほしいなんて無理をしなくても、猫の姿だって充分秋を家族として見ているのに。

「これから秋はなるべく人間として生きていこうとしてるの?別に黒猫姿も私は好きだよ」

「い、いや、でもその…人間の身体の方がシやすいしさ、」

「……ん?」

「一応生殖機能も問題ないと思うし…試してみる?」

ただでさえ仕事終わりのオーバワーク脳。
果穂は突如秋が外国語を喋り出したのかと疑った。

…な、なんて?

「せ、生殖機能?」

「あ、いや、子供は別にゆくゆくでもいいんだけど」


………家族ってそういうこと?増やしたいってこと?

子孫繁栄。

種族保存本能。

繁殖期。

家族愛とも恋愛ともかけ離れた現実的な単語が頭の中に浮かんでは消えていく。
寂しい化け猫は『家族』を増やして子孫に囲まれたいらしかった。

いや、猫としては当然の考えなのかもしれないけど!それって私に言うこと!?とりあえず周りにいる雌が私しかいないから白羽の矢が立った的な!?

「…いっそ動物病院まで抱えて行って矯正させんぞ」

「えっ、…も、もしかして急すぎた?」

凄む果穂にきょとんと秋は首を小さく傾げる。果穂の態度が急変した理由も察せていない様子だ。

そうか、秋は悪気ないんだな。
確かに私がもし秋に恋愛感情なんてなかったら笑って流せていた話なのかもしれない。果穂は力無く肩を落とした。

「……疲れた、寝る」

「え、あ、果穂?ごめん、無理矢理にとは思ってないんだ。いくらお互い同じ気持ちでも急には求めすぎた」

ベッドで不貞寝する果穂の傍に腰を下ろすが、秋は決して隣に寝転ぼうとはしない。

「……秋は寝ないの?」

「う、うん…猫の姿で寝るよ。その…人型だと我慢できなくなりそうだし」

「…おやすみ」

以前果穂に触れた時は性欲なんて無さそうな素振りだったくせに。子孫繁栄を意識した途端発情期到来か。果穂はぎゅっと目を瞑って自分の気持ちを落ち着けようと努力した。


…やっぱ私好きになる相手間違えてるわ。

恋愛感情の「好き」なんて、人間だけが抱える感情なんだよきっと。
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