ゲーマー女、化け猫を拾う

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狼と狐

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ブライダルジュエリーの販売員とは
常に幸せな人たちに囲まれたお仕事である、

……筈だ。

入籍を目前にしたカップルと対面する果穂はダラダラと冷や汗をかいていた。カップルの女性が大泣きしてしまい、その婚約者と果穂は各々狼狽えている状況だった。

「彼のご両親に結婚を認めてもらえなくて…っ!私が三流大学出身だからっ!」

「そ…それはお辛い」

果穂は相槌を打ちながらチラリと男性を見やったが、自身の両親を説得できなかった罪悪感からか彼は気まずそうに視線を逸らしている。

「気晴らしにって彼に言われて結婚指輪を見に来たけど、やっぱりふとした時に電話越しのお義母さんの声を思い出してしまって…未だ会ったことすらないのに…。
もうこれからずっと会ってもらえないかもぉ…っ」

「母さんには俺からちゃんと話すから、取り敢えず気を落ち着かせて指輪見よ?…お姉さん幾つか見せてもらえますか?」

「勿論です」

愛想よく応えながらも果穂の脳内では女性にエールを送る気持ちと、『指輪見てる場合じゃなくない?』と困惑する気持ちが同居していた。

結婚て大変なんだな。
結婚する相手を見つけるまでがまず前途多難だと思っていたけど、まさかそれ以降も障壁が立ちはだかるとは。

…私死ぬまでに結婚できるのかな?
なんか話を聞く限りじゃ前世でも結婚してなさそうだったけど。私魂ごと結婚に向いてないとか?なんなら前世も今も結婚どころか男の影すらない感じだしさ。そこまで考えて、ふと秋の顔が思い浮かんだ。…あれを男とカウントしていいのかは不明だけど。

泣きじゃくる女性を宥め、他人の人生設計の相談に乗りながら果穂自身も自分の今世について思い悩んだ。

あ゙ーなんだか飲みたい気分。






「だからって職場の店長を気安く飲みに誘うなよ、上司だぞ一応」

「いいじゃん同期なんだし」

果穂の上司は本日羽織っていたフランネルのジャケットを丁寧に隣の椅子に置き、ワイシャツの袖を捲りながら愚痴をこぼした。同期の果穂は知っている、その仕草は本人も飲む気満々の証拠だ。

家では秋が待っている、それは重々理解している。だからほんのちょっと軽く引っ掛けるだけ。家で秋と一日の出来事について話しながら晩酌するのも楽しいが、やっぱりストレスを発散する飲み方は職場の同僚との無礼講に限るのだ。

「珍しいじゃん長尾から誘ってくるの。最近は毎日定時になったら一人真っ先に帰るのにさ」

「えー?あー…まあね」

「彼氏でもできた?」

「……残念、ペットは飼い始めた」

店長、もとい石田は「へぇ!」と食いついた。

「何飼い始めたんだよ、沢蟹?」

「飼い始めた沢蟹の為に毎晩真っ先に家に帰るようになる独身女とか嫌じゃない?猫だよ」

訳アリのね。

「ふぅん?猫飼ったならもっと人相柔らかくなりそうなもんだけど。なんで逆にささくれ立ってんの?」

流石は石田、接客で磨き上げたこの洞察力よ。果穂は運ばれて来たジョッキを一気に煽った。

「まあ…なんか気になる人ができてさ」

石田は冷やしトマトに伸ばす箸をピタリと止めた。

「………へー」

突然の棒読み。まあ、人様の恋愛なんてメンズは興味ないのかもだけどさ。

「石田はさ、例えばだけど好きになった人がその、ん―…例えば、例えばだよ?妖狐だったらどうする?」

「は?よう子って誰」

「違う、ほら、狐の妖怪のこと!九尾の狐とかいうじゃん!」

頭の中に様々な妖怪を思い浮かべて厳選した結果が妖狐ようこだった。だって河童や塗壁じゃあなんか恋愛話に持って行きにくいし。いや、秋は妖怪じゃないんだけど。

「お前ゲーム脳すぎない?次は妖怪キャラ推してるって話?」

ドン引きする石田にあわてて否定する。

「違う!えっと、だから比喩だってば!普段から優しくて凄く自分に尽くしてくれるのに、どこか掴みどころがなくて、何考えてんのか分かんないマイペースなとことか、自分と感性が違うところもあって、そんなところがまた良い…じゃなくて、こっちはその人がすごい気になってるのに相手から全く恋愛感情を持ってもらえない、妖怪みたいな相手ってことよ!」

石田は訝しむように眉を寄せ聞いていたが、果穂が言い終わるや否や言葉を挟む。

「そんなん脈無しだろ、やめろやめろ」

「や、やっぱり?」

「そいつが相当鈍いか上手く利用されてるかのどっちかだな」

「利用…はないとは思うんだけど、まあ眼中にはないよねぇ」

石田はトマトをキンキンに冷えたビールで流し込んで、果穂に言い聞かせるように言った。

「いいか、恋愛は二次元か地に足ついた男のどちらかにしとけ。例えば職場の同僚とか、そういうのだよ」

「…職場ってうちの店舗の男性、石田しかいないじゃん」

「い、いやだからっ!別にうちの店舗じゃなくても他の店舗とか本社とかあるだろ色々!」

突如焦る石田を尻目に果穂はグイッとジョッキを煽る。喉を通るスキッとした生ビールの後食べる蛸唐が最高に美味い。

「確かに石田はいい物件だよね、店長だしさぞかし貰ってるでしょ?」

「下衆いこと聞くな。月給聞いたらビビるぞ、平社員とそんな変わらなくて」

「まじ?不景気ね~だから人は二次元に現実逃避するのよ。…あ、そうだ!最近出たホラゲーやった?」

「まだやってない、あれだろ?シミュレーション脱出系の話題になってるやつ」

「そうそうー!面白そうなんだけどまだ手つけてないんだよね。バグの修正一通り待とうかなって思ってて」

話題はあっという間に二人の共通の趣味についてに移り変わり、楽しくなって来た果穂はつい時間を忘れた。
…挙句胃に流し込んだアルコールの量にも気を留めていなかった。







「おい、ほんとにこっちの道であってんのか?」

すっかり出来上がって8割方意識を失いかけている果穂に肩を貸しながら、石田は送り届ける道中だった。

「ん~ありがとう石田ぁ…多分そっち…」

当の本人は無責任な発言しかしないので、石田は果穂のバッグから免許証を出し住所を確認する。

「…おい、超反対方向なんですけど」

仕方なく道を引き返し、酔っ払いの家に到着する頃には0時を回っていた。オートロックを潜り、果穂の部屋の前で今度はバッグから鍵を探す。

「マジでこの礼は必ず返してもらうからな…」

鍵穴に鍵を差し込み回すと、扉はガチャリと開いた。
…もしかして介抱とかちゃんとしてやった方がいいのか?玄関に投げ捨てるだけじゃ可哀想?い、いやでもベッドまでっていうのは流石に…お、俺はいいけど!でも長尾は?長尾との今後の関係性とかも考えるともうちょっと正攻法で行った方が…、などと考えながら扉を開き玄関に踏み入れようとした石田はピタリと硬直した。

黒い髪をハーフアップにした端正な顔立ちの男が、腕を組んで壁に凭れながらこちらを見下ろしていたのである。

「…ああ、狼だ」

男は二ヒルに笑いながら口を開いた。

「……え?」

突然の言葉に石田は思考が止まる。気になる男がいる、それも狐の妖怪のような男が、とは聞いていたが、まさか同じ屋根の下で暮らしているとは思いもよらなかった。頭が真っ白になる石田に男はもう一度話しかけた。

「『送り狼』っていうんだっけ?こういうの」

「い、いやちがっ、俺はただ送りに来ただけで…!」

「そう、ご苦労様」

「…っ」

冷たく吐き捨てられ石田はドギマギした。正直に言えば下心が全く無かったわけではない。翌朝同じベッドで二人起きて、「もういいじゃん俺にしとけば」とか言えたらそれはそれで告白としてはアリかもなんて妄想もした…一瞬だけ。

「いい加減こちらに渡してもらえる?」

深夜0時を回った修羅場というのに、問題の当人はすっかり爆睡してぐでんぐでんだ。石田はおずおずと果穂を男に預けると、男は軽々と果穂を横抱きにする。

近くで見るそいつは、男のくせに肌も髪も綺麗で伏目に掛かる睫毛も長い。狐目とは真逆のアーモンド型な目をしていたが、確かに纏うオーラというか独特な毒のある雰囲気が妖狐っぽいかもしれないと石田は思った。多分、いや確実にこいつだろう、果穂を誑かしてる男というのは。

「…あの、長尾とはどういうご関係ですか」

このまま引き下がってもいいのかと脳内で協議し、石田は緊張気味に話しかける。男の返しは案の定冷たかった。

「…あんたに教える義理ないよね?」

「あ、あります!い、一応こいつの職場の上司なんで!」

咄嗟に返した言葉が「こいつのこと好きなんで!」にはならなかった自分が情け無い。石田は言い訳のように付け加えた。

「その、ペットは飼い始めたって長尾は言ってたんですけど、人と一緒に住んでるなんて聞いたことないし。ふ、不審者にこいつを預ける訳にはいかないんで!」

虚勢を張る姿は見事見破られているようで、男は大胆不敵にふっと笑う。

「ふぅん、果穂は俺のこと『ペット』って外では言ってるんだ?」

「…は?」

「じゃあ言葉を借りるなら俺『飼われてる』ってことですかね、コイツに」

語尾を強調しなが男は言った。

「呼び方はなんだっていいけど。俺たちは俺たちで幸せに暮らしてるんで、外部の人間は邪魔しないで」

ああ、どうやら宣戦布告をされたらしいと石田は受け取った。

「で、でも…!」

「授業員のプライバシーをあまり詮索しない方がいいのでは?上司さん」

言葉を遮られて石田は詰まる。笑顔の裏に苛つきが垣間見える男は「ではそろそろ。これ以上は果穂の体が冷えるので」と部屋の奥へ足先を向ける。
これ以上はどうしようもない。

「……夜遅くまで長尾を付き合わせてすみませんでした。…失礼します」

「送っていただいてどうも」

ヒモ男なんて飼うべきじゃない。
けどそれは長尾本人を説得するしかないか。石田はこれ以上突っかかるのを諦めた。
玄関の扉が閉まる最後の瞬間、男の鼻で笑う声が石田にとどめを刺す。

「上がり込めなくて残念でした」

どんなにイケメンとはいえ終始こちらを見下したような態度に、剥き出しの敵意。いくらなんでも性格悪過ぎだろ。何を考えているの読めない不敵な笑みも不気味だし。

…妖狐は言い得て妙かもしれない。
ていうか、あんな禍々しいペットなんていてたまるか。

石田は新たな難題に直面しながら帰路に着いた。
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