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【残響】
しおりを挟む静止した時間の中に犬島は立っていた。誰も耳にした事のない旋律だけが鳴り響く部屋の中。耳にした者は生きて再び目覚める事は能わず。人にけして知られてはならぬ犬島だけが知る音素の並び。
氷ついた悪魔と神々や天使と神獣に魔物、そして人間達。天井まで染めた深紅の王冠は飛び散る血の飛沫。そこに向かって犬島はゆっくり歩いて行った。
彼女は犬島に微笑んだ。
聖も邪も闇も光も人も全て彼女を求め彼女の元に集まる。病める薔薇に集まる虫の群れ。深紅の彼女の寝所を暴こうとする。まるでブレイクの詩編のようだ。
その暗い 秘めた愛が
おまえのいのちを.ほろぼしつくす
累々と横たわる屍の山を眺め犬島は思いに耽る。あるいは花に引き寄せられた虫は自分かも知れないと。
27秒前。
殺到した人間達で少女の姿は見えない。藤島も駆け出し人塵に紛れた。
「僕も」
前に出ようとする春海の腕を犬島の手が掴んだ。
「犬島君」
春海が振り向く。
「お前には無理だ。危険な事はやめておけ」
「僕だって!」
犬島の手を振り払って春海はかけ出す。
「僕だって?」
春海の背中を見ながらは呟いた。
「僕だって何だ?これは命令だぞ。そんな事は教えて無い」
犬島の視線は床にあった。ゆっくりと竜の頭が鎌首をもたげようとしていた。
鉤を生やした指が床を食み、自身の体を持ち上げようとする。そこに封じ込められていた者達が徐々に姿を現す。
床の上で牧神が角笛を吹き鳴らす。蛇の尾をくねらせ金色の裸の女が舞いを始める。黒山の人の群れの中を少女は変わらぬ速さで円を廻る。
次第次第に速度を増すと立ち塞がる者の首や手足が弾け飛ぶ。渦のように人を巻き込んで止まらない。
血飛沫が見る間に天井を赤く染めた。
自らの尾を食んで回り続ける黒い獣。伊波にはそう見えた。
顔に七孔無き六枚の羽の天使。藤島の目にはそう映った。
髪に沢山の小さな赤色のリボンを結んだ勝ち気そうな見知らぬ美少女が春海を見ていた。
「ばあか。春海」
三人とも惚けた顔で立ち尽くすばかり。次々粉砕される人の中から少女は一瞬だけ三人に一瞥をくれた。
輪の中から白い夜着が飛び出して来る。天井に手がつく高さ。3人はそれを見て思う。
神様お願いです。後少し後少しでパンツが見えるかも…もし願いがかなうなら今死んでも…死ぬのは嫌だけど。
しかし見えたのは五つの宙に浮かぶ三日月。降り下ろされる鎌のような爪が一閃。おそらく音速を越えて空を切り裂く。
少年たちは腹這いになっていたのでまだ頭に首がついていた。
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