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第三章
3-7「晩飯後は」
しおりを挟む俺達は酒場を後にする。
途中、眠ってしまったシグは道化師が、アオイは俺が背負っている。
「いやー、悪を滅ぼす正義の味方っ!明日が楽しみですねっ!」
ドロシーは先ほどの酒場での出来事を思い出しているのかそう口にする。
「俺達はシラノバに行ってエルの親書を渡さないといけないんだぞ、こんなところで油を売る暇なんて」
「ですが、困っている人がいるのに放っておくんですかっ!?」
「まあ、そう言われてしまうと、たしかにそうだが……」
「カズナリも甘いですねー、いつかその親切心で足下を掬われますよ」
「そんなこと言ったて仕方ないだろ、何もせずにそのままなんてできない」
「いやはや、カズナリのその性格には困ったものですね」
俺達三人はそんな会話をしながら宿への道を目指し歩いていく。
その途中、夜中なのにこじんまりと賑わっている路地のような場所があり視線を向けてしまう。
「あれは、娼館の通りですね」
道化師がなんの躊躇もせずに当たり前のように話す。
「中には連れ込み宿を兼ねている場所もあるはずですよ。カズナリ」
「なんで、そこで俺に話を振るんだ」
「いやいや、なんとなくですよ。なんとなく」
俺と道化師がそんな話をしているがドロシーは終始頭をひねっており会話に参加してこない。
純朴なのだろう、ドロシーはこの手の話は詳しくないようだ。それをわざわざ染めるのは野暮というものだ。
「いいから行くぞ」
俺は宿への道を再び歩き始めた。
***
だが、こうも長時間アオイを背負っていると嫌が応にもその密着した体を意識してしまう。
時折聞こえる吐息、密着する胸の膨らみ、そしておぶるために触れるお尻の感触。
その結果、下半身に熱く滾る血が集まるのを感じる。
あの通りを見てから欲求の高まりを感じてしまったのは事実だ。
「……ちょっと忘れ物をしたの思い出したから一旦店に戻るよ」
俺は足を止め、道化師とドロシーにそう告げる。
「なら、ご一緒しましょうかっ!?」
ドロシーの素直な善意に心が痛む。
「いや、大丈夫だ。皆も疲れてるだろうし、先に宿に戻って眠っててくれ」
「そういうなら。カズナリのいう通り先に宿でお休みをいただくとしましょうか」
ドロシーは少し不安げだったが道化師の一言に後押しされたのか二人で宿に戻って行く。
道化師が去り際にニヤリと笑っていたが、こちらの考えはお見通しというわけか。
さて、来た道を戻ることにするか。俺はアオイをおぶり直し歩みを進めた。
その背中にはアオイの柔らかい感触を先ほどよりも強く感じていた。
***
やって来たのは先ほどの娼館の立ち並ぶ場所だ。
少しの躊躇はあったが、それも一瞬で俺は娼館の立ち並ぶ路地を進んでいった。
そして、一件の連れ込み宿を兼ねているお店を見つけ、入店するのだった。
部屋には、二人が余裕で眠れそうなほどのベッドが一つありそこにアオイを降ろす。
「そろそろ、寝てる真似はいいんじゃないのか」
「……ばれてましたか」
背負い始めた時は寝ていたが、そのあとやたらと体を密着させてたからな。
特に娼館の通り前を通りがかった時、体がビクッと反応すれば嫌でも起きてるのがわかる。
いや、この場合嬉しく起きてるのがわかるになるのかな。
「それで、カズナリさんはアタシをこんなところに連れ込んでどうするつもりなんですか?」
俺を試すような口ぶりでアオイはいう。
だけど、そんなに尻尾を振らしてたら嬉しいってのがバレバレなんだよ。
「なあ、アオイ。お前に一つ言っておこうと思ってたことがあるんだ」
「奇遇ですね。アタシも今言おうと思ってたことがあります」
「それはだな……」
「それはですね……」
「見え見えな愛情表現は控えろ」
「愛してます」
あー、そういうところだよ!
「なんで隠す必要あるんですか? それにいまなら愛しています以外に言うことないでしょ」
ああ、まあまあ。尻尾をそんなに振っちゃって……もう。
「アオイ。お前の気持ちは嬉しい、だけどそこまで素直すぎるとその……なんだ。周りの目があるんだ」
この場に似つかわないであろう説教を始めた。だが、その張本人は明らかに理解していない顔をしていた。
「なんで隠さないといけないんですか? アタシはカズナリさんを心の底から愛しているんですよ?」
やばい、アオイ自身全く悪意が無いのが余計にタチが悪いぞ。
「そもそも、カズナリさんはアタシというものがあるのに他の女の子にうつつを抜かすのが悪いんですよ」
「うつつを抜かすなんて! 俺はアオイ一筋だよ!」
「嘘です。 さっきの酒場でもお店の女の子のこと気にしてたじゃないですか」
うっ……ちょっと可愛いと思っただけのつもりが、アオイの地雷を踏んでしまっていたらしい。
「……証明してください」
アオイのつぶやくような小さな声が聞こえる。
「なら、証明してください。 アタシのことが好きだって」
そういうアオイの瞳は力強く俺を見つめている。
そうか……。
きっと、アオイは不安だったのだろう。仲間に裏切られ奴隷落ちした経験がある。だからこそ……。
「わかったよ。……なら、覚悟しろよ」
俺はそれだけを伝えアオイの唇を塞ぎベッドへ押し倒したのだった。
***
「いやー、絶好の悪退治日和ですねっ!」
ドロシーが宿を出るならそう大きな声で言う。
昨夜、俺とアオイは皆が寝ている間に戻って来ていた。
なので、朝は皆と同じ時間に起き宿で出された朝食を食べ今に至る。
「昨日聞いた情報だと、森を抜けたところに廃城があってそこに吸血鬼が出るんだったな」
昨日の夜、店主と行商人に聞いた話はこうだ。
事の発端は、とあるダンジョンの帰り道、疲れを癒すために偶然見つけた廃城に冒険者達が立ち寄った。しかし、そこには吸血鬼が居り冒険者達に襲いかかってきたらしい。
それを危惧した村の人達がギルドへ討伐の依頼を発注。
しかし、その吸血鬼は冒険者をことごとく返り討ちにしているとのことだ。幸いにも死者はいないようだ。
なんとも不安要素しかないクエスト内容だ。
だが、ドロシーが口を挟んでしまった以上行くしかない。
「みんな準備はいいか?」
「はい。問題ありません」
「オッケーですよ」
「……おっけー」
「悪は殲滅しますっ!」
「なら、行くか」
俺の声を合図に俺達はギルドから渡された地図を頼りに廃城へと向かうのだった。
廃城へは森を抜ける必要があり、他の冒険者が踏んでできたであろう獣道を進んで行く。
「本当にこんなところにお城なんてあるんですかねっ!」
「いやいや、お城というのは意外にも森の中だったら見つかりにくい場所にあるものですよ。特に時間が経てば余計わかりにくい場所に」
そんな話をしていると森から一転ひらけた場所に出る。
するとそこには、鎮座するように大きなお城が現れた。
その城壁は剥がれ落ちている部分もあり、窓に関してはそのほとんどが破られてしまっている。
とてもじゃないが人間が住むような場所ではないことは確かだ。
目の前にはアーチ状の木の扉が俺達を待ち構えるように存在している。
立っていても始まらない。
俺はその扉に手をかけ、力を込め押し込んでいく。
すると、扉は大きな音を立てつつもゆっくりと開かれていくのだった。
中に入ると、大きな広間が広がっており地面には埃まみれでしっかりと認識できないがなにかの模様が描かれている。
だが、それも老朽化のせいか薄れ汚れてしまっている。
目の前には二階へ続く階段があり、その踊り場には破られてしまっているが現状をなんとか留めているステンドグラスが陽の光に照らされ綺麗に光る。
しかし、それも一瞬。
日は雲に覆われて姿を消す。日の光だけが唯一の明かりだった城内は一瞬にして暗くなってしまう。
すると、驚くことに日があった場所には月が現れ城の隙間から月明かりが入り込んでくる。
そして、その月明かりに照らされるように一人の女がポツリと立っているのが視界に入る。
その髪は銀色で長く、月明かりに照らされ煌びやかに輝いており、体のラインがくっきりと分かる黒い服を着ている。
「おや、今夜の迷い子は貴方達なんですね」
銀髪の女は俺達の姿をその真紅に染まった瞳に捕らえ、そう呟いたのだった。
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