上 下
68 / 107
第二章 結婚生活

レストランの構想

しおりを挟む
 結婚式に来てくださったお客様も帰られて、ラザフォード侯爵邸にまた日常の穏やかな日々が戻って来た。

セリカは日課の散歩や勉強、刺繍やピアノの練習の他に、ディクソン料理長たちとの試食会を頻繁に行うようになっていた。

毎日、変わった料理が出て来るので、ダニエルは食事の時間が楽しいと喜んでいる。


そんな折、続々と朗報が飛び込んできた。

エクスムア公爵家の義妹たちの婚約の話だ。

アナベルは、ディロン伯爵の第一夫人として嫁ぐことが決まったらしい。
ディロン伯爵というのは、以前ビショップ公爵の孫娘のオリヴィアとの婚約が噂されていた人だ。
オリヴィアの起こした事件後に、その話はなくなったと聞いていたが、まさかアナベルがそこに嫁ぐことになるとは思ってもみなかった。

よく考えてみると、いいお話だ。
ビショップ公爵がダニエルの代わりに孫娘にと選んだ縁談だけあって、ディロン伯爵家は裕福なお家らしい。
アナベルは第一夫人向きなので、大人しいと言われている伯爵様を引っ張って、良い家庭を作っていけるのではないだろうか。


そしてカイラの嫁ぎ先には驚いた。
セリカの結婚式の時にシンシアにプロポーズをしていると言っていた、ジェフリー・コールマン公爵との婚約なのだ。

これには多分に、ダニエルが策略を巡らせたと思われる。
あの日、コールマン公爵と2人でどこかに消えてから、どんな話をしたのかは知らないが、蓋を開けて見ればこういうことになっていた。


その次に公表されたのは、シンシア・サウザンド公爵令嬢とクリフ第三王子の婚約発表だ。

長きに渡って自国民であるアデレード第一王妃派、ひいてはビショップ公爵派だと思われていたサウザンド公爵が、シオン第二王妃派に鞍替えしたともとれるこの婚姻は、ファジャンシル王国に大きな波紋を呼んだ。

東西南北の4つの公爵家の内、3家がジュリアン王子に近しい姻戚関係を結んだといえる。
完全に今までとは体制が逆転している。


これって客観的に見ると、ビショップ公爵側の人間を一挙にジュリアン王子サイドに引き込んだことになるのだろうか?

こうしてみると、あのオリヴィアが起こした事件は、国の政治バランスを変えてしまったことになる。

思い込みの激しい女性の執念って、怖いねぇ。
そしてそんなマイナスな事件をことごとくチャンスに変えた、ダニエルというのも油断できない男だ。



◇◇◇



 日課になった朝の散歩をしている時に、セリカはダニエルに聞いてみた。

「ランデスの街でレストランをやってみたいんだけど、侯爵の奥さんがそんなことをしても許される?」

唐突な質問だったにもかかわらず、ダニエルは驚くどころかセリカを捕まえて頭の上にキスを一つ落とした。

「やっと私に言う気になったんだね、奥さん。」

「わかってたの?」

「結婚式以来、君が何かを考えてるようだなとは思ってたよ。普段の食事も急にバラエティー豊かになったしね。領地管理人のヒップスが、ディクソン料理長におかしな質問をされたと言っていたから、そろそろセリカから話があるのかなと思っていたんだ。」

さすがにそこまでダニエルに把握されているとは、セリカの方は予想してなかった。
でも、わかってくれているのなら話が早い。


「で? どうかしら?」

「そうだな、侯爵夫人が料理屋を経営するというのは聞いたことがないが、私も魔法科学研究所を立ち上げる時に色々と言われたからね。私としてはのめり込み過ぎないなら、やってもいいと思っている。」

「ふふ、ダニエルがそれを言うのね。」

ダニエルも苦笑しながら、セリカと手を繋いで歩いて行く。

「ああ。私はずっと仕事だけに生きてきた男だ。その寂しさもよく知っている。私との3度の食事や散歩をおろそかにしないという条件で、出資金を無金利で貸し出そう。その代わり、10年で返済してもらうよ。」

ダニエルの目が、どうだできるかい?と問いかけてくる。

受けて立とうじゃないですか。

「10年ね。よし、挑戦してみますっ!」


なんだかワクワクする。

長年、飯屋でつちかってきたノウハウを生かしていけるんだ。

― ダニエルも甘いんだか厳しいんだかわからない条件ね。

10年で借金が返済できないようじゃダメだよ。
できたら10年以内で利子をつけて返済して、ダニエルを驚かせたいな。

― はいはい。
  私も知識をフルに提供して、協力するからね。

よろしくね、奏子。


 
◇◇◇



 セリカは朝食の後で部屋に戻って、テーブルに新しいノートを一冊出した。

「セリカ様、今日は音楽室に行かれないんですか? 」

いつもの日課を変えたので、護衛のシータが尋ねてきた。

「ええ、机仕事に疲れたら、気分転換にピアノを弾きに行くことにするわ。」


まずは店でどんな料理を出すかだね。

― それも含めて、コンセプト作りじゃない?

コンセプト?

― ええ、セリカの店の目的や目標をどうするかということ。
  そしてそれをどう具体的に実現していくか、
  色々と提案を出して構想を練っていくのよ。

ふーん。

……………。

私はねぇ、あの図書室で見つけた本が気になってるの。
奏子が住んでた日本みたいに、世界各国の美味しい料理を提供出来たら、楽しいと思わない?

― そうね、それは楽しいと思うわ。
  でもそうすると、世界各国の調味料も必要になってくるわよ。

調味料か…。


「ねぇ、シータ。オディエ国の調味料って、この国で手に入る?」

セリカは部屋の戸口付近に立っていたシータに聞いてみた。
シータはセリカの突飛な質問に慣れてきていたので、少し考えただけですぐに答えてくれた。

「手に入れることはできます。限定された店にしか置いてませんけど。」

「やった! どこで売ってるの?」

「そうですねぇ、東部帯のオディエ国との国境付近と南部のシーカの港には大きい店があります。シオン第二王妃が時たまオディエ国の料理をご所望になることから、王領である中央帯のレイトの街にも確か一件、調味料を取り扱っている店があったと思います。」

「そうか…ランデスの街にはないんだね。オディエ国だけじゃなくて、世界各国の調味料って手に入らないのかな?」

「それでしたら、シーカの港の店にいらっしゃるのが一番ですね。あそこなら港町なので何でも揃うと思いますよ。」

「おー、歴史の授業で習った『ファジャンシル王国発祥の地』か。」


セリカは自分が考えたことや、シータからの情報などをノートに書きだしていった。



その夜、ダニエルにこんなことを相談された。

「セリカ、結婚式で屋敷の従業員に世話になったから、何か礼をしようと思ってるんだが、何がいいと思う?」

これを聞いて喜んだのが奏子だ。

― 有給休暇よ!
  セリカ、2人でシーカの港街に『新婚旅行』に行きなさいよ!
  世話をする2人がいなくなったら、みんな暇になるでしょ。
  交代で連休をあげたら喜ばれるんじゃない?

なるほどー、いい考えだね。


日本式の新婚旅行の話は、ダニエルも気に入ったようだ。


この奏子の提案から、一石二鳥ならず三鳥や四鳥にもなる新婚旅行が計画されることになった。
しおりを挟む
感想 46

あなたにおすすめの小説

転生令嬢の食いしん坊万罪!

ねこたま本店
ファンタジー
   訳も分からないまま命を落とし、訳の分からない神様の手によって、別の世界の公爵令嬢・プリムローズとして転生した、美味しい物好きな元ヤンアラサー女は、自分に無関心なバカ父が後妻に迎えた、典型的なシンデレラ系継母と、我が儘で性格の悪い妹にイビられたり、事故物件王太子の中継ぎ婚約者にされたりつつも、しぶとく図太く生きていた。  そんなある日、プリムローズは王侯貴族の子女が6~10歳の間に受ける『スキル鑑定の儀』の際、邪悪とされる大罪系スキルの所有者であると判定されてしまう。  プリムローズはその日のうちに、同じ判定を受けた唯一の友人、美少女と見まごうばかりの気弱な第二王子・リトス共々捕えられた挙句、国境近くの山中に捨てられてしまうのだった。  しかし、中身が元ヤンアラサー女の図太い少女は諦めない。  プリムローズは時に気弱な友の手を引き、時に引いたその手を勢い余ってブン回しながらも、邪悪と断じられたスキルを駆使して生き残りを図っていく。  これは、図太くて口の悪い、ちょっと(?)食いしん坊な転生令嬢が、自分なりの幸せを自分の力で掴み取るまでの物語。  こちらの作品は、2023年12月28日から、カクヨム様でも掲載を開始しました。  今後、カクヨム様掲載用にほんのちょっとだけ内容を手直しし、1話ごとの文章量を増やす事でトータルの話数を減らした改訂版を、1日に2回のペースで投稿していく予定です。多量の加筆修正はしておりませんが、もしよろしければ、カクヨム版の方もご笑覧下さい。 ※作者が適当にでっち上げた、完全ご都合主義的世界です。細かいツッコミはご遠慮頂ければ幸いです。もし、目に余るような誤字脱字を発見された際には、コメント欄などで優しく教えてやって下さい。 ※検討の結果、「ざまぁ要素あり」タグを追加しました。

[完結]前世引きこもりの私が異世界転生して異世界で新しく人生やり直します

mikadozero
ファンタジー
私は、鈴木凛21歳。自分で言うのはなんだが可愛い名前をしている。だがこんなに可愛い名前をしていても現実は甘くなかった。 中高と私はクラスの隅で一人ぼっちで生きてきた。だから、コミュニケーション家族以外とは話せない。 私は社会では生きていけないほどダメ人間になっていた。 そんな私はもう人生が嫌だと思い…私は命を絶った。 自分はこんな世界で良かったのだろうかと少し後悔したが遅かった。次に目が覚めた時は暗闇の世界だった。私は死後の世界かと思ったが違かった。 目の前に女神が現れて言う。 「あなたは命を絶ってしまった。まだ若いもう一度チャンスを与えましょう」 そう言われて私は首を傾げる。 「神様…私もう一回人生やり直してもまた同じですよ?」 そう言うが神は聞く耳を持たない。私は神に対して呆れた。 神は書類を提示させてきて言う。 「これに書いてくれ」と言われて私は書く。 「鈴木凛」と署名する。そして、神は書いた紙を見て言う。 「鈴木凛…次の名前はソフィとかどう?」 私は頷くと神は笑顔で言う。 「次の人生頑張ってください」とそう言われて私の視界は白い世界に包まれた。 ーーーーーーーーー 毎話1500文字程度目安に書きます。 たまに2000文字が出るかもです。

スキルを極めろ!

アルテミス
ファンタジー
第12回ファンタジー大賞 奨励賞受賞作 何処にでもいる大学生が異世界に召喚されて、スキルを極める! 神様からはスキルレベルの限界を調査して欲しいと言われ、思わず乗ってしまった。 不老で時間制限のないlv上げ。果たしてどこまでやれるのか。 異世界でジンとして生きていく。

キャンプに行ったら異世界転移しましたが、最速で保護されました。

新条 カイ
恋愛
週末の休みを利用してキャンプ場に来た。一歩振り返ったら、周りの環境がガラッと変わって山の中に。車もキャンプ場の施設もないってなに!?クマ出現するし!?と、どうなることかと思いきや、最速でイケメンに保護されました、

至って普通のネグレクト系脇役お姫様に転生したようなので物語の主人公である姉姫さまから主役の座を奪い取りにいきます

下菊みこと
恋愛
至って普通の女子高生でありながら事故に巻き込まれ(というか自分から首を突っ込み)転生した天宮めぐ。転生した先はよく知った大好きな恋愛小説の世界。でも主人公ではなくほぼ登場しない脇役姫に転生してしまった。姉姫は優しくて朗らかで誰からも愛されて、両親である国王、王妃に愛され貴公子達からもモテモテ。一方自分は妾の子で陰鬱で誰からも愛されておらず王位継承権もあってないに等しいお姫様になる予定。こんな待遇満足できるか!羨ましさこそあれど恨みはない姉姫さまを守りつつ、目指せ隣国の王太子ルート!小説家になろう様でも「主人公気質なわけでもなく恋愛フラグもなければ死亡フラグに満ち溢れているわけでもない至って普通のネグレクト系脇役お姫様に転生したようなので物語の主人公である姉姫さまから主役の座を奪い取りにいきます」というタイトルで掲載しています。

辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します

潮ノ海月@書籍発売中
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる! トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。 領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。 アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。 だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう 完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。 果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!? これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。

明日を信じて生きていきます~異世界に転生した俺はのんびり暮らします~

みなと劉
ファンタジー
異世界に転生した主人公は、新たな冒険が待っていることを知りながらも、のんびりとした暮らしを選ぶことに決めました。 彼は明日を信じて、異世界での新しい生活を楽しむ決意を固めました。 最初の仲間たちと共に、未知の地での平穏な冒険が繰り広げられます。 一種の童話感覚で物語は語られます。 童話小説を読む感じで一読頂けると幸いです

全能で楽しく公爵家!!

山椒
ファンタジー
平凡な人生であることを自負し、それを受け入れていた二十四歳の男性が交通事故で若くして死んでしまった。 未練はあれど死を受け入れた男性は、転生できるのであれば二度目の人生も平凡でモブキャラのような人生を送りたいと思ったところ、魔神によって全能の力を与えられてしまう! 転生した先は望んだ地位とは程遠い公爵家の長男、アーサー・ランスロットとして生まれてしまった。 スローライフをしようにも公爵家でできるかどうかも怪しいが、のんびりと全能の力を発揮していく転生者の物語。 ※少しだけ設定を変えているため、書き直し、設定を加えているリメイク版になっています。 ※リメイク前まで投稿しているところまで書き直せたので、二章はかなりの速度で投稿していきます。

処理中です...