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ブランシールの魔女
第2節・仔山羊を探して
しおりを挟むー子山羊を探して、何時間になるだろうか…
じわり、と滲む額の汗を片腕で拭うと深い森を見渡した。
(静寂の森だ…)
青年が、そんな風に思った時、カサッと青年の脇に茂る草叢が揺れた。
青年はビクッと身体を竦め、拭ったばかりの額から、また汗が滲んで来た。
子山羊か…?それとも熊等の獣か…?
否、もしかしたら…
…〝魔女〟…?
喉が異様に渇くのを感じる。
青年は、ゴクリと唾を飲み喉を鳴らした。
ーガササッ
また、草叢が揺れる。
青年の足が微動だに動かない。
まるで地面と一体化したのでは無いかと錯覚するみたいに。
ーこれは〝恐怖〟だ。
長年の母親の〝あの言葉〟が呪縛になり青年の心を支配しているのだ。
自分がこんなにも臆病だったとは、と青年は心の中で小さく嘆いた。
ーガササッと、また揺れる。
青年は有りっ丈の勇気を振り絞って、草叢の方へ歩み寄り、そして、草に手を掛けようとした瞬間
「コラ!!!逃げるでない!!!」
(お、女の子の…声…?)
青年は恐る恐る、草叢の中を覗く
「ーっ?!!」
そこにいたのは、ずっと探していた子山羊とーー…
その子山羊を必死に押さえ付けている、1人の少女ーー
ほっ…と青年は何故か、胸を撫で下ろした。
「あーばれるな!この!夕飯!!」
「ーっ!かっ!勝手に夕飯にするな!!!」
少女の〝夕飯〟という言葉に、青年は思わず声を発してしまった。
その声に気付いた少女は、両脇の髪だけ一房分ずつ長い白髪の髪を揺らしながら、声のする方を見た。
(…美しい顔をしている)
瞳の色は、錆びた血の様なクリムゾン。
色白で、細っそりとした体格をしている。
少し、気の強そうな表情も愛らしい。
青年が、そんな事を考えていると、美しい少女が口を開く。
「貴様は…誰だ?」
(見た目通り、偉そうな口調だ…)
と、青年は思った。
無言のまま自分を見つめていた事が気に入らなかったのだろうか、今度は少し口調を荒げる
「おい!!貴様!!聞いておるのか?!!!」
「えっ?!」
やっと青年は、少女が腕を組みながら、自分を睨み付けている事に気付いた。
「ぁ…そっ、その子山羊は、俺のなんだよ」
「…貴様の?」
ややツリ目の瞳を細めると、青年に問い掛ける。
「そうだ…。
エルは…その子は、俺のなんだ…」
「!!」
今度は少女の瞳が、何かに驚いた様に大きく開かれる。
そして、ふっと花が綻ぶ様に微笑みを浮かべた。
「そうか、この夕飯の名は…エルというのか」
〝夕飯〟という単語に多少の苛つきを感じたが、可憐な微笑みを前に反論する言葉が出なかった。
「私と、同じ名だ…」
そう呟くと、少女は優しく子山羊の頭を撫でた。
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