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第三章 飯屋

ウナギ

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 ファジャンシル王国では、ウナギを滋養強壮剤も兼ねたスープとして食べることはあっても、かば焼きにするという発想がなかった。

奏子が鶏串が受け入れられたのなら、うな丼もいけるんじゃない?と言うので、今日はウナギのかば焼きを試食会で作ることになった。

セリカはニョロニョロと動くウナギを、目打ちでまな板に打ち付けて、腹を開く。
骨に沿って包丁を入れ、骨と頭だけを分離する。

ウナギの身に串を刺して丸まらないようにして、炭火コンロで焼きながら甘辛いタレを絡めていく。
頭と骨も網の上でこんがりと焼いた後で、タレの中に漬けておくと良い出汁がでるのだ。

これは、奏子のおばあちゃん直伝の作り方である。


ウナギの焼ける香ばしい匂いが厨房に立ち込めてくると、最初は蛇みたいだとしり込みをしていた若い料理人たちも、身を乗り出してきた。

「これはウナギの弾力も味わえるかば焼きの方法なの。もう1つ、ウナギを背開きにして蒸してから、こうやって焼くと、ふんわりとしたウナギのかば焼きができるのよ。」

「そっちもやってみましょうか。」

ディクソンはセリカがウナギを調理したのを一度見ただけで、見事にウナギをさばいてみせた。


蒸した後で、ウナギを焼くのにはコツがいるみたいだ。
やわらかくなるので、蒸し時間を工夫しないと身崩れするようだ。


白いご飯の上に、ウナギを削ぎ切りにしたものをのせて、甘辛いタレをたっぷりかけて用意する。
蒸したウナギの方はやわらかいので、棒状のままご飯にのせる。
これにもたっぷりとタレをかけた。

恐る恐る一口食べたエディが、丸い目をもっとまん丸にして驚いている。

「美味しい…。僕はかつ丼よりうな丼の方が好きです。」

「これは油がのってるなぁ。川で獲れた魚とは思えない味だ。」

「炭火がいいんだな。カリッと焼けて、噛んだらじゅわりと旨味が出てくる。」


これも好評だった。
セリカも焼いたウナギは初めて食べたが、スープにするより美味しいと思った。

「これを店の目玉にできたらラザフォード侯爵領の名物になるかもね。」

「そうですな。うちの領は湖や海まで繋がった川が多いから。ウナギはたくさんいますしね。今まではあまり食べることがなかったが、この味なら好きになる者も多いでしょう。」


こうして、うな丼も店のメニューに加わった。

こうなると、ザクトの街に丼の器を頼んだ方がいいかな。



◇◇◇



 10日が経ち、再びサイモン・ノーランさんが屋敷を訪ねてきた。

ソファにぐったりと座る様子は、1週間前の貴族然とした雰囲気とはまるで違い、どこか薄汚れくたびれて見えた。

「いらっしゃい。お疲れのようですが仕事はみつかりましたか?」

「それが…侯爵閣下の念話器の会社に昨日やっと採用していただきました。その…かえって私が来たことでご面倒をおかけしたようで、申し訳なく思っています。」

頭が悪い人ではないのだろう。
自分が仕事に就けなかった時のために、ダニエルが裏で手を回したことはわかっているようだ。

「それで、どうしますか? オディエ国に帰られるのであれば、このままお子さん2人をお預かりしていてもいいんですよ。あなたが子爵家を継がれてから、迎えに来られてもいい。」

ダニエルがそう言うと、ノーランさんはビクッと震えてしばらく考え込んでいた。


「私は小さい頃から黙って父に従ってきましたが、心の奥底では反発していたんでしょうね。その反抗する気持ちがノラへの思慕となって出て来たのかもしれません。…結局、逃げていたんだな。今また国に逃げ帰っても同じことを繰り返すと思います。そうなれば施政者としても領民のためにならないでしょう。この…1週間は現実を嫌というほど目の前に突きつけられました。自分が今まで夢の世界に逃げ込んでいたことを、思い知らされました。」

ノーランさんはギラつく目をして、ダニエルを見据えた。

「閣下、あなたの情けにすがらせてください。子どもを食べさせることが出来るようになったら、迎えに来ます。それまで、2人を預かってもらえませんか?」

へぇ~。
少しは性根が入ったのかな?


「いいですよ。うちとしては優秀な人材はいくらでも欲しいところです。与えられた仕事を頑張ってみてください。ちゃんと働きに応じた給与をお支払いします。」

ダニエルの言葉に、ノーランさんはホッとしたようだった。

「子ども達を呼びましょうか?」

セリカが尋ねると、ノーランさんはかぶりを振った。

「いえ、会いたいですが…今の私では会わせる顔がありません。受け入れ態勢を整えて、出来るだけ早く迎えに来ます。」

その言葉は嘘ではないのだろう。
今日のノーランさんなら、子ども達をゆだねてもいいかなと思える顔をしていた。


ノーランさんが帰ってから、ダニエルも安心していた。

「少しは使える人間になりそうだな。自分の子どもと一緒にいられないのは辛い。あいつが変わってくれることを期待するよ。」

そう言って、大きな手でセリカのお腹をそっと撫でた。

セリカは、その手の上に自分の手を重ねた。
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