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第一章 NICU
生後4日目 ちょっと凹んでいます
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今朝は娘のネムルーが、リノの爪切りをしてやれたと言って喜んでいたんです。
お母さんらしいことをすることが出来て、娘も嬉しかったんじゃないでしょうか。
ラクーもそのことを聞いて、ほっこりしていました。
ラクーは、昨夜遅くまで医学情報を集めまくっていました。
それで生まれたばかりの孫のリノの置かれている状態は、予後がとても厳しいものだということがわかっていたのです。
けれど、娘たち夫婦のために明るいニュース(きのこさんのムスメちゃんの経過)を持って、お見舞いに行こうと決めていました。
お見舞いに行ってみると、ネムルーの様子が昨日とは違って、ぐったりしていました。
緊急帝王切開手術だったために、麻酔の傷がわざわいして、頭痛が酷くなっているのではないか?と言われたらしいです。
※ 出産が夜中だったので、麻酔医がなかなか来なくて、焦った主治医が自分で慣れない脊髄の麻酔をしたらしい。
ラクーも30年前に帝王切開を経験しているので、その頭の痛みはよくわかります。
『弱り目に祟り目』ということわざがありますが、ネムルーたち夫婦にとって今日は一つの正念場でした。
夕方にお医者さんの説明があると、聞いていました。
それで、ラクーはその前には帰るつもりで、ちょっと早めにお見舞いに行ったんです。
でもネムルーが「今日は私の体調も悪いから、お母さん一緒に先生の話を聞いてくれる?」と言ってきました。何を言われるのかと不安だったんでしょう。
ラクーも娘の意をくんで、もうしばらく病院にいることにしたのです。
医師たちは6人もの人数で、昨日転院してきたばかりのネムルーの病室にやって来ました。
〔主治医、NICU責任医師、リノの今日の担当看護師、ソーシャルワーカー、小児科相談医、ネムルーの担当看護師〕
ものものしい雰囲気に、若い夫婦は不安で緊張しています。
リノの主治医の先生が、今までやってきた脳を保護するための治療のことを話してくれました。
「今朝、低体温治療が終わりました。今は鎮静剤も投与していません。呼吸をするのを押さえていましたが、鎮静薬を止めて、自発呼吸が出るかどうか待っている状態です。心臓に問題がないので、循環器の作動薬は今朝から中止しています。それに伴い、糖分、アミノ酸の経管栄養投与を始めました。これは鼻から入れた管から投与します。」
固まっている若夫婦の代わりに、ラクーが質問しました。
「そうですか、低体温療法はどんな具合だったんですか?」
「療法じたいは上手くいったと思います。マグネシウム(細胞を守る)、エリマ(エリスロポエチンのことだろうな)5回のうち、あと2回投与するのみとなっています。ただ、脳に凝固障害があり出血傾向がみられました。リコモジン投与もしてFFPも改善しています」
「最善のことをして頂いてると思います。ありがとうございます」
医療チームの皆さんは最新最良の治療をしてくださっていました。
昨夜の一夜漬けが功を奏して、ラクーにはそのことがよくわかりました。細かい医療用語は後で帰って検討することにして、とにかく先生が言われたままに記録しておくことにします。
ただ、この時点ではネムルーとムコーにはさっぱり状況がわからなかったのだと思います。
けれど今朝からリノの体温を上げ始めているはずなのに、今日診た後での希望的な所見が聞こえてきません。
お医者さん二人の顔色もすぐれないように思えました。
ラクーも低体温治療については、いくつか質問が出来ましたが、肝心の今日のこと、つまり予後の見通しをズバリと聞く勇気が出ませんでした。
「脳波で、てんかんやけいれんの波形は出ていますか?」
これは心配していました。てんかんの波形が出ていると予後が良くないとどこかに書いてあったのです。
「それは出ていません」
「良かったぁ」
「しかし、極めて活動性が低いんです」
この活動性が低いということが、この時点では、ピンときていませんでした。
ただ、先生はここを一番心配しているように感じました。
「アプガースコアは?」
出産時の子どもの状態を判断するこの数字は、新生児仮死の予後を大きく左右するのです。
しかし先生が発した言葉は、私たち三人に衝撃を与えました。
「ゼロです」
「え? 0?!」
「そう、ゼロなんですよ。そして5分後が2です。出産病院の判断なので、こちらとしては状況がよくわからないんですが……」
これにはショックを受けました。
ムコーとネムルーの身体が硬直して、頭痛を抱えていたネムルーはこらえきれなかったのか号泣し始めました。固まっていたムコーが我に返って、ネムルーを抱き寄せてくれています。
ムコーは最初、リノは新生児仮死の中で、中くらいよりちょっと重い症状であると聞いていました。
そのため、家族は予後にわずかながらの希望を持っていたのです。
ラクーの方は昨夜ネットの中のありとあらゆるブログを読んで、予後の症状別にアプガースコアの点数を調べていたのです。
出生時 アプガー0 の子で、寝たきりになっていない子はいませんでした。
※ アプガースコア・・赤ちゃんの皮膚の色、心拍数、刺激に対する反射、筋緊張、呼吸の5つの状態を1分後、5分後とそれぞれ2点を正常値として、10点満点で判断する。
出産1分後……1~3点 重度仮死
出産5分後……4~6点 軽度仮死
7点以上は正常
リノは1分後 0 、5分後 2
リノちゃん、人生初の赤点、決定~! (;´Д`)
新生児重度仮死どころか、心臓マッサージに反応がなかったら、死んでたということじゃないですか……
リノに生きる力があるのだろうか?
その場には重苦しい空気が流れていました。
母親になったネムルーは、声を殺して泣き続けていました。
いつも前向きで元気なムコーも、さすがに声を失っていました。
とにかく、ここ二、三日が山場のようです。
リノに自発呼吸がみられるか? 身体が生命を維持していこうとする様子がみられるか?
とにもかくにも、それを願うことしかありません。
お母さんらしいことをすることが出来て、娘も嬉しかったんじゃないでしょうか。
ラクーもそのことを聞いて、ほっこりしていました。
ラクーは、昨夜遅くまで医学情報を集めまくっていました。
それで生まれたばかりの孫のリノの置かれている状態は、予後がとても厳しいものだということがわかっていたのです。
けれど、娘たち夫婦のために明るいニュース(きのこさんのムスメちゃんの経過)を持って、お見舞いに行こうと決めていました。
お見舞いに行ってみると、ネムルーの様子が昨日とは違って、ぐったりしていました。
緊急帝王切開手術だったために、麻酔の傷がわざわいして、頭痛が酷くなっているのではないか?と言われたらしいです。
※ 出産が夜中だったので、麻酔医がなかなか来なくて、焦った主治医が自分で慣れない脊髄の麻酔をしたらしい。
ラクーも30年前に帝王切開を経験しているので、その頭の痛みはよくわかります。
『弱り目に祟り目』ということわざがありますが、ネムルーたち夫婦にとって今日は一つの正念場でした。
夕方にお医者さんの説明があると、聞いていました。
それで、ラクーはその前には帰るつもりで、ちょっと早めにお見舞いに行ったんです。
でもネムルーが「今日は私の体調も悪いから、お母さん一緒に先生の話を聞いてくれる?」と言ってきました。何を言われるのかと不安だったんでしょう。
ラクーも娘の意をくんで、もうしばらく病院にいることにしたのです。
医師たちは6人もの人数で、昨日転院してきたばかりのネムルーの病室にやって来ました。
〔主治医、NICU責任医師、リノの今日の担当看護師、ソーシャルワーカー、小児科相談医、ネムルーの担当看護師〕
ものものしい雰囲気に、若い夫婦は不安で緊張しています。
リノの主治医の先生が、今までやってきた脳を保護するための治療のことを話してくれました。
「今朝、低体温治療が終わりました。今は鎮静剤も投与していません。呼吸をするのを押さえていましたが、鎮静薬を止めて、自発呼吸が出るかどうか待っている状態です。心臓に問題がないので、循環器の作動薬は今朝から中止しています。それに伴い、糖分、アミノ酸の経管栄養投与を始めました。これは鼻から入れた管から投与します。」
固まっている若夫婦の代わりに、ラクーが質問しました。
「そうですか、低体温療法はどんな具合だったんですか?」
「療法じたいは上手くいったと思います。マグネシウム(細胞を守る)、エリマ(エリスロポエチンのことだろうな)5回のうち、あと2回投与するのみとなっています。ただ、脳に凝固障害があり出血傾向がみられました。リコモジン投与もしてFFPも改善しています」
「最善のことをして頂いてると思います。ありがとうございます」
医療チームの皆さんは最新最良の治療をしてくださっていました。
昨夜の一夜漬けが功を奏して、ラクーにはそのことがよくわかりました。細かい医療用語は後で帰って検討することにして、とにかく先生が言われたままに記録しておくことにします。
ただ、この時点ではネムルーとムコーにはさっぱり状況がわからなかったのだと思います。
けれど今朝からリノの体温を上げ始めているはずなのに、今日診た後での希望的な所見が聞こえてきません。
お医者さん二人の顔色もすぐれないように思えました。
ラクーも低体温治療については、いくつか質問が出来ましたが、肝心の今日のこと、つまり予後の見通しをズバリと聞く勇気が出ませんでした。
「脳波で、てんかんやけいれんの波形は出ていますか?」
これは心配していました。てんかんの波形が出ていると予後が良くないとどこかに書いてあったのです。
「それは出ていません」
「良かったぁ」
「しかし、極めて活動性が低いんです」
この活動性が低いということが、この時点では、ピンときていませんでした。
ただ、先生はここを一番心配しているように感じました。
「アプガースコアは?」
出産時の子どもの状態を判断するこの数字は、新生児仮死の予後を大きく左右するのです。
しかし先生が発した言葉は、私たち三人に衝撃を与えました。
「ゼロです」
「え? 0?!」
「そう、ゼロなんですよ。そして5分後が2です。出産病院の判断なので、こちらとしては状況がよくわからないんですが……」
これにはショックを受けました。
ムコーとネムルーの身体が硬直して、頭痛を抱えていたネムルーはこらえきれなかったのか号泣し始めました。固まっていたムコーが我に返って、ネムルーを抱き寄せてくれています。
ムコーは最初、リノは新生児仮死の中で、中くらいよりちょっと重い症状であると聞いていました。
そのため、家族は予後にわずかながらの希望を持っていたのです。
ラクーの方は昨夜ネットの中のありとあらゆるブログを読んで、予後の症状別にアプガースコアの点数を調べていたのです。
出生時 アプガー0 の子で、寝たきりになっていない子はいませんでした。
※ アプガースコア・・赤ちゃんの皮膚の色、心拍数、刺激に対する反射、筋緊張、呼吸の5つの状態を1分後、5分後とそれぞれ2点を正常値として、10点満点で判断する。
出産1分後……1~3点 重度仮死
出産5分後……4~6点 軽度仮死
7点以上は正常
リノは1分後 0 、5分後 2
リノちゃん、人生初の赤点、決定~! (;´Д`)
新生児重度仮死どころか、心臓マッサージに反応がなかったら、死んでたということじゃないですか……
リノに生きる力があるのだろうか?
その場には重苦しい空気が流れていました。
母親になったネムルーは、声を殺して泣き続けていました。
いつも前向きで元気なムコーも、さすがに声を失っていました。
とにかく、ここ二、三日が山場のようです。
リノに自発呼吸がみられるか? 身体が生命を維持していこうとする様子がみられるか?
とにもかくにも、それを願うことしかありません。
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