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第四章

4-3「蛮族」

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 俺達は全員馬車から降ろされ、仮面の被った集団に囲われている。

 その数は二十かそこらだろう。その全員が俺達を囲むように槍を構えていた。

「いやー、こんなことになるとはーおどろきですね」

 道化師がいつもの呑気な声色で言う。

 その言葉に反応し、仮面の人物たちは道化師に突きつけた槍をより深く近づける。

「……おしゃべりも許してくれなそうですね」

 小声でそうつぶやき、道化師はそれ以降話すのを止めたのだった。

 相手は蛮族。

 特定の種族に属さない種族の総称。

 時には平気で命を奪う種族もいるとアオイは言っていた。

 相手が蛮族である以上、いつ殺されるかわからない。

「もう一度、汝らに問う、何奴だ」

 大勢の槍を構える仮面集団の一人が俺達に問う。

 低い声色、たぶん男だろうか。

 その男の背丈は高くもなく低くもない。ちょうど俺と同じぐらいの背丈だ。

 周りを囲んでいる他の仮面の人々も多少の差はあるが似たような背丈がほとんどだ。

 言葉は通じる。言語能力魔法のおかげだろう。

 言葉が通じるのなら、無碍に殺されることはないはずだ。そう願いたい。

「俺達は旅の一団だ」

 俺は嘘偽りなく、質問をした仮面の人物にそう伝える。

「旅人か。であれば、なぜこんな場所にいる。道からは大きく離れているぞ」

 仮面の人物は槍を突きつけたまま俺の顔に視線を合わせそう淡々とつぶやく。

「途中巨大な魔獣に追われ道を逸れてしまったんだ」

 ここで嘘をついても何も意味はないだろう。

 それに、この山に関しては相手の方が熟知しているはずだ。簡単な嘘をつけばすぐにばれる可能性が高い。

「森の精霊が騒いでいたがそれはお前さん達のせいか」

 森の精霊だと?

 初めて聞く単語だ。嫌でも気になってしまう。

 だが、今は聞かれたことを答えるだけにすべきだろう。

 俺の言動のどんなことが相手を逆なでするかわからない。

 だからこそ、下手に出るように言葉を絞り出す。

「ここがあなた方の領地だと知らず踏み込んでしまったことは謝る。だが、あなた達に危害を加えるつもりはない」

「そう言って、俺達の国に入り込むつもりじゃないだろうな」

 別の仮面の人物が荒げるように俺の言葉に反応する。

「だまれ。今は俺がこいつらと話している」

 先ほど俺に問うていた仮面の人物が発言をした人物を片手で制する。

 そして、もう片方に持った槍を俺の首元に突きつける。

 きっとこいつがこの中で一番位の高い人物なのだろう。

「我らも無駄な殺生をしたくはない。だが、お前らが敵ではないという確証はどこにある」

 仮面の向こう側にあるであろう鋭い眼光で俺に睨みつけながら、そう質問をする。

 その声は先ほどと同じように冷淡だ。

「俺達は巨大な魔獣に追われて道をそれてしまった。そして、あなた達の国の存在すら知らなかった。この言葉を信じてもらうしかない」

 仮面の向こうにあるであろう瞳から逸らさず、言葉を強く口にする。

 仮面の男は槍を突きつけたまま動かない。

 俺も手を上げたまま動じることはない。

 両者の間に沈黙が訪れ、木々達の葉が風によって擦れる音だけがこの場を支配する。

「いいだろう、お前たちを見逃す」

 仮面の男は俺の首元に突きつけていた槍を下ろす。

「いいのか、こいつらが王宮魔術師の仲間かもしれないのだぞ」

 先程声を荒げていた仮面の人物が反論するように言葉を口にする。その声は先程以上に荒げられているように感じた。

「もしそうであるなら、精霊王に追われるような目立つ行動をするとは考えにくい」

 しかし、位の高いであろうその男は声色を変えることなく冷淡に反論の言葉を口にする。

 そして男が槍を下ろしたのを確認すると他の仮面達も槍を下ろすのだった。

 俺は槍を下ろされ、体中に込めていた力が抜けるのを全身で感じる。

「だが、今後この地に足を踏み入れぬよう気を付けることだな」

 男が俺の瞳を見つめそう最後に付け加えていた。

「ああ、わかった」

 俺はそう返事をし、馬車を動かすために御者席へと移動を始める。

「一つ聞かせてくれ」

 だが、その行動を静止するように俺へ仮面の人物が声をかける。

「その大鎌。ただの業物とは思えないがいったい何だ」

 ただ一人、仮面の男は俺の背中に背負っている大鎌を仮面の奥の瞳で見つめている。

「これは天使を殺せる大鎌だ」

 俺は事実を述べる。

 下手に嘘をついて怪しまれることは避けたかった。

 それに隠す必要もないことだ。

「なるほど……、天使をか。それは大層な業物だな」

 仮面の男が俺の言葉を信じたのかどうかわからない。

 だが、それ以上俺に質問をすることはなかった。

 ***

 仮面の人物たちは俺達が元の道に戻り、馬車を走らせるまで木々の間から俺達を見つめ続けていた。

 だが、道に戻り馬車を走らせ始める頃にはその姿を目視することはできなかった。

「一体なんだったんだ」

 俺は腕に掴まっているアオイに聞こえる声でつぶやくようにそう言った。

「わかりません。ただ、旅を続けていく以上今後もこのようなことが起きないとは言い切れません」

「ああ、注意だけは常にしておかないとだな」

 そう言いながら馬車を走らせ続けるため手綱を握りしめる。

 俺達の馬車は再び、シラノバへと向かって走り続けた。

 車輪の音だけは村を出た時と変わらず今もガタガタと音を立て続けている。

 だが、俺の心は村を出た時とは違い、一抹の不安を覚えざるおえなかった。
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