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第一章

1-1「怪しげな道化師」

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 宿屋のベッドで一晩しっかりと眠ったおかげで何とか体を動かせるぐらいに回復した。

「おーい、アオイ準備ができたら出かけるぞ」

「はい。アタシはいつでも大丈夫です」

 今日は、アオイと村を回る予定だ。手始めに仕立て屋で服を調達して、そのあとは……その時考えればいいか、いろいろ見て回りたいものはあるだろうし。

 アオイに連れられ、一階に降りる。

 一階は椅子と机が並んでいて食事をできる空間になっているようだ。

 カウンターの向こう側には、若い男性と女性が、忙しなく動いていた。

 男性のほうがこちらに気づき、前掛けで手を拭い近寄ってくる。

「――――!」

 アオイがお辞儀をしたので俺もお辞儀をした。

 たぶん彼がこの宿の店主だろう。

 俺よりも身長が高く、体は細いがしっかりとした体格なのが服の上からでもよくわかる。

 アオイが会話をしているが、言葉がわからないので気まずい。

 店内は掃除が行き届いていており、まるで新築のようだ。

 視線を彷徨わせていると、女性の方と目が合った。

 女性がお辞儀をしたので、慌ててお辞儀をし返す。

 とてもやさしそうな雰囲気の女性だ。おしとやかという言葉がよく似あう。店主の奥さんだろうか。

 そんなことを考えていると、突然店主が俺に話しかけてきて肩をバシバシと叩いてくる。

「――――――、―――!」

 あー、たぶん暑苦しい人だな、このひと。

 俺は店主ににとりあえず笑顔を向けた。

 そうすると、店主は手を差し伸べてきたので、その手を握り、握手を交わした。

 言葉はわからなくとも通じるものはある。ふれあいとは素晴らしいものだ。

 アオイが店主に仕立て屋への道を聞いているようで、店の外を指さして、いろいろと説明をされているようだ。

 すると、何かを思い出したように店主は店の奥に走っていった。

 持ってきたのは……布?

 俺とアオイにそれぞれ手渡してくれた。

 布を広げてみるとコートのようなものだった。

「その服だと目立つからこれを着ていきなさいって店主さんが」

 ありがたい。目立たないために服を買いに行くのに、その時点で目立ってしまっては元も子もない。

 俺は再び店主にお辞儀をしたのだった。

 ***

 俺とアオイはコートを羽織って店の外に出た。

 コートにはフードが付いており、アオイの耳もすっぽりと隠れるようになってる。

 店の外は、木で建てられた家々が並んでいて。村人だろうか――数人が行き来をしていた。

「教えてもらった仕立て屋さんに向かいましょうか」

「おう、道案内頼むなアオイ」

「はい。任せてください」

 そう言うとアオイは仕立て屋のある方向へ進んでいった。

 アオイの隣に並んで歩いていると市場のような場所に出た。

 規模こそは大きくないが市場では店の人たちが呼び込みをしており活気に溢れかえっている。

 並んでいる商品を横目で見ると、森が近いからなのか、果物と肉がほとんどで、時々石を加工したであろう小物を販売している店もあった。

 市場を進んでいくと開けた場所に出た。たぶんここは広場か何かだろう。

「―――――――、――――」
「――――、――――――」
「―――――、――――――――」

 すると、広場の真ん中あたりに人だかりができている。

「なんだあれは」

「さあ、なんでしょう……寄って行きますか?」

「ああ、そうだな。ちょっと気になるから、見てみるか」

 人だかりの外からその中心を見てみると、長身の男が周りを囲んだ人々になにかを語りかけていた。

 その男は、円筒状の深緑色帽子をかぶっており、両側に反り返っているつばを片手で押さえ会釈をしている。茶色を基調とした背広のような風貌で、胸元には大きな派手なリボンをしており、その不釣り合いさが妙に様になっていた。

 男の手には長い杖が握られ、その杖を大きく空へ飛ばすと煙とともに杖は消えてしまっていた。

 これには周りに集まった人たちも拍手をする。

「どうやら道化師の方のようですね」

「道化師だって?」

「村から村へ旅をしては人々を楽しませる芸をする方々のことです」

 次に男はかぶっていた帽子から白い鳥を取り出した。

 男は鳥に布をかぶせ、指を鳴らす。

 そして、その布を取るとそこにいるはずの鳥は消えていた。

「おぉ……」

 男は右手で頭を抱え、思い出したように近くにいた女性の肩に手を回す。すると、驚くことに女性の背中から先ほどの鳥を取り出し、飛び立っていったのだった。

「わぁ、すごいですね」

 アオイもこういった類はあまり見たことないのか、純粋にその芸を楽しんでいるようだ。

 男は次に帽子の中からカードの山を取り出した。そこには様々な動物や果物が書かれている。それを手の中で丁寧に混ぜた後、周りを囲んだ人々を見渡し始めた。

 この時には先ほどよりも人が増えており二十人ほどが集まっていた。

 その全員を品定めするように見ていき、男はアオイを指さし手招きをした。

「おい、アオイ呼ばれているみたいだぞ」

「えっ……アタシですか」

 コートで服装を隠しているとはいえ、アオイは奴隷の時のままの服装だ。あまり目立ちたくなかったのだが……。

 指をさされてしまった以上、周りの観客もアオイのことを注視し始めている。

 アオイはおずおずと男の前に出ると、カードの山を手渡され、男に何か指示をされているようだ。アオイはその中から一枚だけを取り、男に見られぬよう周りの観客にのみ見せた。

 アオイの取ったカードには犬の絵柄が描かれている。

 そのあと取ったカードを戻し混ぜ、男に返した。

 アオイが俺のもとに戻ってくる。

「なにを言われていたんだ?」

「アタシの取った絵柄のカードを当てる芸のようです」

 男は、受け取ったカードの上で指を鳴らした。

 ぱちん!

 そして、一番上のカードをめくって観客に見せた……。

 しかし、そこに書かれているのは先ほどアオイが見せたカードと違い、狼の絵柄が描かれていた。

「なんだ、失敗してるじゃん」

「……そうですね」

 アオイは自分のせいで失敗させてしまったと思っているのか、落ち込んでいる様子だ。その様子がなんだか可哀そうに思え、俺は思わずアオイの頭に手を乗せていた。

「カズナリ……さん?」

 観客から拍手がないのに気が付いた男は頭をひねってから、思い出したように手元のカードをすべて見せた。

 すると先ほどまで、全て違う絵柄だったはずなのに、カードが犬の絵柄のみに変わっていたのだった。

 これには俺はもちろん周りの観客も今日一番の拍手を送っていた。

 ***

 男の芸は終わって観客は床にひっくり返され置かれた男の帽子の中へ硬貨を入れていく。

 なるほど、そうやって旅の資金を稼いでいるのか。

「アオイ、こういうときってどれぐらいの硬貨を入れるといいんだ?」


「………………。あっ、えっと。人によると思いますが、アタシたちの持ち金ですと銅貨三枚ほどかと」

 アオイは何か考え事をしていたのか、俺の質問に答えるのが遅れてしまったようだ。

「ならちょっと俺も入れてくるから銅貨三枚貰ってもいいか」

 アオイから俺は銅貨三枚を受け取り、男のもとへ向かうのだった。

 男は帽子の前でニコニコと笑みを浮かべ、手を振ったり、お辞儀をしたりしていた。

 それにしてもコイツ背が高いな。俺より頭一つ分ぐらい高いんじゃないのか。

「いいものを見せてもらったよ。ありがとう」

 伝わらないであろうが素直な感想を口にして、帽子に銅貨を入れるのだった。

「いえいえ、こちらこそ拙い芸で楽しんでもらえて何よりです」

「そんな、すばらしかったですよ……」

 えっ……。

 いま、会話が成立しなかったか?

「どうしました? なんで言葉が通じてるんだ。と、びっくりされたような表情をなされて」

 ――そいつは俺がここにきて言葉を交わした二人目の人物だった。
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