【円環奇譚 鳥籠姫】

六葉翼

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【学校へ行こうⅡ】

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犬島には一般常識が無い。と彼女は言う。自分も非常識の固まりだが「貴方は特に酷い」と。

話が春海に及んだ時。

「あれは普通と違うやり方で生まれた子だ。僕の体と君の体の一部を使って…医学では体外受精というのかな」

「まだデ-トもキスもした事ないのに」

「君の体に触れなくても出来るんだよ。僕は魔法使いだからね」

倫理も欠落していた。    

「君に僕の大切なものと捧げると言った時、妹本体じゃなくて今の君の体を選らんでくれて良かった。僕は実は妹を女性として愛してるのではと昔悩んでいて」

闇がどんどん出て来る。

彼女の強力な説得もあり犬島は最近高校に通い始めた。彼女も妹の美景として今は同じ学校に通っている。

結界の中の屋敷にいて人形と暮らしていては、いつまでも妹さんは救えない。

「私が磁石になってそいつを引き寄せるの」

彼女の提案に最初反対していた犬島も折
れた。伊波や藤島たち三人は師の方法に習い市井に溶け込ませた。

色んな場所に彼らが存在していたと魔法を施さなくてはならず実際にやってみるとかなり大変な作業だった。

今頃になって師の偉大さに気づいた犬島だった。今は三人とも当たり前のように別の家から学校に通っている。

朝。校門の前で伊波が生活指導に捕まっている。いつもの見慣れた朝の風景。

妹を連れた犬島は藤島や春海たちと挨拶を交す。ピアスの耳を引っ張られた伊波が美景(妹)に手を降っている。

「私教室こっちだから」

美景は一年の昇降口に向おうとすると

「僕もブラバンの朝練そっちなんだ」

春海が美景と連れだつって歩きだす。チラリと犬島を一瞥して。

「あいつ何時ブラバンなんて入ったんだ?」

犬島は首を傾げた。

最近犬島は放課後音楽室でよくピアノを弾いている。傍らには大人しく座って耳を傾ける妹の姿があった。

2人は気づいていないが教室の外に見学者が鈴なりになっていた。春海も藤島もその中の一人だった。

「犬島君てさ何でもかっこよくこなすスーパーマンみたいな人だけど」

「ピアノ下手だよね」

「ていうかド下手」

「なんで譜面通りミスなく弾いてあんなに酷い音が」

「音さえミュートすればご飯何杯でもお代わり出来るいい景色なのに」

「美景さんはなんであんな間近で微笑っていられるんだ」

「カオスだな」

「確かにカオスだ」

「多分春海が吹奏楽始めた理由は、あれに違いない」

ヘッドレストを耳にかけ悶える伊波の横で、藤島一人だけが平然とピアノの音色に調子を合わせながら言った。

藤島はしかし犬島には黙っていた。

「春海は...あいつ楽器何やってんだ?」

「トロンボーンだ」

【プロローグ】

「ったく!何でお前とおれがごみ捨て係なわけ?」

教室のゴミ箱を抱えながら伊波が藤島に文句を言っている。

「お前と女子を二人で行かせると帰って来ないだろ」

二人は校舎裏にある焼却炉にゴミを捨てに行く途中だった。

「犬島早退したな」

「病院から電話だってさっき担任が呼びに来てたけど」

「病院って美景ちゃん治って学校来てるしな…料金未払とか?」

「お前じゃあるましいし」

昇降口を出てすぐの場所に在校生から贈られた染井吉野の桜の木がある。

今年は例年に無い強い寒波の影響で桜の花は散らずに咲いていた。

桜の木の下に私服姿の少女が立っていた。瞼を閉じて桜の芳香を楽しむよう楽しげに笑みを浮かべ両手を広げて立っている。

思わず遠目がちでも目を奪われる艶やかな黒髪の少女は背がすらりと高く、モデルのような体型をしていた。

「ねえねえ君転校生」

「あ!こら」

伊波が駆け寄ると少女は閉じていた目を開けて微笑んだ。

「二年の犬島美景の教室は何処か分かりませんか」

「犬島なら早退したけど君は犬島の知り合い?」

「妹です。犬島美景と申します。よろしくお願いします」

「犬島美景ちゃん..犬島ね..今日は妹さんと一緒に早退したけどね」

「私妹です」

「双子?似てないけど」

よく見れば目鼻立ちも骨格も美の兄妹に似ていないことはない。しかし普段から柔らかな物腰の少女、犬島美景と「自分が妹」と名のるこの少女は、まるで別人と言っていいほど印象が違って見えた。

「ばか!名前まで同じなわけあるか」

「だって犬島だって同じ字だし。世襲とか..家風なのかも」

「妹は私一人です」

「犬島に電話とかメールしてみた?」

「何回か連絡は試みてはみました…」

ふと見ると少女の立っている桜の木が枯れている。彼女は首を振って言った。

「圏外だったから」
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