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幸薄女と長身男
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長尾果穂は自分が不運寄りな人間であると自覚している。
五体満足だし決して生い立ちが壮絶な訳でもない。普通の両親の下に普通に生まれ、普通に育ち、数年前にちゃんと就職もできた。言いたいのはつまり不・幸・だという訳ではなく、あくまでも不・運・寄りということなのだ。
折り畳み傘を忘れた日は大体予報を裏切って豪雨に見舞われる。電車で爆睡し終電まで乗り過ごしてしまった挙句、降り損ねて目の前で扉が閉まったこともある。コンビニでお弁当を買うとお箸をつけられていないことが多いし、公園で友達とベンチに座れば大概鳥の糞を落とされるのは果穂の方だ。開店前から二時間並んた限定のクリスマスコフレは見事果穂の目の前の人で売り切れとなった。
まあ、要はツイてない人間なのである。
果穂が自分は損な役回りであると最初に自覚したのは十歳、小学四年生のときだった。
親友の女の子がずっと想いを寄せていたクラスの男子が、前から果穂のことが好きだったと掃除の時間に想いを伝えに来たのだ。その時その場には他のクラスメイトや親友もいた、所謂公開告白だった。今思えば小学生なんて各々自分の感情に正直な生き物だし、誰が悪いということもなかったのだけど。
その直後『親友』という関係を撤回され、無視されるようになった果穂は酷くショックを受けた。それだけにとどまらず、未だ一日が終わってもいないうちに元親友と彼女が引き連れた複数人のクラスメイトから身体的特徴の陰口を叩かれた。左手の手の甲にあるうっすらとした六角形の痣は生まれつきのもので、昔からどんなに薬を塗っても消えてくれない。どうしようもないので果穂は気にしないように努めていた。『あんな目立つ所に大きな痣、キモチワルイよね。カワイソー』陰口と言うよりはこちらに聞かせているような声量に、果穂は俯くしかなかった。
いつもは元親友と二人だった帰り道を、泣きながら一人でトボトボ歩いていた時、近所の塀の上からこちらを見下ろす黒猫と目が合った。じーっとこちらを見つめたまま視線を逸らさない大きな黒い猫に果穂は子供ながら不吉さを感じた。のそりと立ち上がった猫は道に下り立ち、またチラリと果穂を一瞥した後に目の前を横切り去って行く。『黒猫が横切ると縁起が悪いんだよ』いつかクラスの誰かが言っていたのを思い出し、果穂は涙を引っ込めて家まで逃げ帰った。
その日を境に、友達を一人失ったショックから立ち直って以降も、果穂は頻繁に黒猫に遭遇することになる。それは決まって果穂に何か辛いことがあったり、悲しい想いをした後なのだ。
それは時に短い毛の猫だったり、時にふわふわの長い毛だったりしたが黒猫には変わりなかった。そして大概その黒猫らはたまたま出会した風でもなく、まるで果穂を待ち構えていたかように遠くからこちらをじっと見据えているのだ。見つめる無表情の大きな瞳。それは果穂にとって『どうだ、今日もまたお前を不運にしてやった』と言っている様に見えた。
…私、根っからの悲運なんだわ。
大きくなるにつれ果穂は自分が不運の星に生まれたことを受け入れ始めていた。少しでも幸せが沢山集まる仕事に就こう。そう思い、専門学校を卒業してからブライダルジュエリーの店に就職した。結婚を間近に控えたカップルたちが来店する場所。彼らから幸せを沢山お裾分けしてもらおう、そんな魂胆があったのだ。
一方自分のプライベートといえば学生の時に彼氏と別れて以来、特段異性との出会いもなく二次元の恋人に貢ぐ一方だった。幸薄な果穂は外に出るより家でひっそりと推しを愛でる方が気持ちが高揚した。
そんな中いよいよ家の前にまで黒猫が現れたとき、果穂は思ったのだ。
『とうとう本格的に私を呪いに来たのか』
その後、ついつい気を許して可愛がっていたその猫が、恐ろしいことにある日突然人間に化けたのである。
「え、本当に秋?」
周りを見回したり、ソファの下も覗き込んだがふわふわの大きな黒猫は姿を消していた。
この男が秋?そんな莫迦な。
「とりあえずハム頂戴」
強請る男となるべく距離を離しつつ恐る恐るハムをパッケージごと手渡すと、男は何の気無しに食べ始めた。所作は人間そのものだ、ついさっきまで四つ足だったとは思えない。チラッと玄関の扉を見やるとチェーンはちゃんと掛かったままだし、どの部屋の窓も開いていない。外から入り込んできたという訳ではなさそうだった。
「一枚食べる?」
「…ありがとう」
ペロリと捲ったハムを手渡されて果穂は思わず受け取った。ハムの塩気が空っぽの胃に一瞬の癒しを与える。男の佇まいはナチュラルすぎて押し入り強盗にはとても見えなかった。男は突っ立ったまま警戒する果穂に視線を寄越すと小さく首を傾げる。
「未だ疑ってるの?」
「え、勿論」
「じゃあ証明してあげる。
長尾果穂、二十歳、ブライダルジュエリー店勤め。休みの日は家に引き篭もってゲームばっかりしてるゲーマーで、好きなのはホラゲーと乙ゲー。今一番ハマってるのは通称『桃薔薇』。その中の攻略対象の一人であるルシウスが推しで、好きな所はその口元の黒子ほくろとヒロインが大好きなくせに全然愛情表現ができない恋愛下手なところ。一押しははヒロインと仲違いした後にルシウスが爆速でセーター編んで仲直りのプレゼントにするシーン」
「秋!?ほんとに秋なの!?」
「そうだってば」
果穂は数歩下がってまじまじと男を眺めた。
寝転んでいた姿勢から起き上がってこちらを見る目はアーモンド型で黒目が大きかった。黒い髪は肩に着がないくらいの長さで少しボサついている。鼻筋が通っていて輪郭もシャープなモデル顔に思わず獣医の『美猫だね~』という言葉が果穂の脳裏を過ぎった。
…いやいや、いやいやいやいや。
どんだけイケメンだろうが美形だろうが、昨日まで可愛がっていた猫が人間のメンズになってしまうなんてそんな。
「さ、錯覚?私頭おかしくなったのかも…」
「あ、そういや全裸も良くないと思って服勝手に借りたよ。クローゼットの右奥に積んであったやつ」
「部屋の中熟知してるのってまさか本当に秋……てかそれ、元彼のやつなんだけど」
3年ほど前に別れたまま、返すタイミングを逃して放置してあったやつだわそれ。
「あ、やっぱこれ男物であってる?丈短いからレディースなのかと思い始めてた」
そう言いながら自称秋は立ち上がる。男の身体の線の細さと顔の小ささから果穂はそのタッパを見誤っていたが、平均的な日本人の身長を優に超えていた。172センチだった元彼の部屋着の袖と裾からスラリと細くて長い腕と脚がはみ出ている。
「モデル体型だな随分」
モフモフしてる時の寸胴感どこいったんだよ。
「元の姿だって毛皮剥いだらこんな感じだけど。元々骨格が平均の猫よりデカいし」
もしかしてこの男、自分を猫だと思い込んだ精神疾患持ちで、精神病棟を抜け出し中とかかもしれない。そこまで考えて果穂はテーブルの上のスマホにそっと手を伸ばした。
「誰に電話掛けるの?」
「ね、猫のくせに文明の利器を知っていらっしゃる?」
「週に何度も家族と通話してんの見てるから分かるよ」
その瞬間、果穂の身体がふわりと数センチ浮いた。
「…え?」
不思議な浮遊感と共に、脇腹を掴まれてグッと引き寄せられるような感覚がして身体が男の方へ勝手に動いた。
「うわぁ?!え、なにっ?!」
不可抗力で男の腕の中に飛び込む羽目になる。ぎゅうっと強く抱きしめられて「ひぃっ!」とあられも無い声が果穂から漏れた。
「ずっと抱きしめたかったよ」
甘い声、というよりはサラッと恥ずかしげもなく言う涼やかな声。長い腕にすっぽり包まれて、初対面なのに不思議とほっとする。ふわりといい香りがした。
「い、今のなんですか」
「『ただの猫』じゃ信じてもらえなさそうだったから。普段魔術はあんまり使いたくないんだけど」
「ま、魔術っていうことはまさか………」
顔を上げて男と視線を絡ませる。近くで見ると、男の黒目にキラキラと金色の虹彩が見えた。整った顔に真摯に見つめられてドキリとする。
「…あなた妖怪?」
「………もうそれでいいよ」
一瞬落胆したような表情を見せたが、男は果穂の手を引いてソファに共に座らせる。果穂はパニックになる頭を抱えた。
「えっと、秋は妖怪の猫で、その、人間になれるってこと?」
「うん、まあ、遠からずそんなとこ」
「どこから来たの?」
「とても遠いところ」
「何のために?」
「果穂に会うため」
真っ直ぐな目で答えられて、緊張すると共に新たなハテナが増える。
「…秋は私を知ってたの?」
「ずっと昔から知ってるよ、いつも遠くから見てた」
果穂は自身が子供の頃からやたら目が合う黒猫たちを思い出した。もしかして彼らは、
「…で、でも短毛だったり長毛だったり毎回違う猫で……もしかして組織ぐるみ…」
「全部俺なんだけどな。夏は毛が短くなるし、冬は長くなるんだよ」
「アレ全部お前か!!私をいつも陰から呪おうとしてたの!」
秋は「ん?」と困った顔になった。
「呪おうなんてしてないよ。果穂が悲しそうな度に駆けつけてたつもり」
「な、何もしてないの?ほんとに?」
「毎回助けてたら果穂の人生歪めちゃうかなって思って見守るだけにしてた」
「……」
「…ダメだった?」
いや、そういうわけじゃなくて。
何でそこまで私に執着してるんだこの妖怪。
「…秋は、」
問いかけようとした言葉は秋によって遮られた。
「俺にも本当の名前あるんだよ。
ラディスラウス・ガト・バスティー・シャンテ・シピ・アルテミユ・シャ・ミストゥルーク・トリアグル」
「なっが。ピカソの親戚か何か?」
「ピカソってなに?」
「…なんでもない。君に名前つけた人、センス爆発してるね」
「本当にね」
秋は果穂から目を逸らさず答える。
その目が少し寂しそうで、果穂は質問を投げかけるタイミングを逃してしまった。
「でも今は秋って名前も気に入ってるんだよ。…果穂につけてもらった大事な名前の一つだから」
謎は深まるばかりなのに、秋に手を取られてその体温を感じているだけで果穂は不思議と懐かしい気持ちになった。
五体満足だし決して生い立ちが壮絶な訳でもない。普通の両親の下に普通に生まれ、普通に育ち、数年前にちゃんと就職もできた。言いたいのはつまり不・幸・だという訳ではなく、あくまでも不・運・寄りということなのだ。
折り畳み傘を忘れた日は大体予報を裏切って豪雨に見舞われる。電車で爆睡し終電まで乗り過ごしてしまった挙句、降り損ねて目の前で扉が閉まったこともある。コンビニでお弁当を買うとお箸をつけられていないことが多いし、公園で友達とベンチに座れば大概鳥の糞を落とされるのは果穂の方だ。開店前から二時間並んた限定のクリスマスコフレは見事果穂の目の前の人で売り切れとなった。
まあ、要はツイてない人間なのである。
果穂が自分は損な役回りであると最初に自覚したのは十歳、小学四年生のときだった。
親友の女の子がずっと想いを寄せていたクラスの男子が、前から果穂のことが好きだったと掃除の時間に想いを伝えに来たのだ。その時その場には他のクラスメイトや親友もいた、所謂公開告白だった。今思えば小学生なんて各々自分の感情に正直な生き物だし、誰が悪いということもなかったのだけど。
その直後『親友』という関係を撤回され、無視されるようになった果穂は酷くショックを受けた。それだけにとどまらず、未だ一日が終わってもいないうちに元親友と彼女が引き連れた複数人のクラスメイトから身体的特徴の陰口を叩かれた。左手の手の甲にあるうっすらとした六角形の痣は生まれつきのもので、昔からどんなに薬を塗っても消えてくれない。どうしようもないので果穂は気にしないように努めていた。『あんな目立つ所に大きな痣、キモチワルイよね。カワイソー』陰口と言うよりはこちらに聞かせているような声量に、果穂は俯くしかなかった。
いつもは元親友と二人だった帰り道を、泣きながら一人でトボトボ歩いていた時、近所の塀の上からこちらを見下ろす黒猫と目が合った。じーっとこちらを見つめたまま視線を逸らさない大きな黒い猫に果穂は子供ながら不吉さを感じた。のそりと立ち上がった猫は道に下り立ち、またチラリと果穂を一瞥した後に目の前を横切り去って行く。『黒猫が横切ると縁起が悪いんだよ』いつかクラスの誰かが言っていたのを思い出し、果穂は涙を引っ込めて家まで逃げ帰った。
その日を境に、友達を一人失ったショックから立ち直って以降も、果穂は頻繁に黒猫に遭遇することになる。それは決まって果穂に何か辛いことがあったり、悲しい想いをした後なのだ。
それは時に短い毛の猫だったり、時にふわふわの長い毛だったりしたが黒猫には変わりなかった。そして大概その黒猫らはたまたま出会した風でもなく、まるで果穂を待ち構えていたかように遠くからこちらをじっと見据えているのだ。見つめる無表情の大きな瞳。それは果穂にとって『どうだ、今日もまたお前を不運にしてやった』と言っている様に見えた。
…私、根っからの悲運なんだわ。
大きくなるにつれ果穂は自分が不運の星に生まれたことを受け入れ始めていた。少しでも幸せが沢山集まる仕事に就こう。そう思い、専門学校を卒業してからブライダルジュエリーの店に就職した。結婚を間近に控えたカップルたちが来店する場所。彼らから幸せを沢山お裾分けしてもらおう、そんな魂胆があったのだ。
一方自分のプライベートといえば学生の時に彼氏と別れて以来、特段異性との出会いもなく二次元の恋人に貢ぐ一方だった。幸薄な果穂は外に出るより家でひっそりと推しを愛でる方が気持ちが高揚した。
そんな中いよいよ家の前にまで黒猫が現れたとき、果穂は思ったのだ。
『とうとう本格的に私を呪いに来たのか』
その後、ついつい気を許して可愛がっていたその猫が、恐ろしいことにある日突然人間に化けたのである。
「え、本当に秋?」
周りを見回したり、ソファの下も覗き込んだがふわふわの大きな黒猫は姿を消していた。
この男が秋?そんな莫迦な。
「とりあえずハム頂戴」
強請る男となるべく距離を離しつつ恐る恐るハムをパッケージごと手渡すと、男は何の気無しに食べ始めた。所作は人間そのものだ、ついさっきまで四つ足だったとは思えない。チラッと玄関の扉を見やるとチェーンはちゃんと掛かったままだし、どの部屋の窓も開いていない。外から入り込んできたという訳ではなさそうだった。
「一枚食べる?」
「…ありがとう」
ペロリと捲ったハムを手渡されて果穂は思わず受け取った。ハムの塩気が空っぽの胃に一瞬の癒しを与える。男の佇まいはナチュラルすぎて押し入り強盗にはとても見えなかった。男は突っ立ったまま警戒する果穂に視線を寄越すと小さく首を傾げる。
「未だ疑ってるの?」
「え、勿論」
「じゃあ証明してあげる。
長尾果穂、二十歳、ブライダルジュエリー店勤め。休みの日は家に引き篭もってゲームばっかりしてるゲーマーで、好きなのはホラゲーと乙ゲー。今一番ハマってるのは通称『桃薔薇』。その中の攻略対象の一人であるルシウスが推しで、好きな所はその口元の黒子ほくろとヒロインが大好きなくせに全然愛情表現ができない恋愛下手なところ。一押しははヒロインと仲違いした後にルシウスが爆速でセーター編んで仲直りのプレゼントにするシーン」
「秋!?ほんとに秋なの!?」
「そうだってば」
果穂は数歩下がってまじまじと男を眺めた。
寝転んでいた姿勢から起き上がってこちらを見る目はアーモンド型で黒目が大きかった。黒い髪は肩に着がないくらいの長さで少しボサついている。鼻筋が通っていて輪郭もシャープなモデル顔に思わず獣医の『美猫だね~』という言葉が果穂の脳裏を過ぎった。
…いやいや、いやいやいやいや。
どんだけイケメンだろうが美形だろうが、昨日まで可愛がっていた猫が人間のメンズになってしまうなんてそんな。
「さ、錯覚?私頭おかしくなったのかも…」
「あ、そういや全裸も良くないと思って服勝手に借りたよ。クローゼットの右奥に積んであったやつ」
「部屋の中熟知してるのってまさか本当に秋……てかそれ、元彼のやつなんだけど」
3年ほど前に別れたまま、返すタイミングを逃して放置してあったやつだわそれ。
「あ、やっぱこれ男物であってる?丈短いからレディースなのかと思い始めてた」
そう言いながら自称秋は立ち上がる。男の身体の線の細さと顔の小ささから果穂はそのタッパを見誤っていたが、平均的な日本人の身長を優に超えていた。172センチだった元彼の部屋着の袖と裾からスラリと細くて長い腕と脚がはみ出ている。
「モデル体型だな随分」
モフモフしてる時の寸胴感どこいったんだよ。
「元の姿だって毛皮剥いだらこんな感じだけど。元々骨格が平均の猫よりデカいし」
もしかしてこの男、自分を猫だと思い込んだ精神疾患持ちで、精神病棟を抜け出し中とかかもしれない。そこまで考えて果穂はテーブルの上のスマホにそっと手を伸ばした。
「誰に電話掛けるの?」
「ね、猫のくせに文明の利器を知っていらっしゃる?」
「週に何度も家族と通話してんの見てるから分かるよ」
その瞬間、果穂の身体がふわりと数センチ浮いた。
「…え?」
不思議な浮遊感と共に、脇腹を掴まれてグッと引き寄せられるような感覚がして身体が男の方へ勝手に動いた。
「うわぁ?!え、なにっ?!」
不可抗力で男の腕の中に飛び込む羽目になる。ぎゅうっと強く抱きしめられて「ひぃっ!」とあられも無い声が果穂から漏れた。
「ずっと抱きしめたかったよ」
甘い声、というよりはサラッと恥ずかしげもなく言う涼やかな声。長い腕にすっぽり包まれて、初対面なのに不思議とほっとする。ふわりといい香りがした。
「い、今のなんですか」
「『ただの猫』じゃ信じてもらえなさそうだったから。普段魔術はあんまり使いたくないんだけど」
「ま、魔術っていうことはまさか………」
顔を上げて男と視線を絡ませる。近くで見ると、男の黒目にキラキラと金色の虹彩が見えた。整った顔に真摯に見つめられてドキリとする。
「…あなた妖怪?」
「………もうそれでいいよ」
一瞬落胆したような表情を見せたが、男は果穂の手を引いてソファに共に座らせる。果穂はパニックになる頭を抱えた。
「えっと、秋は妖怪の猫で、その、人間になれるってこと?」
「うん、まあ、遠からずそんなとこ」
「どこから来たの?」
「とても遠いところ」
「何のために?」
「果穂に会うため」
真っ直ぐな目で答えられて、緊張すると共に新たなハテナが増える。
「…秋は私を知ってたの?」
「ずっと昔から知ってるよ、いつも遠くから見てた」
果穂は自身が子供の頃からやたら目が合う黒猫たちを思い出した。もしかして彼らは、
「…で、でも短毛だったり長毛だったり毎回違う猫で……もしかして組織ぐるみ…」
「全部俺なんだけどな。夏は毛が短くなるし、冬は長くなるんだよ」
「アレ全部お前か!!私をいつも陰から呪おうとしてたの!」
秋は「ん?」と困った顔になった。
「呪おうなんてしてないよ。果穂が悲しそうな度に駆けつけてたつもり」
「な、何もしてないの?ほんとに?」
「毎回助けてたら果穂の人生歪めちゃうかなって思って見守るだけにしてた」
「……」
「…ダメだった?」
いや、そういうわけじゃなくて。
何でそこまで私に執着してるんだこの妖怪。
「…秋は、」
問いかけようとした言葉は秋によって遮られた。
「俺にも本当の名前あるんだよ。
ラディスラウス・ガト・バスティー・シャンテ・シピ・アルテミユ・シャ・ミストゥルーク・トリアグル」
「なっが。ピカソの親戚か何か?」
「ピカソってなに?」
「…なんでもない。君に名前つけた人、センス爆発してるね」
「本当にね」
秋は果穂から目を逸らさず答える。
その目が少し寂しそうで、果穂は質問を投げかけるタイミングを逃してしまった。
「でも今は秋って名前も気に入ってるんだよ。…果穂につけてもらった大事な名前の一つだから」
謎は深まるばかりなのに、秋に手を取られてその体温を感じているだけで果穂は不思議と懐かしい気持ちになった。
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