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第一章

1-2「道化師の約束と魔法石」

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「どうしました? なんで言葉が通じてるんだ。と、びっくりされたような表情をなされて」

 こいつ、俺と言葉が通じるのか?

「あー、驚かせてしまいましたね。私のこれはそこのお嬢さんの能力と似たようなものです」

 男はアオイに手を向けそういったので、俺は後ろにいるアオイに振り返り問いかける。

「どういうことだ?」

「言語能力魔法と呼ばれるものかと思います」

 アオイが俺の横に並ぶように立って、説明をしてくれる。

「言語能力魔法?」

 俺はその聞きなれない単語に思わず聞き返してしまう。

「言語能力魔法をご存じないとは!」

 男はいかにもな芝居じみた驚き方をする。

「言語能力魔法を習得していれば、人の言葉であればどんな言語も話せます。……さすがに植物や、動物はダメですけど」

 アオイは俺と初めて会った時のような、凛とした声で言葉を続ける。

「ですが、アタシのとはちょっと違うようですけど似た魔法のようです」

 すると、目の前の男が大きく腕を広げ話を始める。

「ここであったのも何かの縁! 私の名前はタラント=テニエル。もともとは商人として旅をしていたんですけど。今は道化師をしています」

 俺たちは男のテンションについていけず、そのままのテンションで答えてしまう。

「俺の名前はカズナリ=トノサカ。この子はアオイ。駆け出しの旅人ってとこだ」

 駆け出してすらしていないが、まあそこはいいだろう。

「なるほどなるほど、てっきりここら辺では見ない獣人の麗しい少女でしたので奴隷かなにかだと思ってしまいましたが、旅人の方だったとは大変失礼いたしました」

 そういうと男はその長身を下げお辞儀をした。

 こいつ、アオイが奴隷だったことを見破っているのか……? この手の奴には関わらない方がいいに決まっている。

「じゃあ俺たちは用があるんでここらへんで。お兄さんもまたどこかで」

 俺はその場を後にしようとした。

「あらあら、ちょっとお待ちください。旅のお方」

 が、男に呼び止められてしまう。

「なんだよ、俺たちは用が……」

 男は帽子から手のひらに載るぐらいの石を取り出して話を続ける。

「いえいえ、きっとあなたたちは、コレが欲しいんではないかと思いましてね」

 石は白の光をぼんやりと放っており、じっと見つめるとその光に引き込まれてしまいそうになる。

「それは生活魔法の魔法石です。カズナリさん」

 その石を見つめアオイが俺に教えてくれる。

「魔法石だって?」

 だが、またも聞きなれない単語のため、聞き返してしまう。

「魔法石は使うことで石に記録された魔法を覚えることができるアイテムです」

「ええ、これは言語能力魔法を取得するための魔法石です。きっとあなた方が追い求めているモノではありませんか?」

 男は石を俺達の目の前に腕を伸ばしながら出し続けている。

「それは……、たしかにそうだが」

 それはいま俺が喉から手が出るほど欲しい、魔法石ではある。言葉が通じるようになれば、いまの不都合の大半が解決できてしまうはずだ。

「だが、それを一体どうして俺たちに見せるんだ」

 明らかに怪しすぎる。俺の望んでいるものを目の前に出すなんて。

「いえいえ、これをあなた方に差し上げようと思いましてね」

 こいつはなにを言っているんだ。今出会ったばかりの俺たちに差し上げるだ?

「お前、怪しすぎるぞ。それをネタに俺たちに変な交渉を吹っ掛けるつもりだろ」

「いやはや、それもそうですね。そう思われても仕方がない。いや、私は世界中の人たちが笑顔になってほしいだけですよ」

 そんなの怪しすぎるだろ。どこにそんな善意の塊みたいな奴がいるんだ。

「まあ、そうは言っても、信じてもらえないでしょう。ですので交換条件でいかがでしょうか」

 男はそういうと手に持っていた魔法石を握りしめる。

「結局、それが狙いだったんじゃないか?」

「いえいえ、そうおっしゃらずに。そうですねー、なにがいいかなー」

 顎の下に指を置いたり、おでこに置いたりと、あからさまに考えるふりをしているようにしか見えない。

 俺はアオイにしか聞こえない小声で話をする。

「アオイこいつどう思う」

「絶対に怪しいです」

 だよな。ここまでくると逆に清々しいほどの怪しさだ。

「そうですね。では、そこの少女を交換条件に……」

「よーし、アオイいくぞー」

 その条件を聞いた瞬間、俺は最後まで言葉を言われる前に男とは反対の方向に歩き始めた。

「いやいや、お待ちください。冗談に決まってますよ。紳士ジョークですよ。こほん」

 男は姿勢を正し、あからさまな咳ばらいをしてから述べる。

「私をあなた方の仲間に入れさせてください」

「は?」
「はあ……?」

 俺とアオイは同じような素っ頓狂な声を出してしまった。言葉を聞き逃したのではなく、言っている意味が分からないのだ。それはアオイも同じだろう。

「いえねぇ、私をあなた方の旅に同行させていただきたいのですよ」

「いや、言っている意味はわかる。けど、俺たちの旅って……どこに行くかもまだ決まってないぞ?」

「私も旅先を決めず、のらりくらりと旅をする道化師。旅の行き先なんて気にしません」

 目の前の男は本気でそれを条件にしているようだ。先ほどまでのおちゃらけた様子はなくなっている。

「そうはいっても……」

 いや、なんなんだコイツの目的は。俺が今一番欲しいであろう魔法石を交渉材料に、旅に加えてほしいだって?

 明らかに怪しすぎる。

「すいません、一つ質問してもいいでしょうか」

 そこでアオイが声を挟んだ。

「なんですかなお嬢さん」

「その魔法石が、言語能力魔法のものだという確証はあるのでしょうか。色からするに、生活魔法の魔法石なのはわかりますが」

 なるほど、魔法石というのは色でだいたいの識別が可能なのか。ここらへんはあとで詳しくアオイに説明してもらおう。

「そうですね。それを言われてしまうと私も心苦しい。本当はここで鑑定士の方に見ていただくのが一番なのですが、生憎この小さな村には鑑定士はおりません。なので私の言葉を信じていただくしかないのです」

 男は両手を上にあげ、見るからに困り果てるポーズをとる。だが、その顔は困ってなどいない。むしろ、そう言われるのがわかっていたという表情にすら感じる。

「そうですか、もしそれが言語能力魔法のものでなかったらどうしますか」

 アオイは先ほど以上に凛とした声で男に質問をぶつける。

「その時は、お約束を守っていただかなくてもよろしいですよ。それこそ契約魔法で契約してもいいです」

 契約魔法だって……なんだそれは。

「アオイ、契約魔法ってなんなんだ?」

「契約魔法は、契約を必ず守らないといけない魔法のことです。正確には守らないといけないというより守るように作用するというのが正しいですね。そのためには、お互いに契約魔法書に内容を確認し承認をする必要があります。契約魔法を首輪に埋め込んだものが奴隷の首輪です」

 奴隷の首輪……。あの時アオイを操った物か。

「つまーり、契約魔法でこの魔法石が言語能力魔法でなかったら契約を破棄するという契約をしてもかまいませんよ」

「なら、その契約魔法で魔法石を受け取ったら、必ず仲間にしないといけないという契約をするというわけか」

 男は指を一本だけ立て横に振るう。

「ノンノン、私はそこまで要求はしませんよ。だってあなたたちは約束を必ず守るじゃないですか」

「なぜそこまで言い切れるんだ? 俺たちが魔法石をもらってそのまま雲隠れするかもしれないぞ」

 そんなことをするつもりはないが、今後どうなるかわからない。

「その時は私の目が悪かったとして諦めますよ。ただ……」

「ただ……、なんだ?」

 男は少しの沈黙の後、言葉を続けた。

「きっとその日、私は夜な夜な枕を涙で濡らして大変悲しむことになるでしょう」

 そういうと男は下手な泣きマネをしてみせた。

「……、ちょっと考える時間をくれ」

「ええ構いません。存分にお考えください。私はそこの森よりも大きな広い心を持っていますからね」

 男が両手を大きく広げながら返答をする。この男いちいち反応がうるさいな。

 俺は男を背にし、アオイと小声で話をする。

「どう思う、アオイ。俺は明らかに怪しいと思うんだが」

「はい、アタシも明らかに怪しいと思います。ですが……」

 アオイは少し言い淀んだ。

「……言語能力魔法はカズナリさんにとっては重要な魔法石です。今後、ダンジョンで入手できる可能性もありますが、正直わかりません。その逆に運よく商人が売っている可能性もあります」

 そうか、このチャンスを逃したら一生手に入らない可能性もあるのか。

「でも言語なら最悪自分で学ぶってことも可能なんだよな」

「確かにそうです。ただ、今後別の国などに行かれると公用語がこの村と同じベルネリア語ではない場所も多くあります。長く旅を続ける場合。やはり言語能力魔法は必需品かと」

「そうか」

 たしかに、今のところ目標もなくただこの村に来たが、今後ほかの場所に行くときに言葉が通じないと不便なのは現在進行形で身に染みている。

「加えて言わせていただくと、言語能力魔法の魔法石はその需要から高値で取引される魔法石の一つです。今のアタシたちの持ち金では……」

「それって余計アイツ怪しくないか」

「そうですね……怪しいです」

 男のほうを振り返ると先ほど芸で使っていた杖を指でぐるぐると回していた。

「なあ、お前」

「おや、決断されましたかな? お早いご決断で」

「いや、質問したいんだが、いいか?」

「ええ私に答えられることならな何でもお答えしますよ。それこそこの村の特売品でも!」

「なんで俺たちの求めてるのが言語能力魔法の魔法石だとわかるんだ」

「あら、特売品に興味はない残念。……そうですね、それは、あなたの言語が聞きなれない言語だからですよ。私はこれでも多くの場所を旅してきました。その私が聞きなれない言語は珍しい。そして私が芸をしている間もあなたはベルネリア語を一切話している様子はなかった。ただそれだけです。はい」

 まあ、そうか……そうだよな。

「次の質問だ、お前はなんで俺たちの旅に同行したいんだ。同行するなら、ほかの旅人でもよかったんじゃないのか?」

「そうですね……かつてないほど斬新で、アットホーム、そして涙ありの感動巨編。亡国の姫君とそれを守る悪しき勇者。姫は捉えられ、いまもなお、永久に続く監獄に収容され続ける。生きる目的は、今はもういない失ったお兄様、兄の形見の古びた時計を眺め助けが来る時間を今か今かと待ち続ける捕らわれの姫君。涙名無しには語れないそんな」

「あーもういい、何を言っているかさっぱりだ」

「あなたたちが面白そうだからですよ」

 男はただぽつりとそう語った。

「面白そうだって?」

「そうですね。では、こうしましょう。この魔法石はあなた方に差し上げます。それでもし私を仲間にしてくれるというなら明日の夜に会いましょう」

「なんだそれは、それも契約魔法書で契約するのか?」

「いいえ、そんなことは必要ありません。あなたたちが、よいと答えるか、よくないと答えるか、それだけです。よければ私はうれしいぴょんぴょん、だめなら私は悲しいシクシク」

「そうか」

 こいつの戯言に付き合うのにも疲れてきた俺は一言で返事をしてしまった。

「ああ、そうそう、あとあなたの不安を一つだけ解消しましょう」

 不安だって、いったい何のことだ?

「今も今後もあなたの周りの女性には私は欲情いたしません。なにせ私はシスコンですからね! ははははは」

「うっせーこの変態が」

 ぼかっ

 俺は思わず男の頭を殴ってしまった。

「ああ、すまない。つい」

「いえいえ、いい殴りでした。これには私も大満足。ではもっと満足させてくれるような、お返事をご期待しておりますね。では、アデュー」

 そういうと男は俺の手に魔法石を握らせ、突如現れた煙とともにいなくなってしまった。

 その跡には、誰もいなかったかのように塵一つ残っていなかった。

 なんだったんだ、あいつは……。

 ――それが俺と道化師の初めての邂逅であった。
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