6 / 6
ブランシールの魔女
第6節・優しい揺り籠
しおりを挟む魔女は、ユウキに明確な仕事内容を伝えると「やる事がある」と言って、屋敷を出て行ってしまった。
物語にでてきそうな魔女の屋敷。
足の踏み場も無いこの屋敷。
ユウキは再度、ゆっくりと屋敷を見渡す。
窓際には、樹で出来た大きいテーブル。
その上には乱雑に積み重なって今にも倒れそうな書物。
(入口に背を向ける感じで座るのか?)
年季の入った椅子を触りながら、ユウキはそんな事を思った。
その座り方は余りにも不自然に感じたのだろう。
いくら、恐れられている〝魔女の森〟とは言え、入口側に背を向けるなんて、怖いもの知らずの輩に「殺してくれ」と言っている様なモノだ。
(そんな輩さえ、魔女は恐れていないと言う事なのかーー)
「取り敢えず、人が住めるくらいには綺麗にするか」
独り言を溢すと、ユウキは壁に立て掛けてあった箒を手に取った。
*****
屋敷の掃除は、陽が落ちるまで掛かった。
ユウキ達がブランシールに迷い込んだのは、朝方の頃。
この足の踏み場も無い屋敷内を、ユウキは1人で綺麗に片付けたのだった。
「大分、人が住めるくらいにはなったかな」
コトンと箒を壁に立て掛けながら、ユウキは自問する。
窓側に設置してあったテーブルと入口側に置かれた椅子の配置を逆にした、という点を除けば
、大幅に変わった点は無かった。
やはり、この配置の方が空気の入れ替えも楽だし、何より安全だとユウキは思った。
(魔女もびっくりするだろう)
ユウキは、そんな微かな期待を胸に魔女の帰りを待った。
ーー程なくして、魔女は帰宅した。
その時の魔女の第一声は、酷かった。
クリムゾンの瞳を見開き、肩を震わせると、ユウキを睨んだ。
そしてーー
「なんだ!!!!これは!!!?!」
魔女の指が示す方を、ユウキは恐る恐る見遣る。
ユウキの目に配置替えをしたテーブルが映った。
「え?だ、ダメだったか?」
眉を下げながらユウキは魔女を見た。
「何故、こんな事をした」
魔女はユウキに問う。
「この方が安全だと思ったからだ」
ユウキは臆する事なく魔女を真っ直ぐ見て答える。
「安全だと?」
ピクリと魔女の眉が動く。
「そうだ…、あんな、入口を背にしていたら、危ないじゃないか!!」
一層、魔女の表情が険しくなる。
ぐっと胸元を掴まれると、ユウキは少し屈む姿勢となった。
「貴様、この!!妾が危ないだと?戯けが!妾を誰と知る!!?!!妾を愚弄しているのか?!」
「なっ!愚弄してるんじゃない!!女の子扱いをしているんだろ!!!」
勢いで出た言葉に、魔女は眼を大きく見開いた。
「…ぇ?」
スルッと胸元を掴んでいた手が離れる。
「…魔女?」
顔を真っ赤にしながら、魔女は俯いていた。
「だ、だが、妾はッ、前の方が良いのじゃッ」
指をパチンッと鳴らす。
優しい風が吹くとテーブルと椅子の配置が元に戻った。
くるり、とユウキに背を向け、魔女は歩き出した。
「…妾は…この椅子に腰を掛け」
古びた椅子を撫でた後、ゆっくり腰を下ろす。
そして、ギィギィと揺り籠の様に椅子を軋ませながら窓の外を眺めた。
「この窓から見える景色を眺めるのが、何よりも好きなのだ」
そう、朗らかに微笑んだ魔女の顔は、背後にいるユウキには見えなかったが、声が、雰囲気が、魔女が微笑んだ。と言っている様であった。
「…悪かった」
バツの悪そうにユウキは謝罪する。
心からの謝罪である。
「良いのじゃ、妾も…すまなかったな」
振り返る事はせずに、魔女はゆっくりとテーブルに肘を付くと自分の頬に掌を乗せた。
魔女との生活が始まる。
この魔女は知らないだろう。
この時、ユウキが胸に抱いた決意を。
0
お気に入りに追加
5
この作品は感想を受け付けておりません。
あなたにおすすめの小説
私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜
月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。
だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。
「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。
私は心を捨てたのに。
あなたはいきなり許しを乞うてきた。
そして優しくしてくるようになった。
ーー私が想いを捨てた後で。
どうして今更なのですかーー。
*この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。

人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。
松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。
そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。
しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
【商業企画進行中・取り下げ予定】さようなら、私の初恋。
ごろごろみかん。
ファンタジー
結婚式の夜、私はあなたに殺された。
彼に嫌悪されているのは知っていたけど、でも、殺されるほどだとは思っていなかった。
「誰も、お前なんか必要としていない」
最期の時に言われた言葉。彼に嫌われていても、彼にほかに愛するひとがいても、私は彼の婚約者であることをやめなかった。やめられなかった。私には責務があるから。
だけどそれも、意味のないことだったのだ。
彼に殺されて、気がつけば彼と結婚する半年前に戻っていた。
なぜ時が戻ったのかは分からない。
それでも、ひとつだけ確かなことがある。
あなたは私をいらないと言ったけど──私も、私の人生にあなたはいらない。
私は、私の生きたいように生きます。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

皇太子夫妻の歪んだ結婚
夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。
その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。
本編完結してます。
番外編を更新中です。


愛する貴方の心から消えた私は…
矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。
周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。
…彼は絶対に生きている。
そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。
だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。
「すまない、君を愛せない」
そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。
*設定はゆるいです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる