【円環奇譚 鳥籠姫】

六葉翼

文字の大きさ
上 下
8 / 14

【犬島】

しおりを挟む




なぜ魔法使いになったのかと問われたら

「魔法使いに呼ばれたから」

そう答える他無いと犬島は思っている。

魔法使いは魔法使いになる者を呼ぶ。秘密主義の魔法使いがそうした行動を取るのは矛盾している。

魔法の探求を他人に引き継がせて自分は次のステージに進む時が来た、あるいは本当の意味での自分の死を予測した時なのか、誰も分からない。

ただ魔法使いに呼ばれる者は最初から決まっており、それまで普通の生活を送っていても、ある日突然その宿命を思い出す。その誘いを拒んだという者の話は聞いた事が無い。

もし仮に拒んだとしても魔法使いは出会った記憶を消して立ち去るだけである。

犬島は15の時に魔法使いと出会った。
それでも魔法使いの修行を始めるにはかなり遅い年齢らしい。

犬島の師である魔法使いは「出会うべき時に出会った。年齢は関係無い」と話していた。

犬島は魔法使いについて家を出て師から魔法を学んだ。師の名前は最後まで知らないままだ。

彼は「緑の袖」と呼ばれていた。緑の袖は人間のような人形を造る魔法使いだった。基礎的な魔法の知識を学んだ後で犬島は人形造りを彼から学んだ。

師の技術を学んだ犬島はすぐに頭角を現した。緑の袖は人形をより人間に近づける事を本旨としていた。

彼が造る人形は文字通り人並みで人間以上でも以下でもなかった。彼はそれを市井に溶け込ませる。

社会や家庭や友人同士の輪の中に  犬島は師についてその姿を観察した。彼らは幸福そうな顔を見せたりそうでなかったり…師が何かそれで恩恵を受けているという風には見えなかった。

犬島にはそれが何が面白いのか、まるで理解が出来なかった。人形造りに没頭する中で犬島は常に人間以上を目指した。

造形の美にしても身体能力にしても…自らの造り出す器に見合う高次の魂を求めた。召喚の儀を用いて高次の魂の補完。

師に提案したが一蹴された。だから召喚は独学で学んだ。最初の召喚を実践した日それはやって来た。

呼び出した円環の外側にでは無く結界が張られた円の内側に。犬島の背後にそれは立っていた。

恐怖で振り向く事も出来ず。永遠に等しい時間が流れた。結界は過去の魔道の叡知の結集されたものである。

そこに易々と侵入出来るという事は暗に全ての魔法が無効であると犬島に教えた。背中越しに。

犬島には既に死が与えられていた。犬島に縁の者…師や両親彼を記憶に留めている者全て地上から蒸発させ消え失せた。

彼を記憶している道や壁や石ころからも記憶は消された。魂の在処は誰にも分から無い。しかしこの時犬島にはそれが分かった。

背後に立つ者が犬島の魂に手を伸ばし触れたからである。

犬島の魂の奥底の暗部を掻き回す。そして掴み取るとその場から消え失せた。

犬島の魂では無い。彼の妹美景(みほろ)の魂を浚って消えた。不死の彼に永遠の後悔と苦しみだけが残された。誰も犬島美景という存在を知る者はいない。そんな世界で一人、犬島は日本に帰国した。

生き残った遺族の中で唯一人、妹は病院のベッドで今も眠り続けている。

犬島が呼び出した者のは過去のどんな書物にも記載が無かった。

それは、この世界の誰の記憶にも何一つ痕跡を遺してはいなかったのだ。
しおりを挟む

処理中です...