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第三章

3-10「吸血鬼は何を望むか」

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「もう戦う必要はないわ」

 目の前の吸血鬼は両手を上に向けながら伏し目がちにそう言いのけた。

「どういうことです。私たちを油断させるつもりでしょうか?」

 道化師が武器を構えながら吸血鬼に問いかける。

「そんな姑息な手はしないわよ。もう戦う必要がなくなっただけ」

 吸血鬼は上げていた手を下げる。

「それよりあなた。一つ質問よ」

 吸血鬼は俺達――いや、俺の瞳を見て言葉を続ける。

「どうして天使を倒せるのよ」

「なぜそれを聞く。お前は天使の仲間じゃないのか」

「質問をしているのはこっちよ。質問に質問で答えなさいって教わって育てられたのかしら」

 吸血鬼は鼻で片腕を腰に当てながら、笑うようにそう返す。

「まあいいわ、貴方の質問に答えてあげる」

 吸血鬼は呆れ混じりに言葉を続けるのだった。

「私は天使の仲間ではないわ、むしろその逆よ」

 その逆? どういうことだ。

 俺の表情を読み取ってか、吸血鬼は口を閉ざさずに続けた。

「私は天使を憎んでいる。……いや、憎んでいたになるかしら」

 吸血鬼は吐き捨てるようにそう言ったのだった。

「さあ、私の質問よ。どうして貴方はあの天使を倒せるの?」

 俺は吸血鬼が言った言葉をいまだ信じきれていない。その理由を答えればなにをされるかわからないという不安が未だ残っている。

 だが、彼女の吐き捨てた言葉の憎しみは本物だろう。直感的に伝わった。

「それは、この大鎌のおかげだ」

 だから俺は彼女の質問に答え、大鎌を彼女に見せるように目の前に掲げる。

「俺にも詳しくわからないが、この大鎌だと天使を殺すことができる。天使を殺したのはこれで二度目だ」

 俺の握っている大鎌への力が強くなる。

「なるほど……ってことは、天使はまだこの世界に何人もいるってこと?」

 俺はその問に答えず、アオイに答えを促すように顔を見た。

「ええ。まだ天使は存在しているはずです。アタシ達はそれを倒すために旅をしています」

 俺と吸血鬼の視線を受け、その質問に答える。刀からは手を離しているが警戒心は残っているようだ。

「そう……」

 アオイの言葉を聞き、彼女は何かを考えているのか顎に手を持ってきて考え込む。

「なら、私を仲間にしなさい」

「なっ!」

 その言葉を聞き俺は声が出てしまう。他の皆も驚いている様子が背後から伝わってくる。

「どういうことだ!」

 俺は吸血鬼の目を睨みつけるように見つめ、声を荒げてしまう。

「あら、聞こえなかった? 貴方達の仲間にしなさいと言ったのよ」

「言葉の意味はわかる。だがなんでお前がそれを望む! さっきまで戦っていた相手なんだぞ」

 その言葉を聞き、吸血鬼は顎に当てていた手を下ろした。

「ああ、そういうことね。……なら少し話をしましょう」

 吸血鬼は、俺達の前にやってくるために歩いてくる。

 俺は警戒心を高める。

「私はね、天使の生贄だったのよ。まあ、それもさっきまでだったけど」

 だが、俺の警戒心はその言葉を聞き、思わず失ってしまう。

「生贄……だって」

 その瞬間、過去のアオイの姿が脳裏に浮かんでくる。

「貴方達はなぜ天使が生贄を欲するか知っている?」

 天使が生贄を欲する理由だと? それは……。

「その様子だと知らないようね」

 吸血鬼は俺達の様子を見て再び語り始める。

 その歩みは止まり、俺の目の前。大鎌の射程内に入っていた。

「天使は生贄の命と引き換えに一つの願いを叶えてくれるのよ」

 吸血鬼は俺達の様子を見つつも語るのを止める様子はない。

「私は昔ある願いを天使にしたわ。その願いは"死なない命"。だけど、それは私ではなく別の人への願いだったの」

 吸血鬼は目を細め視線を逸らす。

「だけど、天使はその願いを捻じ曲げ受け取り、死なない命を私に与えた。その結果、私は何千年という月日を生き続けたわ」

 その瞬間、吸血鬼の手は拳になり力が込められているのが視界に入る。

「私は永遠の命を手に入れてしまった。だから永遠に生贄であり続けねばならなかった。自分で死のうともしたわ。だけど、自分で死ぬことはできなかった。天使にとってはさぞ滑稽だったでしょうね。最初こそは私も絶望したわ。だけど、それももう何千年も前の話よ」

 その拳も力を失い開かれる。

「何千年という月日が経って私の憎悪は薄れていった。慣れてしまったのよ」

 だが、再びその力は手ではなく瞳に宿り俺を見つめる。

「だけど、そんなくそったれな天使達がまだ残っているっていうなら話は別よ。私のような人がきっといるはず。それを無くすために天使を皆殺しにするのが私の目的」

 吸血鬼は片腕を俺の目の前に出し言葉を放つ。

「だから、私を仲間にしなさい」

 一瞬の間が空間を支配する。だが、俺は思い出したように反論する。

「でも、お前は村の人を襲ったんじゃないのか!」

「そうですっ! 村の人はアナタを悪だと言ってましたっ!」

「ああ……そういうことになっているのね。通りで私を倒したがる連中が最近多いと思った」

 吸血鬼は今までとは違う、気の抜けた声で言う。

「それは勘違いよ。私は村人を襲っていない。襲っていたのは天使よ」

 なんだって?

「それを私は助けただけ。だけど、その人達にとってはどっちも変わらなかったのでしょうね。怪物という点では」

 それじゃあ、俺達はただの勘違いで彼女を……。

「ですが、貴方はカズナリの血を吸っていたはずです。そしてカズナリを吸血鬼にしようとしていた」

「そうだ、血を吸って俺を吸血鬼に……!」

 俺は吸血鬼に噛まれた箇所に手を当てる。

「あれは嘘よ」

「嘘だと……?」

「冒険者が頻繁にやってくるものだから、それを追い払うためのハッタリよ」

 吸血鬼は背中から今まで存在していた黒い翼を一瞬にして消してしまう。

「そもそもに吸血鬼なんて昔話の中にのみ存在する者よ。それを天使が私を不老不死にするため勝手に生み出した存在」

「なら、あなたは天使に襲われないように冒険者たちを追い払っていたとでもいうんですか!」

 アオイがまさに俺の考えていたことを聞く。

「そうよ。天使相手にただの人が相手をできるはずないもの」

 その問いに当然のように吸血鬼は答える。

 ということは、俺達がしていたことは何だったんだ……ただの勘違いでこの吸血鬼――いや、彼女を勝手に攻撃して……。

「あら、その様子だと負い目でも感じているのかしら」

 吸血鬼は人差し指を下唇に当てながら俺の瞳を覗き見る。

「ならその負い目に付け込みましょうか」

 その瞳がニヤリを笑う。それは何か遊び道具を見つけた子供の表情を彷彿とさせた。

「私を勝手に攻撃した代わりに仲間にしなさい。そうじゃないと貴方を許さないわ」

 吸血鬼は俺を指差しそう宣言したのだった。

「カズナリさん……」

「カズ、この人は悪ではないようです」

「カズ……」

 アオイとドロシー、そしてシグも俺を心配そうに見ている。

「カズナリ、彼女の言葉に嘘はありません。あとの判断はカズナリ自身です」

 そして最後に、道化師が俺を後押しするように淡々と事実を口にした。

「俺は……」

 思わず、言葉が詰まる。

 ただの勘違いで彼女は冒険者の標的になり、天使によって不死にされた。

 その事実を知った俺が得た答えは一つだった。

 なによりもこの人の力になりたいとそう思ってしまったのだった。

「わかった。お前を仲間にする」

「あら、てっきり断られると思われたわ」

 彼女はそう言うとその白銀の煌めく髪を掻き上げる。

「そういえば、名前がまだだったわね」

 その言葉とともに、廃城の隙間を縫うように暖かな風が流れる。

 彼女の髪が空中にふわりと揺れ動く。

 そしてその風に揺れ、俺の小鈴も小さく鳴り響く。

「私はカーリー。カーリー=ヴィクトリアよ」

 ――こうして吸血鬼のカーリー=ヴィクトリアが仲間になったのだった。
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