ゲーマー女、化け猫を拾う

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アメリーと愛

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…アメリー、とな。

どこの国の人だか知らんが、女性のお名前であることは果穂にも察しがついた。

前戯した女を抱きしめながら言う寝言じゃないのよ。
これが人間の男ならクズめ!と罵ったが、この場合状況が諸々違う。この男は恋人でもないし、人間でもないし、化け猫だし。
下手するとその『アメリー』も妖怪という可能性まである。

…無理だわ、太刀打ちできない。

え、待ってこんな難易度MAXの恋愛したことないんだけど。早朝に秋の寝言を耳にしてから果穂はぐるぐると思考を巡らせ、結局寝付けなくなっていた。

数時間後にガサゴソと秋が身じろぎして、目を開ける。未だ夢現ゆめうつつのような表情で、ぼんやり果穂を視界に入れた後秋はヘラリと笑った。

「…良かった、カホまだいた」

その柔らかい笑みが自分だけに向いていることに果てしない破壊力を受けながら、果穂は手を伸ばして秋の頭を撫でた。

「…おはよう秋」

「おはようカホ」

こんなにもずっとモヤモヤするのはきっと私が秋のことを知らなさ過ぎるからかも、果穂は冷静に考えた。背景が不明すぎる。

猫の妖怪で、魔法が使えて、私のことを知っていて、私に会いに来た。

今になって考えればこの情報だけでよく家に上げたもんだわ。

「カホ、今日の出勤は?」

「今日は昼から出勤なの、まだ時間ある」

「じゃあもうちょっとダラダラできるじゃん」

嬉しそうに言う男前に、果穂は切り出した。

「……ねぇ、秋ってどんな魔法が使えるの?」

「んー色々あるけど、人や物を爆破させたりとか、」

「え、くそ物騒」

「炎を引火したり、急激に身体を老いさせたりとか、あと全身から水分を奪う魔法とか?」

穏やかな顔して恐ろしいことを平然と言う。露骨にドン引きする果穂と目が合うと秋はまた微笑んだ。

「あ、でも未だ実戦で使ったことはないよ。だからいざ使う時は加減ができないかもだけど」

「喧嘩はしないように努めますね」

「カホに使うことは絶対ないって保証する。そもそもカホを守るための力だし」

なんだ?私はダンジョンか何かにいるのか。ネクロマンサーに命を狙われているのか。果穂は既に理解が追いついていなかったが、秋は構わず続ける。

「治癒も魔法で大概のことはできるようになったけど…でも、怪我した所をカホに軟膏塗ってもらうのも凄く好き」

少し前に包丁で指を小さく切った秋に消毒液や軟膏を使って手当てあげたことがある。『カホがこの薬全部調合したの?』とトンチンカンなことを聞く秋に『まさか』と返したが、それでも秋は嬉しそうに薬の匂いを嬉しそうに嗅いでいた。

「猫のくせに薬の匂い好きなの珍しいね」

猫っていうか化け猫だけど。

「匂いがっていうか、なんか懐かしくて」

秋が懐かしむのは『アメリー』なのか。知りたいのに知りたくない。果穂は身体を起こすと、秋に向き直り恐る恐る口を開いた。

「……アメリーって誰?」

果穂の口からその名前が出るなど想定もしていなかったのか、虚を突かれたように秋は目を見開く。次の瞬間果穂は秋の気まずい表情かおを覚悟したが、向けられた反応はそれとは真逆だった。

嬉しそうな、気恥ずかしそうな、心を酷く揺さぶられているような、少し切なそうな目で、秋はゆっくり綻んだ。一文字に口を結び、何かが込み上げているような瞳はいつもよりキラキラと金色が輝いていて。ただでさえ目鼻立ちが整った顔に艶やかな表情が重なって時が止まったようだと果穂は思う。秋は身体を起こすと髪がボサボサの果穂の手を取ってくしゃっと笑った。

「君だよ」

その言葉で途端、果穂は走馬灯の渦に巻き込まれる。過去の記憶があっという間に蘇り、………なんてことはなく、果穂はただ訝し言語に眉を寄せた。

「……私妖怪なの?」

「違う。厳密に言うと俺も妖怪じゃないし。ただ世界を越えて来たってだけ」

「…なんかジョンタイターになった気分だわ」

「ジョンタ…?」

こんな展開になるならもっと時空跳躍系や異世界転生系作品に触れて耐性をつけておくべきだったな。果穂はバーストしそうな自分の頭を抱える。

「前も聞いたと思うけど、秋は何者なの?」

「君に二度拾われた猫」

二度?
一度はオートロックを抜けた家の前で。もう一度はそれよりもっと前のこと?アメリーが?

「…君が前世で魔女だった頃に、深い樹海で」

彼だけに残された記憶。
それをあまりにも大切そうに語るから、それを覚えていない自分がもどかしくなる。

「野垂れ死ぬ手前のところを君に拾われて、君に手当てをしてもらって、君と使い魔の契約を交わした、ただの猫だよ」

そういうと秋は果穂の左手を口元に寄せ、その手の甲にある痣にキスをそっと落とした。

「契約をした時俺は未熟で、それがどういう意味なのかきちんと理解してなかった。俺たち動物は使い魔として魔女と契約すると寿命が延びるんだ。その代償として魔女に仕えていくだけのことだとずっと思ってた。

…使い魔の寿命を延ばした分、魔女の寿命が減るなんて知らなかったんだ」

果穂はここまでの時点で全てを理解できていた訳ではなかったが、秋がどうやら懺悔をしているのだということだけは汲み取れた。

「大半の魔女は自分の寿命から1、2年ほどを使い魔に与えて、その使い魔を使い倒すんだってさ。動物の種類によるけど、人間の1、2年は使い魔にとっては倍や三倍の寿命に相当する。そこそこ寿命を延ばしてやって、あとはその生き物の生涯を駒使いにできるんだからコスパのいい方法だよね」

「…秋、」

アメリーと過ごせたのはたった3年間だけ。アメリーは計算が下手なのか、お人好しなのか、残りの寿命を全て俺に与えて、ある日を境に帰らなくなったよ」

その声は少し怒りも含んでいるようだった。

「…大方、死にかけていた俺が長くは持たないと踏んで与えられるだけ与えようとしたんでしょ?寿命が未だ残っていれば、あの日だって生き延びれた筈なんだ」

そんなこと言われても私には分からない。アメリーは何をどう考えていたの、私だって聞いてみたい。

秋はそっと自分の掌を差し出した。親指の付け根に小さく六角形がある。果穂のと似ているが、果穂のものとは違ってクッキリとあるそれは痣というよりは印で、中に複雑な紋様が刻まれていた。

「…君が俺を置いて行ったから、ついて来た」

前世とか言われても分からないし、思い出せもしない。でも秋の言葉は痛々しくて真っ直ぐで、果穂は思わず涙を溢してしまった。

「俺は誰かって問いに答えるとしたら、ただの猫で、君のペットで、使い魔で、君に会いたいが為に寿命を代償にして魔法を習得した、諦めの悪い猫だよ。
前世では何もできなかった俺だけど次は絶対カホを幸せにする。全ての脅威から守るし、カホの望む通りになんでも叶えるよ。万が一のことがあっても、俺の残りの寿命と引き換えに蘇生魔法だって使えるようになったから」

ああ、これは最早化け猫のような執念だわ。果穂は涙を拭いながら思った。

秋がどうして出会った初っ端から自分を信頼して自分を大切に扱うのか、やっと合点がいった。秋にとって、私は今も昔もお互いに守り合う存在だったんだ、きっと。

…やっぱり愛情だね。
でもそれって凄いことだ。

「…私は秋に出逢えて嬉しいよ」

私にとっては初対面だけどね。
涙目でやっと言葉を返すと、秋は困ったみたいに笑った。

「実は諸聖人の日、ドキドキしながら初めて部屋の前で果穂を待ったんだ。死者を弔う日なら前世を思い出してくれるかもなんて淡い期待を抱いていたけど、結局そんな簡単にはいかなかった。
今はもうそんなことどうでもいいって思ってる。思い出してほしい訳じゃなくて、俺が傍に居たいだけだから」

アメリーは生前随分徳を積んだらしい。
おかけで私は今、貴女の忠猫から無償の愛を受けている。

「ごめんね秋。前世は思い出せないけど、…話してくれてよかった。次はちゃんと秋を置いていかないからね」

「俺もごめん、折角くれた寿命の多くを魔術師に渡しちゃった。でもこの先が長くなくても俺はいいんだ、最後までカホと一緒に居られれば」


久しぶりに人を好きになった。
その相手は優しくて行動力のある自分の飼い猫で、使い魔で、

どうやら残りの寿命に限りがあるらしい。

ああ、不運だ。

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